第三章 荻窪のラーメン二郎 9
9
菜乃はBGM作りと編集を兼ねて自宅の自室で作業を重ねていた。
芽里亜はあれから何度も酉野家に赴き、進捗に付き合った。
別にあきらがあんな暴言を口にしたからではないが、絶えずぴったり二人で作業ということはひとんちだからという理由以外にも、天才の始動を彼女が感じたからだ。
―窯に火が入った状態、だな。
だから芽里亜はそれで、気落ちすることもなかった。
おのれが見込んだ菜乃、むしろそういう状態にならない方が許さない。
だから芽里亜は芽里亜でやるべきことを用意しておいた。
パンフレット作成である。
あらかじめ、同人誌作成の若きベテラン・菜乃に段取りや準備を事前に習っておいた。
「こっちの本とこの本、作りたいのはどっち?」
「こっち!」
「じゃあ、オフセット印刷だ」
ゆくゆくは配信やコンペディションに出す予定、その際の名刺代わりにもなる。
ちゃんとした版下を作っておきたい。
内容はスタッフ・キャスト一覧、あらすじ、リュウセイ役虎丸とハッコウ役アキラへのインタビュー、プロデューサー・脚本の芽里亜と演出・編集の菜乃と監修の野笛の鼎談、菜乃の画コンテの抜粋、そしてイロドリ先輩の評論、そのために静止画も用意してあるので画像も多むのオールカラー、30頁、A4、とりあえず200部。
採算度外視で400円で売る。
「オレさ、これでもネットだけでなく専門誌でもライターやっているワケよ。それなのにタダは仕方なくてもチョーチン記事書けとか!」
「褒めていたじゃない!ぐずぐず言わずに書きなよ!」
勿論イロドリ先輩とノブ先輩。
ああいうことを云いながら、ひと晩で熱のこもった評論を書いてきてくれた彩。
それを芽里亜の部屋で彼女と虎丸が構成して、菜乃に教えてもらったDTPソフトに流し込む。
「あのさ、芽里亜」
「なんやかんやでイイ文章書くじゃん!」
「あのさ、相川、呼んでやろうよ」
「うん、判った。あんたが取り持ってくれるのを待っていた」
「よし!モスバーガーなら何?」
「ライスバーガーで、って、エッ、何?」
「駅前で待っていてもらっている。相川がおごるってさ」
「早くいいなよ」
芽里亜、にこにこ。
そのままあきらと虎丸のインタビューも収め、翌日には菜乃がやってきて息抜きがてらの鼎談を野笛と行う。
そうして原稿は全部集まり、芽里亜はあきらと虎丸と校正を終えて、あらかわ遊園から近いといえば近い、しまや出版に完成原稿を持参した。
映画本編がああいう内容なので、表紙は銀と黒を基調とし、光沢は銀の部分だけ出す仕上げ。
表2・3以外は全てカラー。
カラーなのは画像をいっぱい載せるから。
それでいてヴィジュアル面だけでなく、読み応えがある評論とインタビューと鼎談。
―フフフっ!初めてにしてはかっこいい本が出来たよ!
