表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

準備が整いました

 朝目が覚めると、身体の左側だけが暖かかった。

 何事かと思えば、私の左半身にぴったりと寄り添うように猫が眠っていたのだ。

 私の知っている猫という生き物よりも少しだけ大きくて、尻尾は一本多い、猫又という妖怪らしいけれど、眠っている姿は可愛い猫そのもの。

 頭から背中にかけてゆっくりとなでてやると、猫の身体はじわじわと伸び始める。

 そしてまどろみながら喉をゴロゴロと鳴らし始めた。

 そのままなで続けていると、今度は猫の前足がもぞもぞと動きだし、お布団をもみもみ、もみもみ……いや、こうなったらもうただの猫じゃん。


 さて、少々待たされたが、ついにこの島を離れる時が来たらしい。

 私とロウガの準備はとっくに完了していたのだが、あのチャラ男の国ことエストレリアの準備が整わなかったとかで待たされていたのだ。

 待たされている間にシャルルがロウガの首飾りを届けてくれたので、私が装着してあげた。そしてロウガはレースやローズの言葉をこっそり聞いている。


「聞こえる?」


『聞こえる』


 ちなみにロウガのタブレットで調べたところ、ロウガの首飾りについている石には他種族の言葉が聞ける魔法のみがかけられているんだとか。

 要するに聞けるだけなのでロウガがいくらしゃべろうと妖精たちにはただの「ニャーン」にしか聞こえないらしい。


『便利だな。しかし……首輪なんか何十年ぶりだったかな』


 と、ロウガはぽつりと呟いた。


「何十年?」


『俺がまだ普通の猫だったときはちゃんと首輪してたんだ』


「へぇ」


 ということは、ロウガにも飼い主がいたんだな。

 なんか初めて会ったときに「死ぬつもりだった」みたいなこと口走ってたけど……と、気になることは多々あるけれど、もし話したくないことだったりしたら気まずくなるだろうし聞かないほうがいいのだろうか。

 そんなことを考えながら、首輪は苦しくないかなとロウガのほうへと手を伸ばすと、彼は瞳を閉じて耳をぺたりと倒した。

 あれは明らかななでられ待ち顔である。

 もちろんなでた。



〇●〇●〇●〇



 レースとローズの先導に従い部屋の外に出ると、そこにはシャルルがいた。


「ギルバートさんがお待ちです。会議室へ行きましょう」


「あぁ、はい。あれ、シャルルも荷物持ってるってことは一緒に行く感じで?」


 一緒に歩き出したところで、シャルルの服装がいつもと少し違うことに気が付いた。そしてその流れでシャルルの手元に大きめの荷物があることにも気が付いたのだ。


「ええ。僕も共に。しかし道中は別行動ですがね」


「どういうこと?」


「聖女様と聖獣様の旅に同行はしますが、移動は別ということです。現地集合、現地解散ですね」


 なんか面倒じゃない? と首を傾げていると、シャルルが少し困ったように笑う。


「各国の皆さんは聖女様と聖獣様を必死でもてなそうとしているところです。そこによそ者である僕が紛れ込むのは邪魔でしょうからね」


 必死でもてなそうとしてる、というのはロウガも言っていた「私たちを自国に引き留めたい」という話に繋がるのだろう。しかし気になるのはもう一つ。


「よそ者」


「あぁ、僕は元々高位神官として各国の神殿を巡回していたんです。なのでどこの国民でもなくて」


「なるほど」


「その上こうして聖女様と聖獣様の補佐役という大役をいただいたので定住の必要もなく」


「へぇ……」


 現在どこの国民でもないとはいえ、どこかの国出身ではあるのでは?


