レベッカの横顔
「で、司法局に捜査官にならないか、ってスカウトされたの?」
わたしが訊くと、彼女は首を傾げながら続けた。
「そこに行き着くまでが結構かかりましたけどねえ」
「やっぱり捜査官になるのって大変なのかな」
「普通、大変だと思いますよ」
エリザベスが言うには、普通の学力試験に魔法の筆記、実技試験に体力試験、健康状態に家庭環境、精神状態など、色々な検査があるのだという。
「わたしの場合、司法局の内部の配置とか抜け道にはどこ通るのがいいか、とか覚えてしまってたので、簡単に孤児院に放り出せなくなっていたというのも理由のひとつでしょうね。最終的には危険人物として監視対象になってたんです。で、マチルダお姉さまが一緒に勉強を見てくれて、司法局の図書室に引きこもっているうちに、気づいたら全部覚えてしまったんですよ」
「全部?」
「はい、書籍の内容を全部」
わたしは唸る。
本当なのか、と普通なら疑問に思う内容だけど。
本当なのかもなあ。
「わたしの魔法は、魔法書に書かれた内容をそのまま再現するから、癖がなくて教師としては理想的だと評判なんですよ」
えっへん、と胸を張って言う彼女は、どこからどう見ても魔法使いには見えない幼女だ。
わたしはふと疑問を口にした。
「癖って?」
するとエリザベスが小さく唸った。
「ほら、我々の普通に会話している言葉だって、個人個人の癖がありますよね? 方言とか訛りとか。魔法にも、使う人間の癖が出るんですよ」
「んー。解らないなあ」
わたしが眉を顰めるのを楽しそうに見つめる彼女。
「エアリアルさまも癖はあまりないですね。さすが、わたしの弟子です!」
「そ、そう?」
褒められているのは嬉しいけど、結局、エリザベスの自画自賛か?
「癖があると、魔法の使われた痕跡が残りやすいんです。誰が使った魔法か簡単に特定できたりするので、犯罪者向きではありませんね」
「……うーん」
「いくら癖がないとはいえ、犯罪には使わないでくださいね、エアリアルさま」
「使わないよ!」
「それに、魔法使用許可証があるかどうか解らない場所では、絶対に使わないこと!」
「う、それはキツいなあ。万が一、どこかの道端でグレイに襲われたら? それでも使っちゃダメ?」
「自分の身を守るためには許されていますが、かなり厳しい調査が後で入ります。だから、危険を感じたら、基本的には手帳でわたしを呼び出してください」
「解った」
解りたくないけど、仕方ない。学園と我が屋敷以外の場所では使わないようにしよう。
やっぱり肉弾戦かな……。
体術、習ってて良かったかもしれない。剣だって、ただの学生が持ち歩くのはどうかと思うし。普通は職業剣士や傭兵とかが持ち歩くものだ。
「じゃあとりあえず」
エリザベスがもぐもぐとアップルパイを食べながら言った。「徹底的にエアリアルさまを鍛えましょうか。バシバシいきますからね!」
「嬉しいような怖いような」
わたしはぼんやりと遠くを見つめながら曖昧に笑った。
「目指せ、ウェクスフォード主席卒業です!」
が、頑張ってみます。はい。
サイモンを超えられるといいなあ。
「教えかた、上手ですね」
レベッカが感嘆の声を上げた。
エリザベスの厳しい勉強の後は、ほぼ毎日学園の図書室通い。
サイモンとレベッカは毎日、そしていつしかチャドとマクミランも加わっていた。
エリザベスに教えてもらったことを、さらにレベッカに砕いて説明しているうちに、わたしも理解力が上がった気がする。
「魔導師コースにくりゃいいのに」
チャドが椅子に座り、わたしが机の上の空間に描き出した魔法言語を睨みながら呟く。「教えかた、上手いじゃん」
どうやらチャドは落ち込んでいるようだ。頭を乱暴に掻き、深いため息をこぼす。
「無理だと思うよ」
わたしは苦笑した。「これはわたしの師匠からの受け売り。真似してるだけだから、応用はきかないんだな」
