第五章 三保松原の燈台下焼肉センター 2
2
「今年は学園祭で演奏しなかったんだね」
隣家の新坂さんが聴いてきた。
「ええ、なんだか張り合いがなくなってしまって」
夏休みにいなくなったかぐやは以前見つからず、気づけば秋になっていた。
2年生の学園祭は敗訴ダメージジーンズと未だ仲良くやっていたが、芽里亜が3年生の時に入学した新入部員4名が皆あちら側についたのも、かぐやを失った思いに拍車をかけていた。
でも芽里亜は気づいた。
「新坂さん、なんで私が軽音部でバンドやっていたことを知っているんです?」
「ぼくね、毎回あの高校の学園祭に呼ばれるの。文芸部主催の講演ね。そりゃ、この町である程度、有名な物書き、ぼくしかいないから。だから2年続けて瀬戸内スレンダーガールズの演奏を聴いていた。迫力あるボーカルでよかった」
芽里亜は歌を聴かれて恥ずかしい反面、今まで黙っていたことには軽く憤慨した。
「なんで今更言うんですか」
なので言葉にした。
「良い演奏なんだけど、メンバーの力加減が均等でない気がした。1年めにそう感じたが、2年時は更にね。つまり安さんが引っ張ってバンドが成立していると思った。これを言わざるを得ないから言わなかった」
「言いだしっぺやリーダーが引っ張るのはフツーかと思いますけど」
「うん、そうだね。でも頼り切っているのではなく、押し付けている感じの方が強かった。それが良い印象を与えなかった。多分、対等な人材はいなかったと思う」
―ああ、敗訴ブルージーンズにはなれ合いを感じたが、あっちは対等ではあったな。
「新坂さん、次に私は何をすればいいのでしょうか」
「随分、直截に聴かれたもんだ。でも、きみみたいなコはもう何かアテがるのでは?」
ーかぐやに読んでもらおうと思っていたシナリオ。
新坂はその脚本を読んだ。
そして文筆家らしい少々の意見に何本かのDVD-BOXを貸した。
「これらを全話観てみて。多分きみが書こうとしているものに近いと思う。東京に進学するということだったけど。もしこれを本当に作るのであれば、信頼のおける仲間を結集しろ。君ひとりでは手に負えないよ」
「仲間ってどうやって?」
「その方法や手段は未だに僕は判らないけど、定義はできる。親子や恋愛と違って癒着していない人間関係のことだ」
「あっ、松島さん、お元気ですか?」
「彼ね、死んだよ。五十路の癌は早かった。だからきみからは友達を亡くしたぼくと同じ香りがした」
元々成績もよかったし、新坂に云われるまでもなく東京の映像関係への進学を志していた芽里亜は映画大学への推薦入学をゲットした。
もう一つ、その間にやっていたことが極限せつらのミステリものの漫画をアプリで読んだことから華開いた同人誌漁りだった。
―松山のライブハウスかららしんばんとは狭いのか・広いのか。
ジェーンとSNSで繋がり、メールのやり取りをするような仲になったのはこの頃のことであった。
―ジェーンさんは私の仲間になるかもしれない。
相手の都合でそうはならなかったが。
「メリ姉、お正月には戻ってくるんだろう」
「お姉ちゃんがいないと淋しい」
小学校低学年の弟と小学校高学年の妹。
二人は中学時に水泳で代表に選ばれ、高校時には学園祭を盛り上げたバンドのボーカルである姉をスーパースターのように崇め、好いていた。
クリスマスの夜、姉弟3人で母親の手作りのご馳走と宮川菓子舗のホールケーキ。
母親はカットしたケーキだけ食べて、病院や教会のクリスマスイベントに顔を出しに行く、毎年ことだ。
「うん、これでよかった。きみはあの母親から距離を取った方がいいんだ」
これはこの日、新坂と最後にあった時に云われた言葉。
正月に帰ったが、無垢な妹と弟に会うのは、年上の同性と深いキスをしてしまった後だったので、会うのは少々後ろめたかった。
そして東京へ戻り、丸ビルでショッピングモール運営会社に勤め、ジェーンと爛れた関係を続ける。
『二人の失楽園』は新坂から「75点」と云われたが、この頃には完成していた。
だがジェーンと別れた後に更に改稿することになる。
これが菜乃が芽里亜の部屋で読んだ最終稿である(更に書き直すことになるけど)。
駅から20分歩いて実家に着く。
夏休みだから日中でも妹と弟が迎えてくれる。
―なにより、私にはやることがあるのだ。新坂さんに観てもうらんだ!
