第五章 三保松原の燈台下焼肉センター 9
9
―うまっ!肉が美味いのは勿論だけど、この砂浜と灯台が小旅行で食べるロケーションが更に焼肉を美味くしている!
菜乃は男女混合チームで自動車で旅行なんて、初めてだったので、そういう新鮮さも手伝ってことだろうとも思っていた。
―この後に撮影もあるから、定食分の肉と室井くんからのカルビと相川くんからのロースでちょうどういい。腹八分と言うしな。
思えば、菜乃が審美眼と批評眼を身につけられたのは〈食〉に関するこだわりがあったからだ。
しかもそれは先のようにシチェーションや腹持ちを加味しての判断なのである、ってそんなに大袈裟に云うことでもないが。
横で食べている芽里亜も同じように美味しく食べ・このシチェーションの愉しさを甘受していることが菜乃には伝わってきた。
最近になり、そういうシンクロニシティが伝わり易くなっているのに菜乃は気づいた。
横顔を視ていると芽里亜が見られていることに気がつく。
そしてお互い、少し笑う。
チェックインしたのが14時頃。
「素泊まりで、煩雑さがあるだろうなとは思っていましたが、安さを優先させました。ここでよかったですかね」
あきらがそう云うと「学生なんだ、充分」と芽里亜が答える。
「温泉。温泉があればヨシ!」と菜乃。
3時間程度とはいえ、車中にいた。
まずはせっかくだし、温泉に入ろうということになった。
最近は若い男子がハダカの付き合いをいやがるとよく聴くが、あきらと虎丸は集合した入り口で、平然と男湯に入って行った。
―そうか!あの二人はあんな濡れ場シーンを出会って2週間くらいで撮られたから、一切の羞恥心がないんだ!
女子二人はそう思い、急に今から女湯に入って行く自分たち二人のことが恥ずかしくなった。
―意識したら、ダメだ。
―別々に入って行くのは不自然だ。
これはもうどっちとも思っていたこと。
で、ここから先は描写も叙述も控えることにします。
簡易な宿泊施設だが、部屋は一人ひと部屋。
虎丸から渡されたワンピースに二人は自室で着替えた。
なんでもお父さんの再婚相手が趣味が裁縫だったので、既製品の服を基に仕立て直してもらったものだ。
菜乃と芽里亜の画像を送り、あらすじを伝えておいた。
虎丸としては『二人の失楽園』の一件で、服装には金をかけなければならない、でも金はあまりない、ということから、義母を思い出し、少しでも親しくなれたら、という思惑もあり、依頼しておいた。
ナビゲーション・フェスタの前と早めの依頼したのは、育児の傍らに配慮してのことだった。
―虎ちゃん、芽里亜って子の方でしょう?あら、図星だった!?
義母はおどけたように云ったのは自分との距離を縮めたいとのことだろうが、まさに図星だったので、返答に窮した。
「レーコさん、外れていても・図星でも違うと答えますよ」と当然のように虎丸は未だ〈母〉を意味する代名詞で呼んだことがなかった。
―撮影で帰れないことのアリバイになるし、衣装代も浮いたし、これでいいんだ。
「これは、虎丸くん、直球な少女趣味ですねぇー!」
という芽里亜の衣装はコバルトブルーのワンピース。肩甲骨まで髪を垂らしている。
対して菜乃は肩までの長さの髪で、ワンピースは朱色。
―身体の線が出ない程度のフィット感。レーコさんの趣味はプロ級だったのだな。
そんなことを虎丸が思っていると、横であきらが「砂浜を走ってきてくださーい!」と指示を出す。
「ベタだね」
「ベタだよ」
と菜乃と芽里亜は言い合うが、何が楽しいのか、自然に笑顔で砂浜を駆けてくる。
「また、お風呂入らなくちゃ!」
「うん、また一緒に入ろう!」
前作で菜乃と芽里亜の次にカメラを回していたあきらは野笛借りてきた4Kカメラをフルに使うことができていた。
言い忘れたが本作の監督はあきらであり、だから画コンテも描いたし、これから編集も行う。
撮影をある程度行うと、その場で皆を集めて見ている。
「スローモーションで撮られると照れるね」
これは菜乃。
「頭で思っていた映像、コンテで描いた画、実際、撮った画の齟齬って、酉野さんはどこで合わせていますか?」
あきらの質問。
「相川くん、そこに気づいてしまいましたか!結局、編集じゃないかな。ダメな画というワケではないでしょう?頭で思っていたことを作品に100%反映させるのは、映像だけじゃくて、小説も漫画も不可能。それでも漫画よりも実際に現実を切り取る映像の方が反映度数は高いと思っている」
「編集って、大事なんですね」
「うん、結局映像作品においていちばん凝れるのが編集なんだと思う。怖いことに際限なく凝れたもん」
なるほど、と虎丸は思った。
―昭和時代の名監督は役者に何十回、いや、何百回も同じシーンの演技させたり、雲のカタチが気に入らないからと一週間待ったとかの逸話を残したが、今は早撮りして、編集で凝ることになったのは、酉野さんが云ったことをプロも気づいたってことか。
「で、今回はどこいらまで撮る予定?」と芽里亜。
「最初と最後です。この地上に顕現する夜中のシーンと二人がどこぞへ消えていく朝のシーンです」
あきらがそう説明するが、腑に落ちないことが女性陣二人には多かった。
「結局、この二人は誰なの?名前もないし、学校に通っていたり・勤めていたりはするの?口は挟むからと言ったから、そういしているワケじゃないけど、ちょっと抽象的過ぎる。そもそも前作のシノプシスを読んで、そんな抽象性や寓話性を批判したのは虎丸じゃなかったっけ?」
芽里亜はなるべく穏やかに云った。
「うん、そうなんだろうけど、まず一つにこれにはワケがある。それは演者に教えられない。例えば、オリジナルのアニメ作品でワザと谷口悟朗は先の展開は教えず、それはそのキャラが自分や周囲や世界がこれからどうなるか知らないワケだから、知っていることこそ矛盾だから、今のそのキャラの現状しか報せないで作り出すらしい」
「じゃあ、虎丸が言うように、これからの展開を私たちに悟らせないように、抽象度が濃いってことでいいの?」
「いや、芽里亜、そういうワケでもないんだ」と虎丸。
「掌編の積み上げで30分やりたいから、サザエさんのTVを思い出してください。アレは原作四コマ漫画だから、軸になる話はあるけど、その軸に原作の四コマ漫画を付けていく。だから今回撮影するのは、その軸の最初と最後です」とあきら。
「それは信用していいのかい?」と菜乃。
「はい、して下さい!」とあきらが返す。
先の走るシーンは別のシーンで使う。あきらがいったんホテルに戻り、着替えてくる、という。そう、ここはホテルの裏の砂浜だった。
だから他の客は来なくて、いい感じだった。
次にあきらが戻って来た時に、女性陣二人はハッと息をのむ。
あきらが長髪のカツラを付け、ワンピースを着ている。
しかも柄が右が赤で、左が青のワンピースだ。
「これも虎丸くんのお母さんに作ってもらったんです。顔を絶対に写さないけど、私もこの姿で出ます。日が暮れてきたので、良いタイミングです」
あきらが云う。
―これは明らかに私たちの二人が着るワンピースを意識して作られたもう一着。
―虎丸と相川くんは何かしら企んだり、計算してやはり作っている。
菜乃と芽里亜はそう考えて、同じ発想をした。




