20 素のあたし
「結局友達できなかったね……」
サークル活動が終了し、大学からの帰り道、めぐみんが残念そうに俯く。
「そりゃあポケモンを弱らせるどころか瀕死状態まで追い込む勢いだったからね」
「はぁ~、なんであたしっていつもこうなっちゃうんだろ~」
「いつも?」
何気なくつぶやかれる言葉に反応する。
「そうなの、あたし好きなものの話題になるといつも早口で語りだしちゃって、気が付くと相手にドン引きされちゃってるのよ。高校時代もそれでなかなか友達出来なかったな~」
きゃぴきゃぴのいけ好かないギャルだと思っていたけど、根っからのオタクだったか……。
「そんなあたしをえりかちゃんだけは受け止めてくれたの。将棋好きのJKなんて、なかなかいないでしょ? えりかちゃんだって同じ。でも一生懸命理解しようと、一緒に指して遊べるように、ルールまで覚えてくれた。最初は『将棋ってあれですよね! ヒカルのなんたらってやつ!』とか言ってた状態だったのに」
それ碁な。
「誰かとあそこまで仲良くなれるなんて思わなかった。それからはえりかちゃん伝いでいっぱい友達が出来たけど、えりかちゃんは転校しちゃったし、大学に入るってなるとえりかちゃんにはもう頼れないでしょ」
それで大学デビューしようとギャルに転身したってわけか……。
「でも大失敗。そうよ、どこまでいっても中身はただのオタクだもの」
自己嫌悪に陥る今のめぐみんの姿には、自信に満ち溢れていて、怖いもの知らずに見えたギャルめぐみんの片鱗はもう見えない。
「普通にしてればいいのに」
「え?」
めぐみんの目が見開く。
「そんなに着飾らなくてもさ、素のめぐみんでいいんじゃない?」
「素のあたし?」
「そう。だって今日すごく楽しそうだったじゃん。誰も寄せ付けない気取ったギャルを演じるよりさ、好きなものに誰よりも夢中で熱心になれる、そっちのめぐみんの方が僕は好きだけどな」
「す、すき!?」
びっくりしためぐみんの様子にこっちもびっくりしてしまう。
「いや、違う! 僕にはえりかが……って! それも違うけど!」
何言ってんだ僕は。
驚いた表情を見せためぐみんは、僕の慌て具合を見て徐々に笑顔になっていく。
「ふっ、えりかちゃんが君のこと好きな理由、なんか分かった気がする」
えりかが僕を好きな理由……? そういえばなんだろう。
最初からくっついてきてたしな。フォロワーが多いからかな。
めぐみんは「はぁ」と一つため息をつき、続ける。
「そうね、もう自分を着飾るのは辞めにするわ」
「それがいいよ」
「そうよ! やっと解放される! このいけ好かないきゃぴきゃぴから! 素の自分でいられるって、なんて素晴らしいことなんでしょう! ああ、今からあたしは天下のオタクめぐみん様に返り咲きよ!!!」
見た目はきゃぴきゃぴギャル、中身は将棋オタク……か。
「ま、今日のはさすがにやりすぎだからね。抑えめで抑えめで」
「わかってるわよ! それじゃあ明日の将棋サークルも付き合ってね!」
「おう」
っていうかもともと僕の友達作りが目的だからな。
並んで歩いていためぐみんは小走りで坂道を駆け上がる。
鞄を置き、腕を上げ、背伸びする。
振り返って、坂の上から満面の笑みでこちらを見つめている。
「それじゃあ今から将棋界の歴史レッスンを始めます! まず1994年当時の羽生六冠が七冠達成の記録をかけて第44期王将戦七番勝負で谷川浩司王将に挑みますこの勝負には実はドラマがあって第1局と第2局の間に阪神淡路大震災が起こり神戸出身の谷川王将は被災してしまうの番勝負は結果として地元の期待を背負った谷川王将が見事防衛を果たし羽生六冠は七冠ならずとなってしまうんだけど翌年1995年並みいる挑戦者を次々となぎ倒しまさかの六冠すべてを防衛さらに王将戦への挑戦権を再び獲得し再度七冠をかけ谷川王将に挑みます……で……それで……なので……それから……」
めぐみんは喜びを噛みしめていた。
……明日大丈夫なの?
* * * * *
次の日、金染めされていためぐみんの長髪は黒に染め戻されており、ばっさりと肩まで切られていた。昨日までギャルだった様子は微塵も感じられない。
めぐみんは、自分の髪をもじもじいじり、目も合わさずに自信なさげに問うてくる。
「けんちゃん、どうかな?」
「ど、どうって……」
こっちのほうがかわいいよ。