妹と弟をなだめて、USBメモリを持参して隣家へ向かう。
「新坂さん、お亡くなりになったのよ。知らせなかったけ?」
ナース姿に藍色のカーディガンをひっかけた母親、ちょうど帰宅した母親に云われた。
縁側で芽里亜はうなだれている。
母親が、自分より10センチは背の高い母親が死因やら葬式をいかに手伝ったかを話しているが、芽里亜の耳には知覚しても・認識はされなかった。
右から左、というやつ。
そうこうしているうちに母親は庭からいなくなった。
―そうか、新坂さんは私へ最期に〈伝えた〉んだ。
そして、菜乃のことを思い出した。
―素敵な家族、張り合いのあるライバル兼親友、亜美衣さんという個性強烈な師。ああ、失って気づいた!私は師だけは持っていたのだ!
「メリ姉、早くどさん子に行こうよ。やきめし食べたいって言っていたから、ぼくらもがまんしていたんだよ」
「私もうお腹ぺこぺこだよ!」
「そうね、行こう行こう、私、やきめしに味噌ラーメンにする!」
―そうだ、喰わないと。そして自分の戦場に戻らないと。
そしてその戦場で、芽里亜は新たなる・強大な敵と相対することとなる。
とはいっても、帰省したばかり、戻るのは8/19月曜の昼頃となる。
『でさ、実家からの帰り、服なんて持ち帰らなくていいし、そのままおみやげを渡せた方が私は助かるんだけど、その時間に合流どうかな』
芽里亜は菜乃には家族でおでんの時にとジャコ天、野笛と亜美衣には地酒、部室で配る薄皮饅頭、虎丸には特別と思われたくないのであきらと同じ蜜柑ジュースにした。
『話したいことがある言っていたし、相川くんと室井くんも誘っていい?』
直ぐに菜乃からレスがきた。
『うん、あの二人へのジュースがいちばん重いから、都合がいい』
その〈話したいこと〉なのだが、虎丸があきらを自宅に呼んで、決定したことがあったのだ。
そう、虎丸は帰省しなかった。
「ずばり言う、相川。おれたちも学園祭の映創祭で短篇映画を発表しよう」
「そんなことだろうと思いました」
「小麦カード2枚な」
虎丸はあきら相手にカタンをしている。二人でもできると最近知って、公式にあるように交易チップ20枚に松のやのクーポンを使ってやっている。
「木材を集めているんだと思ってました」
虎丸、無言。
「それで、脚本はできているんですか?」
「これを読んでもらいたい」
それは脚本というより、箇条書きで書かれたシノプシスめいたもの。
「相川、読みながら聴いてくれ。脚本は半分は書いた・でも推敲や手直しが必要だから、第一稿が今週中に上がる。そこで画コンテをおまえ描いてくれないか」
「僕に絵心あると思いますか?」
「ないだろうが、脚本をおれが書いて、相川が画コンテ描かないと二人の作風が入らないだろう。酉野さんみたいに売れるような美麗なコンテでなくていい。コンテは元来見せなくていいもの。な、頼むよ」
「でも、この内容ですよね。あの二人、受けてくれますかね?」
「そりゃ、受けるよ。おれらにホモの役をやらせたんだから芽里亜と酉野さんにもレズの役をやってもらわないとスジが通らない!」




