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4 影武者での慈善訪問

あのお茶会の後、妹を思う心優しきエルメルダと忠誠を誓うエヴァリスの姿は何故か宮中から町中にまで知れ渡っている。美しくも悲しい双子の姉妹の話は美談になり人の興味を誘うのだそうだ。



「エヴァリス早く来なさい!!」



しかし現実は似て非なるもの。


本日も寝起きが最悪のエルメルダは、何かにつけてエヴァリスを呼びつけるとあれこれと注文をつけてはウサを晴らす。それはあのお茶会から特に。



「セオリア様と目を合わせるなって、あれほど言ったでしょう。」



あのお茶会の後、屋敷に帰ってからエルメルダは先ほどの涙はどこへやら開口一番エヴァリスを怒鳴りつけた。淡々と「申し訳ありませんでした。」と頭を下げながら密かにため息をつく。大方、自身とセオリアの仲の良さをわざとエヴァリスに見せつけ反応を楽しみたかった…ということころか。


態々そんなことをしなくても、エヴァリスは自身の存在価値を充分すぎるほどにわきまえているのだが。




「しかもセオリア様に触れるなんて言語道断。」



否、向こうから触ってきたわけだけだが。


ここで反論しては癇癪が長引くだけである。エヴァリスはひたすら頭を下げると、腹の虫がおさまらないエルメルダは罰として明日の分の暖炉用の薪をエヴァリス一人で割るように命令すると怒りながら乱暴に部屋の扉を締めた。




機嫌が悪いのはもう一つ。


白の魔法を使う為には、神殿に赴き祈りを捧げなくてはならない。魔物の侵入を防ぐ結界を張るのと同じく、昨今の戦で命を落とした兵士への祈りや王女になるための座学が架橋に入りエルメルダは日々聖務に追われ常にイライラしている。




「エルメルダ様、お呼びでしょうか。」

「遅いわよ、本当に愚図ね。呼ばれたらさっさと来なさいよ。」

「申し訳ございません。それで何かございましたか?」



数日後、屋敷の掃除を行っていたエヴァリスは急にエルメルダの部屋に呼びつけられる。



「今から街で便箋をいくつか見繕ってきて。しつこいくらいあの団体から祈りを捧げにきてくれって嘆願書が来てるの。アンタが適当に手紙の返事を書いて。」




エルメルダが言っているのは慈善団体からくる嘆願書のことである。余命幾ばくも無い、病に苦しむ人たちのための施設からエルメルダに一目会いに来てくれないかと手紙が届くのだ。






「またお断りされるのですか?」

「こっちは朝から晩までやることが一杯でお茶をする時間だって無いのよ。どうせもう助かりもしない人たちの所に行ったって意味ないわ。」


「そんな事はありません。例え消えゆく命でもエルメルダ様にお会いできることで救われる心があります。」



珍しく口答えしたエヴァリスに、エルメルダはじーっとその顔を見ると、突然思いついたように声を上げて笑う。



「そうよ!何故気づかなかったのかしら。」


「何がそんなに可笑しいのですか?」


「そんなに行きたいならお前が行けば良いわ。どうせ助からないし私じゃなくてもエヴァリスが行っても同じだもの。」




あまりの突拍子の無さにエヴァリスは久しぶりにエルメルダに怒りを示した。あくまで冷静さは失わないもののエルメルダは久しぶりのそれに気付いたようだ。



「私が行っても意味がありません。皆はエルメルダ様を待っているのですから。」




「エヴァリス…話を聞いていなかったの?貴方が私の代わりに行くのよ。」




(私のフリをして)




まるで名案を思いついたかのように、エルメルダはウキウキしながらその場でクルクルと回って見せる。それを見てエヴァリスは一瞬、目眩がするのを感じた。




「出来ません、そんな騙すようなこと。」


「頭が硬いわね、別に騙すんじゃないわよ。私が忙しいのは本当。でも向こうは冥途の土産に一目白のお姫様に会いたいわけでしょ。ならエヴァリスが少ーしだけ私のお手伝いをして優しい言葉をかけてあげたら良いじゃない。いつもみたいにヴェールを被れば分からないわよ。」




