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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第六章 一番の敵はどこにいるか

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食事会か取り調べか

「お腹すいたでしょう」

 マチルダがそう言いながらわたしを見やる。わたしが何か応える前に、エリザベスが思い切り手を挙げて言った。

「すきましたぁ! お肉が食べたいです!」


 レベッカと別れてから、マチルダたちに馬車で連れていかれた場所がある。ウィストー通りより結構離れた場所にある食事処だ。

 大通りから少し入ったところにある小さめの建物であったけれど、どうやらお酒を提供している店らしく、入口のところから賑やかな雰囲気だ。顔を赤くした男性たちが出入りしていて、上機嫌に何か話しながら歩いている。

 そういう店に入ったことがないので、わたしは困惑しながらも彼女たちの後をついていった。

 マチルダは店に入ってすぐにあるカウンターの横をすり抜け、二階へと続く階段へと向かう。店の主らしい恰幅の良い男性がマチルダに近づいてくると、一言二言何か耳打ちしてからその肩を叩いた。

「一部屋借りてるの。のんびりしましょ」

 マチルダが怪訝そうな目をしていたらしいわたしに気づいて、小さく笑った。

 そして、彼女に案内された二階の部屋。いくつか小部屋があって、その中の一つだけれど。


「あれ」

 わたしはそこに入った途端、首を傾げた。

 さっきまでの喧騒が全く聞こえない。ドアを閉めただけで、こんなに静かになるのだろうか。階下の話し声は、階段を上がる時も大きく聞こえていたのだけれど。

「密談用の貸し部屋よね」

 マチルダがそう言って、部屋の中央にあったテーブルの前に立った。大きな木のテーブルに年季の入った感じの椅子がたくさん。三人分じゃない。

「ここは司法局の息のかかった場所だから、色々仕掛けがあってね。二階の部屋は誰にも盗み聞きができないように魔法がかけられているってわけ。何でも話せるわよ」

 マチルダはそう言いながら、椅子に腰を下ろした。

 何でも、か。

 わたしは苦笑した。

 こっそりエリザベスを見下ろすと、彼女はにこにこしながらわたしを見上げてくる。

「座りましょう、エアリアルさま。まずはご飯です、ご飯!」

 マイペースだな、相変わらず。

 わたしは頭を掻いた。

 きっと、マチルダが期待している『会話』とやらは何となく解る。盗み聞きができない特別な場所、ということが意味していることも。


 しかし、意外だったのは。


「よう、早いな」

 そう言って、突然部屋のドアを開けて入ってきたのはエドガーで。その少し後に、アレックスも姿を現した。

「……あれ? 潜入捜査……」

 と、わたしが小さく呟くと、アレックスはどかりと椅子に腰を下ろして腕を組んだ。少し疲れたように首を回し、息を吐きながら。

「少しだけ抜けてきた」

 彼はそう言いながら笑う。そして、すぐにマチルダに目をやって続けた。

「長居はまずい。食事はするけどな」

「解ってるわよ、とりあえず情報交換しなきゃいけないでしょ?」

「他の面子は?」

「くるわよ」

 他の面子?

 わたしが困惑していると、またドアが開いた。

 しかし、今度入ってきたのは店の人間らしい。二十代くらいの若い女性で、料理や飲み物の乗ったトレイを手で持って――いない。魔法を使っているのか、トレイは宙を浮いていた。

「お酒はどのくらい必要?」

 その女性は薄く微笑み、マチルダに質問していた。

 そして、直感的に気づく。

 この女性も、きっと捜査官なんじゃないか、と。マチルダやエドガー、アレックスは彼女たちに警戒している様子はなかったし、態度も自然体だ。

「飲みすぎも困るけどねえ。あ、未成年にはジュースで」

 マチルダがそう応えると、その女性はちらりとわたしとエリザベスを見た。

「……デザートも必要ですね」

「ありがとうございます!」

 エリザベスがまた元気よく手を挙げる。

 ここはわたしもお礼を言うべきか。

「あ、ありがとうございます」

 そう何とか口にしていると、いつの間にかわたしの横にエドガーが立っていた。そして、ニヤリと笑いつつ耳打ちしてくる。

「筋肉の横に座るか?」

 ――どういう意味だ。

 わたしは彼を睨んだ。しかし、エドガーはくくく、と笑ってわたしから目をそらしてしまう。何だかムカつくわけだけども!


