48 忍び寄る孤独
王宮の中に驚きが走ったのはその数日後の事。
「セオリアの次期王妃を正式に選定する事にした。」
王妃であるルシエラは官職を集めるとセオリアを前に正式に発表を行った。ジプナル国から来訪がある中での通達。ルシエラとルモネの間では話し合いが行われ、王宮の中ではアネモネが既に内定しているのでは?との噂がまことしやかに飛び交い始めた。
また王妃候補選定の発表によりハレオンの国内外から、瞬く間に麗しきセオリアの王妃の座を射止めようと多くの令嬢やその関係者から釣書がひっきりなしに届いている。その日、エヴァリスが書庫でいつも通り本を読んでいるとソアルが姿を現した。
「ソアル様、おはようございます。本日は早いのですね。」
「あぁ、エヴァリスに話があって。」
そう言うとソアルは本を読んでいたエヴァリスの前に腰かけた。いつもとは違う雰囲気を纏ったソアルに、エヴァリスは本を読んでいた手を止めると静かにその顔を見る。
「…アネモネが正式にセオリア王子の王妃候補として名を挙げた。母上にセオリア王子との結婚を願い出たそうだ。」
「そう、でしたか。セオリア様のお相手を再度選び直すことは、マリアンナ様からお聞きして私も存じております。」
「エヴァリスはどうするんだ?」
私は何も…。そう言ってエヴァリスは力なく首を振る。
遅かれ早かれこうなることはエヴァリスも既に分かっていたこと。
「もともとセオリア様のお相手が現れれば、私は王宮を出るつもりでした。ヴァレリー祭司長の設立した学校で正式に教鞭をとらないかとのお誘いもありますし。魔法の修練はどこでもできますのでご心配いりません。」
「私が尋ねているのはその事ではない。良いのか?私が口を開くことでは無いが、まだ候補とはいえアネモネがセオリア王子と結婚する可能性は低いわけでは無い。」
「ありがとうございます。しかし、それは私ごときが意見を述べる立場ではありませんから。セオリア様がお幸せになれるのならそれが一番なのです。」
アンタもアイツも強情だな…。ソアルは大きくため息をつくとやれやれと首を振った。
しかし目の前のエヴァリスは言葉とは裏腹に静かに唇をかみしめる。「分かった、余計な話だった。」その後ソアルはいつもと変わらずにエヴァリスの側で本を読み始めた。
エヴァリスとて今まで心の隅で幾度となくこの瞬間を想像しては、心づもりをしてきた。
セオリアに優しくされ、甘い言葉をかけられるほどに寂しさを感じてしまうのはこの幸せをいつか手放さないといけないと分かっていたからなのかもしれない。
私はその日に、心から笑ってセオリアを送ることが出来るのだろうか。
二人しかいない書庫にはパラパラとページをめくる音だけが響いていた。
時を同じく。
ルシエラもまた、自身の目も前に次々と積み重なるセオリアの王妃候補の書類に目を通していると部屋の扉がノックされた。
「入りなさい。」
ルシエラは姿を見せたセオリアに小さく笑いかけると候補者の写真を見ながら「どうしたの?」と声をかけた。
セオリアは無言のままルシエラの前に出ると重なる釣書を一瞥する。
「母上、お話があります。アネモネ姫の事を聞きました。私は以前からエヴァリス以外の人間に心を奪われることはないとお話ししてきたつもりです。その気持ちはこれからも変わりません。」
「母親として貴方の気持ちは理解しているつもりよ。でもこの件に関しては女王である私に権限があるの。それは理解してちょうだい。」
「ですが…。」
セオリア。
穏やかな笑みは崩さずにルシエラは息子の名を呼ぶ。
声音はいつも通りだが、ルシエラから放たれる王女としての威厳に何人かのメイドはびくりと肩を揺らした。
「エルメルダが退いた今、国の民達に王家の安泰を示すことも貴方のやるべきことなのよ。公私混同ではなくあなた自身がそれを証明なさい。根拠のない願いはただの理想よ。」
