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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第三章 わたしの中の欠落

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食事療法

「あ、良かった」

 ディーンはほっとしたように表情を緩ませ、空いていた椅子に座る。「よくあるじゃないですか、ゲテモノ食って元気になろう療法が」

「……初耳です」

 わたしは眉を顰める。ゲテモノって何だろう。

 トカゲはゲテモノ? うん、ゲテモノかな。絶対食べたくないや。

「うちの祖父がそうですし」

 と、彼は頭を掻く。

 祖父、つまり中央の局長か。

「こういうのを食ってるのか」

 エドガーも嫌そうな表情でくーちゃんを見やり、理解し難いと言いたげに首を振った。

 すると、ディーンは真面目な表情で頷く。

「トカゲとか蛇とか食べてます。キモイっすよね」

「で、効果はあるのか」

「一応ありますね。祖父、超元気ですし。ありゃ百歳以上生きますよ」

「そりゃ良かったじゃないか。やり手なんだろ、中央局長は。長生きしてもらわんとな」

「ですよねー」

 ディーンは他人事のように明るく笑う。

「そういや、お前の親父さんも中央にいるんだろ?」

 エドガーが訊くと、ディーンは困ったように唸る。

「父は一応中央にいますけどねー。この間、ストレスからきたのか、胃を壊してました」

「ストレスか……」

「婿養子で中間管理職で恐妻家ですから、色々あるんじゃないっすかね」

「トカゲ食え、トカゲ」

 と、エドガーはくーちゃんの檻を見つめ、どうやら不穏な空気を感じたのかくーちゃんが一際激しく威嚇した。

 エドガーが意地の悪い笑みを口元に浮かべながら「シャー」と威嚇音の真似をしている。

 意外にエドガーもバカっぽいぞ、と内心で考えつつ、わたしは檻を近くに引き寄せた。

「やめて下さいよ、トカゲとか蛇とか、本当にマジ勘弁です」

 ディーンは心底嫌そうにため息をつく。「ま、それに、トカゲ療法では小心者は治らないと思いますし」

「確かにな。しかし、今の局長が引退したら、次の局長候補はお前の親父さんも含まれてるんじゃないのか? そんなナイーブな胃で大丈夫なのか?」

「うーん」

 ディーンは苦笑した。「身内だからといって局長にはなれないっすよ。次期局長は局次長だって噂が強いですしねえ」


 とりあえず彼らの興味は、くーちゃんではなく次期局長の座につくのは誰か、ということに移ったようだ。

 わたしとクレアは、食堂のカウンターからそれぞれ食事のトレイを受け取るために席を立ち、トレイを手に戻ってきた時には話題はさらに違う方向に向かっていた。

 エドガーに向かって、ディーンは「ここは飲み会とかないんすか、女の子との出会いはー?」とか言っていて、エドガーに「ない」と一蹴されている。

「だからエドガー捜査官も恋人ができないんじゃないですか」

「うるさい、関係ないだろ」

「ただでさえ捜査官は婚期が遅れるって噂なのに、出会いの場がないのはー」

 ディーンは嘆く。

 何だか屈託なく無邪気すぎるくらいに捜査官っぽくない人だな、と思う。

 とりあえず、わたしはトレイの上の食事に専念することにした。

 ミートローフにマッシュポテト、小海老とグレープフルーツのサラダ、コーンスープ。

 ガーリックトーストがカリカリで美味しい。

 檻の中にミートローフの欠片を近づけると、くーちゃんは少しだけ匂いを嗅いだ後にぱくりと食いつく。どうやら気に入ったらしく、食べ終わったら「くるる」と喉を鳴らした。

「肉食かー」

 と呟きつつ、またミートローフの一部をくーちゃんに食べさせる。

 他に何を食べるんだろう、と考えつつ、小海老やグレープフルーツも差し出してみる。

 おお、全部食べるぞ!

 フルーツも食べるのか。

 じゃあ、ポテトは?

 おおっ、これも食べる! 雑食だな!

「凄い食欲ですねえ」

 クレアも驚いたようだったけれど、彼女の料理の皿からも差し入れがやってきた。

 くーちゃんは上機嫌で次々に食べ尽くし、そして満腹したらしく、丸く膨れ上がったお腹を見せて寝転がった。

 ああ、何て緊張感のない姿!

