6 エヴァリスの秘密の力
エヴァリスが目を覚ましたのは、リオンの封印を解いてから三日目の事だった。
祭司のヴァレリーの話によれば、いつ目が覚めるのかは分からないと告げられていたそうだ。目覚めたあと、当然のことだがライラからは屋敷が揺れるほどの未だかつてない特大の雷を落とされた。そのせいもあり、暫くの間はエヴァリスが何処に行ってもついて回り(トイレにもついてこようとするのは流石に止めた)片時も一人にしてはくれなかった。
エルメルダには、ライラが上手く嘘をつき教会で風邪をもらい寝込んでいると伝えたらしい。案の定なんの病気かわからないから治るまで近づかないようにと、エルメルダから進んでエヴァリスの部屋に近づいてくることはなかった。
そんな事よりあの騒動以降、エルメルダによって教会が浄化されたとの情報が流れ少しずつ途切れていた支援が再開しているとのことだ。あくまでも浄化を行ったのはエヴァリスだが、新しく自身の名が世の中に知れ渡りエルメルダは鼻高々だった。まさかエヴァリスが影武者として慰問を行ったことなど皆知る由もない。
エヴァリスはリオンの無事を確かめたいと、部屋の前で仁王立ちするライラを説得すること1週間。ようやく少しの時間だけリオンに会うことを許された。エヴァリスは、ガイデンに案内されやってきたリオンと祭司のヴァレリーと二週間ぶりの再開を果たす。
「エヴァリス様、調子はどうですか?」
「えぇ何ともありません。このとおり元気です。」
後ろでライラがこほんと咳払いをする。それに首をすくめてみせるとリオンは申し訳無さそうに笑った。呪い自体は解けたものの、やはり長い時間蝕まれていた身体への代償は簡単に消えないらしい。黒化は消え去ったもののリオンの身体は相変わらず少年のままだ。
しかし今までの知識や記憶は失っていないらしい。つまりは身体だけ七歳に戻ってしまったが中見は青年であることに変わりはないのだという。ヴァレリーが言うにはここからきちんとまた身体は成長していくらしい。
「私に様はつけなくて良いです。リオンの方がきっと年上ですし。」
「命の恩人に失礼なことは言えないよ…。」
リオンは慌てたように後ずさる。
「私もリオンに砕けた話し方をするわ。なのでリオンもそう話して欲しいのだけど。せめて私達の前では。」
「分かった、じゃあそうしよう。エヴァリス。」
終始和やかな雰囲気で話は進む。どうやらリオンはあれから教会の中で働いているのだそうだ。子どもの姿になったリオンの事を知る人はいない。彼の過去も呪いのことについてもエルメルダの力によって全ては消え去ったのだと伝えられているため、新しく来た孤児としてヴァレリーの下で仕事を手伝っているそうだ。
「そういえば、馬車もないのに祭司様とリオンはどうやってここまで来たのですか?教会からここまで歩くとなるとお時間がかかると思いますが…。」
話の途中、ライラはふと気づいたらしい。そして不思議そうにリオンに尋ねた。あぁ、それはね…こうやったんだよ。リオンはそう言って徐ろに指を鳴らすと、途端に姿を消した。
「えっ?エヴァリス様!リオンが消えました!」
「僕はここだよ。」
声のする方へ振り返ると、先程まで眼の前にいたリオンはいつの間にか屋根の上に腰掛けている。
「リオン、あなた一瞬にして登ったの?」
目をパチパチと瞬かせるエヴァリスを見て、リオンはもう一度指を鳴らすとエヴァリスの眼の前に現れた。
こうして見ればよく整った顔立ちのリオンが目の前に現れエヴァリスは驚いて目を丸くする。
「へぇー、珍しいな。リオンお前瞬間移動が使えるのか。」
ガイデンが初めて見たと言いながら笑い声をあげる。
「行ったことのない場所は行けないよ。そんなに一度に遠くまでは行けないし。場所をイメージして少しずつ移転すればここまで三回くらいだよ。」
「今日はリオンのおかげでほんの5分で着きましたわい。」