それに…。そう言いながらエルメルダはエヴァリスの前まで来ると顔を近づけて真顔になる。




「エヴァリスは私の出がらしでしょ。私のために仕えることがあなたの幸せなの。はなから拒否権なんて無いわよ。やりなさい。」




エヴァリスが拒否の代わりに無言を貫けば、エルメルダはパッと花のように笑うと「はい、決まりー。」とメイドのナチェスを呼びつける。


エヴァリスの心が拒否を叫ぶが、エルメルダが吐き捨てたように現実に拒否権はないのだろう。



結局、エルメルダが自身で訪問をすることを了承する手紙をしたためると直ぐに感謝の手紙が返ってきて、あれよあれよという間にエヴァリスがエルメルダの代わりに慈善訪問に行く日にちが近づいてきた。





ライラは不貞腐れながら、スープにパンを浸す。


それを見たエヴァリスはお行儀が悪いわよと優しくたしなめた。




「これが怒らずにいられますか?屋敷でエヴァリスお嬢様を使用人のように扱い、挙げ句の果に影武者になって慈善訪問に行けだなんて…。」


「断れなかった私がいけないの。ライラまで気分を悪くすること無いわ。」

「あそこは…その、もう助からない方々が集まる場所です。どんな病があるか分からないのですよ。エヴァリスお嬢様に何かあったらどうなさるおつもりですか。」


「大丈夫よ、皆最後は亡くなるの。名前は明かせないけど精いっぱい務めてくるから安心して。」




エヴァリス様は優しすぎます…。そう言いながらライラは鼻をすする。エヴァリスの言葉に嘘はない。こうして自分の代わりに泣いてくれる人がいることで救われることをエヴァリスは身を持って知っている。


自分には魔法も何も持ち合わせていなくとも、こんな自分に出来ることがあるのなら…と、思う。






慈善訪問の当日。


エルメルダの代わりに訪問するエヴァリスは、ライラの手によって何年ぶりかに化粧を施されていた。



「エヴァリスお嬢様美しいです…。」



1回ずつ粉をはたきながら目をうるませそう繰り返すライラは、ずっとこうしたかったと涙をこぼす。



「お任せください。エヴァリス様は元からお美しいですが、今日は今までで1番綺麗なお姿にしますから。」


「ライラ、ありがとう。頼もしいわ。」





その言葉を聞いて、ライラはまた涙ぐむとエプロンの裾で涙を拭う。出発の時間までに間に合うのだろうか…と内心気にしながら時計を見ると、エヴァリスの部屋のドアがバンと開けられた。



