47 交錯する思い
「ソアル様そちらではありません。」
「あぁ、すまない。」
フラフラと目的地とは違う道に入ろうとするソアルの腕を掴みエヴァリスが元の道に促す。今日は露店が出ていることもあり、いつもより人が多く出歩いているのだ。
「もしかして人ごみに酔いましたか?」
「いや、そうじゃない。ありがとう。」
少し疲れた様子のソアルを気に掛けるエヴァリス。離れた場所からその二人の姿を見ていたセオリアに、アネモネはそっと声をかける。
「お兄様は子どもの時からドが付くほどの方向音痴です。頭は良いし、あの通り顔は美しいのですがこればかりはどうにも。昔からよく行方不明になっては両親がやきもきしていました。」
「そう、ですか…。」
「それにしてもお兄様とエヴァリス、お似合いだと思いませんか?あの気難しいお兄様の相手が出来る女性はエヴァリスしかいません。お母様もお兄様があんなに笑っているのを久しぶりに見たと驚いていました。」
アネモネはそう言ってセオリアを横目に見る。しかしセオリアは、またしても「そうですか…。」と生返事を返すだけで、その目はエヴァリス達から離れることはない。自身が全く視界に入っていないことに少したじろいだアネモネだったがセオリアの視界を遮るように、ずいっと顔をセオリアに寄せた。
流石のセオリアもハッとして、目の前のアネモネに気付いたようだ。
「お兄様はあぁ見えて秀才なのです、いえジプナル国の霊力を真に受け継ぐ天才なのです!一度読んだ本は全て内容を覚えてしまいますし、顔写真とデータを渡せばその人の顔と名前は忘れることはありません。運動はからっきしですし、虫一匹殺すことが出来ませんが誰よりも優しくて麗しい私のお兄様です。」
「アネモネ、姫…?」
「つ・ま・り!私が言いたいのはお兄様にはエヴァリスがお似合いという事です!!」
アネモネは息を切らしながら一気にまくし立てた。そしてしばしの沈黙。
するとセオリアはアネモネの顔を見ると突然大きく噴き出した。「なるほど…。」と何度か頷いたセオリアの意図が汲めず困惑していると、セオリアは穏やかな顔でアネモネにほほ笑んだ。
「アネモネ様は、随分と兄思いなのですね。」
「な、何をおっしゃいますの。お兄様よりずっとセオリア様の方が何倍も何百倍も素敵ですから!」
それでも笑い続けるセオリアにごまかすように「違うと言っておりますのに!!」と頬を膨らませるアネモネ。
(ねえ、あの方たちを見て…美男美女ね…。)
(あー、私もあんな素敵な殿方と一緒に市場でデートしたいわ。)
先ほどから手に取った本が全く進まないエヴァリスの耳に通りがかりにセオリアとアネモネを見た人たちの声が聞こえた。その隣で本を捲りながらソアルは小さくため息をついた。
「気になるなら話に入ればいいだろ。先ほどエヴァリスのメイドもそう言っていたが。」
「聞こえていたのですか?…いえ、アネモネ様に喜んでいただけて嬉しいのです。ルシエラ様もハレオンの国の文化に触れて欲しいと仰っていましたから。アソアル様にも様々なものを見ていただけると嬉しいです。」
「…アイツの事が好きなんだろう。うかうかしているとアネモネにとられるぞ。」
『好き』
その言葉を聞いたエヴァリスは慌てて本から手を滑らした。それを床に落ちる前に受け止めると、ソアルは「分かり易いな。」と小さく笑った。まさかソアルから色恋沙汰についての話が出てくるとは思っておらずエヴァリスは大きく驚いた。
「な、滅相もございません。私は別に…。」
「あれだけあの男に駄々洩れさせておいて、気づきません…というのも大分酷だと思うが。」
今日のソアルは至極真っ当だ。
ぐうの音も出ないエヴァリスに本を返しながらソアルは言葉を続ける。菫色の目はまたしても真っすぐに目の前のエヴァリスに向けられていた。
「まぁ、俺はよそ様の事には興味がないから安心しろ。別に詮索をするつもりはない。」
「ありがとうございます。」
最近になってソアルの不器用ながらも遠回りにやってくる優しさにエヴァリスは気づき始めた。相変わらずソアルはマイペースで本以外の事に興味はないが。
「エヴァリスのその不器用な所、嫌いじゃないけどね俺は。」
「ソアル様…?」
えっ…空耳?