聞けば、リオンの心に傷を残したあの事件の時は知らない土地だったことと、足の怪我のせいで上手く移転魔法が使えなかったらしい。
「凄いわ、リオンの魔法って素敵な力なのね。」
そう言って微笑むエヴァリスにリオンは小さく顔を赤くする。それに嫉妬したライラがリオンの隣で勢いよく手を挙げる。
「エヴァリス様、このライラだってとっても凄い魔法を使えるんですよ!」
「そうだな…。俺は水が使えるけど、確かにライラの魔法って聞いたことなかったな。」
「ふふふっ、ライラの魔法はずばり!」
『『ずばり?』』
「動物と話せる魔法です!」
ポカンと口を開ける男性陣を前にえへんと胸を張るライラ。その横ではエヴァリスがニコニコと微笑む。
「えーっと、それはその不思議ちゃ…」
「ガイデン様、ライラは決して不思議ちゃんではありません。ちゃーんと動物さんとお話ができるんです。」
「そもそも動物って喋れるのか?」
「はい、心の声を聞けばちゃんと答えてくれます!実際私は先日エルメルダ様のお気に入りの手袋が片方無くなった時に一番最初に犯人を突き止めましたから!」
「飼い猫のロエルが加えて隠し持っていたのよね。」
「えぇ、あれが見つかっていなかったらメイドは皆手袋を見つけるまで夕食抜きになるところでしたからね。ライラのお手柄です。」
ライラの話す内容が、嘘か真か皆々が困惑する中ヴァレリーが静かに口を開いた。
「そうです。私達が今日エヴァリス様の元を訪れたのには理由がございます。エヴァリス様の魔法について是非お伝えしなくてはならない事があるのです。」
「私の魔法…ですか?でも、私は生まれつき色なしです。継承式でも私が手をかざしてもなんの反応もありませんでしたから。」
エヴァリスは申し訳無さそうにヴァレリーにそう答えた。しかしヴァレリーはなおも首を横に振る。
「先日の事はここにいる者しか知りません。エヴァリス様がエルメルダ様の代わりに訪問されたことも、リオンのことも。」
「エヴァリスは今まで一度も魔法を使ったことはないの?」
リオンに尋ねられて、エヴァリスは静かに頷く。
幼い頃、自分にも何か力があるのではないかと隠れて色々試したことはある。しかしそのどれもがエヴァリスの色無しを浮き彫りにするだけだったこともあり、エヴァリスはいつしか試すことすら辞めてしまったのだ。
「あの光は確かに浄化の光でした。白の魔法と呼ばれる癒しの光とは異なりこれについての文献は歴史を遡ってもそう有るものではありません。」
「ではどうしてエヴァリスお嬢様がその様な力を使えたのでしょうか?」
ヴァレリーはわからないと首をふる。エヴァリスとて、そんな力が自身によって起こったこととは思いつかない。ただあの時は、目の前のリオンを…そして子どもの魂を心から癒してあげたいその一心だった。不安そうなエヴァリスの様子を察したのかガイデンがエヴァリスの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「まぁ難しいことは分からねぇ。ただ魔法があろうが無かろうがエヴァリスは俺の友達だ。」
「そうですね!私はお嬢様が例え花や動物になっても同じようにお仕えする所存です。」
「ライラ…君ってフォローが下手だね。」
リオンは呆れたようにライラに言った。
みんながそう言って笑う姿を見てエヴァリスは心が温かくなるのを感じた。靄がかかった不安はあるもののこうしてエヴァリス自身を見てくれる人間が側にいてくれることは心強い。
「エヴァリス様、この件はまず私達だけで留めておきます。先程お伝えしたように浄化の魔法については記されているものが少ない…。少しずつ調べましょう。」
ヴァレリーの言葉にエヴァリスは頷く。
あの時、自身の手から放たれた浄化の光の感触はまだ手のひらに残っている。どうしてあの時、不安にならなかったのか。どうするべきなのかが手に取るように分かったのはどうしてなのか?
