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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第六章 一番の敵はどこにいるか

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限界が見えたら

 それからの数日間は、酷く現実味のない時間だった。

 学園には今までと同じように通って、勉強もした。多分、それは義務的。

 何だか、どう頑張っても無意味なのだ、と理解してしまってからの自分は、自分であって自分ではない、そんな気がしてならなかった。夢から醒めた、というのだろうか、それとも今が夢の中にいるのだろうか。

 もう一人の自分が、日常的な生活を送る自分を見ている。無気力とも違う、奇妙な感覚だった。


 ウェクスフォード学園の様子はいつもと全く変わらない。

 行方不明になってしまった先生の代行の教師が補充され、普通科の生徒たちには何の混乱もない様子だったし、魔法科ならなおさら、何の影響もなかった。教師が行方不明になったことを知らない生徒もいたと思う。

 ただ、わたしは行方不明になった彼がグレイに殺されたのではないか、という懸念だけは抱えていたけれど、それすらも今のわたしには他人事のように思えた。

 レベッカはやっぱり学園にはきていない。

 それだけは少しだけ、気になっていた。状況が状況だから、学園側も多少の猶予は与えてくれるとは思うけれど、このまま休み続けていれば彼女は、特待生としての資格を失いそうだ。


 そしてそれ以上に。

 わたしにもやる気が起きないのが問題で。

 勉強も剣術も、やるだけの意味を感じない。

 もう、どうでもいい。

 教室で他の生徒たちの背中を見つめ、真剣に勉強している彼らの中にいる自分が、ただの邪魔者だと思えてしまうのだ。


「図書室いこう」

 放課後、サイモンがそう声をかけてきた。わたしはそれの返事をどうしようか悩んだ。誰かと会話することすら面倒で、屋敷の自分の部屋に戻ってベッドに倒れこみたい気分だったから。

「最近、あまり会話できてないだろ? 少しは付き合えよ」

 サイモンの笑顔は以前も今も変わらず優しい。気遣いの化身とも呼ぶべきだろうか。

 わたしはそこで少しだけ笑い、小さく頷いた。

「最近、何があった?」

 図書室の定位置。荷物を脇の椅子に置いて、サイモンはそう探りを入れてきた。わたしは彼の向かい側の椅子に座り、テーブルに教科書を広げたけれども、サイモンは教科書や参考書を取り出す気配もない。

「色々あって疲れたよ」

 わたしはそう応えながら、怪訝そうに彼を見つめ返す。「勉強、しないの?」

「たまには休む。気分転換も必要だろ」

「珍しい」

「僕のことよりお前も必要だろうな、気分転換。あんまり顔色よくないし」

「んー、そうかな」

「そうだよ」

 サイモンは少しだけ苦笑した。それから、ふと声を潜めてわたしにだけ聞こえるように続けた。

「お前……というか、君の名前って何だっけ」

「ん?」

「本当の名前だよ。入れ替わったんだよな?」

 そのサイモンの質問に、わたしは少しだけ息を呑んだ。そして、静かな図書室を見回して、誰もこちらの様子に注意を払っていないことを確認した後に口を開く。

「……エアリアル」

「そうか、エアリアル」

 サイモンは少しだけ身を乗り出してくると、いきなりわたしの頭の上に手を乗せると髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回した。「弱ってる時は誰かに頼るといい。別に、僕じゃなくても誰か頼りになるやつなら」

「ちょ」

 わたしは慌てて彼の手を振り払ったものの、その振り払うという行為をしなければよかった、なんて考えてしまった。

 アレックスにされた時もそうだったけれど、誰かに優しくされるということは、くすぐったいのに嬉しい。特に、今のように落ち込んでいる時なら余計に。

「僕だって頼られたら、できる範囲だけど力になる。その代わり、僕がお前を頼ったら少しは協力してもらうかもしれないけど」

 冗談めかした口調で続けたサイモンに、わたしはその髪の毛を掻き回すという行為でお返しした。結構彼の髪の毛は柔らかい。サイモンが小さく笑いながらわたしの手を振り払った。


「……あのさ、サイモン」

 やがてわたしは躊躇いつつも訊いてみた。「もしも自分に限界が見えてしまったらどうする? どんなに頑張っても無理だと理解してしまったら?」

「ん? 限界?」

「うん。勉強も剣術も、もうこれ以上どうにもならないって解ったら? 何をやっても無駄なら、やらないほうがいいんじゃないかって思わない?」

「そういう意味の限界かあ」

 サイモンは首を傾げ、少しだけ考え込んだ後に続ける。「ほら、よく言うだろ。自分の最大の敵は自分だって。限界を決めるのは自分だけど、自分を超えられるのも自分だけってよく言うよな」

 ……そうだろうか。

 わたしはあまりそういったことは考えたことはない。聞いたこともないけど。

「もしもどうやっても無理、ってことにぶつかったら、無理じゃないところを探せばいいんじゃないかな。人間、誰しも得意なことは違うんだし。苦手なところをいつまで挑戦してたって、なかなか結果は出ないよ。もちろん、時間をかければ結果は出るかもしれないけど、たまには違うところから責めるのも面白い」

