第三章 荻窪のラーメン二郎 8
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―そう、これ!NHKが土曜深夜に放映する革新的なTVドラマのBGMみたいなヤツ!
こう冷静に聴いたのは虎丸で、バンド経験のある芽里亜はむしろ釘付けであった。
シーンとしては2分ない。
だがその約2分を狂乱で駆け抜けた。
「うーん、アクセントとしてラッパが欲しいな」
「じゃあ、お母さん、トロンボーンやろうか!」
「おふくろ!」
恵草の言葉に三兄妹の母親が出現したことに気づく。
皆は「おじゃましています」と挨拶を交わした。
「菜乃のピアノ久々に聴いたな」
「いや、お母さん、にーにとにいにいに着いていくのでやっとだったよ」
「いや、着いていけてないよ」
これは呈良。
「よーし!じゃあ!もう一回だ!」
菜乃の言葉に、反応したのはあきらだった。
「酉野さん、あっ、そうか、ここには酉野さんは四人いるのか。では菜乃さん、録音しておいたんですけど、聴きませんか」
あきらは大学からプロ仕様のフィールドレコーダーを借りてきていたのだ。
「これはそのまま、もうBGMでいいんじゃないか?」
と虎丸。
「いや、そう、室井くん、だったかな。もうちょっと工夫させて欲しい。明日は土日休みだから、没頭できる。ある程度やったら呈良と菜乃に指示出して、仕上げは任せる。来週の土日に最終チェックしたいから、その次の月曜には終わるとみた」
菜乃以外の三人が顔を見渡すが、アイコンタクトで芽里亜が代表することになった。
「ではお願いします」
「喜んで」と長兄、「まかせてよ」と次兄。
「おっ!みなさんは菜乃のお友達ですかな」
「あっ!お父さん!」
再度、三人は三兄妹の父親に挨拶をした。
―このひとはどんな楽器を使うんだ。
あきらはこの疑問を口にしなかったが、実際オールラウンダーなんだが、本作では電車内のシーンで気持ち悪いメロディが流れるのだが、そのテルミン奏者がこの父親である。
ナップザックいっぱいにトウモロコシが詰まっていた。
菜乃の話によるとこの父親は東京都の中央卸売市場の職員だそうで、よく市場の野菜や魚を関係者割引で購入して持って帰ってくるそうだ。
現在は巣鴨の市場に勤めている。
「早速湯を沸かそう!」と恵草。
「こっちはおやじさん、生姜じゃないですか」と呈良。
「今夜はそうめんだから頼んでおいた」と母親。
「そうめんにトウモロコシ、両方食べる量が調整できるくいものだ。ご自宅で夕飯用意されていても食べていけるでしょう」と父親。
茹で上がりのトウモロコシは熱いが、そうめんは冷たいので、ある意味、良い食べ合わせだった。
そうめんも茹でるので、ダイニングキッチンは湯気が立ち込める。
そこで庭のテーブルで夕飯となった。
虎丸は映画音楽について語ると父親と呈良が聴き役・ツッコミ役になり話に花を咲かせている。
あきらが渡辺宙明とつぶやくと恵草がその先見性に意気投合している。
芽里亜がトウモロコシを食べている、ただ粒を一つづつ取って。
「女の子だからそうするのもいいけど、せっかくの北海道産、おばさんだったら、こうだ」
菜乃の母親はがぶっとトウモロコシをかじった。
芽里亜もそのようにすると大きい粒からぶちぶちと甘さが口内に広がる。
「あま~い!」
2人とも笑顔。
菜乃は勿論かじって四本めにトウモロコシを手に着つけている。
虎丸と芽里亜はもう今夜の夕飯はここで採るかという気分になっていた。
少し食べ過ぎたので、三人は池袋駅まで歩くことにした。
「美味しかったですねぇ」とあきら。
「音楽もいいもの作ってくれそうだし」と芽里亜。
「あんたは他の感想を言うと思っていたけどな」と虎丸。
「どういうこと」
「ないならいいよ」
「よくない。気になるじゃない」
「じゃあ、おれが言う。おれんちおやじが最近再婚して、先々月には赤ちゃんが生まれて、女の子だったらしい。じゃあ、なんで再婚したかというとおふくろが逃げた。しかも詫びひと言云わずに、神隠しみたいに逃げた。安否が判るまでの数年間、おやじと二人で煉獄、そう地獄じゃない、執行を待つ死刑囚の気分だった」
「それが菜乃んちとどういう関係があるの」
「いや、芽里亜からはちょっとおれと似たものを感じていたからさ」
「あんたが自分語りしたからって、私がプライベート語る義務ないけど。あ、そっか、この映画制作で必然的に忙しくなるから、実家に顔見せなくてよくなるって、こと?ウソじゃなくなるもんね」
「そうだよ、だからハダカにもなったのさ。ロリコンにもなった。お互いウィンウィンじゃないか」
「ロリコンは違うでしょう」
「ああ、そうだな。ただ帰る家をなくしたから何してもいいという気分ではあった。そういう意味」
「行けば、いいじゃない、札幌」
「あすこにはイヤな思い出しかない」
「今度は女の思い出かよ!トラウマだらけだな、虎丸くん」
「だからさ、ああいう一家と一緒にいるの、辛いよ。理解あって、誰も欠けず、美味しいもの揃って食べて」
「でも判っているでしょう、虎丸くん」
「くんはいい」
「悪意はないし、それにそんなふうに生きてきたことを伝えてもなんとも思わないひとたちだよ」
「そうなんだよね。おれが今言った母親のこと、父親と後妻のこと、別れた女のことを話しても、あの両親も二人の兄貴はおそらく、とてもいい台詞を言うのさ。それがもうさ、負けてるなって、思っちまう。屈折しているよ、自分の歪みばかりが目立つ」
「善人であることはよく判っている、か、これも一種の階級闘争なのかもね」
「芽里亜、この一作当たると思うか?」
「かなりイイ線は行くとは思うけど、コンペディションに応募とかして受賞としないと」
「配信で再生数数えたり、とか」
「そう、だからこれからも作っていかざる負えない」
「在学中にさ、ある程度まで行きたいんだ。それでプロの現場潜り込んだり、潜り込むにしても受賞とかの華が欲しい。札幌から逃げているだろうけど、違う場所に行くために、今こんなことをしている。違う場所に行けば、あの家のキラキラにも対抗できる思っている」
「おそらく菜乃の才能はああいった理解ある家族の下で培養されたんだ。虎丸はちょうど逆だ」
「ただのおれのは適度な不幸だよ。それに酉野さんみたいに才能はない」
「それは一緒だ。私も菜乃ような才能はない」
「いや、部屋の提供から段取りのいいスケジュール運び、負担のバランスを考える出費の計算、メイン以外のキャスティング、ここまで来れたのは芽里亜のおかげだろう」
「努力家なんですよ」
彼女はそう云い、微笑む。
「ぼくもいいですか」
「なんだい、相川」
「私はあの家族嫌いです」
「随分ストレート」と芽里亜がひきつる。
「でも、あの家族にBGM担当してもらうのがいちばんだろう」と虎丸。
「はい、そういう意味でなくて、なんかあれですよね。こういう夜の帰り道を大学の友人三人で歩いていて、本音を語り合うシーンですよね」
―何?
これは芽里亜・虎丸両方の気持ち。
「そうならば、本音を言ったんです」
―そういう話で盛り上がる箇所でもない。
―いや、むしろその話をきっかけにして、前向きになった。
前者は虎丸、後者は芽里亜。
「そうだけど、言っていいことではない」
芽里亜の言葉にあきらはぶ然とするでもなく、無言無表情だった。




