やりかたが違う気がする
「じゃあ少年、行きましょうか」
マチルダはアレックスに興味を失ったかのように、すぐに視線をわたしに向けて微笑んだ。
わたしはそこで我に返り、辺りを見回した。さすがにさっきまで集まっていた野次馬の姿は散り散りになり、遠くの家の窓から覗く姿はあれど、近くにはわたしたち以外にはほとんどいない。ただ、赤い獣がいなくなったことに気づいて、少しずつ隠れていた場所から姿を見せる人間たちも出てきていた。
そして、家の前の地面で意識を失っているレベッカを見つけた。
「レベッカが……」
「ああ、あの子ね。あなたの連れ?」
マチルダが静かに言った。
「はい」
わたしはマチルダに向き直り、必死に言葉を選んだ。「彼女を助けてあげてください。力になって欲しいんです。だって、彼女のお姉さんが……」
「そうね。確かに可哀想だと思うけど、今ここでわたしができることは何もないわ」
マチルダは僅かにその表情を曇らせた。「とりあえず、鼠に彼女を家まで送らせるわね」
――エリザベスに?
わたしがマチルダのすぐ後ろにいる小さな彼女に視線を落とすと、ジェンキンスが呆れたように口を挟んできた。
「まさか、その子供に担がせるつもりか? さすがにどうかと思うがね。……アレックス」
と、その視線がアレックスに向いて、アレックスは無表情のまま頷いた。
「送ってきます」
「あら便利」
マチルダがニヤリと笑って見せた時、ジェンキンスがわたしに近づいてきて言った。
「さっきの魔法はどこで習った?」
わたしはつい後ずさる。ジェンキンスの眼光は鋭く、下手な返事はできそうにない。
わたしは一瞬だけマチルダに視線を走らせてから、ジェンキンスを正面から見つめ返した。
「わたしは学生ですから」
「学生か、どこの――」
「その制服、ウェクスフォードよね」
マチルダが低く言う。ありがたい、助け船だ。わたしは彼女を見つめ、彼女の質問にだけ応えることにした。
「はい」
「ウェクスフォードの魔法科の生徒は、かなり優秀だと聞くわ。あの女の子もそうかしら?」
「レベッカはウェクスフォードの特待生です。だから、とても優秀です」
「特待生なら将来が楽しみよね。後で彼女にも声をかけてみようかしら。優秀な人材はいつでも欲しいものだし」
「おい、女!」
「うるさいわねえ」
マチルダは眉根を寄せてジェンキンスを見やる。「正直、あなたみたいなのがのさばってるんじゃ、この辺りに倉庫を借りても厄介だわ。ちょっと考え直そうかしら」
「勝手なことを言うな。大体、いきなり現れたお前も疑われても仕方ない立場なんだ」
「疑われても? まさか、殺人犯じゃないかって疑うってこと?」
「そうだ」
「ばかばかしい」
彼女は肩をすくめて見せた。それから、明るく笑って続けた。
「後でゆっくり話しましょ。今はこの少年と商談を終わらせたいから、明日にでもあなたに会いにいくわ。で、どこで落ち合う?」
「疲れたわ……」
ジェンキンスと別れた後、わたしとエリザベスを引き連れて、マチルダはとある宿屋に入ってベッドに倒れこんで呟く。
ジェンキンスは渋い表情でマチルダの提案を呑み、明日の午後にジェンキンスの屋敷で会うことになった。その話が終わると、アレックスはジェンキンスに促されてレベッカを自宅へと運んでいった。
そして、わたしたちは混乱の残る街を後にしたわけだけれど。
「すみません、色々と」
わたしはその場に立ち尽くしたまま、マチルダに声をかけた。
エリザベスも少し疲れたようで、空いているベッドに腰を下ろして一息ついている。
そこはあまり宿料の高くない宿屋なのか、内部の造りは安っぽい感じだった。二階建ての一番端の部屋で、家具らしい家具はベッドとタンスくらいしかない。
「でも、呼んでくれたのは正解よ」
そこでマチルダが頭を掻きながらベッドから起き上がる。「ちょっと今回の事件は予想外な展開だわ」
「予想外……」
マチルダはこの部屋に入ってすぐ、ベッドの上に小さな檻を投げだしていた。彼女はそれを手で引き寄せてから、わたしの肩の上にいるくーちゃんを見た。
「局長から話は聞いてるの。それ、中央に収監されているあの魔法使いの使い魔だって」
「はい」
「つまり、あの女の手先となっている人間が他にも近くにいる。そういうことよね」
「……はい」
「そして、グレイ・スターリングの可能性も否定できない」
――はい、とは言えなかった。
わたしはマチルダを見つめながら、思い出す。
グレイは『これ』を殺したと言った。彼も使い魔を身体に入れられて、そして殺したのだ、と。
「でも、彼のやりかたとは違う気がする」
マチルダはそう言って、困惑したように檻を見つめていた。
「どういうことですか?」
わたしが小さく訊き返すと、彼女はため息をついてわたしに言った。