その横の本を取って。ソアルは話を切るとエヴァリスの目の前にある本を指さした。言われるがままに手渡せばソアルは何事もなかったように本のページをパラパラと捲り続ける。
流れ星を目の端でとらえた時のような。流れたのか、見間違いなのかぐらいの感覚。
結局そのことについて聞き返すことは出来ず、そのまましばらく街を巡り終わると四人は馬車がある広場の中央に戻ってきた。この日、結局最後までセオリアと言葉を交わしたのは数回だけ。
「おかえりなさいませ。」
ジプナル国のメイドと共に帰りを待っていたライラはエヴァリスを笑顔で出迎えた。「どうでしたか?」とライラに尋ねられてエヴァリスは穏やかに頷く。メイドに促されてエヴァリスが馬車に乗り込むと、アネモネがセオリアの腕を取った。
「セオリア様もっとお話ししましょう。」
「アネモネ様、私は…。」
「いい加減にしろ。」
セオリアと同じ馬車に乗り込もうとしたアネモネだったが、急に体が浮き上がりソアルにその身体を軽々と担がれる。思いがけないソアルの行動にセオリアを始め、ジプナル国の人間は皆ワタワタと驚きの表情を浮かべた。
アネモネも予想外だったのであろう。数回目をぱちくりした後顔を真っ赤にしたアネモネはバタバタと足を揺らす。
「なっ!お兄様放してください。レディ―を公衆の面前で担ぐなんてマナー違反ですよ。」
「俺たちは疲れたから先に帰る。せっかく街に出たんだからゆっくりしろ。」
「ちょっと私の話はまだ…。」
「お前はこっち。」
問答無用。ぎゃあぎゃあと喚くアネモネを颯爽と馬車に押し込めるとソアルは馬車の扉を閉めた。納得のいかないアネモネがソアルに食って掛かるが、ソアルの指示通り馬車は動き始める。こうして予定外の修学旅行終わりを迎え兄妹は一足先に王宮へと戻って行った。取り残されたセオリアとエヴァリスは嵐のように去って行った二人を見つめる。
「えーっと、せっかくだから少し歩こうか。」
「えぇ、そうしましょう。」
セオリアはリタールにあともう少し待つように告げると、「行こう。」エヴァリスに自身の手を差し出した。ライラは歓喜し「えぇ!もう何時間でも!!」とリタールを引きずって手を振る。恥ずかしさを隠せぬまま、セオリアのその手を取ると二人は市場の中を歩き始めた。
その頃、馬車では相変わらずアネモネがソアルに抗議の真っ最中だった。
「お兄様!邪魔しないでちょうだい。私は今日セオリア様と一緒に…。」
「いいから、そっちの足を見せろ。」
子犬のように吠えるアネモネにため息をつきながらソアルはアネモネの足を取る。「痛っ…。」掴まれたアネモネの足にズキリと痛みが走った。見ればアネモネの踵は靴擦れで傷ついており僅かに血が滲んでいる。
「慣れない靴を履くからだ。痛いならもっと早く言え、染みるぞ。」
そう言ってアネモネの靴を優しく脱がせるとソアルは自身のハンカチをアネモネの傷に当てる。その様子をバツが悪そうに見ていたアネモネはふてくされて窓の外を見た。兄はいつもこうなのだ。ぶっきらぼうに見えて、昔からアネモネには優しかった。
「私、お兄様のそういうところがずるいと思うわ。」
「相変わらず分からん奴だな。良いから大人しくしてろ。」
「本当に喋ると残念なのよね。」
それをソアルに伝えたところで「知らん。」で終わるのは分かっているから。小さく舌打ちをしたソアルに、アネモネは窓の外を見ながら笑みを深めるのであった。
エヴァリスはずらりと並んだ刺繍糸を見比べながら「こっちにしようか。」「でもこちらも綺麗だわ。」と一人迷いながら独り言ちる。子ども達が学校で使用するエプロンにそれぞれ名前をいれるのだが、みんなの顔を思い浮かべるとなかなか決まらないのだ。セオリアは真剣に選び続けるエヴァリスの隣でその様子を見つめながら笑みを浮かべた。
「そちらの浅葱色も良さそうだが。」
「やはりそう思われますか?んーこちらも捨てがたいですが、やはりこれにいたします。」
エヴァリスはセオリアが選んだ刺繍糸を手に取ると、他の幾つかの色と一緒に店員に声をかけた。嬉しそうな顔で「素敵なものが買えました。」と話すと、セオリアはエヴァリスが受け取った紙袋を横から取り、自身の右手を差し出した。セオリアの顔と、その手を交互に見ながらモジモジと迷っていたエヴァリス。しかし意を決したように小さく手を差し出せば、待ちきれないセオリアは「行くよ。」とその手を掴み歩き始めた。
人混みは先ほどよりまばらになり、二人はゆっくりと歩きながら話しを続ける。
「アネモネ様も、ソアル様も喜んでいただけて良かったです。ハレオンの国文化を知っていただく良い機会になったかと思います。」
