第三章 荻窪のラーメン二郎 2
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菜乃のその言葉で二人はバスタオルを外した。
菜乃、芽里亜、虎丸は、この状況がいかに異常かを熟知していた。
だから早く終わらすために、皆が菜乃の描いた画コンテを頭に入れて、順撮りでなるべく直ぐに終わらせようとしていた。
だが、バスタオルを取った時にその内部にたまった〈男の香り〉が二人分部屋中に漂った。
それで軽く理性が飛んだ。
菜乃と芽里亜は女性なので、男性の匂いに影響をされ易いのは当然だとしても、虎丸ももろにこれを喰らった。
―男ってのはこんなにヤラしい体臭を出すものなのか。
虎丸は新しい性癖を掘り出された気分だった。
嗅覚の次は、視覚だった。
2人とも痩せていて、色白で、あきらが背が高く170、虎丸は165と絶妙な差異。
しかも二人とも未だ10代であった。
ホモセクシュアルとヤラしさにペドフィリアのヤバさが混入されている。
画コンテにもあるように、男性器を映したり、口腔によるオーラルは撮らない。
だが、その深海生物のように艶めかしい若い二人の男性の肉体は生物による最も淫らな饗宴を繰り広げていた。
―そうか、普通は暗い中だから、男の人の身体は見られない。明るい部屋でも始まってしまえば、男の人の身体をそこまで凝視することはない。こんなにエロいものなのか、男の人の身体。
芽里亜は、あまり彼女の身体的変化を叙述することは控えるが、彼女は明らかに欲情していたし、スイッチが入った。
しかも約ひと月前、この部屋でこの艶めかしい裸体二人とカレーライスを作って食べるという牧歌的なことをしていた。
それ以外でもカフェテラスでおしゃべりしたり、一緒にバスや中央線に乗った。
―あの時も洋服の下にはこんなにエロい肉体を隠していたのか。ごめんなさい、ジェーン、私やっぱり異性愛者だったみたい。
芽里亜が思ったジェーンは次章に登場する予定。
脂肪がない引き締まった身体の背中や肩甲骨、手の甲や長い脚は全てがそれぞれ独自の生き物のように蠢く。
しかもそれがもう一体の肉体と交わるので、倍化されるに留まらず、二乗化される。
更にあきらの身体にはほくろが多く、よけいに艶めかしくみせた。
―キレイ、二人ともキレイ、そして挑発的だ。
だが、もう一体、芽里亜の横に挑発的な性の囚われびとがいた。
菜乃だ。
菜乃は左手で画コンテを持ち、右手で力強くワンピースの裾をぎゅうと握りしめている。
その頬には赤身が指している。
―芽里亜ちゃん、私、上が二人お兄ちゃんだったから、ニンゲンのお手本が男の二人だったのね、だから、根本的に女としてのセクシーとか無縁なのかもしれない、とか前に私に言っていたけど、菜乃!今のアンタはエロ過ぎだ!ジェーン、私、やっぱり女の子が好きだ!
だが、直ぐに冷静になった芽里亜。
―菜乃がこの撮影が終わった後に自分の欲情に嫌悪感を抱くかもしれない。
そう、芽里亜もかなり嗅覚と視覚が織りなす男性の身体の饗宴にアテられていたが、先ほどから冷静に観察はできていることに気づいた。
「んっ、はぁ」
横にいた菜乃の口からついて出た。
「菜乃、カメラはあんたが持つんだよ。その方が客観的な視点を持てる」
その時に二人はいつものように目を合わせて合わせたが、その目の濡れ方は完全に女だった。
―今の菜乃のこぼれた声、男の子二人に聞こえてないよな。
菜乃は右手でカメラを構える。
左手は芽里亜に握っていてもらう。
芽里亜はあたかも支えるように余った左手で菜乃の肩を抱く。
男の子二人が体位を変える。
カットを割らず、女の子2人が俯瞰する画を撮る。
菜乃の芽里亜を握る手が強くなり、汗ばむ。
芽里亜の考えは当たった。
既に菜乃は得意の筆を扱うがごとく、カメラを使いこなしている。
それは客観性と冷静さを獲得したということだ。
時間にしてあきらと虎丸がユニットバスから出て、30分くらいだったのに、その撮影は5時間くらい続いたように菜乃と芽里亜には思えた。
―挿入も射精もしていないのに、同性同士で、こうするだけでやたら疲れるもんだな。
虎丸がそう思ったのは、これは近代科学的ではないが、気とか波動に関するもので、それを出す相手と自らをそれを出しながら触れ合えば、エネルギーのぶつかり合い、疲労は覚悟せねばならない。
撮影が終わるとすぐさま、芽里亜は部屋の窓を全開にした。
菜乃が早速撮影したシーンをチェックしているのは、この撮影の撮り残しが後で発覚し、リテイクになることを恐れたためだ。
―こんな撮影、何度もしたら、死んじゃう。
「相川、シャワーどっちが先に浴びる?」
虎丸のこの台詞が菜乃と芽里亜の萌えポイントになったが、あきらは何でシャワーを浴びなきゃ判らないふうであった。
その虎丸が身体を拭きながらユニットバスから出て、部屋の片づけを芽里亜とあきらが済まし、菜乃のチェックが終わると少し間が空いた。
風は、男にも女にも等しく吹くのだから。
「今日は解散、しようゼ」
その沈黙を破ったのは虎丸。
―この道産子、案外空気を読めるんだな。
だが芽里亜の横には空気が読めない女がいた。
「芽里亜ちゃん、ちょっとだけ芽里亜ちゃんの部屋、寄っていい?」
目を潤ませて小声で語りかけるのは菜乃だった。
―うわぁぁぁぁぁぁぁ!こ、これはヤバい!虎丸くんがせっかくかわしてくれたのに、こんなかわいい性欲モンスターが私んちに来るとか!
小声ではあったが、虎丸には聴こえたようで、「知るか」という表情をしている。
「僕にも聞こえましたよ。酉野さんもなんか名残惜しいんですよね。じゃあ、ラーメンでも食べにいきませんか」
あきらはそう云うと鞄を肩にかけて出て行った。
そう、そう云えば、残る三人もお腹空いていることに気づき、立ち上がる。
何度かスマートフォンのマップ機能を使い、住宅街にあるバス停をあきらは見つけた。
「このバスだと荻窪駅南口に直ぐに着くんですよ。西荻窪駅まで歩いて、JRでひと駅移動するならば、こっちの方がいいと思いましてね」
あきらの後を追う三人は幽鬼のように無言。
「ここです」
で、着いたのがラーメン二郎荻窪店。




