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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第四章 学園生活と不穏な街

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共闘

 野次馬たちが年配の男性に向かって色々問いかけているのを聞きながら、わたしはマチルダの少し後ろをついて歩き出した。

 ジェンキンスの後ろには、レベッカをまるで荷物のように肩に担いだアレックス。

 これからどうしたらいいんだろう、と考えながら皆の顔を見回していると、わたしの肩の上でくーちゃんがいきなり警戒したように喉を鳴らした。

 ――何?

 と、わたしは足をとめた。


 アレックスがその場に膝をついて、レベッカの身体を地面に下ろした。

 ジェンキンスが困惑したように振り返った瞬間、アレックスが鋭く叫んだ。

「下がってください!」

 そして、彼はその大きな身体とは似つかわしくないほどの俊敏さで立ち上がり、ジェンキンスの腕を掴んでその場に引き倒した。


 辺りに誰かの悲鳴が響く。

 野次馬たちの身体がいくつか宙に舞うのが見えた。その途端、一気に辺りが混乱と悲鳴に包まれた。誰もが状況が解らず、闇雲に四方に走り出す。

 たくさんの人間がその場にいたため、ぶつかり合う人間たち。そして転んで他の人間に身体を踏みつけられてさらなる悲鳴が上がる。

「何!?」

「お姉さま、危険です!」

 マチルダの声と、エリザベスの声が冷静さを欠いていた。


 気が付けば、巨大な獣が目の前にあった。

 赤い鱗に覆われた皮膚、鋭い鉤爪を持った前足、金色に輝く双眸。

「くーちゃん……」

 わたしが茫然と囁くと、肩の上でくーちゃんが小さく嘶く。

 くーちゃんはここにいる。

 じゃあ、あれは?


「アレックス!」

 強盗に襲われた時に見た、ジェンキンスの部下の男性が駆け寄ってきていた。彼は手に長剣を二本持っていて、アレックスにそのうちの一本を押し付けた。

「助かる」

 アレックスがにやりと笑い、剣を構えて獣に向かって地面を蹴った。それは、惚れ惚れとするほどに鮮やかな一閃だった。

 獣が逃げようとする直前に、彼の剣が獣を切り裂く。舞い踊る血飛沫、辺りを揺るがす獣の怒号。

 しかし、その獣は確かに苦痛に喘いで動きを鈍くはさせたものの、傷はゆっくりとふさがっていく。そして、獣はアレックスの存在を無視して彼の背後にいるジェンキンスへと襲い掛かった。

 ジェンキンスがさすがに驚愕の声を上げる。そして、必死に身体を捻って脇へ逃げた。

 それまでジェンキンスがいた場所に獣は地響きを立てて突っ込み、その地面を前足で抉る。土埃が舞った。

「何故だ」

 アレックスの困惑した声。

 獣が唸り声を上げてジェンキンスを見た。


「証拠品!」

 マチルダが鋭く言った。その途端、アレックスが叫ぶ。

「ジェンキンス様、さっきのカフスをこちらへ!」

 ジェンキンスが一瞬遅れてポケットに手を突っ込み、銀色に輝くカフスボタンをアレックスに投げた。宙を舞ったその微かな輝きを、獣の視線が追った。

 アレックスがカフスを空いた手で受け取った瞬間、獣が地面を蹴る。

 獣の巨大な口が開き、アレックスの腕ごと引きちぎってカフスを奪おうとする。しかし、アレックスは素早く剣を薙ぎ払い、獣の首筋を切り裂いた。

 もう一人の男は剣を構えたまま、その場に固まっていた。それでも、何とか獣に向かって走り出して剣を振り上げたけれど、その獣の持っている長い尾が素早く彼の身体を横に薙ぎ払った。それが横腹に直撃し、男は吹き飛ばされて地面に転がった。


 男の持っていた剣が飛んで、地面に突き刺さるのを見た。

 わたしは衝動的にその剣に駆け寄り、引き抜いてアレックスのほうへ視線を投げた。

 明らかに獣は証拠品であるカフスを奪おうとしている。アレックスは何とか剣で応戦し、獣と互角に対峙しているように見えたけれど、明らかに動きの速さでは負けていた。

 わたしは獣の背後から襲い掛かり、その首の付け根辺りに剣を叩きこんだ。剣が食い込む感触は、あまりいいものではない。でも、躊躇っている時間などない。剣を引き、さらにもう一度同じ裂け目を狙って叩き込もうとすると、獣が地面を蹴ってわたしたちから離れた。

 間合いを計っているらしい。

 警戒した双眸をこちらに向けた後、さらに獣がこちらに飛びかかってくる。

 アレックスとわたしが並んで立ち、それぞれ獣の攻撃を避けながら剣を振るう。お互い、獣の肉体を剣で攻撃し、返り血を浴びた。

「足止めにしかならんぞ」

 アレックスが苦笑交じりにそう言って、わたしも頷く。

「すぐ傷がふさがってしまう。倒せないかも」

 そう言って唇を噛んでいると、離れた場所にいたマチルダから声が飛んできた。

「少年! あなた、飼い主でしょう!?」

「違いますよ!」

 わたしは彼女を見ないまま叫ぶ。

「似た生き物を飼ってるでしょう!?」

「飼ってますけど、こっちは違います!」

「そんなのどうでもいいわ! 捕まえて!」

「無理ですよ!」

「捕まえる方法はあるでしょ!?」

 ――どういう意味だ。

 と、わたしはマチルダに素早く視線を投げる。

 捕まえる方法……檻を作ることはできる。ただし、魔法で。

 でも、魔法使用許可証が下りている場所でしか魔法は使えない――。

「非常事態なんだから、とにかく何でもやって!」

 マチルダがさらに叫んで、わたしは少しだけ困惑した。つまり、魔法を使っていいと?