「グレイ・スターリングの好みは金髪の女の子なの。少なくとも、あの女が中央に逮捕されてから、グレイは数人の女の子の命を奪ったのが確認されてる。でも皆、金髪の子で、グレイと同じような年齢の少女たちだった。さらに、殺しはしても解剖なんてことはしない。ただ、血を抜いて『人形』のようにして鑑賞する。どうも、肉体を損壊させることを嫌うみたいで」
「そう、ですか」
わたしはただ眉を顰めるだけだ。聞いていて楽しい話ではない。
「このやりかたはあの女……レティシアという魔法使いに似てる」
「え?」
「つまり、あの女の手先が他にもいる。わたしはそう思うのよ」
「他にも?」
そしてわたしは視線を自分の制服の袖に落とした。「……あ、さっきのカフスは」
「知ってるわ。ウェクスフォードの普通科でしょう」
「……はい」
「何か学園内でおかしなことなどない?」
「ない……と思います」
「グレイみたいな怪しい人間もいない?」
「それは解りません」
わたしはそっと首を振った。「ウェクスフォードの生徒数は多いです。魔法科の生徒すら把握できていないのに普通科までなんて……」
「まあね」
そこでマチルダはベッドのそばに立ったままのエリザベスに目をやった。「生徒名簿、手に入れてちょうだい」
「了解しました、マチルダお姉さま」
エリザベスがぐっと拳を握りしめ、気合充分といった感じで続ける。「犯人は殺害現場に戻る習性がありますものね! さっきの野次馬連中の顔は全部覚えました。生徒名簿と照らし合わせてみますので、少しお時間をください!」
「任せたわ」
え、覚えたの?
わたしが驚いてエリザベスを見つめると、彼女は自慢げに指先で自分の額をとんとんと叩いた。
「何度も言いますけど、記憶力だけは自慢ですからぁ」
……なるほど。
「酷い顔色よ」
やがて、マチルダが心配そうにわたしに言った。「とにかく、座って休んでから帰るといいわ。あなたのところの御者は近くに待たせているけど、あと少しくらい待たせたって大丈夫でしょう?」
そういえば、マックスの存在を忘れていた。心配性な彼だから、きっとわたしのことを心配してくれているだろう。それに、お父さまやお母さまもわたしの帰りが遅いことを心配しているはず。
「本当に色々すみません。ホント、わたしって役に立てない……」
「何言ってるの」
マチルダが苦笑した。「わたしには使えないわよ、こんな魔法」
彼女の指先が檻に触れて、その檻の中で赤いトカゲが威嚇音を立てる。
そう言えば、この使い魔もよく解らない。くーちゃんはわたしを守るために檻を破ってここまできたんだと思う。そういう習性なんだろうか? 飼い主を守るように躾けられているとか?
「あなたは、一人で色々抱え込みすぎ。もっと頼っていいんだから」
マチルダがベッドから立ち上がると、わたしの前に立ってわたしの頭をがしがしと掻き回す。アレックスといいマチルダといい、撫でるのが好きなんだろうか。
やがてわたしはマチルダに微笑みかけると、「それより、レベッカが心配です」と囁いた。
「……見せたくなかったわね、あれは」
マチルダが言い、わたしが頷く。
「あの子のフォローもしないとね。遺体も……回収できればいいんだけど、まだ司法局が動いていることは知られたくないし」
「あの、アレックスは何を調べてるんですか?」
ふと、わたしは気になって口を開く。
潜入捜査だというのは聞いていた。この殺人事件を調べるために、あのジェンキンスという男性のところで働いているんだろうか。
「元々は、ジェンキンスのところの内部調査だったんだけどね。かなり後ろ暗い仕事もしてるはずなのよ。かなりの大金が動いているし、隠し財産もあるでしょう。税金逃れに色々やってるみたいだけど、でも……」
「でも?」
「途中から殺人事件が起きて、アレックスもそれどころじゃなくなった感じね。もう、似たような殺人が何件も起きてる。あの娼婦たちの元締めがもみ消しているけど、もうそれもそろそろ限界だと思う。ジェンキンスの件を優先すべきか、殺人事件を優先すべきか……」
元締めというのは、きっとあの年配の男性のことだろう。
わたしが小さく唸ると、マチルダがまたわたしの髪の毛を掻き回して笑った。
「あなたは気にしないで。それより、学園生活に戻っておとなしくしてて」
「おとなしく?」
「そう。何かあったら協力してもらうから。それと、学園でおかしなことがあったら報告して」
「……解りました」
わたしがそう言って頷くと、彼女は小さく続けた。
「こっちはアレックスと上手く接触しないといけないわね。ジェンキンスに不審に思われないように気を付けないと。やっぱり、さっきみたいに口説くのが一番自然な感じなんだろうけど」
そういえば、エドガーが言ってたっけ。
マチルダには恋人がいるとかいないとか。
その相手はアレックスだろうか? 確かにそうだとしても違和感はない。
わたしはぷるぷると頭を振ってその考えを打ち消した。
こんなことを考えている場合ではない。