「ちなみに出身は既に滅んでしまった小国でして」


「……そっか」


 下手に突っ込んだことを聞こうとするとすごく気まずくなりそうだということだけは分かった。


『会話が聞こえる』


 私がシャルルの言葉に相槌を打っている側でロウガが地味に感動していた。

 ちなみにロウガはいつものように私に抱っこされている。重いんだから自分で歩いてほしい。可愛いけど。

 こうしてぽつりぽつりと会話を交わしていたところで、会議室に辿り着いた。


「聖女様!」


 大声で私を呼んだのは例の赤毛のチャラ男だ。

 シャルルたちとの会話のときも思うのだけど、正直聖女の自覚がないので「聖女様」と呼ばれても素直に返事がしにくい。かといってあのチャラ男に名前で呼ばれるのもなんか嫌なので仕方なく無視をさせていただこうかと。


「聖女様!」


 チャラ男はもう一度大きな声で私を呼び、無視を決め込もうとしていた私の手を取って微笑んでいる。


『気を付けろよ』


 と、ロウガが呟く。

 正直気を付けるも何も、こういうやつが最高に苦手でしかない。


「お待たせいたしました聖女様」


 一番に来てくれって言ってたわりには待たされたな、と思いつつ、私は適当に愛想笑いで誤魔化す。


「移動用の船を王家から借りてきたのです。聖女様に道中を快適に過ごしていただくために」


「はぁ、船……」


 見栄を張るために豪華客船みたいな船でも用意したのだろうか。

 それはどうでもいいのだが、いつまでも私の手を握っているのが気に入らない。何度もそっと振りほどこうとしているのに、このチャラ男は絶対に離そうとしない。

 ロウガもそれに気が付いているようで、小さな声で『噛みついてやろうか?』と言っている。噛みついてもらおうかな。

 そもそもロウガはこのチャラ男が聖女聖女言ってる時点で気に入らないっぽいのよね。聖女と聖獣だっつってんのに聖獣のほうは目に入ってないみたいだし。


「まずは会議室に入りましょうか」


 そう言って助け舟を出してくれたのはシャルルだった。

 このチャラ男がずっとこんな調子なら、シャルルも同行してほしいな……。チャラ男めんどくせえ。最初に会ってからトータル数時間程度しか接してないけどもうすでにめんどくさすぎて気が滅入りそう。

 ロウガはチャラ男に気を付けろとは言ったがシャルルに気を付けろとは言わなかったもんな、なんて思いながらシャルルの後ろにぴったりとついて会議室に足を踏み入れる。

 会議室内には円卓が用意されており、私の右隣にシャルル、正面にチャラ男が座る。ちなみにロウガはなんの迷いもなく私の膝の上に座った。

 そして円卓に広げられたのは地図だった。こちらに来てから何度か見た世界地図ではなく、おそらく今から行くであろうチャラ男の国、エストレリアの地図らしい。

 その地図に、チャラ男がするすると線を引いていく。


「今回の旅の航路です」


 チャラ男のその声を聞いたロウガが地図にぽんと左の前足を乗せる。肉球スキャンの時間なのだろう。

 私は航路なんぞ詳しく聞いたところで分からないのでその辺は全てロウガに任せようと思う。

 ごちゃごちゃと話しているチャラ男の言葉を聞き流しながら、ロウガの頭頂部を眺める。まあるい頭がとても可愛い。耳はぴこぴこ動いていて、チャラ男たちの話をきちんと聞いているようだ。