ふっふっふ、とわざとらしく笑い声を上げたわたしを、チャドは納得いかないように見ている。
「でも、思ったより親しみやすい人なんですね」
ふと、レベッカが笑顔を見せた。「何だか、近寄りがたい雰囲気だったから、最初はどうしたらいいかと思いました」
「ああ、顔だけはいいからね」
と、サイモンが言うから、わたしは魔法で空気の塊を彼の額に飛ばした。
「いてっ」
その声を聞いて満足する。この間の仕返しだ。
「顔だけじゃないはず! 中身だって多少は」
と、レベッカを見れば、彼女は笑顔で何度も頷いてくれる。
「そうですよ! だって、こんなに真面目に色々教えてもらえますし――」
「ほら!」
わたしは得意げな気持ちでサイモンを見つめた。しかし、サイモンは軽くわたしを諌めるように睨んだ後、ため息混じりに続けた。
「ちなみに、さすが美形というべきか、婚約者がいるみたいだ」
「えっ」
レベッカが身体を強ばらせる。
そして一瞬の間の後、小さく頷いた。
「やっぱり、そうですよね」
その横顔が、落胆の色が浮かんでいるように見えて驚く。
わたしがおろおろしつつ、皆の顔を見回すと。
チャドが苦笑した。
「天性の女たらしか」
マクミランが頷く。
「自覚がないのがたちが悪いね」
そんなことを言われたって!
サイモンを見ると、彼は呆れたようにわたしを見つめ返していた。
気づいてなかっただろ、と言いたげな表情。
普通、気づかないよ!
いや、どうなんだろ。
わたしは低く唸った。
「そういえばゼミが決まったし」
やがて、サイモンが机を指で叩きながら笑った。「図書室に来られるのも週に一日減るね」
「そうなんですか。でも、それ以外の日は一緒に勉強できると嬉しいです」
レベッカが少し残念そうに息を吐いた。「わたし、家ではあまり勉強できないし」
「そういえば、家の手伝いもあるって言ってたよね」
わたしがおずおずと彼女に訊く。
レベッカはどこか吹っ切れたような目つきでわたしを見つめた後、明るく笑った。
「はい、母が仕立て屋をしています。わたしも家に帰ると手伝ったりするので、なかなか勉強までは……」
「凄いね。仕立て屋か」
わたしが感心したように頷くと、レベッカは慌てて手を振った。
「あ、でもそんなに有名な店じゃないし、わたしも本当に大した手伝いできないから」
その表情がみるみるうちに曇る。「だから、必死なんです、勉強。魔法使いの免許を取ったら、今よりは収入も安定するだろうし」
「……うん、すぐに取れるよ」
サイモンが優しく彼女に話しかける。「君は勉強する時間が足りなかっただけだし。特待生って、簡単になれるものじゃない。魔法使いの素質あるよ」
「あ……りがとうございます」
ふと、レベッカが照れくさそうにサイモンを見つめる。そんな彼女の横顔を見ながら、わたしは思う。
サイモンだって女たらしじゃないか!
「頑張ります」
やがて彼女は少しだけ強い口調で続けた。「ちょっと今、姉の稼ぎに頼っている状態なので、早くわたしも自立しなきゃ」
「お姉さんがいるんだ?」
わたしがそう尋ねると、彼女は意味深に笑った。
「身内が言うのも何ですが、凄い美人ですよ。婚約者がいらっしゃるなら、手を出さないでくださいね」
「ちょ」
何だよ、そんなふうに見えるってのか!
わたしはこう見えても――ってか、女の人には興味ない!
「警戒されたな」
「仕方ないよね」
ぼそぼそと会話しているチャドとマクミラン。ちょっと、聞こえてるんだけど!
「それに早く、姉を助けないといけないし」
ふと、レベッカが小さく呟くのが聞こえた。
わたしが彼女を見つめていると、その視線に気づいたのか慌てて微笑む。そして、自分自身に言い聞かせるかのように続けた。
「わたし、次のテストには絶対、五十位以内に入ってみせます! 期待していてください!」
「もちろん」
わたしは笑い出しながら頷いた。