 マチルダは魔法取締捜査官なのだから、彼女が許可してくれるなら事後処理は何とかしてもらえるのかな。

 わたしは一瞬の逡巡の後、シャーラに教えてもらった魔法言語を口にした。

 辺りに凄まじいまでの光が弾ける。相手は巨大だから、檻も巨大になる。くーちゃんはこの檻を破って外に出た。この獣だって、檻を破るかもしれない。

 わたしは一度かけた魔法の檻の上から、さらにもう一つ檻を作った。繰り返される魔法言語。やがて二重の檻は融合し、一つの檻へと変化する。

 自分でかけた魔法でありながら、感心していた。古代言語の魔法って凄い、と単純に思う。現代魔法言語とは違って、複雑だ。融合した檻に浮かび上がる魔法言語は、細かくなって読み取ることも難しくなるのだろう。おそらく、破るのも難しくなる。

 やってみるもんだなあ、とわたしは唸った。

 やがて、赤い獣は檻の中で苦しげに嘶いて身を震わせた。そして、ゆっくりとその肉体が縮んでいった。

 魔法の檻もだんだん小さくなっていく。獣の肉体のサイズに合わせてじわじわと縮小し、獣がくーちゃんと同じ小さなトカゲへと変化して。

 その地面に小さな檻だけがキラキラと輝いていた。


「驚いたな」

 アレックスが剣を下ろし、笑った。そして、今までの仏頂面を崩して肩から力を抜き、わたしを見てその手を伸ばす。

「助かった」

 と、彼がわたしの頭をくしゃくしゃと撫でる。わたしは不意を突かれて身体を硬直させ、彼を見上げた。

 アレックスはすぐにわたしから目をそらすと、ジェンキンスのそばに歩み寄る。ジェンキンスはこの状況についていけてないのか、アレックスが近寄ってきても何も言わずに立ち尽くしていた。

 その間に、マチルダは赤いトカゲの入った檻を拾い上げ、楽しげに笑う。それを見て、やっとジェンキンスが声を上げた。

「おい、女」

 すると、マチルダが上機嫌な笑顔をそちらに向けた。

「いいものを手に入れたわ。調教して芸を仕込んだら高く売れるわよ」

「売るつもりか? 化け物だぞ」

「売れなかったら、わたしのペットにする」

 うふふ、と笑う彼女の声は酷く甘い。多分、演技だとは思うけど。

 エリザベスがその横に立って、檻の中を覗き込んでいる。さすがにエリザベスの目にも困惑が見えた気がした。

「それより、その化け物はこれを狙った」

 と、アレックスがマチルダに手のひらの上のものを見せた。そこにあるのはカフス。ジェンキンスがアレックスの手のひらの上からカフスを取り上げ、しげしげとそれを観察した。

「化け物の飼い主は、これを取り返したいわけだ。つまり、さっきの女を殺した犯人だからだ。これは結構重要な証拠品だということか?」

「そうかもね」

 マチルダは小首を傾げ、檻を手のひらに乗せて笑う。檻の中ではトカゲが威嚇音を発していて、とても友好的な感じではない。

「それを持っていれば、また襲われるかもね。殺人犯が飼っている化け物が一匹とは限らないでしょ」

「勘弁してくれ」

 ジェンキンスが心から嫌そうな表情をした。マチルダはそんな彼を見つめなおし、少しだけ真剣な目で言った。

「それ、もらえない? 囮にすれば、またこれを捕獲できるかもしれないし」

「馬鹿を言うな。本気か?」

「本気も本気。あなたはこの街の治安を守るために色々やってるみたいだけど、手におえていないじゃない? それを持っていてどうするつもり? 次は殺されるかも……ああ、そうか。あなたが殺されても問題ないかもね。きっと、別の誰かがあなたの仕事を引き継ぐだけだし」

「気に入らん」

 ジェンキンスが鼻を鳴らした。

 しかし、マチルダは肩をすくめながら続ける。

「わたしは気に入ったわよ。結構、この街は面白いじゃない?」

「お前、何者だ?」

 そこでジェンキンスは少しだけ警戒したように目を細める。さすがにマチルダの雰囲気に違和感を覚えたのか、その表情が引き締まった。

 マチルダはニヤリと笑って続けた。

「わたしは金のためならなんでもする女。女がこの世界で幸せに生きていくには、二種類くらいしか手段がないでしょう? 玉の輿に乗って金持ちになるか、汚い手段を使って金持ちになるか。わたしはね、男に媚を売ってのし上がるのは嫌いなの」

「金か」

「あら、他に何か魅力的なものがこの世界にある?」

 マチルダは笑みを消した。いや、唇だけは笑みの形をしている。でも、目は笑っていない。ジェンキンスは疲れたように息を吐いた。

「否定はしないが、お前はおかしいな」

「そうね、それも否定しないわ」

 マチルダはそう言った後、その目をアレックスに向けた。「で、そこの怪力。わたしの部下になるつもりはない? この化け物がまた襲ってきたら、戦える人間が必要なの。今の給料の倍を払うわ」

「目の前で引き抜かないでもらおうか」

 ジェンキンスが舌打ちし、アレックスが眉根を寄せた。

「主を変えるつもりはない」

 アレックスは静かに言った。「この世界は意外と狭い。金で寝返る人間は信用をなくす」

「頭が固いのね」

 マチルダは苦笑した。

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