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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第五章 殺人者の記憶

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一晩で二人

「誘拐犯でしょ」

 彼女は自分の手首につけられた金属の枷を睨みつけながら唸る。「お金目当てってこと?」

「確かに、生きていくためには金は必要だ」

 僕はベッドの上に広がった彼女の髪の毛を一房だけ指に絡め、彼女が嫌そうに頭を捻るのを見下ろして笑った。「しかし、誘拐して身代金を奪おうとするなんてナンセンスだよ。労力に比べて実入りが少ない」

「じゃあ、何でわたしを誘拐したの?」

「したかったから」

「理由になってない!」

「君を殺したかったからかな」

「……は?」

 彼女は僕の言葉に眉を顰めた。おそらく、やがて彼女が笑ったのは僕の言葉を信じなかったからだろう。冗談だと思ったのだろうか。

「それも理由にならないわ」

「なぜ? この世の中には、理由もなく人間を殺す奴はいるよ」

「でも、そんなの……」

 彼女はそこで不安げに僕を見上げた。

 そして、ふと感じる。

 この表情がとても魅力的だ、と。


 いや、魅力的……というのとは違うのだろうか。気の強い口調の彼女も確かに可愛いというか、綺麗だというか。しかし、あまり彼女には似合っていないと感じたのはなぜだろう。

 怯えたり、不安げに表情を曇らせたりするのが、彼女らしい。


 彼女らしい?

 何だか奇妙な感情が僕の中にある。僕が理想とする女の子の姿は、まさに目の前にいる少女だ。理想とはなんだろう。死体として? 人形として?

 殺せば解るだろうか。この自分の中にある感情を説明できる理由が見つかるだろうか。


「……生きるために、何でもする……って、誰か言ってた気がする」

 僕が自分の考えの中に沈んでいる間に、少女の様子が少し変わっていた。彼女はどこか虚ろな目つきで、宙を見つめたまま呟いている。

「やらなきゃ、殺されるから……って」

「そうだね」

 僕は困惑しつつも頷いた。どうも、調子が狂う。

 少女はどこか奇妙だ。頭を打ったせいで、おかしいのだろうか。それとも、もともとこういう性格なんだろうか。

 僕は彼女の髪の毛を掻き分け、その奥に隠れていた傷を探した。出血は止まっているものの、血の塊がわずかにできている。髪の毛についた血が汚く感じて、何とか洗ってやらねば、と思う。

「でも、あなたは生きるために誰かを殺すわけじゃないのね。理由もなく殺すのね?」

 何の感情も映らないその瞳が僕に向けられて、僕は少しだけ考え込んだ。

「確かに、君の言う通りだ。いつから自分がこうなったのかは覚えていないけれど」

「おかしい……おかしいわ。何か、変」

 ぶつぶつと呟く彼女のほうがおかしいし、変だ。彼女はまた僕から目をそらすと、宙を睨んだまま唇を噛んでいた。

 ――彼女を誘拐してくるべきではなかった?

 僕が彼女を見下ろしたまま、じっと考え込んでいると、急にドアノッカーが打ち付けられる音が聞こえてきた。


 来客?

 僕はベッドから立ち上がると、耳を澄ませた。

 この葬儀場は閉鎖されているし、来客などくるはずがない。一応、僕がここに住むようになってからは、亡くなった老人の身内であるように見せかけて生活しようとはしていた。幾度か、老人の知り合いと思われる人間が訪ねてきたものの、祖父は病気で……などと言うと彼らは納得して帰って行ったし、こちらも必要以上に関わらないようにしていた。

 ただ、完全に自分の痕跡を隠すことはできない。

 治安の悪い場所とはいえ、辺りには人家もそれなりにある。隠れ住む、とはいえ、誰かに僕の存在を見られるのは覚悟の上だ。

 しかし、夜にもなれば路地から人影は消える。ここは夜盗が出るのが当たり前といった場所。

 そして今は日が落ちようとしている時間帯であるはずだった。


「はい、どちらさまでしょうか」

 僕が部屋に少女を寝かせたまま、玄関のドアの前に立って扉の向こう側に声をかける。すると、少しだけ緊張したかのような女の子の声が聞こえてきた。

「あの、ルディ、ごめんね! うちのお母さんが、これを差し入れに持っていけって言うから!」

 その声を聞いて気づいた。聞き覚えがある。

「リズ?」

 僕は躊躇いつつも、ドアを少しだけ開けた。

 そこには、くるくるとした癖毛の黒い髪の毛の少女が立っていた。質素な服と、化粧っけのない顔。僕と同じくらいの年齢で、気の強そうな太い眉毛と瞳が印象的だ。彼女は胸元に紙袋を抱えていて、どこか僕を睨むようにして笑った。

「夕飯、まだでしょ?」

 そう続けた彼女は、一歩こちらに歩み寄ろうとした。まるで、部屋の中に入れろと言わんばかりに。

「どうしてここに? もう帰ったほうがいい」

 僕はそう応えながら、冷ややかに彼女を見た。

 リズ、という名前は知っている。近所に住む花屋の少女だ。一度だけ、そこで花束を作ってもらったことがあった。ただ、こちらの顔をそのたった一度で覚えてしまったらしい彼女は、時々道端で僕を見かけると話しかけてくるようになった。だから、もう彼女のいる花屋にいかないようにしている。

 しかし、彼女はことあるごとに僕に接触しようとするのが厄介だった。偽名で名乗ったルディという名前を大きな声で連呼しつつ、僕を見かけるたびに駆け寄ってくる姿には嫌気がさしていた。

