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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第四章 学園生活と不穏な街

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破られた檻

 振り向くと、そこには知らない男性が立っていた。年齢は三十台後半くらい、背は高く、痩せている。険悪なまでに鋭い目つきと太い眉、よく手入れされている黒い髪の毛。高級そうな服ではあるけれど、あまり紳士的ではない。

「まだ子供か」

 彼は鼻で嗤い、地面に転がって苦痛に喘ぐ男と、死体を見下ろした。「しかし、なかなか優秀だ」

 わたしは何も応えずに立ち尽くしていた。どう反応したらいいのか解らなかった。

 彼の背後から、また別の男性が現れる。二十代くらいの若い男性で、こちらは安っぽい服装に身を包み、丁寧な口調で声をかけてくる。

「ジェンキンス様、ヤツでしょうか」

 ヤツ?

 わたしは彼らの様子を観察し、そっと辺りを見回した。

 レベッカを見失い、まだエリザベスもここにくる様子はない。すっかり暗くなった通りには、わたしたち以外の姿はなかった。

「こいつを運べ」

 ジェンキンスと呼ばれた男性は、太腿から血を流している男を冷ややかに見下ろし、短く命令する。その命令を受けて、若い男性が強盗の腹に一度だけ激しい蹴りを入れた。

 強盗がくぐもった悲鳴を上げ、地面に胃液と思われるものを吐いた。

 わたしはじりじりと後ずさる。少なくとも、危険は去っていない。目の前に現れたこの二人は、明らかに善人ではない。

「君には感謝しよう」

 ジェンキンスがわたしを見た。その口元は笑みの形をしていたものの、目は笑っていない。

「最近、私の縄張りであるこの辺りに強盗が出ていてね。探していたんだよ」

「……そう、ですか」

「実は、強盗以外も探していた。君は何者かな?」

「わたしは」

 ただの通りすがりで。

 と、言おうとした瞬間。

 嫌な気配を感じて辺りを見回した。


 途端、暗闇に現れた複数の人影。その人影たちは、それぞれ武器を持っていた。人影のうちの誰かが、鋭く叫ぶ。

「ザック! 立てるか!?」

 すると、地面の上から強盗――ザックと呼ばれた男が苦しげに言葉を吐き出した。

「こいつ、ジェンキンスだ! 顔を見られるな!」

「仲間か」

 ジェンキンスが舌打ちして辺りを見回し、彼の連れの若い男性が素早く懐から短剣らしき物を抜いた。そしてその短剣を人影に投げつけた。一人の暴漢の額にその短剣は突き立ったものの、まだ敵は何人もいる。そして、こちらに向かってきている。

 まずい、と思ってわたしは身を翻す。

 いくら剣術を習っていたとしても、こちらには武器はない。もしあったとしても、多勢に無勢というやつで敵うわけがない。

 しかし、逃げようとした方向にも人影。

 わたしはその暴漢から武器を奪えるか、と意識を集中させた。


 その時。

 いきなり、自分の中に異変を感じた。心臓を掴まれたような苦しさ。身体が痙攣するかのような感覚。

 何なの、これは!

 わたしが胸元の服を掴み、小さく悲鳴を上げる。

 そして、目の前に迫った人影、振り上げられた剣。逃げなきゃ、と必死に身体を捻った瞬間。


 グルルル、という唸り声と共に、黒い影がわたしの前に降り立った。

 何!?

 その黒い影は人間じゃなかった。降りてきた時は小さな黒い塊。でも、一気に膨れ上がって空気とその暴漢を引き裂いていた。

 悲鳴、そしてわたしに降り注ぐ雨。

 血だ。

 ごろごろと足元に転がったのは暴漢の頭部。そして、一瞬だけ遅れてその首から下の身体が地面に倒れこんだ。

「何だ!?」

 ジェンキンスの声が聞こえる。

 そしてわたしはといえば、目の前に現れた『獣』に視線を奪われていた。わたしよりもずっと大きく、全身が赤い鱗に覆われた――まるで、巨大なトカゲのような……。

「くーちゃん?」

 わたしは茫然と呟いていた。

 そして、その巨大な獣は金色に輝く双眸をわたしに向け、いつも聞きなれているあの音を立てた。

「くるるるる」

 ――嘘でしょ。

 どういうことなの?


