容疑者は行方不明
「使い魔が?」
わたしは手に持っていたお茶のカップをソーサーの上に戻し、エリザベスを見つめた。
離れはいつものようにわたしたち二人きりで、とても静かだ。窓の外は快晴で、カーテンの隙間から太陽の日差しが差し込んでくる。少し暖かすぎるくらい。
テーブルの上のティースタンドには、スコーンやクッキー、小さめのケーキが数種類。以前はサンドイッチも乗っていたはずだけど、最近は甘いものばかりになってしまった。エリザベスが甘いもの好きだというのが解ってからは。
「ええ、エアリアルさまの使い魔はどうです? 元気ですか?」
エリザベスはクランベリーケーキをもぐもぐと食べながら言う。ケーキを口にした瞬間はその表情が幸せそうに緩むけれど、瞳だけは真剣な輝きが灯っている。
「元気だよ。いつもついてこようとするから困るけど」
「――?」
エリザベスが問いかけるような眼差しを向けてきたので、わたしは肩をすくめた。
「あれってレティシアの使い魔でしょ? 一緒に行動するとこっちの情報が筒抜けになるようで怖いし、できるだけわたしの部屋に閉じ込めるようにしてる」
「ああ、なるほど」
エリザベスが目を見開いて声を上げた。
でも、わたしはそんなことよりもう一匹の使い魔のことが気になって仕方なかった。
グレイが言っていたのは、使い魔が死ぬ時の条件だ。レティシアが死ぬか、もしくは――宿主が死ぬか?
「どうしてそっちのは死んだの?」
わたしが訊くと、エリザベスは小さく唸った。
「理由が解らないんです。あの使い魔は、司法局の建物内に檻ごと置いて放置してました。餌は食べないし、でも、魔法によって作られた生き物が餓死するとも思えないし。気づいたら檻の中で死んでいたようで」
「ふうん」
「エアリアルさまは使い魔と生活していて、何か気づいたことないですか?」
「うーん……どうかな」
わたしが曖昧に笑って見せると、彼女はじっとわたしを見つめてくる。うう、やだなあ、その視線。
「ところで、その使い魔の宿主って解ったの? カフスの件は?」
わたしが話をそらすと、彼女はしばらく沈黙した後に小さく頷いた。
「あれから色々解ったことがありまして。マチルダお姉さまとジェンキンスが色々接触している間に、某筋肉捜査官がこっそりカフスを持ち出してくれたので調べてみたんです」
「某、ね」
「ウェクスフォード学園のカフスって特注品みたいですね。さすが一流学園の取引先というべきか、どうやらカフスには製造者が製造番号を振っているみたいで」
「え、そうなの?」
わたしは眉を顰めた。確かに、特注品だというのは入学する前の採寸の時に聞いた気がする。制服一式をそろえるに当たって、追加で何着か欲しい場合にはまず学園に申請しなくてはならない、という説明を受けた。その時に、小物についても色々言われたけど、カフスの製造番号なんて聞いてない。
事実、わたしが使っているものは何の変哲もないカフスに見える。製造番号なんてあったっけ?
「見た目では解らないみたいですよ。でも、製造者に見せれば解るらしいので、落とした人間は取り戻したかったのではないでしょうか」
――なるほど。
そして、何とかジェンキンスや魔法取締捜査官に手に渡るのを邪魔したかった、ってことか。
解剖を続けるために?
わたしはいつの間にか自分の眉間に皺を寄せ、考え込んでいた。
グレイはあの使い魔の最初の目的は『監視』だと言った。わたしを見張るためにあの使い魔をウェクスフォードの人間に仕込んで、わたしが何か余計なことをしないかどうか見張っていたのかも。
でも、わたしという人間にそんなに危険性はないと知って、レティシアは目的を変えた。
その宿主を操って、人を殺して解剖させた。そして多分、そっちが重要になった。自分の『研究』とやらに使いたかった。
「レジー・ギリアムという教師をご存知ですか?」
エリザベスが訊いてきて、わたしは我に返る。
「レジー・ギリアム? 誰それ」
わたしが首を傾げつつ彼女に質問を返すと、エリザベスはお茶を啜りながら続けた。
「ウェクスフォードの普通科の教師です。エアリアルさまは魔法科ですから、接点はないのかもしれませんね」
「普通科……ギリアム」
ん?
ギリアム、という名前で少し引っ掛かりを覚えた。聞いたことがあったっけ?
