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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第五章 殺人者の記憶

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隠れ家探し

 急いで逃げることばかりを考えていて、焦ったせいだろうか。

 エアリアル――自分自身の身体だが――の額に手を置いて、記憶操作の魔法の呪文を詠唱した途端、自分の右手が奇妙に痺れた。必要以上の魔力の放出だ。

 しまった、と思うと同時に自分の今の肉体の中を、凄まじい魔力が暴れまわる。それを必死に抑え込もうとしたが、少し反応が遅かった。

 エアリアルが悲鳴を上げた。

 僕は慌てて彼女の口を抑え込み、その声が響くのを防ごうとした。

 エアリアルは目を見開いていたが、それは正気の輝きではなかった。


 まずい、と唇を噛んだ。


 僕の頭の中に、エアリアルが見えたものが浮かび上がった。そして、一体どうしてこんなことになったのか困惑した。

 久しぶりに魔法を使ったのがいけなかったのか、それともこのエアリアルという少女の肉体に潜む凄まじいまでの魔力が問題だったのか、ただの記憶操作だけのつもりだった魔法が暴走している。

 魔法の力に触発されたのか、僕の記憶も蘇ったらしい。さっき、レティシアに操作されただけでは思い出せなかった、嫌な記憶。

 それが、エアリアルの中に流れ込んだと解った。


「何で、よりによって、今なんだ」

 僕は頭の中に浮かんだ死体の姿を意識から締め出そうとした。

 思い出さなくてもいい記憶。もし、そういったものがあるなら、おそらくこれがそうだ。

 グレース。レティシアの屋敷で一緒にいた少女。黒髪で、痩せぎすで、気が強くて目尻が吊り上がった彼女。

 彼女はレティシアに殺されたわけではなく、病気で死んだ。ただ、その病気が酷かった。身体中の穴という穴――眼窩、口、毛穴といったところから血を流して、皮膚は爆ぜたように割れ、脂肪も筋肉も見えるような状況。

 彼女は真っ赤に染まった床の上で、苦痛に泣き叫んでいた。

『苦しいだろうな、殺してやるか?』

 レティシアがそう言って――。


 そうだ、僕が殺した。もう苦しまなくてもいいように。

 なぜ、急に思い出した? 忘れていたかったことだ。


「忘れろ」

 僕はエアリアルの額に手を置いて呪文の詠唱を続けた。「大丈夫、忘れられる」

 やがて、エアリアル――グレイ・スターリングの肉体は僕の手の下で力尽きたように意識を失った。僕は安堵の息を吐いてから、部屋の隅で意識を失ったままのリズに近寄った。

 二度目の記憶操作の魔法は、何の異常もなかった。

 多少、魔力が不安定ではあったけれど。

 そして、今の肉体が大きな魔力を持っているためなのか、遠くから魔力の塊みたいなものが近づいてくるのが解った。グレイ・スターリングの肉体であったら、こんなにはっきり読み取れなかったはずだ。

 魔法取締捜査官だろう。結構な人数だ。

 僕はその塊がこの場に出現する前に、急いで逃げ出した。


 とにかく、目的の場所などない。

 持ち出せたものは魔法書だけ。

 薄暗くなった路地を歩き、必死に考える。新しい隠れ家を手に入れるにはどうするか。

「よう、お嬢ちゃん」

 辺りがすっかり暗くなり、人通りのない路地に黒い影が立ちふさがって我に返る。

 そう言えば、僕の今の姿は女性なのだ。そして、エアリアルが身に着けていた服はいかにも資産家の娘と言わんばかりのもの。

「危ないねえ、こんなところで一人かい?」

 そう声をかけてきたのは、間違いなく夜盗の類だろう。その右手に弄びながらも見せつけている短剣は、いかにも使いやすそうな小ぶりの形。

「何が目的だ」

 僕は低く訊いた。すると、僕の背後からも別の声が響いた。

「なあに、こっちは金に困っててね」

 敵は二人、か。

 僕は薄く微笑んだ。

「奇遇だね、僕も金に困ってる」


 一人の男が地面に倒れこんだ。その喉を抑え、指の間から血を噴出させながら。すぐにその男性の目からは輝きが失せ、動かなくなる。

 魔法で風の刃を作るのは簡単だった。今の僕の筋力では肉弾戦は無理だ。それに、無駄に戦ってこの身体に傷をつけたらレティシアに何をされるか解らない。

 もう一人の男性には、両足の腱を攻撃して足止めをした。暗闇ではあったけれども、彼は体格の良い二十代の男性で、きっと格闘に関しての腕には自信があったのだろう。

 足首から血を流してその場に倒れこみ、歩けなくなったことに気づいて驚愕したようだった。そして、それをやったのが僕――虫すらも殺したことのなさそうな少女であることにも。