 私も一応彼らの話を聞き流してはいるものの、何を言っているのかさっぱり分からない。


『俺に丸投げするとはいえ、お前も一応聞いておけよ』


 頭頂部を眺められていることに気が付いたらしいロウガにそう言われた。


「はーい。……でもマジで全然さっぱりわかんない」


『だろうな』


 ロウガの耳元でこっそりと囁けば、完全に鼻で笑われた。

 マジで本当に全然さっぱりなわけだけど、船だと言っているわりに地図に描かれた線が海を通っていない気がする。


「船ってのは、川かなんかを通るの?」


『いや、空だな』


「……空?」


 私の小さな小さな呟きを、チャラ男が目敏く拾った。


「超薄型の風の魔封石を搭載した飛行船ですので、揺れも少なく燃料補給の必要もなく快適にすごしていただけますよ」


「……そうですか。船っていうからてっきり海を渡るのかと」


「海には危険な魔物が多いですからね。あの塔が出来てからというもの、なかなか海には近づけないのですよ」


 チャラ男もシャルルも、どこか残念そうに苦笑を零していた。


『お前が住んでた日本の常識はもう完全に忘れたほうがいいと思う。魔物もだが、他国との兼ね合いとかそういうのもありそうだ』


「そっかぁ」


 ピリピリしてるかもしれないんだったな、この世界。

 面倒なことに巻き込まれちゃったもんだなぁ。

 私は頭を抱えてしまいたい衝動を抑えつつ、目の前の奴らの言葉を聞く。

 どうやら私は空飛ぶ船とやらに乗せられて、まずは王城に行くらしい。王に挨拶をするんだそうだ。


「え、聖宝石とやらより先に竜に?」


 王に挨拶をした後、私は竜に会わされる算段らしい。なぜだ。


「はい。王はもちろん竜も我が国の象徴ですので」


 と、チャラ男はもっともらしいことを言っているが、さっさと竜の件を片付けてほしいだけなんじゃないかと邪推してしまう。


『案外聖宝石とやらがどこにあるのか、分かってなかったりしてな』


「あー……それは私もなんとなくそんな気がしてる」


 ロウガにだけ聞こえるように、ロウガの耳元でそう呟く。

 ロウガも同じかどうかは分からないけれど、この聖宝石とやらの話を聞いた時に少し引っかかることがあったのだ。

 初めて聖宝石とやらの話が出たあの時、あのカラフルな頭の四人は一瞬だったが「なにそれ」みたいな顔をしていた気がした。

 その瞬間は気のせいだったかとも思ったが、明らかに「ああ、あの宝石ね」みたいな顔をした奴はいなかった。

 知らない顔は誤魔化したけど知ってる顔は出来なかった、そんな空気だったのだ。

 だからいい船を用意したとか、竜に挨拶をとか、全てが時間稼ぎなんじゃないかって疑ってしまうわけだ。

 他の国の奴らも案外一番じゃなくて良かったと思っているんじゃないだろうか。

 ま、全てはただの想像なんだけれども。本当に知らなかったとしても素直に「はい知りません」とは言わないだろうし。

 知らないなら知らないで、今後どうやって誤魔化すつもりなのか観察するのも面白そうだしな!


「まぁ、会えと言うのなら会いますよ。その竜にも」


「ありがとうございます」


 私の言葉に、チャラ男がにっこりと笑って頷く。

 ごく普通の人間を暴れ竜に会わせようとしてるんだからその笑顔はおかしいんだよなぁ……。


「そうだ聖女様」


「へい」


「竜の涙には不老不死の力があるとされているんです」


「へえ」


「これを差し上げます」


 そう言ってチャラ男が出してきたのは、ものすごく可愛い小瓶だった。


「なにそれ」


「竜の涙を入れるクリスタルの小瓶です。栓の部分は魔力が流れ出ないようにカーネリアンで出来ています」


 はい、と差し出されたので、私は思わず手を出してしまった。めちゃくちゃ可愛い。

 暴れ竜の涙なんてどうやってこの中に入れるんだよという気持ちはあるけど、これめちゃくちゃ可愛い。

 こうしてまた私は可愛いものに釣られてしまった。

 そもそもあの怪しい露店であの超可愛いリップバームに釣られてしまってこんなわけの分からない世界に来てしまったというのに、学習能力とかないのかな私は。




 

不定期更新になってしまい申し訳ありません。

ブクマ、評価等ありがとうございます。

そしていつも読んでくださってありがとうございます!


なんと更新が止まっている間にブクマが100を超えていました!

見捨てないでくださってありがとうございますー!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