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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第五章 殺人者の記憶

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平穏

「君はよほど暇なのか」

 僕は玄関のところに立っているギャリーを見て無表情のまま言った。彼は大きな紙袋を抱えていて、上機嫌な笑顔を見せる。

「暇は作るものだろ」

「何のために作るのかは訊かないでおこう」

 僕はそう返してから、彼の背後に他の二人の姿を探したが、どうやら今日はギャリー一人だけが屋敷にきているらしい。どういうことだ。

 まだ午前中、空は少しだけ曇っている。ここ数日でかなり気温が下がってきていた。吹いている風は冷たく、立ち話を続けるのも躊躇われる。

「まあアレだ、貢物ってやつ?」

 ギャリーが紙袋を僕に差し出してきて、少しだけ僕はそれを見つめたまま固まった。紙袋からはパンやら果物やらが覗いている。確かに食料の差し入れは助かるが、貢物と言ったか?

「正直、君の性格がつかめないな。貢がれても僕は何も返さない」

「見返りを期待してるわけじゃねーし」

「ほう」

「まあ、ちょっとだけは」

「帰ってもらおう」

「冗談だって、冗談!」

 ギャリーは笑いながら僕の肩を軽く叩く。目を細めたまま彼を見つめていると、彼も気まずくなったのか後ずさりながら言った。

「ヴィンセントからは空気を読めとか言われてるしな、こういうのも問題なんだろーけどさ。まあ、なんていうか、いらないなら持って帰る」

「……いや、ありがとう。もらうよ」

 悩んだし、不本意ではあったが彼の手から紙袋を受け取ると、彼はわざとらしくニヤリと笑った。そのまま彼は踵を返そうとしたが、僕はとりあえず彼を屋敷の中に入るように促した。

「熱湯で煮出した茶くらいは出そう。それ以外は出ないが」

「熱湯……嫌がらせだ」

「それ以外の何があるというんだ」

 僕は唇を歪めるようにして笑った。


「君は危機感とやらを覚えないのか」

 僕は居間に彼を放置した後、きちんと適度な温度で入れたお茶のカップを運んだ。どうやら一人で屋敷にきたせいか、彼はいつになく緊張しているようには見えたものの、命の危険を感じているから緊張しているとは思えない。

 確かに今の僕は女の子の姿をしているけれども。

「……今の時代、若い女が一人暮らしをしているなら何かあると考えるべきだろう」

「一人暮らしっていっても、留守番なんだろ? 兄貴とやらはいつ帰ってくる?」

 ――確かに、そういう設定だったな。

 僕は苦笑した。僕はいつもの椅子に座り、自分のカップをテーブルに置いたまま少しだけ考え込む。そして、ギャリーに訊いた。

「それより、君は何で情報を売る? 小遣い稼ぎと言ったな」

「ああ、何でも経験経験。俺のとこは父親が武器商人やっててさ」

「武器?」

「そういう目すんな。何か、目が輝いたぞ、今」

「いや、売りさばきたい武器がこの屋敷にも――いや、それはまた後で話そう。で、武器商人の息子はその跡を継ぐのか」

「そうなるだろうな。親父がめっちゃ現役バリバリだし、俺が跡を継ぐのはまだ先にはなると思うけど、それまで俺は適当に世の中を見て回ろうと思ってさ。結構、面白い情報に当たることもある。俺の顔を売るのも商売の役に立つし、まあ、それなりに考えてるよ」

 ギャリーがいつになく真面目な表情をしている。多少、照れたような目つきでもあったけれど。

「しかし、やっていれば解るだろうが、情報を集めるということも色々危険はあるだろう。情報を欲しがる人間は、まっとうな仕事をしていない場合が多い。何も危機感を覚えたことはないのか?」

