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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第四章 学園生活と不穏な街

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エリザベスの過去

「とにかく、勉強しようか」

 引きつる口元を無理やり笑みの形にしつつ、わたしはレベッカの隣の椅子に座り直した。

 レベッカは一瞬だけ緊張したように身体を強ばらせたものの、すぐに教科書の内容に集中する。

「あの、ここなんですけど」

 と、レベッカが申し訳なさそうにわたしに声をかけるたび、何とか解りやすく説明しようと苦労する。

 一緒に勉強していて気づくのは、誰かに教えるということが難しいことだ。

 エリザベスって凄いな。ちょっと彼女の真似をしよう。


 わたしは次に飛んできたレベッカの質問の時に、いつもエリザベスが使う魔法も真似してみた。机の上に、魔法で小さな黒板のようなものを作り出す。

 キラキラ光る板か、紙みたいに見える。その上に、わたしが思い描いた魔法言語を書き出した。

 そして、その魔法言語を分解したり組み合わせたりの繰り返し。基礎となる言語の軸、そこに何が加わるかで多彩に変化する魔法。

 これが結構、教科書とにらめっこするより頭に入るんだ。


「すごい……」

 と、レベッカが宙に浮かんだ魔法言語を食い入るように見つめた。「今、理解できました。意外と単純なんでしょうか」

「現代言語は単純だというね。古代言語をかなり簡略化したものだというし」

 そう応えていると、ふとサイモンが奇妙な目つきでわたしを見つめていることに気づく。

「何?」

 わたしがサイモンに訊くと、彼は眉間に皺を寄せた。

「僕が知らない魔法を色々知ってるなあと思って。一応、僕だってこれでも師匠持ちなんだけどな」

「師匠の差だね」

 ニヤリと笑って見せた直後、ピシリ、と何かが額に当たって「痛っ」と言葉を漏らすことになった。どうやらサイモンが魔法で空気の塊をわたしに投げてきたらしい。

 覚えてろー。

「よし、先生」

 サイモンは意味深に微笑んで続けた。「しばらく剣術部禁止な。色々教えてもらおうか」


「と、いうわけでね」

 わたしはエリザベスの向かい側の椅子に座り、図書室の勉強会について話をすることになった。

 テーブルの上にはふんわりと湯気のたつ紅茶のカップ、焼きたてのアップルパイの皿。

 エリザベスは幸せそうな顔でアップルパイを食べながら、こくこくと頷いている。

「びっくりですねえ。いつの間にか教える立場にいるなんて」

「わたしのほうこそびっくりだよ。間違ったこと教えたら大変だから、ちょっと教科書中心で教えて欲しくて」

「いいですよぉ。どんどん教えます! エアリアルさまは覚えがよくて、教えるほうも楽ですしね」

「覚えがいい?」

 お世辞でも嬉しいぞ。

 わたしはテーブルに置いてあるティースタンドから、スコーンを新しい皿に取り分けてエリザベスの前に置く。途端に、彼女の頬がふにゃりと緩む。

 わたしの師匠は単純だ。

 お菓子に弱い。

「エアリアルさまは以前、魔法の勉強はしたことないんですよね?」

「うん」

「とてもそうは思えませんよ。飲み込みの速さは人一倍だと思います」

「もう! チョコレートブラウニーも皿に乗せちゃう!」

 浮かれて彼女の皿にお菓子をどんどん追加していきながら、わたしは前からちょっとだけ気になっていたことを訊いてみた。

「そう言えば、エリザベスは記憶力が凄くいいって言ってたよね。それって生まれつき?」

「んー、どうですかねえ」

 彼女は首を傾げた。「その辺りはよく覚えてないんです。気づいたらこんな感じで」

「そうなの」

 わたしは落胆の息を吐く。

 もし、エリザベスのようにわたしも記憶能力が開花したら、テスト勉強だって楽勝だろうに、と考えたけど。

 まあ、そう簡単にはいかないよなあ。


「わたしの場合、生き残るために頑張りましたからねぇ。あ、もしかしたらエアリアルさまもこんな状況で必死だから、魔法を覚えるのが早いのかも!」

 と、エリザベスが目を見開きながら言う。その表情は楽しそうに輝いている。

 しかし、わたしは困惑を隠せなかった。

 生き残るために?

 エリザベスには何かとんでもない過去が――?

「結構、ヘビーな過去があるんです」

 うふふ、と笑いながら人差し指を振る彼女。とてもその様子からは想像もできないけど、でもそう言われてみれば納得できないこともない。

 大体、幼女が魔法取締捜査官なんて、よほどのことがない限り、有り得ないと思うしね!