 ヤバい、可愛い。

「こいつ、バカなのかな」

 ふと、エドガーが檻の中の様子に気がついて呟いていた。「ペットは飼い主に似るって言うよなあ」

 何だとう。

 どういう意味だ。

 わたしがエドガーを睨みつけている横で、クレアが小さく頷いていた。

 よしクレア、後でゆっくり話し合おうじゃないか。


「そういや、この美形は捜査協力者とかいう話でしたっけ」

 ふと、ディーンがわたしを見やる。

 ……そういう話だったっけ。

 わたしがエドガーを見ると、彼は苦笑しつつ頷いていた。

「捜査官ではないのは確かだ」

「ちなみに、君に美人のお姉さんは」

 と、ディーンが真剣な顔でわたしを覗き込んできて、エドガーに後頭部をすぱーんと小気味よい音を立てながら叩かれていた。

「何でそう、お前の頭の中は女のことばかり!」

「暴力反対です!」

「お前は何をしにここにきてるんだ!」

「勉強ですけど、おまけに婚活してもいいじゃないですか!」

「よくない!」


 こんな感じに騒いでいるから、食堂にきている他の捜査官の注目を浴びている。

 わたしはトレイと檻をそっと引き寄せながら、彼らから遠ざかるために椅子を違うところに移動させた。

 中央局長の孫を遠慮なく叩くエドガーには昇進の道はないだろうな、と考えながら。


「全くもう……地方司法局の捜査官は野蛮だ」

「何て言った」

「いいえ、何もー」

 エドガーは認めたくないかもしれないけど、二人はなかなかいいコンビじゃないかと思う。

 わたしは関わりたくないけど。

 わたしは無言でミートローフを食べる。うん、美味しい。

「で、君は学生?」

 ディーンがやがて気を取り直したように声をかけてきた。

「学生です」

 わたしは礼儀正しく微笑み、静かに応える。「ウェクスフォードの魔法科に通っています」

「ああ、ウェクスフォード! 少し前に視察したよ! 金持ち学園だよね!」

「……金持ち……」

「施設は充実してるし、可愛い子も多かったなあ。後数年したら手を出したくなる感じの子がいっぱい」

 やっぱりそこに行き着くのか。

 わたしはエドガーの精神的な苦労を少しだけ理解しつつ、とりあえず彼の興味を女の子の話題からそらそうと努力した。

「視察って何かあったんですか?」

「んー?」

 ディーンは首を傾げた。「色々施設を回ってるんだよね。一応、社会勉強というか何というか。ウェクスフォード以外の学園も視察したけど、やっぱり金持ち学園は違うよ。学習する内容も質が高いのは、雇われてる教師がみんな優秀だからだよね」

「そうなんでしょうか」

「そうだよ! ウェクスフォードの魔法科、有名だって話だよね。君、優秀なんだ?」

「うう……」

 わたしは頭を抱えた。

 魔法の勉強を頑張ってるけど、本当に大丈夫なんだろうか。数日休んじゃったけど、授業に置いて行かれてないだろうか。

 Aクラスから転落したらどうしよう。

 学費、高いはずだよね。お父さまとお母さまには、がっかりさせたくないし、何とかしなきゃいけないのに。

「あ、えーと」

 何だかディーンが焦っていた。「勉強できなくても、顔が良ければ何とかなるよ!」

 そして、エドガーにまた後頭部を殴られている彼。

 ああ、とにかく勉強しよう。

 早く司法局から出て、ウェクスフォードに戻りたい。

 グレイに対抗するためじゃなく、まずは普通の学園生活をするために。

 とにかく、自分のできる普通の生活。

 『いいこと』だけで心の穴を埋めていくために。


 わたしはその夜、シャーラから教えてもらった『おまじない』をしてからベッドに入った。

 悪いものから守ってくれるおまじない。これだけは、わたしの毎晩の癖にしよう。

 少しでも『良い人間』になれますように。


 くーちゃんはベッドの脇のテーブルの上、檻の中で眠っている。

 くー、くー、という寝息が聞こえる。

 そして、暗闇の中に自分以外の寝息が聞こえることが、心強く思えるのが不思議だと感じつつ、わたしは眠りについた。

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