「悪いね。有り金をもらっておくよ」

 僕は死体となった男の服のポケットから数枚の硬貨を取り出した。そして、「少ないなあ」と呟く。それから、まだ生きている男――すっかり戦意喪失した彼の前に立つ。

「あ、ああ、これも持っていけよ」

 彼は慌てて自分の服のポケットを探り、さっきの死体よりも多くの硬貨をその手のひらの上に乗せて差し出してきた。しかし、僕がそれを手に取るよりも前に、怯えたように手を振って硬貨を地面にばらまいた。

「……拾えってことかな?」

 僕は笑顔でそう彼に詰め寄って、その彼の足元に落ちていた短剣を拾った。地面に落ちた硬貨よりもずっと、こっちのほうが役に立つ。

「か、金は渡したろ!」

 僕の手に握られた短剣を食い入るように見つめた男は、必死に声を上げた。

「渡した? 這いつくばって拾え、という意味でばらまいたのかと思ったよ」

 声に毒を含ませて囁くと、彼は息を呑んで首を横に振った。

 僕は彼の喉に短剣を押し当てて、さらに低く囁いた。

「同業者のことは同業者に訊いたほうが早いよね。僕は金に困ってる。手っ取り早く、大金を手にしたいんで情報が欲しい。あんたたちみたいに強盗連中とか、後ろ暗い金を持っていそうな連中のたまり場はどこかな?」

「な――」

「できれば、隠れ家を持ってる連中がいいな。殺されても誰も困らない、犯罪者連中なら大歓迎だ」

「お、襲うのか」

「質問は無意味だ。時間稼ぎするつもりなら」

 と、僕が彼の喉に当てた短剣を握りなおした途端、彼は従順に色々話し始めた。僕はその言葉に頷きながら、僕の顔を見たこいつを口封じで殺すべきか考えた。

 結局、多少の記憶操作で彼が見た姿を別人に変換することにした。彼らを襲ったのは同業者の男だ、と記憶を書き換えて放置した。生きている男性が、地面に転がっている死体を隠してくれることに期待したからだ。二人殺せば二人の死体が証拠となってこの場に転がることになる。司法局がエアリアルの肉体に入った『グレイ・スターリング』を追い始めるまで少しの時間はあるかもしれないが、手がかりは少ないほうがいい。


 夜のうちに隠れ家が欲しかった。だから、先ほどの男から得た襲撃先の候補の場所へと急いだ。

 彼から得た厄介な犯罪者たちの隠れ家はいくつかあった。その中でも、できるだけ勢力を持っていそうな犯罪者集団を標的に選んだのは、一番一般人が近づかないと思ったからだ。

 そして、殺す相手が極悪非道な犯罪者であればあるほど、こちらも心が痛まない。

 まあ、今さら僕に誰かの死を悼む心が残っているとは思えないけれども。

 ただ、レティシアに記憶を明瞭にされた直後から、少しだけ自分が感傷的になっている気がしてならなかった。

 僕は紛れもなく殺人者であり、唾棄すべき存在であるだろう。

 今さらどう言い繕ったとしても、どうにもならないことがある。

 それでも、少しくらいはその事実から目をそらしていたかった。


 金を持っている連中というのは面白い。金を隠している家に罠を仕掛ける、ということを一番最初に考えたのは誰だったのか。

 たいていは、物理的な罠が多い。魔法によるものは、かけること自体は簡単だ。しかし、魔法の波動というのはどうやってもどこかに伝わるもので、魔法司法局の連中はことあるごとにそういった波動を感じては見回りをする。違法な魔法であれば、関係者を捕まえてたいていは罰金を払わせる。司法局が成り立っていられるのは、税金、そして犯罪者から巻き上げる罰金があるからだ。それらが彼らの給料となる。

 犯罪者を捕まえれば、自分の給料へとつながるのだから彼らも必死だ。

 犯罪者側も、捕まらないために必死となる。必然的に、司法局が捕まえやすい魔法に頼らないほうが安全、ということになる。


 物理的な罠。本当なら、それを魔法で突破するのは避けたほうが安全だろう。普通なら、鼠と呼ばれる子供たちを放り出すのが一般的だ。人道的にはあまりいいものとは言えないが。

 しかし、今の僕には時間にも手段にも余裕がない。

 考えている時間も惜しいので、手に入れた凄まじい魔力の渦巻く肉体を活用することにした。魔法の暴走を抑える練習にもなる。必要最低限の力だけで押しとおるのだ。


 僕は襲撃先の建物を見上げて微笑んだ。二階建ての屋敷である。ただ、建物自体はかなり古い。その周りをぐるりと取り巻く鉄柵は、泥棒除けの棘が無数に突き出ている。建物の窓には明かりがついていて、明らかに誰かが住んでいる気配。

 近所に民家はあるけれど、治安の悪い場所のせいか、綺麗な建物はほとんどない。明かりのついていない家も結構ある。その中では、一番豪華な屋敷がこれか、と思う。

 何ともまあ、隠れ家にするには目立ちすぎるかもしれない。しかし、こういった建物にはたいてい地下室がある。中を確認して、隠れ家として使えるかどうか判断すればいい。

 まずは、先立つものがなければどうにもならない。

 僕は長い髪の毛を掻き上げて小さく呟いた。

「……邪魔だな、この髪」

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