「そうかな。でも、絶対に無理だと解ってたらさ、頑張ることすらバカバカしく思えてこないかな」

「何言ってんの」

 サイモンが唇を歪めて笑った。「努力することに意味がある。よく先生も言うだろ、こういう詭弁」

「詭弁言うな」

「まあまあ、気にするな。何もしなければ結果はゼロ。それでいいじゃん」

 サイモンの明るい口調にいいように誤魔化されているようで、わたしは小さく唸った。そして、そのままテーブルに突っ伏して息を吐いた。

 何だかもう、頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 多分、このままじゃいけない。何もしたくないけど、やっぱり何かしなきゃいけない。でも、でも、でも。

 そんなことばかり考えて、結局動けない。

「どうしたんだ、ほんとに」

「……落ち込んでんの」

「何で」

「解らないから困ってる」

「そうか」

 そして、サイモンがまたわたしの頭を撫でた。今度は振り払わなかった。むしろ、いくらでも撫でてください、状態。

「……エアリアル、あのさ。こういうのはお前――君が女の子に戻ってからだったら喜んでいくらでもするけど」

 サイモンの声が少しだけ気まずそうに小さくなる。「お互い、男同士という場合は色々と問題があって。いや、別に問題なのは男同士っていうかお前が凄い美形だからというか他人の目が、というか一部の女の子の目線が」

「何それ」

「というか、僕自身も微妙というか、女の子に弱味を見せられて慰めるという構図は大好物だけど、今はちょっと違うというか」

「……ごめん、迷惑?」

 と、わたしが頭を上げようとすると、強くテーブルに頭を押さえつけられた。「ちょ、痛い痛い!」

「迷惑じゃないし面白いし、基本的に頼られるのは好きな兄体質だし」

 サイモンの言っていることが支離滅裂になってきた気がする。「お前みたいな美形で、良いところのお坊ちゃん系が頼ってくるというのは自尊心がくすぐられるのは確かだけども」

「何を言いたいのか解らないよ!」

「僕も解らない!」

 逆切れすんなー!

 わたしがさらに何か言おうと口を開きかけた時。


「お前ら、何してんの」

 そこに、チャドの声が響いてわたしは僅かに頭を上げた。さすがにサイモンの手から力が抜けて、やっと身体が自由になったのだ。

 すると、何とも奇妙な表情のチャドとマクミランが、すぐそばに立っていた。

「慰めてもらってる」

 わたしがそう応えると、マクミランが困惑したように口を開く。

「何かあったの? サイモンに苛められた?」

「何で僕が苛めるんだ。慰めてるって言ってるだろ」

 サイモンが慌てたようにそう言って、マクミランが猜疑心あふれる視線を彼に向けた。

「とてもそうは見えなかったけど」

 そして気が付けば、辺りにいた生徒たちの視線がわたしたちに向いている。男子生徒の視線は、明らかに引いている感じはしたけれども、女生徒たちの視線は、何だか興味津津といった感じで。

 うん、これは気まずい。

「……ちょっと、落ち込んでてさ。話を聞いてもらってたんだよ」

 慌てて声を潜め、わたしがそうチャドたちに囁くと、彼らは一瞬だけ顔を見合わせた。

「まあ、苛めじゃないならいいけどさ」

 と、マクミランが笑い、チャドがその横で頭を掻きながらサイモンに小さく言った。

「よく解らんけど、道を踏み外すなよ、優等生」

「何を想像した」

 途端、サイモンが苦々しげにチャドに鋭く言った。

「いや、別に」

 と、サイモンから目をそらすチャドと、苦笑するだけのマクミラン。


「でもさ」

 サイモンがふと、何かに気づいたように手を叩いて言った。「僕の家の近所に、犬を飼ってる人がいてさ。その犬がモリーっていう名前の茶色の毛の長いやつなんだけど、撫で心地が似てるよ」

「犬?」

「犬!?」

 わたしは自分のことを指さして、犬扱い? と不満げに鼻を鳴らしたけれど。

「こういう感じか」

 と、チャドが乱暴に頭を撫でてきた。さらに、マクミランにもわしゃわしゃと髪の毛を掻き回されてもみくちゃにされる。

「ちょっとちょっと!」

 わたしがつい大声を上げて彼らから逃げ出そうとしていると、そこに響いた声。

「騒ぐなら退室」

 いつも図書室のカウンターの中にいる司書の先生が、にこにこと笑いながらわたしたちのそばに立っていた。

「すみません」

 さすがに目立ちすぎたことに気づき、慌てて荷物をまとめて図書室の外へと出る。

「とりあえず帰ろうぜ。せっかくだから串焼きー」

 チャドは相変わらずのマイペースさで、明るくそんなことを言っている。マクミランもそれに頷いていて、わたしとサイモンは少しだけ顔を見合わせていた。

 そして、サイモンが小さく笑う。

「いこうか、モリー」

「犬じゃないってば」

 そう応えながら、わたしは気が付いた。

 現実味のない世界だった日常が消えている。彼らと一緒にいることが楽しいと感じると同時に、自分の中に何か変化があったような気がしていた。自分でもよく解らないけれど。

「レベッカ、最近こないなー」

 廊下を歩きながら、サイモンが小さく呟いている。

 まずは、そっちの問題を何とかできるといいんだけど。

 わたしは彼の言葉に頷きながら、自分にできることは何なのか考え込んだ。


 そして、エリザベスからの連絡を待った。

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