「やあやあやあ、久しぶりの顔ぶれもいるものだね!」

 そして、そんな上機嫌な声と共に現れたのは。

 相変わらず輝く頭上が印象的な局長と、僅かに気難しい表情で彼に付き従うシド。

 何だか一気に部屋の中が狭くなった気がする。

 わたしは雰囲気に呑まれてしまったようで、何も言葉が出なかった。

 次々に現れる人たちがそれぞれ椅子に座り、エドガーなどはもうすでにテーブルの上に乗せられた料理の山に手を伸ばしていたりする。

「……あの、今日は一体何を?」

 かろうじてそうマチルダに問いかけると、マチルダは片眉を跳ね上げてわたしを見やる。

「食事会だけど? あなたが元気なさそうだって聞いたから、たまには騒ぐのもいいかなって思ったの」

「騒ぐ、だけ?」

「違うわね」

「やっぱり」

 わたしが眉を顰めていると、マチルダは苦笑しつつわたしに椅子に座るように促した。マチルダのすぐ横の椅子に。

 それに従って腰を下ろした途端、ふと感じた波動。強い魔法が使われたような、背中がぞわぞわする感覚。


「遅くなりました!」

 と、ドアを乱暴に開けて入ってきたのはディーン。中央局長の孫とかいう若い彼。

 僅かに上気させた頬をこちらに向けて入ってきたものの、部屋の中に集まった人たちを見た瞬間にその表情を歪めて肩を落とした。

「あああああ、二人きりじゃなかったんだ……」

「あら、どうかした?」

 マチルダが意味深に微笑んでいる。そう言えば、食事に誘うとか何とか、前に言っていたような気がする。

 ――デートだと思ったんだろうな。

 わたしは何となくディーンに同情した。きっと、上手いこと言ってマチルダがここに誘い出したに違いない。

「しかも男性率高い……。もっと女の子がいてもいいのに……。せっかく空間移動魔法使ってきたのにこれじゃなあ」

 あからさまにがっかりしたような表情でそう呟く彼に、マチルダが近くにいたエリザベスの腕を引いて話しかける。

「ここに将来有望な美少女がいるけど」

「はいはい、有望です!」

 エリザベスはノリがいい。ノリがよすぎるくらい。

 そして、ディーンはテンションが低すぎる。

「ロリコンは犯罪です。絶対嫌です。そしてマチルダさんは意地悪です」

「十年後ならロリコンじゃないでしょ?」

「十年後は俺もオッサンです」

「オッサンでもハゲてなければ問題ないでしょ」

 その言葉と同時に、マチルダの視線がシドに向いた。

 シドの口元が引きつったように見えたのは気のせいだろうか。ハゲの家系、か。わたしは局長の輝く頭を見てから、もう一度シドに視線を戻した。

 ……ハゲ、るんだろうか。

 わたしがそんな失礼なことを考えつつ、ぎこちなくその場に身を固くして座っていると、ディーンがわたしの肩をとんとんと叩いて立ち上がるように促してきた。

「席、変わってくれない? せめて女性の隣に座りたい」

「はい、いいですけど」

 苦笑して椅子から立ち上がり、空いている席を見るとアレックスの隣なわけで。

 視界の隅にエドガーの姿。その顔を見ないようにしつつ、アレックスの横の椅子に腰を下ろした。


「仕事の話は後にしよう。まずは、食事を楽しもうかね、諸君」

 局長がそう言って、わたしたちはそれぞれテーブルの上に準備された料理を見つめた。多分、お酒に合うような料理もたくさん含まれているのだろう。わたしの屋敷ではあまり見ないような料理が多い。

 それでも、全部美味しそうだった。

 数種類のサラダ、ローストビーフに豚肉と野菜の煮込み。カリカリに焼いた薄いパンには魚のペーストが乗せられていて、その上には刻んだパセリが振られている。茄子とトマトとチーズの重ね焼きに、白身魚とキノコの炒め物。

 凄くいい匂い。

「大丈夫か」

 それぞれ、料理に手を伸ばして食事を始めると、横に座っていたアレックスがわたしに声をかけてきた。

「大丈夫です」

 慌ててそう応えた後、わたしは首を傾げる。「ええと、何がですか?」

 アレックスが声を上げて笑った。

「色々問題が起きてるんだろ? マチルダから聞いた」

「ああ」

 わたしは小さく唸る。

 そして、何から話そうか頭の中で整理していると、急にディーンが我々の会話に割り入ってきた。

「あなたがマチルダさんと付き合ってるんですか?」

「はあ?」

 その突然の質問に虚を突かれたように、アレックスが奇妙な声を上げた。ちょうど口に運ぼうとしていたフォークが宙で浮いたままになった。

「俺が、か? それはないな」

 アレックスはそう言って、フォークの先に突き刺さっていた肉の塊を口の中に放り込んだ。

「じゃあ、誰が付き合ってるんすかね。前にエドガー捜査官が言ってたんすけど、誰か特定の相手がいるとかいないとか」

 ディーンは食い下がって話を続ける。その手には、お酒の入ったゴブレットが握られていて、食事よりもお酒に興味があるみたいだった。もうすでに目元が赤い。

「お前、酒、弱そうだなあ」

 アレックスが呆れたようにそう言った途端。

「俺よりシド捜査官っすよ」

 そう応えたディーンの言葉を聞いて、局長を始め、他の皆の動きが止まった。

 どうしたんだろう。

 わたしが局長の強張った顔を見つめていると、局長は禿げ上がった頭を撫でながら息を吐いた。

「飲ませたのか」

 ああ、お酒に弱いのかな。

 わたしがそう思いつつシドを見つめると、彼の目は明らかに据わっているようだった。

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