この時のエヴァリスは知る由もなかった。この力が後にたくさんの人を救う力になることを…。
その後、エヴァリスは今までと変わらずにエルメルダに仕える毎日を送っていた。ただあの一件から、味をしめたエルメルダに代わり教会に慰問に行くのは完全にエヴァリスの役目になっていた。
慰問の日は教会に訪れ、ヴァレリーとリオンと共に病に冒された人々の手当を手伝う。エヴァリスは傷ついた者の手を握り、ゆっくりと話を聞きながらその心を癒していった。人手が足りなければエヴァリス自身も洗濯や掃除をして、身寄りのない人々が食べ物にありつけるように炊き出しを行った。
「エルメルダ様、貴方は本当に女神でいらっしゃいます。私たちの希望です。」
「いえ…。人には皆生まれ持った意味があります。あなたも愛されるひとりなのですよ…。」
人々が口々にエルメルダの名前を呼び、涙を流して感謝を伝える姿に申し訳なさを感じながら、エヴァリスは自身にできることを精一杯やろうと決めている。たとえ偽りの器でも言霊は自分自身のもので誠意を尽くしたかった。
「エルメルダ様、それは先程子どもが吐いたものが着いています。私達が片付けますから…。」
「良いのです。あなた達も忙しくて食事を召し上がっていらっしゃらないですよ。ここは私がやりますからあちらでパンを食べてきてください。」
ありがとうございます…。と疲れ切ったシスターは目に涙を浮かべながら礼をいうとその場を後にする。エヴァリスの尽力もあり、教会は以前の噂が消え傷ついた人々が集まる憩いの場になっていった。
ヴァレリーによれば、国からの寄付金が増え定期的にお金が入るようになり人も増やせるようになったそうだ。
「エヴァリス、紅茶でも飲む?」
「ありがとうリオン、ではいただこうかしら?」
仕事が一段落して、エヴァリスはヴァレリーとリオン達が住む教会の離れで休憩を取る。7歳の姿にしては手際よく紅茶を淹れるリオンの姿を微笑ましく見つめる。
「リオン教会での生活は…とても慣れたみたいね。」
「あぁ、この身体だしあまり目立たないようにしているんだけどね。たまに忘れて素で話すとみんなから驚かれるんだ。お酒の味の話とかね…。」
リオンの言葉にクスクスと笑うと、目の前に甘い香りの紅茶が入ったティーカップが差し出される。
「これは…ベリーの香り?」
「そうだよ、僕の母がとても好きでね。香り付けに乾燥させたものを入れるんだ。」
こくんと一口飲み干すと甘くフルーティな香りが優しく流れ込む。どうかな…?と尋ねるリオンにエヴァリスはバッチリよと微笑み返す。リオンはそれを見ると嬉しそうに自身も紅茶に口をつける。
その時、やれやれ…と頬をかきながらヴァレリーが扉を開けた。
「すまんのぉ、リオン。わしの眼鏡が見当たらなくてな…。先程本を読んでいた時には確かにあったんだが。」
そう言いながら、机の上やテーブルをみて回るヴァレリーを見てリオンは頭を指差す。
「その頭につけているのは何?」
「頭?…あぁここか!確かにあの時一度外したな。やれやれ探し回ったわい。」
エヴァリスが笑うと、リオンは小声で「いつもあそこなんだ。」と返す。その様子はどこからみても祖父と孫の会話である。リオンから聞いた話では、ヴァレリーの魔力は折り紙付きで歴代一二を争う力だったそうだ。そもそも過去に王宮の祭司として仕えていたことがあるが、本人に言わせれば「性に合わなかった」との事らしい。
何度も王宮から帰ってこないかと言われているもののこうしてこの教会を過去ひとりで切り盛りしてきた。今はリオンが手伝ってくれているが。
「こほん。エヴァリス様、此度もご足労頂きありがとうございます。教会に足を運ぶものは皆あなた様の言葉やお心遣いに生きることができるのです。」
「いえ…そのようなことは。私はただの影武者ですから…。」
「エヴァリス、君はもっと自身に誇りを持ったら良い。君のおかげて助かった人達は沢山いる。僕がその証明さ。」
「ありがとうリオン…。」
あれからヴァレリーとリオンは、浄化の魔法についての情報を集めてくれている。月に一度教会に訪問に行った際は何かと教えてくれることもありエヴァリスにとっては心強い味方だった。
「調べたところ、文献に残っているもので過去に浄化の光を使うことができたのは数人だそうです。」
「えっ?たった数人ですか?」
「あぁ、その様だね。今のところだけど。王宮で保管されている書庫であればもっと手がかりがあるかもしれないけど…。」
王宮の書庫か…。
今の段階ではそれは難しい。あれからしばらく、慰問の中でたくさんの人に出会ったがエヴァリスの力に反応する者は出てきていない。
「大丈夫です。焦らずに探しましょう。」
「ありがとうございますヴァレリー、リオン。また来月こちらに参りますね。」
エヴァリスはそう二人に礼を告げると、少し冷めた紅茶をまた口にした。
その後教会の様子や、身寄りのない子どもたちへの支援など様々な事について話に話を咲かせたのだった。




