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第四章 日映大学の映研カレー蕎麦 4



     4



画のタッチというものがある。

パンフレットに数ページ載せた絵コンテは明らかに極限せつらのもので、200部が数時間でさばけたパンフからネット内で瞬く間に広がった。

脚本が芽里亜といいながら、初の男性同士のカラミがあるとはいえ、作風もやはり極限せつらの作家性に近いものだった。

同人漫画家でいちばん男性キャラにシャフ角を多用する、とか、川や水道水等の水気を背景やカットに書くという演出面も多く共通している、と指摘する者も現れる。

すわ商業誌デビューから!?と云われていた矢先にまさか進学した先の映像系の大学で実写作品を創作しているとは!?とSNSで反響は多かった(まぁ、小さいコミュニティではあるけど)。

実際、早熟の天才としてコミケデビューした後、高校に入るとデッサン力を身に着けて・画風を変え、最近ではミステリに挑戦し・プロバーの評論家からも太鼓判を押される等、絶えず変化し、菜乃にその気がなくとも話題を振りまいていた。

しかも日映大学ナビゲーション・フェスタは明日の日曜までしか開催していない。

じゃあ、明日万難を排して観に行くしかない!とわずか10時間程でその小さいコミュニティでの一般意思は統一された。

そして同じ学内の、大半は女子学生だが、やはりそもそもナビゲーション・フェスタという受験生用イベントに参加していない者も多いし、出席していても多くは自分の学部学科やサークル等、所属する団体の催し物や模擬店に参加しているので、閉幕後に「二人の失楽園」の存在を知った女子学生は多かった。

確かにSF×BLという野心的なジャンルで、菜乃が手掛けた画コンテによる奇抜な画角と特異な編集という作品論的な意味合いもあったが、いちばんはそういう批評めいたものではない!

―同級生の男の子二人を脱がせて・からませた気の違った女が二人新入生として入ってきた!

これである。

意識高い、とか、自己表出等言い方は色々あるが、この大学、誰もがクリエイターになりたくて入ってくるのである。

ところが、いざ作るとなると技術や練習という退屈なものが多く、すると講義やゼミナールの課題で手一杯になってしまい、自分の創作はおろそかになる。

プロ志向の学生は学内で募集している映画やTVのアルバイトをして、業界に入ることを志望している、するとこちらも日々の作業に追われて創作がおろそかになる。

小説や漫画と比べて、帰宅後の夜やたまの休日に時間が余ったから書く・描くかができないのが映像作品の弱みである。

だが、なによりいざ大学に入ると特に撮りたい・創りたいものが無いことに気づくのである。

他の若者と違い機材や編集機もあり、同好の士が周囲にいるから・手伝ってくれるし・出演してくれる、なのに作らないのは一人作業の表現と違って、巻き込ませるだけの覚悟と自信が必要なのだ。

―だがその酉野と安という女二人は、男の子のハダカという撮りたいものが確実にあったのだ!

この大学の女子大生がみんながみんな、腐女子というワケではないが、年頃の娘たち、やはり恋愛ものを創りたい者が多い。

だが知人友人の出演者に濡れ場はおろかキスシーンも要求できないであろうことが、本音である。

ところがそれを〈した〉連中が現れたのだ。

どこかにBLややおいという文化は女性が性を語ることへの忌避やタブーがあったために、男性同士という発想もあったのだろう、それは出雲阿国が始めた歌舞伎が公序良俗に反するとの御触れから、女人禁制となり、必然的に女形(おやま)が登場したように。

そう、この大学で今、女子が創始した男性同性愛者カルチャーの〈第三の波〉が来たのである。

なので、やはり学内でも「二人の失楽園」を明日なんとかして観る!という気風が生まれ、大学関係者・無関係なコたちそれぞれの配分は判らぬが、校門が開く6時には女性だけの行列が30人形成されていた。

近所の彩、野笛、芽里亜、虎丸はネット内の評判を知らなかったが、校内では話題になっていると知らされ、7時には来ていた。

その時点で行列は百人を超えていた。

「こ、これはビッグウェーブかよ!!」

「彩先輩、タイムスケジュール変えないと、コレ、マズいよ!」

虎丸と彩は9時から18時の間にどれだけ効率よく「二人の失楽園」を上映できるかを考え始めた。

その直後に来た簗木部長と岸間も二人に合流して付き合う。

「野笛さん、これ、まさか、本当に私たちの創った映画を観てくれるひとたちの数?」

芽里亜が瞳を潤ませて語りかけるが、背後に迫る来訪者に気づき、その役目を譲ることにした。

「芽里亜、その質問は後ろにいるあんたの相棒にしないと」

「ネットで、話題になっていると旧友に聴いて、急いで来た!」

菜乃が云い終わるかどうかの時にもう芽里亜は彼女に抱きついていた。

「すごい、すごいよ、菜乃と組めて私は幸せだ!」

「こりゃ、2作め、作らないとね!」

2人は至近距離、数ミリまで顔を近づけて言い合う。

コミケ活動歴8年の菜乃はこの行列をみんなと一緒にさばき始めた。

講堂裏に待機列を作るようにしたのだ。

男たちの仕事も早かった。

まず上映を8時半開始に繰り上げた。

昼休憩を止めて、入れ替えと清掃に20分もうけるにとどめ、今日いち日で10回は上映できる算段をつけ、サークルは勿論、大学関連のあらゆるSNSにその旨を記載し、発表した。

日映大学ナビゲーション・フェスタ準備委員会とも話し合い、急遽、集合用予約アプリをアプリ研(そういうサークルがあり、実はこの大学でいちばん人気)が提供し、行列して待っている間の時間がもったいないので、その間に他のサークルの出し物や模擬店での軽食に回ってもらうように配慮した。

彩らしいと云えば彩らしいが、どこかで15分ほどの舞台挨拶をもうけることを提案してきた。

「いや、先輩、よしておきましょう。まずは観客の皆さまにストレスなくあの映画を観てもらうように徹しましょう」

云ったのは芽里亜だが勿論菜乃も同意見。

タイヘンだったのはあきらと虎丸で、もう女の子たちから一緒に写真撮っていいですか、延々スマートフォンを突き付けられる始末。

「今度、うちの短篇にも出て下さい!」

とあきらと虎丸併せて10回くどかれ、LINE交換もいっぱい迫られた。

野笛はそんな時に窓口として急遽InstagramとXTwitterに「『二人の失楽園』公式アカウント」を作成。

感想や評判は勿論、4人のために将来なるであろう出演依頼やお仕事依頼を受け付けた。

「そう、元来、ネットというのはこういうふうにリアルで起きたことのサポートっていうのがいちばん映えるメディアよ」

菜乃と芽里亜は待機列の皆さんをようやくできたアプリをダウンロードする受付に最後の一人を誘導し、時刻は11時、二人はレコンキスタの名物カレーそばを校内大通りですすっていた、ずるずると。

「あのー、お食事中、すみません。お二人がさっきさばいていた行列ってなんなんですか?」

夏らしい水玉ワンピースを着た猫っぽいとまっさらなブラウスにタータンチェックのスカートをはくリスっぽい女の子二人が菜乃と芽里亜に話しかける。

芽里亜は行列さばきを1時間くらい抜け、近所にコンビニエンスストアに走っていた時間があった。

同学年の星さんと高木さんを連れて、パンフレットを抜粋いして昨夜のうちに作っておいたA4でチラシのようなプレスシートを両面印刷していたのである、1000枚。

芽里亜はその中の2枚をその猫とリスに渡し、アプリ受付を案内した。

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