「んー。まあ、その辺はヴィンセントに頼ってる感じではある。あいつは頭いいし、勘が鋭いからな」

「見習ったほうがいいだろうな、それは」

 つい、本気でそう言うと、ギャリーがため息をついた。

「うちの親父もそう言ってるんだよな、くそ。そのうち、本気でうちに引っ張るかもしれねえ」

「引っ張る?」

「事業拡大ってやつ? 店を増やせば従業員も増やしたくなるもんだろ」

「なるほど」

 僕はお茶を啜る彼を見つめながら、薄く笑った。「そういうことなら、そろそろ足を洗ったほうがいいだろうな。小遣い稼ぎでやるには、この仕事は厄介だろう」

「解ってるんだけどなぁ」

「君たちは学校にはいってないのか?」

「いってたらこんな小遣い稼ぎなんてできねー」

「確かに」

 ギャリーがそこで苦笑しつつ、僕を興味深そうに見つめた。「珍しく質問攻めだな。じゃあ、こっちも質問しよう。グレースに兄貴がいるのは知ってる。じゃあ、両親は?」

 僕は肩を竦めつつ応えた。

「ありがちだとは思うがね。両親は僕が子供の頃に死んだよ」

「あ、ごめん」

 ――面白いものだ。

 ギャリーが申し訳なさそうに眉を顰めるのを見て、僕は笑う。普通の人間の場合、身内の不幸を知ると一様に申し訳なさそうに謝る。様式美みたいなものだろうか。

 僕は父親の顔を覚えていない。母が『お父さんは死んだ』とか言っていた気がするだけだ。

 貧しい家だった。ただ、母親は綺麗な顔立ちをしていたから――金を稼ぐことはできた。いわゆる、愛妾というやつだろうか。金持ちそうな男が家にやってきて、着飾った母を連れてどこかにいく。そうすれば、母が金を持って帰ってくる。

 そして、何かトラブルに巻き込まれて殺された。

「珍しい環境じゃない。ただ、両親が生きていたら、今の自分はいなかっただろうと思う」

 これは僕の本音だ。

 もしも僕が孤児でなかったら、レティシアに目をつけられることはなかっただろう。いや、それとも同じ運命を辿っただろうか?

 立派な両親がそろっているエアリアル・オーガスティンだって、何の因果かレティシアに目をつけられたわけだし。結局のところ、僕も彼女も運が悪かった。そういうことか?


「グレースは俺に足を洗えとか言ったけどさ、そういうお前はどうなの」

「何がだ」

「女の子がこんな生活をしてるのはおかしいってことだよ。せっかく可愛いんだしさ、それを生かして一花咲かせたらどうかって話」

「咲いて早々に散る、ということか」

「違う」

「どちらにせよ、もう僕は終わりだと思うよ」

 僕はそう言って小さく苦笑した。ギャリーが困惑したように眉根を寄せた。

「今さら、過去は消せない。やってしまったことを考えればね、僕はろくな死にかたはしないだろう」

 それを聞いてギャリーがさらに眉間の皺を深くさせたけれども、彼が何か言う前にドアノッカーの音が響いてきて、僕は椅子から立ち上がった。

 何となく、誰がきたのかは予想がついた。


「アレを持ち帰ってくれないか」

 僕はドアを開け、そこに立っていたヴィンセントとロッドに笑顔を向けた。

「あ、やっぱり」

 ロッドが情けない表情で呟く。ヴィンセントは僅かに警戒したように僕を見つめた後、小さくため息をついた。

「迷惑をかけてすまない。その……大丈夫だったか」

「殺してはいない」

「いや、そういう意味じゃなく」

「強姦されてもいない」

「あ、そう」

 ヴィンセントは頭を抱えた。頭痛を覚えたかのようだった。

「ギャリーには言ったけどね、君たちはそろそろ安全な仕事を探したほうがいい」

 僕が続けてそう言うと、ヴィンセントが顔を上げて苦々しく笑った。

「解ってる」

「ならいいんだ。さっさとアレを連れて帰ってくれないか」

「それも解ってる」

 彼はそう頷いた後で、僕の隣をすり抜けて居間へと歩き出していた。


 それからしばらくの間は、平穏な日々だったと言っていいだろう。エアリアル・オーガスティンはなかなか屋敷には戻ってこず、僕はただ待つことしかできなかった。

 司法局の動きはよく解らない。ただ、動きが見えないからとはいえ、甘く考えていればこちらの足元を掬われる。あまり動き回るわけにもいかず、ただ僕は隠れ家で魔法の練習をしつつ過ごしていた。

 そうしているうちに、年を越した。


「貢物でーす」

 久々にギャリーが紙袋を持って訪ねてきた時、僕はドアを開けた瞬間に追い返すことを考えていた。その背後には渋い表情のヴィンセント、曖昧に笑うロッドの姿。

「間に合ってるんだ、食料は」

 僕がそう言うと、ギャリーがちっちっち、と舌を鳴らした。

「情報は間に合ってないはずだ。やばいぞ、これは! エアリアル・オーガスティン家に若い男が入った!」

「若い男?」

 僕はドアに置いた手に力を込め、低く訊いた。「なかなかの美形か」

「超美形」

 ギャリーが続けて「恋敵出現じゃ」と言いかけた瞬間、僕は彼の言葉を遮って続けた。

「接触してくる」

「え、おい、あれ?」

「目当ては女の子……エアリアルじゃ」

 困惑する三人組を目の前に、僕は僅かに首を傾げて微笑む。

「そうだな、脅迫してくる、に訂正しよう」

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