「送っていくよ。もう遅い時間だ」

 僕は苛立ちを隠しつつも、彼女に入ってこられる前にドアを開けて外に出た。さりげなく辺りを見回してみたが、どうやら連れもないし通りすがりの人間もいない。完全な暗闇がやってくるまでには時間があったものの、少女が一人で出歩くには似つかわしくない時間帯だ。

 リズはぎこちなく紙袋を抱えながら、そっと首を振った。

「……ちょっと、気になることがあって。どうしても訊きたいことがあったから」

「訊きたいこと?」

 僕は眉を顰めた。

「たまには正直に教えて欲しいよ。だって、ルディって秘密主義なんだもの。わたしは色々知りたいことあるし、仲良くなりたい」

 彼女はそこまで言ってから、不機嫌そうに爪先で地面を叩いた。「彼女、いるの?」

「彼女?」

 僕は口元に笑みを張り付けたまま言葉を吐き出した。

 すると、彼女はドアに視線を投げて言ったのだ。

「昨日、誰か連れてきたでしょ?」


「見たの?」

 僕はそっと彼女の肩に手を置いた。できるだけ優しい笑顔を向けながら。

「うん。わたし、ルディのことはよく見てるの。昨日はずっと出かけてたでしょ? わたし、話しかけようと思ってずっと見張ってたから。そうしたら、誰か連れてきたのが解って話しかけることができなかった」

「そう。それで、これが話しかける口実の差し入れかな?」

 僕は彼女の持っている紙袋を覗き込んだ。薄闇の中でも、その中にパンや果物が入っているのが見えた。

「お母さんからもらってきたの?」

「うーん、本当は内緒で持ち出してきたの」

 リズは気まずそうに目を伏せた。「お母さんはあんまりわたしが男の子と話をするのが好きじゃないみたいで。年頃の女の子はおとなしくしてろ、っていつも言う」

「それが普通だと思うよ」

 僕は初めて彼女に優しく言ったと思う。「特に、若くて可愛い子だったら、危険だと思う」

 それを聞いた彼女が僅かに動きをとめた。しかし、すぐに彼女は不満げに鼻を鳴らした。

「……そう言ったって、相手にしてくれないくせに。何でわたしじゃダメなの? いつだってまともに話をしてくれない」

 リズが鼻の上に皺を寄せるのを見下ろしつつも、僕は紙袋の中に食べ物ではないものがあることも気づいて苦笑していた。

「中に入る? 昨日、ここに連れてきたのは彼女でも何でもないよ」

「本当に?」

「本当に」

 そう言いながら、僕はドアを開けて彼女を葬儀場の中に招き入れた。薄暗い空間に足を踏み入れた彼女の後ろ姿を見つつ、僕はさらに訊いた。

「お母さんには内緒できたんだよね?」

「うん、だって怒られるし」

「そう」

 僕はゆっくりと後ろ手にドアに鍵をかける。

「ねえルディ、ここ暗いよ。明かりつけないの?」

 彼女が困惑したように辺りを見回し、恐る恐る歩き出した。僕はドアの脇に立てかけてあった閂の木材を手に取って、その背後から振り下ろした。

 鈍い音とともに崩れ落ちる彼女の身体。

 紙袋が落ちて、パンや果物が床に散らばる。そして、鋭い金属音とともに短剣も床に落ちて。

「果物の皮をむくには使いにくいだろうにね」

 僕は小さく囁いた。「でも、女の子が扱うならちょうどいい武器だよ」


「何をする気なの?」

 部屋に戻るとすぐに、ベッドの上から少女が声をかけてきた。僕は抱き上げるのも面倒だったので、リズの身体を乱暴に引きずりつつ、その部屋の床の上に放り出していた。

 少女は明らかに怯えていた。声が震えていたし、今にも泣きだしそうな目でこちらを見つめていた。しかし、その怯えをこちらに気取られないように気丈に振る舞っているのも解った。

「困ったことになったよ」

 僕は彼女に笑いかけた。

 せっかく手に入れた隠れ家であったけれど、そろそろ手放さないといけないらしい。リズが行方不明になれば、おそらく僕が疑われる。リズが周りから見ても、僕という人間に興味を持っていたのは明らかだったろう。もう、こうなってしまったら手遅れだ。

 さて、どうするべきか。

「一晩で二人殺すのはなかなか忙しいね。リズは適当に処理するからいいとして」

「何をする気なのよ!」

 少女はベッドの上で暴れた。必死にもがいて、ベッドから起き上がろうとする。僕は人差し指を唇の前に立てて、静かにするように仕草で促した。

「僕は魔法が使えない。この子の記憶を消すことができない以上、口封じしかできない」

「……嘘」

「もう少しで君はこの子に刺されるところだったよ。女の子の嫉妬心って怖いよね」

 僕はそう笑いながら、ふと思った。リズがもしも金髪で、僕の好みの風貌であったなら。仲間にしてもよかったんじゃないか、と。

 ただ、扱いづらそうだ。嫉妬深い女の子を意のままに操るのは難しい。ならば、これは仕方なかったのだ。

 僕はそう自分に言い聞かせ、改めてベッドの上の少女を見た。

 怪我が治るまで待つつもりだったけれど、そうも言っていられない。彼女を『人形』にして飾る暇もない。逃亡するなら邪魔なものは排除してからでないと動けない。


 そう理性では理解していても、どうしても目の前の彼女を殺すのには躊躇いがあった。

 何か生かしておく方法はないだろうか。

 もちろん、方法はない。殺したほうが安全だ。

 しかし。


「全く、余計なことをしてくれる」

 目の前の少女から、突然そんな言葉が吐き出された。

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