芽里亜、ご満悦。
実際にオフセット印刷の200部が部室のに届けられた時、段ボールを開け、納品時の梱包している薄茶色の包装紙をびりびりと破く。
そこから出てくる虎丸とあきらが荒川の河港で二人たたずむ表紙。
―あー、ちょっと感涙だわ、こりゃ。涙腺ゆるむわ。
しかし、芽里亜が涙を落とすのは別の機会であった。
前日の金曜日にその試写は校舎の教室を借りて行われた。
レコンキスタの部員とその校内の友達だから30人程であったが、盛況だったし、評判もよかった。
「そりゃ、作った本人たち目の前にけなさないだろうよ」
虎丸の意見。
打ち上げ、行きたかったが、ナビゲーション・フェスタの前日、一次会だけで終わらせた。
当日、他の部員の作品が合計20分ほどあったが『二人の失楽園』をいちばんに持ってきた。
計約1時間流して、20分休憩を午前2回~昼と午後3回と計6回一日で回す、それは二日目の明日日曜も同じ。
模擬店のカレーそばの準備も映像研レコンキスタの面々にはある。
スクリーンが備えつけられている教室、キャパは380席、6分入り。
さすがは映像専門の大学、縦6.3×横8.3。
映画館なみである。
天井の照明が消え、画面は白い光沢を保ち、避難誘導の緑サイン版はついたまま、足元のランプが少々残る。
スクリーンに「映画大学 映像研究会レコンキスタ」の文字。
続いて「ナノメリア 第一回作品」。
タイトル「二人の失楽園」。
白く肌色の丘。
カメラが引くとそれは男性の背中であることが判る。
その白い背中を這うやはり白い手。
白い手は臀部に差し掛かる。
二つの切れ目に薬指だけが潜りかけたところに、カメラは暗転して、男と顎から喉、鎖骨から乳首に移動するが、乳首が出かけたところで、更に暗転し、足を撫でる男の手の甲が映る。
その間、あえぎ声は聴こえず、代わりということか、サックスの音色。
ビブラートを利かした深い音。
若い男二人がお互いの身体をまさぐる。
少し、しつこいなと観客の大半が思った体感時間で切り替わり、男の一人が下着、カフスボタンのワイシャツ、イタリア製のスーツをてきぱきと着ていく。
そのスーツ姿の男の横顔、ハッコウ。
彼を見送る横顔はリュウセイ。
リュウセイは立ち上がり、ユニットバスに入り、大げさに閉める。
リュウセイ、部屋にいた厳しい顔のまま清掃員クルーとして窓ガラスを拭いている。
オフィスは芽里亜のバイト先で、旧財閥系のイベント会社だから、固定したデスクは少なく、開かれ・軽食を食べたり・飲み物も選び放題な自由な空間。
みんな楽し気に談笑しながら働く中、独り険しい表情でキーボードをたたくハッコウ。
何故かそのタイプ音は古めかしいタイプライターのもの。
しゃがんでゴミ箱からゴミを回収するリュウセイ。
立ち上がった時に、目を合わせるどころか、同じ向きも向いていない。
けれども同じフレームの中に二人はいる。
そしてタイプライター音に交じり、先ほどのビブラートを利かした深い音を奏でるサックスの演奏が淡く流れる。
作業を終えたリュウセイが地下のロッカー室で着替えるが、そこは先ほどの冒頭のシーンとは違い、下着姿しか見せない。
未だタイプライター音が画面に鳴り響く、それはリュウセイの脳内で鳴り響くことを表し、メモが取れないリズムである意味。
エレベーターで1階に上がり、入退館ゲートをリュウセイがIDカードをかざし、通り抜ける。
女性の警備員がリュウセイに「お疲れ様です」と声かけると彼は無言で会釈だけする。
夜の東京駅周辺をあたかも尾行を気にするように方角を変え、建物の中に入り移動するリュウセイ。
街中には奇妙な文字、文字ということだけは判る、レタリングが溢れ、QRコードも多い。
リュウセイは歩きながらスマートフォンを取り出し、けったいなデザインのアプリを開く。
鍵盤が映し出され、リズミカルに、ハッコウの叩いたリズムを入力する。
するとハッコウの脳内のリズム、観客にも聴こえていたタイプ音が止む。
少しの静寂の後、トッカータをピアノが奏でる。
場面は電車内のドア上部にあるディスプレイ。
そこには記者団に囲まれたハッコウが会見を開いている。
声は聴こえないが、代わりに電車の乗客たちの「売国奴」や「裏切り者」とつぶやく。
そしてそういうモブの雑音でなく、はっきりした声で「人工知能の手先」と口元アップで聴こえる。
リュウセイは沈痛な面持ちでスマートフォンを開き、先ほどのアプリを起動させ、自動ドアが開いた瞬間にスマホに「アクション」と告げる。
その瞬間、ハッコウを映していたディスプレイが消える、乗客のスマホが次々とブラックアウト、外の景色の消え真っ暗。
上空から空撮で捉えた首都圏は左下半分、東京駅・川崎・浦安にかけて灯が消え、東京湾からごっそり食べられたように。
ハッコウはわざとなのかその報道を記者の一人から聴いて驚きの表情。
その驚く顔のハッコウを映して静止画となり、下に「反AIテロにより首都圏城南地区、完全停電」のスーパー。