『分かりました、証明します。』セオリアは短くそう答えると直ぐにルシエラの部屋を後にした。息子の背中を見ながらルシエラは溜息をひとつ。それを見たマリアンナは静かに横で紅茶を淹れ始めた。
「ねぇ、マリアンナ。私の息子は本当にあの人にそっくりね。」
「アントニオ様はルシエラ様とご結婚なさる為に毎日お屋敷に通われましたから。」
「それも一年間、毎日欠かさずよ。こんな忙しい中よく毎日通えたって感心しちゃうわ。」
ルシエラはそう言いながら書類を一枚つまみ上げた。「それほどに愛しておられたのですよ。」マリアンナに差し出された紅茶を受け取りながらルシエラは嬉しそうにほほ笑んだ。セオリアが優秀であることは親であるルシエラだけでなく王宮の人間は皆、十分理解している。幼い頃はその意志の強さが時に空回りしてきたことも、誰に頼ることなく全ての事を一人で解決しようと躍起になっていたことも。
「でもこれは別よ。私はあくまで『公正』に選定するつもりよ。」
「えぇ…王子も女王様のお気持ちはお分かりですよ。…ルシエラ様たちのご子息ですから。」
マリアンナは表情こそ崩さないがその言葉は穏やかだった。ルシエラにとってマリアンナは自身が王妃候補だった時からの長い付き合いであり、その存在は第二の母といっても過言ではない。「マリアンナ大好きよ。」無邪気に笑いながらまた書類を見るルシエラにマリアンナは小さく微笑みを向けた。
その後書類選考は一定期間続き、一次審査を通過した者が面接のために王宮に集められた。
「次、デルリカ・モルエット前へ。」
王宮の祭司の遠縁で家柄教養共に申し分ない。推薦した祭司をちらりと見てから令嬢はヴァレリー達の前に進み出るとカーテシーを行った。
「では魔法を見せてもらおうか。」
「は、はい。私は重力を操ることが出来ます。」
そういうとデルリカは近くにあった石像の前に歩いていくと、その指先ひとつで持ち上げて見せた。その力を見た祭司は唸り声をあげる。何故なら重力の魔法を使用する人間は珍しく、魔力の階級でいえばかなり上のレベルになるからだ。
「素晴らしい、では質問をひとつ。そなたが王妃になった暁にはその力をどの様に使うのか?」
「はい、私は…。」
ルシエラとセオリアはその話に耳を傾けながら静かにその様子を見つめていた。
「良かろう、下がりなさい。」
ヴァレリーが全ての審査を終えると、ほっと息をついたデルリカは静かに礼を述べるとすごすごと部屋を後にした。扉が閉れば、審査を行う者は互いに意見を交わしながら首をひねる。書類に何かが書き込まれると、祭司の合図で次の候補者の名前が読み上げられた。
「ジプナル国 アネモネ・バグラル姫」
その名が読み上げられると、静かだった会場にひそひそと声が漏れる。扉が開かれアネモネの姿が見えれば皆が身を乗り出しその姿に多くの注目が集まった。アネモネは物怖じすることなく背筋をまっすぐに伸ばしヴァレリー達の前に立つ。
「それではアネモネ姫、あなたの霊力について教えていただけますか?」
「えぇ、私にはジプナル国の王族に継承される『未来予知』の霊力があります。私が祝詞を唱えればハレオンの国を様々な災いから守ることが出来るでしょう。」
おぉという感嘆の声が上がった。ハレオン国の先の王、アントニオも『先読み』の魔力を持っていたが彼の先祖を辿っていくと過去にジプナルの王家の血を引いているという説がある。ジプナル国の霊力とはハレオンの言う魔力と違い血筋で継承していくものであり、王家の血筋を引くものは『未来予知』『記憶』『武力』のどれかの力が必ず与えられる。
沸き立つ祭司達だがセオリアの表情は変わらない。
アネモネは、ルシエラの隣で座るセオリアを見据えると口を開いた。