「わたしはですね、『鼠』だったんですよ」

「は?」

 ――鼠?

 わたしはぽかんと口を開けたまま彼女を見つめ直す。

 エリザベスはちょっとだけ悲しげに笑った。

「聞いたことないですか? いわゆる、危険な場所に放り出されて罠を見つける役目の人間のことです」

「罠? え、何それ」

「んー」

 彼女は紅茶を啜りながら唸る。「いわゆる、デストラップですかね。毒ガスを発してそうな場所の先頭に持ち込まれる鳥籠より、もっと実用的ですよね」

「え、でもそれって、間違ったら死んじゃうんじゃないの?」

「死にますね。事実、わたしの仲間はほとんど死んじゃいましたし」

「はあ!?」

 わたしはただ馬鹿みたいな声を上げることしかできなかった。それくらい、彼女の話は現実味がなかったのだ。


「わたし、孤児だったんです、多分」

 彼女はやがて静かに話し始めた。「多分というのは、物心ついた時にはもう両親らしき姿はなかったからです。気づいたら、親のいない子供たちの集団の中で暮らしてました。それはそれは酷い生活環境でして、餓死する仲間もいましたし、少ない食料の奪い合いも毎日のようにありました」

「え、と。誰か大人はいなかったの?」

「いました。我々の『飼い主』ですね。彼らは盗賊みたいな立場で、危険な仕事ばかりしてました。どうやら、孤児を集めては有効活用して、邪魔になったら捨てるというか、殺すというか」

「え……」

 もう何も言う言葉が見つからない。わたしはただエリザベスの次の台詞を待った。

「彼らは危険な相手――つまり犯罪者ですね。そういう相手から金品を奪うことが多くて。彼らは大体、悪質な罠を屋敷に仕掛けてたりするんです。泥棒よけですかねえ。で、盗みに入るほうは一つ一つ罠を解除するより、一気に蹴散らしてお宝を奪ったほうが簡単だったりして。だから、飢えて思考能力の落ちた鼠を先に走らせるんです。この仕事が終わったらご飯だよ、と言われてたから、鼠は夢中で走りますしね。で、死体を作りながら屋敷の奥まで進む、と」

「酷い……そんなの、普通考えられない……」

「ですよね!」

 わたしが茫然と呟いた言葉に、エリザベスは何度も頷いて同意した。「だから、皆、必死でしたよ! 幼すぎる子たちは無理でしたけど、少しでも考える能力がある子たちは、罠を見抜く努力もしました。わたしもです。屋敷を観察して、おかしいところがないかどうか。間取り、家具の配置、絨毯に違和感がないかどうか、空気の匂い、あらゆることを一瞬で覚える努力をしました」

 そこで、彼女は寒気がしたように肩を震わせた。僅かに顔色もよくない。

「必死っぷりを見せたかったですよ! ほら、わたしって可愛いじゃないですか!」

「え。自分で言うか……」

「言います! 可愛いので、鼠として死ぬ前に、どこかの変態オヤジの愛人として売り飛ばすか、なんて話も出てて! あっちもこっちもピンチで!」

「愛人……」

 ちょっと待とうか。

 愛人といっても、エリザベスは子供――。


「つまり、幼女しか興味のない変態さんですよ」

「おうっ……」

 わたしはエリザベスと同じように肩を震わせた。

「でも、鼠よりはマシかなあ、と思っていた矢先に大きな事件がおきまして。こちらの『飼い主』の隠れ家が他の盗賊に襲われたんです。で、気づいたら壊滅」

「え」

「生き残った鼠は新しい飼い主が回収して、飼いきれない鼠は殺したりして。そんな時に、司法局の捜査が入りまして、わたしは運良く助け出されたんですよ」


「運良く、か。確かに、そのままだったら……」

「死ぬかオッサンの餌食か」

「嫌だね……」

「はい、嫌です!」

 エリザベスは拳を握りしめ、力を込めて叫ぶ。まさに魂の叫びといった感じ。

 エリザベスは冗談めかした口調で言っているものの、かなりヘビーすぎる内容でわたしもついていけていない気がする。

「司法局に保護されて、孤児院いきが決定したんです。この世に神様がいると実感しましたね!」

「なるほど」

 やっとちょっとだけ安堵の息をつけるようになった。

 エリザベスはそんなわたしを見つめながら、くすくす笑いながら言う。

「その時、マチルダお姉さまと会いました。お姉さまは、わたしに何か感じたらしくて、たくさんわたしに話しかけてくださいました。で、わたしの記憶能力に気づかれたんです」

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