「何だ、何が起きた!?」

 誰かが叫んでいる。その声を聞いた瞬間、くーちゃんが喉から威嚇音を上げてその声の主のほうへ目を向けた。わたしもつられてそちらを見ると、暴漢たちの腰が明らかに引けているのが解った。怯えたように後ずさる彼らを見て、逃げるなら今がチャンスだろうか、と考えた。

 ジェンキンスという男性も、その連れも、呆気に取られたようにくーちゃんを見つめ、動きをとめていた。

 その隙をついて、一人の暴漢がザックの肉体を担ぎ上げ、逃げようとする。

 若い男性がそれに気づいて慌ててそちらに走り寄る。

 くーちゃんはそれを見た後、喉を鳴らしながらわたしに巨大な身体を摺り寄せてくる。そして、突然その身体が縮んで手のひらサイズへと戻る。いつもの見慣れた小さな赤いトカゲの姿へと。

 くーちゃんがするするとわたしの足から胸元によじ登り、そのまま肩の上に乗って。

 そして理解した。

 さっきの痛みは、檻が破られた感覚なんだ、と。

 くーちゃんを閉じ込めていたわたしの魔法が破られて、その衝撃が伝わったんだ、と。


「ジェンキンス様、お怪我は」

 そこに、また別の声――聞いたことのある声が響いて、わたしは息を呑んだ。

 その声の主を見やり、やっぱり、と思う。

 アレックスだ。潜入捜査だと言っていた彼の姿。前に見た時とほとんど変わらない、彼の風貌。そうだ、以前、ウィストー通りにきた時に彼の姿を見たはずだ。

 そして思い出す。その時、一緒に歩いていたのがジェンキンスという男性。アレックスは、彼の部下として働いている?

 わたしはアレックスを見つめたまま動けなかった。彼はジェンキンスに近寄ると、素早く辺りを見回した。何の感情も映らない瞳を地面に向け、死体を確認して目を細める。ジェンキンスが「大丈夫だ」と軽く手を上げて、鼻を鳴らした。

 そしてジェンキンスが鋭い視線をわたしに向け、何か言おうとした。でも、彼が何か言う前に辺りに響いた声は。


「面白いものを飼っているのね。言い値で買い取るわよ、少年」


 あああ、もう!

 どんどんこの場が混乱していく。

 わたしはその声の主に目をやった。

「売り物ではありません」

 わたしは彼女を軽く睨んだ。そう、警戒したように演技をしながら。

「嫌だと言っても買い取るのがわたしなのよね」

 そう言って嫣然と笑っているのは、マチルダだった。

 彼女は身動きのしやすそうな黒い服に身を包み、腰から細身の剣を下げていた。それは司法局で見た彼女とは違って、明らかにまっとうな職業ではないと思われる雰囲気も身にまとっていた。どちらかといえば、地面に転がった死体たちが持っていた雰囲気。殺気と、威圧感。

「誰だ、お前は」

 ジェンキンスの鋭い声が飛んだ。

 マチルダは笑みを消して首を傾げた。

「さあ、誰かしらね」

「この辺りは私の」

「縄張りとかね、そんなのはどうでもいいのよ。わたしは商談をしようとしてるんだから邪魔しないで」

 マチルダはつまらなさそうにジェンキンスに言って、すぐにわたしに微笑みかける。

「少年、いくら欲しい?」

「え、あの」

 わたしがじりじりと後ずさって、少しでも彼女から遠ざかろうとした。

 そして、ジェンキンスが一歩前に進んで何か言おうとした。

「邪魔だって言ってるでしょう」

 彼女の腕が軽く上げられて。

 その手の甲に何かの模様が浮かび上がった。普通だったら、魔法取締捜査官の紋章があるところ。しかし、そこにあったのは魔法言語による別の印。

 ジェンキンスの足元、地面に鋭い亀裂が入る。まるで、剣で切り裂いたかのように。

「ジェンキンス様」

 素早くアレックスがジェンキンスの前に立ち、マチルダを見下ろす。アレックスの両腕にも、魔法取締捜査官とは違う魔法言語の印が浮かんでいた。

「あら、やり合うつもりはなかったのよ?」

 マチルダが低く声を上げて笑う。「あなたがたには興味がないんですもの」

「お前は」

 ジェンキンスがそこまで言って、黙り込んだ。

 気づけば、ジェンキンスのすぐ後ろに小さな影。黒い質素な服に身を包んだエリザベスが、小さな短剣を彼の背中に突き付けていたのが見えた。

 アレックスが舌打ちして動こうとした時、マチルダがまた手を動かした。

 アレックスとジェンキンスの間の地面に新しい亀裂。

 マチルダがアレックスを見つめ、苛立ちを露わにした口調で続けた。

「その子はわたしの大切な『鼠』なの。傷つけたら、あなたの両腕と両足を切り落とすわよ」

「鼠?」

 ジェンキンスが目を細めて自分の腰の辺りを見下ろし、低く笑った。

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