「そうだね。でも私としてはエヴァとゆっくりデートをするつもりだったんだけど。」
セオリアはどこか遠い目をしながら残念そうに首をすくめた。「今度は二人で出かけよう。」間髪入れずに次の約束を取りつける姿を見てエヴァリスは素直に嬉しく思った。「楽しみにしております。」そう返せばセオリアは愛おしそうにエヴァリスの手にキスをひとつ。
「でもよろしかったのでしょうか?お二人だけ先に王宮に帰らせてしまって…。」
「護衛もいるし問題ない。もともとソアル王子はあまり外に出たくなかったみたいだしな。」
「ソアル様は運動がお好きではないようですね。でもとても博学でいらっしゃいます。本を一度見ると内容を直ぐに覚えてしまわれるのです。」
それを聞いたセオリアは一瞬真顔になると、「私も物覚えは悪くない。」とポツリ。
エヴァリスは拗ねた様子のセオリアに慌てて「セオリア様は剣術もお得意ではありませんか。」とほほ笑む。何処か釈然としないがエヴァリスに褒められると悪い気はしない。
「アネモネ様もとても可愛らしい方ですね。」
「あぁ。あの好奇心旺盛な所はジプナル国のイーサン王に似たのかもしれないな。」
アネモネについて話すセオリアを見て、エヴァリスの心の奥が少しだけ疼く。「私もそう思います。」それを悟られまいと明るく振舞うエヴァリスの目に一つの露店が目に飛び込んできた。そこには飴で作られた様々な動物の形をした飴細工がずらりと並んでいる。職人が今まさに飴細工を作るのを見たエヴァリスは目を輝かせた。
「可愛い、セオリア様…見てもよろしいでしょうか?」
「もちろん。」
「ありがとうございます。少しだけ見てきます。」
エヴァリスは小走りに職人に近づくと声をかけ客に交じってその様子をじっと見つめる。熱した飴に切り込みをいれ捩じれば白い飴は徐々に形が変わり『うさぎ』が現れた。完成したものを職人が披露すれば人々からは感嘆の声と拍手が広がる。その中で一際大きな拍手を送るエヴァリスを見てセオリアの心に穏やかな火が灯る。
エヴァリスの為なら何でもしてあげたい。側にいればいるほど、その笑顔を見るほど気持ちは増していく。
食い入るように職人に質問を繰り返すエヴァリスを見ながらセオリアは久しぶりに穏やかな休日になったと心が満たされていくのだった。
「次はどこに行きたい?エヴァの好きな場所に連れて行くよ。」
「そうですね…前にリオンにシーグラスをもらったんです。私まだ本当の海を見たことないので。」
「そうか!じゃあ今度は海を見に行こう。一緒に、二人で。」
いいんですか?と目を輝かせたエヴァリスに、セオリアは蕩けるような笑みを漏らす。楽しい時間はあっという間に過ぎ、影から見守っていたリタールがそっとセオリアに合図を送ればセオアリは静かに頷いた。「そろそろ時間だね。」残念そうなセオリアを見てエヴァリスは「帰りましょう。」とほほ笑んだ。
帰り道はゆっくりと歩きながら馬車を目指した。日が傾き遠くの空にオレンジ色が見えれば、心地よい足の疲れとどこか名残惜しい時間が過ぎていく。
「そうだ、これ今日のデートの思い出。」
「えっ?いつの間に…。全然気が付きませんでした。」
「中身は後で部屋に戻ったら見て。」
分かりました。エヴァリスは大事そうにセオリアからもらったプレゼントを抱きしめると喜びを露わにした。帰りの馬車に揺られながら、束の間の二人きりの時間はあっという間に過ぎていく。
王宮のホールに到着すると繋がれていた二人の手はとうとう解かれた。
「今日は楽しかったです。」
「あぁ、私も楽しかった。ゆっくり休んで。」
その夜、エヴァリスはライラに髪を梳いてもらいながら飴細工の袋を見て笑みをこぼす。
「今日のお土産。」セオリアから買ってもらった飴細工の小鳥はまるで鳴き声が聞こえそうな程精巧につくられている。
「お嬢様、幸せそうな良いお顔です。一時はどうなるかと思いましたが無事にセオリア様とデートが出来て良かったですね。」
「えぇ、とても楽しかったわ。」
「アッシュグリーンも素敵でしたが、やはりお嬢様にはこの虹色の髪が一番お似合いです。」
街を巡り終わり、馬車に揺られていた途中から髪の色は元の状態に戻り始め今ではすっかり元の色に戻っていた。
エヴァリスの髪を梳きながらライラは自身もヴァレリーにお願いして髪色を変えてみたいとニコリとほほ笑む。
久しぶりに街に出て、心地よい疲れと充足感がエヴァリスを包み込む。その日エヴァリスはベッドに横になると直ぐに眠りに落ちていった。