「あ、面接官!」
わたしはつい大声を上げた。
人の良さそうな笑顔が印象的なおじさんだ。確か、サイモンが「ギリアムとか何とか」と言ってたような気がする。テストの結果用紙が廊下に貼り出された時、そんな会話をしたんじゃなかったっけ。
「会ったことがありますか?」
「入学する前に面談があったよ。そこで話をした人だと思う。そんな、人を殺すような雰囲気じゃ……」
わたしの声がだんだん小さくなった。
いつから? いつから使い魔はあの先生の中に?
あの先生がレベッカのお姉さんを……?
「実は、カフスからそのギリアムに行き着きました。昨日、そのギリアムという人間の家にいってみようと他の捜査官にお願いしたのですが」
エリザベスが意味深にそこで言葉を区切る。
「お願いしたのですが?」
わたしが台詞の続きを促すと、彼女は困り切ったように笑った。
「どうやら逃亡したようで」
「逃亡?」
「はい。家にはご家族がいらっしゃったのですが、帰宅しないということで探していたようです。事故か何かじゃないか、って騒がれていまして」
「学園にはきてるのかな」
わたしは魔法科だから、普通科の先生のことまでは情報が流れてこない。学園にはたくさんの教師がいるし、一人や二人いなくなったとしても代わりはいるとは思うけど。
「ウェクスフォードにも確認してみました。今は無断で欠勤しているようですね。真面目でいい先生だし、無断で休むような人ではないから、何かあったのではないかと言われました。ついでに、捜査のために必要だからという理由で教師の一覧を頂いてきまして、ギリアムの顔を確認しました。一瞬でしたが、あの場にいるのを見ましたよ」
「あの場?」
「ウィストー通りです。使い魔が暴れる前、確かに人ごみの中に立っていたのをわたしが確認しました」
「記憶力、かあ」
「はい。わたしは全員の顔を覚えていますから」
「はいはい、凄い凄い」
「もうちょっと本気でほめてください」
わたしはあっさり彼女の言葉を聞き流して続けた。
「それで、どこに逃げたんだろう。まだ殺人事件は続くのかな……」
「こういう発言は捜査官としてはどうかと思いますが。殺人事件が続けば、それが手がかりになります。しかし、もう使い魔はいないのですから、きっと以前ほど上手くはいかないはずです」
ああ、そうだ。使い魔は死んだんだ。
なぜ、使い魔は死んだんだろう? レティシアが死ぬとは思えない。今も中央に逮捕されているというのが事実なら。
じゃあ、レジー・ギリアムはもう生きてはいない?
――僕も少し動くつもりだ。
急にグレイの言葉を思い出して唇を噛む。
「何か気づいたことが?」
気づけば、エリザベスはお菓子を食べることもお茶を飲むことも中断して、椅子に背筋を伸ばして座りなおしていた。その視線はわたしを鋭く突きさすようで、酷く居心地が悪かった。
「あの、勘なんだけど」
わたしは必死に言葉を選びながら口を開いた。
くそ、正直に言えないってつらい。エリザベスを騙せる自信だってほとんどないのに!
「くーちゃん……あのわたしに仕込まれた使い魔は、わたしが死んだら死ぬのかもしれない」
「エアリアルさまが?」
「もしかしたら、レティシアが口封じにその人を……なんてことは?」
「中央に確認取れたんですけど、問題の魔法使いは身柄を拘束されたままのようです。逃げ出したなんてことはないし、さすがに外部の誰かを殺すなんてことは」
「できない?」
「そう思います。彼女を拘束するために、神殿の神官長を含む複数の巫女たちから魔法をかけられていまして。逃げることはおろか、外部の人間に接触することすら不可能に近いですよ」
もし、それが本当なら。
グレイのバカが何かやったんじゃないのか。
わたしはつい、がしがしと自分の頭を掻いた。
「エアリアルさま」
エリザベスが鮮やかに微笑んで言った。「そろそろ、正直に吐いてください」
「え?」
「何か他にも隠していることがありますね?」
「ええっ!?」
エリザベスの笑顔は崩れない。何なの、この威圧感。正に、蛇に睨まれた蛙とはこのことか!
「大丈夫、何があっても守ってあげます。だから、一切合財吐き出して楽になってください」
「脅しに近いよ、それ!」
わたしは情けない声を上げた。