「セオリア様と私が結ばれればお互いの国にとって今よりもさらに有益な関係が結ばれるでしょう。それはセオリア様もご存の事。皆が望んでいるのは国の安泰です、どうか賢明なご判断を。」
私は貴方を幸せにできますわ。
そう言ってアネモネはふんわりとほほ笑んだ。
誰もが皆この瞬間、王妃はアネモネで決まったと確信しただろう。どこからともなく拍手が起これば、ルシエラは「皆静かに。」と声を上げる。
「アネモネ、あなたの強い意志を受け取りました。さてここからは王妃ではなく私個人的な質問を良いかしら?」
「勿論です、ルシエラ女王。」
「確かに我が国にとってジプナル国との婚姻はまたとない話だわ。でもアネモネ、あなたが得るものは何かしら?」
ルシエラは心を覗く様にアネモネを見据える。アネモネはその眼差しに一瞬身体を固くしたが直ぐにルシエラに向かって頭を下げる。」
「ルシエラ様、私はセオリア様の隣にいられるのであればそれ以上望むものはございません。それが私の願いですわ。」
そう言ったアネモネをじっと見つめていたルシエラだが「そうなのね。」と笑うといつも通り何やら楽しそうに頬杖をついた。このやり取りを見ていた人間から話が広がり、セオリアとアネモネの婚約が成立したのだという噂は瞬く間にハレオンの国を駆け巡った。
旧ケイネンの屋敷では、学校設立の準備が着々と進められていた。教科書が何冊も入った箱を抱えて馬車と教室を往復してたガイデンはそっと窓辺にたたずむエヴァリスの姿が目に入った。この所セオリアの婚約者を決めるのに王宮の中は慌ただしく、どの場所にいてもセオリア候補の情報は否応なしに耳に入ってしまうのだ。
「エヴァリス、教科書はこれで全部だってさ。」
「あぁ…重いのにありがとう。運んでもらって助かったわ。」
「毎日ベルナー騎士団長に扱かれているからな。このくらいなんともないよ。」
エヴァリスは「確かにそうよね。」小さく笑うと、またしても外の庭に目を向けた。その様子を見たガイデンはドサリと椅子に腰を下ろすとエヴァリスと一緒にその目の先の庭を見た。
「エヴァリス、実はセオリア様から任務を任せられたんだ。これからしばらくハレオンの国を離れる。」
「えぇっ!?」
不安の表情を浮かべ、振り返ったエヴァリスを見てガイデンは「違う違う。」と笑いながら首を振った。ガイデンの話では期間は明言できないが任務を終えればまた王宮の騎士としてエヴァリスの元に帰ってくるのだという。ここに来て、いつも護衛で側にいてくれたガイデンが離れるという事実にエヴァリスは心細さを感じた。
「エヴァリスはいつも周りを気にして本音が言えないからな。たまにはライラみたいに思った事そのまま言っても良いのに。」
「違うの…分からないだけよ。正解は始めから分かっているのに迷っているから。」
そう言ったエヴァリスにガイデンはほほ笑むと自身のポケットからいつもの様に飴玉を二つ、エヴァリスの手のひらに優しくのせた。素直に受け取ったエヴァリスを見てガイデンは言葉を連ねる。
「エヴァリス。俺はお前の友達だから、何を選んでも側にいる。ライラもリオンもいるわけだし一人でいっぱい抱え込むな。」
ガイデンはエヴァリスの頭を数回ポンポンと叩いた。その変わりない優しさに鼻の奥がツンと痛んで、エヴァリスは隠すように袖で涙をぬぐった。王宮の中でたくさんの人に囲まれながら、どこかいつも孤独を感じていたのだ。
「ありがとう。」と礼を言うとエヴァリスはもらった飴をそっと口に入れる。すると桃味の甘い香りが癒すようにエヴァリスの心にじんわりと広がっていく。
「美味しい。」とポツリ呟けば、ガイデンは大きく伸びをしながら「そうか。」とだけ返す。
旧ケイネンの庭では、先日エリオットが撒いた花の種が目を出すその時を今か今かと待ちわびているのであった。