「あらー、馬子にも衣装ね。お化粧って凄いわ。」




エルメルダは舐めるようにエヴァリスの周りを歩きながら笑い声を上げる。ライラが足を引っ掛けやしないかとヒヤヒヤするが、流石にそこまではしないらしい。




「…ちょっと、私の服にしては地味じゃない?」




エルメルダは白いシンプルなワンピースの袖をつまむとライラにため息を吐く。




「今日の目的は慰問です。ド派手で南国の鳥みたいなドレスよりシンプルで清楚な服装が好まれると思いますが。」




エルメルダの纏っている紫色のドレスを細い目で見ながらライラは早口で答える。



「まぁ良いわ、別に着るのは私じゃないし。良いわねエヴァリス、あんたは私の代わりに行くのよ。

バレたらただじゃおかないから。」




「ご心配ございません。失礼がないようにいたします。」


「私は今日、あんたが代わりに慰問に行くことになっているから外にはでられないの。家の中でゆーっくり過ごすことにするわ。じゃあせいぜい頑張ってちょうだい。」



エヴァリスは「分かりました。」と返事を返す。気だるげにそう言うエルメルダの後ろ姿に、ライラがエヴァリスの髪をといていたブラシを投げようとするのを必死で抑え込む。




「ライラ、ほら時間がないわ。お願い。」


「私いつか、いつかあの女に目にもの見せてやります。」




相変わらず、怒りが収まらない様子のライラを宥めながらエヴァリスの準備は続く。


白銀のウィッグをかぶり髪の毛がまとめ終われば、既にエヴァリスはぐったりの状態であった。




「エヴァリスお嬢様。私、女神を作ってしまいました。」




「ライラありがとう、あなたって天才ね。私でもこんなにきれいになったわ。」




自己肯定感の低さを主に代わって嘆きながら、ライラはため息をついた。化粧にもよるがこうして見れば、滅多な人ではエヴァリスとエルメルダの区別はつかないであろう。寧ろ気づく人がいるのだろうか…。


エヴァリスはヴェールを被ると大きく息を吐く。




「それでは参りましょう、今日はガイデン様が一緒に同行されるそうです。因みにガイデン様以外、他の騎士には今回の影武者のことは伝えておりませんので!あくまでエルメルダ様になりきってください!」




「…頑張ります。」




急に迫り上がってきた緊張感にエヴァリスは大きく1つ息を吐く。今日はエルメルダになりきる…。


エヴァリスはそっと目を開けると、ガイデン達が待つ場所に向かった。




いつもは素通りする屋敷のメイド達が一様に立ち止まってはエルメルダもとよりエヴァリスに向かって深々とお辞儀をする。それに向かって無言で通り過ぎるが、どうやら気付かれていないようだ。






「エヴァリス様、まだエルメルダ様のような性格の悪さが滲み出ていません。もっと思いっきりいきましょう。」




その言葉に、無理無理とエヴァリスは首をブンブンとふる。機嫌が悪いエルメルダは通りすがりの使用人に無茶振りをするわけだが、どうやら今日はそうではないらしいと皆から安堵のため息が聞こえてくる。




ロビーを抜けてドアを開ければ、馬車の前で待っていたガイデンはエヴァリスをひと目見た瞬間、クスクスとした笑いを隠すように小さくコホンと咳をすると真顔になりエヴァリスに頭を下げる。




「エルメルダ様、それでは参りましょう。」

「はい…。あいや、えぇ、早く行ってちょうだい。」




慣れない言葉使いに戸惑いつつ、ガイデンの差し出された手を取り馬車に乗り込む。



「とても似合ってるじゃないか。」

「ライラの才能よ。」


あまり乗ったことのないふわふわのシートにお尻を沈めながらびくりと身体を強張らせるエヴァリス。それを見ながらガイデンはニコニコしながら馬車の扉を閉めると、程なくして馬車は大きな車輪を回し動き始めた。目的地の町外れの教会まで先を急ぐ。






「お嬢様、馬車の乗り心地はいかがですか?」




「私は慣れてるから馬に乗るほうが性に合っているかもしれないわ。」


「何ごとも経験です。大丈夫ですこれとっても乗り心地が良いんですよ。」





道中ライラはエヴァリスの緊張をほぐすように他愛のない話を続ける。暫くすると馬車の速度がゆっくりと落ち、等々動きが止まった。



ガタリと揺れて、馬車のドアからガイデンが顔を出す。






「到着しましたよ。乗り心地はどうでしたか?」

「えぇとっても素敵…、ふかふかだったわ。」




馴れない馬車でソワソワと落ち着かないエヴァリスを見てガイデンはやはりニコニコと微笑む。差し出されたその手を取り場所を降りると、祭司が数名深々とお辞儀をしながらエヴァリスを出迎える。




「何ということでしょう。白の魔法を宿す方にご訪問いただき感謝してもしきれません。」


「皆、エルメルダ様のご訪問を心待ちにしておりました。どうか慈悲の言葉をかけてやってください。」





エルメルダの名前に、エヴァリスの良心がチクリと痛むがエヴァリスは心を奮い立たせる。



「長い間、御返事ができず申し訳ありませんでした。是非皆様にお会いさせてください。」

「おぉ、誠にありがとうございます。ささ、こちらです。どうぞお入りください。」



祭司たちに続いてエヴァリスは教会の中に足を踏み入れた。


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