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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第三章 わたしの中の欠落

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焼き菓子を買いに?

「色々あったんですねえ」

 クレアが穏やかに言う。

 わたしが泣き止むまで、クレアはわたしを抱きしめてくれていた。彼女からこうしてくれるのは、初めてかもしれない。

 わたしは何だか、自分自身の感情とか思考がよく解らなくなっていた。

 クレアのことは好きだ。友人として、まるで姉妹のように。

 失いたくないと思いつつも、いつか嫌われることを恐れながら一緒にいるより、今のうちに離れてしまったほうがいいとも考えたり。

 矛盾だ。

 今のわたしは何もかもがあやふやで、どうしたらいいのか解らずにいる。

 だから、自分の考えを整理するという意味でも、今日の出来事をクレアに説明してみた。

 何もかも、全部。

 トカゲのことも、トカゲをわたしに植え付けたらしい魔法使いの話も。


「でも、昔も今も、お嬢さまはお嬢さまですよ」

 クレアはわたしの不安を見透かしているようだ。「このトカゲがお嬢さまの『何か』を食べたのだとしても、あんまり気にしなくていいんじゃないでしょうか」

「でも、クレア」

 わたしはまだ、彼女の肩に自分の頭を預けたままの格好で口を開いた。「もし、この子が食べた部分が今もわたしの中にあったら、もっと違った自分だったのかもしれない」

「うーん、確かにそうかもしれませんけど」

 クレアはくすくす笑う。「昔のお嬢さまは確かに、無邪気すぎました。脳天気というか何というか」

「は?」

 わたしは顔を上げる。すると、クレアは僅かに首を傾げている。

「子供だったから、とわたしは理解してたんですが、違ったんですかねえ? あの、おめでたいまでに楽観的なところとか、そういうところを食べられてしまったから、今のお嬢さまが存在するのかもしれません」

「何気なく酷いこと言ってるよね、クレア」

「すいません、正直で。この際、ぶっちゃけて言いますけど、わたしは昔、不安だったんですよ。あまりにもお嬢さまは無邪気で、他人を疑うことも知らない様子でしたから。いつか、悪い人間に騙されるんじゃないかと思ってたんです」

「やっぱり酷いこと言ってるよね」

 わたしが唇を尖らせていると、クレアは苦笑しながらわたしの手を取った。

「今は、昔ほど頭の中がお花畑ではないでしょう? そりゃ、空気読まないところとか、好き勝手に暴走したりとかありますけど」

「ちょ」

「これが普通だと思うんです。今のお嬢さまくらいがちょうどいいですよ。人間の感情なんて、そう簡単に白黒はっきりしてるわけじゃないです。理不尽なことだって、たくさんあります。お嬢さまみたいに迷走するのは当たり前なんですよ」

 わたしは肩を落としてため息をつく。

 クレアはさっき、自分は召使いだからとか何とか言ってたけど、とても召使いとは思えない発言じゃないだろうか。そりゃ、本音で話をしてくれるのは嬉しいよ、嬉しいけどさ!

「昔のお嬢さまは、どんな嫌みを言っても通じませんでしたよ」

 クレアはわたしの手を握る自分の手に力を入れた。「わたしが何を言っても、『そうだよね』とか『クレアの言う通り』とか笑ってました。冗談や嘘を言っても、簡単に信じてしまう。でも、いつからだったか『疑問を抱く』ことを覚えてくれたので、安心したんです」

「安心?」

「ええ、だって、世の中には色々な人がいますから。いつまでも安全なお屋敷に籠もり続けるのは無理ですよ」

 確かにそうだろうけど。

 わたしは眉を顰めた。

 よく覚えてないけど、わたしはそんなにおめでたい頭をしてたんだろうか。

 そしていつ、このトカゲ……くーちゃんはわたしの心の中に入った?

 レティシアにいつ接触した?

「ねえ、クレア」

 わたしは疑問を口にした。「わたしはいつから、今のわたしになったんだろう? いつ、変化が?」

「んー」

 クレアはわたしから手を放し、しばらく腕を組んで考え込む。そして、ぽん、と手を叩く。

「そうそう、お嬢さまが頭を打って寝込んだ時ですよ」

「ああ」

 わたしはふと頷いた。お屋敷を抜け出そうとして、二階の窓から落ちた時。

 わたしが十歳くらいの時の事故だ。

「わたしはてっきり、お嬢さまの性格が変わったのは、頭を打ったからだと思ってたんですけど、違ったみたいですねえ」

「そう、だね」

 わたしは唇を噛んだ。

 何でお屋敷を抜け出そうとした?

 遊びに出かけたかった。クレアを置いて、外に出ようとした――らしい。

 その辺りはよく覚えていない。

 美味しい焼き菓子のお店があって、こっそりそこに行きたかったらしい。

 でも、外出は禁止だった?

 だから無理に二階の窓から出ようとして、落ちた。

 らしい。

 らしい、らしい、ばかりでよく解らない。

 記憶が所々抜けているのは、頭を強く打ったからだ、とお母さまに説明されたけど。

 何か違う理由があるんじゃないだろうか?


「あの、お嬢さま?」

 クレアが躊躇いがちに言った。「急いで記憶を取り戻す必要がありますか?」

「え? そりゃあ」

「グレイという犯罪者に誘拐されて記憶をなくされましたよね。わたしは、お嬢さまは焦りすぎじゃないかと不安ですよ。身体を鍛えたり魔法を習ったり。色々抱え込みすぎじゃありませんか?」

「でも、自分の身体を取り戻すためだよ」

 わたしは真剣に言う。

 いつまでもこんな身体ではいたくないから必死なんだ。

「もちろん、それは解ります。でも、相手は恐ろしい殺人鬼なのでしょう? 話に聞くだけでも、相手がとんでもなく残虐だとわたしでさえ解るのに。何で司法局に任せないんですか?」

「だって……」

 それはもちろん――。

 シャーラも司法局を頼ったらいいじゃないか、と言った。

 でも。


 放っておいても、解決はしそうにないから。

 ただ待つだけなんて、落ち着かないから。


 それに、グレイは鏡を通してわたしに接触している。

 これは誰にも言えない。

 もし話したら、お父さまやお母さま、クレアの身が危ない。

 だから、誰にも話さず、わたしだけで彼から情報を引き出す。そして、彼を追い詰める――ことが、できるんだろうか。


「お嬢さまはおっしゃいましたよね。巫女様のお言葉」

「うん……」

「色々なものや人と接して、心の穴を埋めるように、って」

 うん、クレアにも説明した。シャーラが言ったことは全て。

「グレイを追うことは、お嬢さまにとってベストなことですか? 『いいことだけで埋めていく』ことですか?」

「それは」

 ――いいこととは言えないかもしれない。

 グレイを追うことは、彼の犯罪に触れることだ。

 ジェーン・マーチンの遺体を見つけた時のように。

 もしこれからも、彼の犯罪に触れ続けるのだとしたら。


「もしお嬢さまが、巫女様みたいに何でも万能に魔法が使えるなら、わたしだってグレイを追うことをとめはしません。でも、まだお嬢さまはそんなに強くないですよね」

 クレアの言葉がわたしにザクザクと突き刺さる。

 確かにそうだ。反論はできない。頑張ってはいるけど、空回りしているところもある。

「だから、ちょっとだけでもいいです。力を抜いて下さい。周りを見て下さい」

 わたしは顔を上げ、クレアを見つめ直した。彼女の表情は真剣だ。

 そして多分、わたしを心配しているから言っているのだ。

「わたしは、お嬢さまにこれ以上、危険な目に遭って欲しくないんです。お願いします」

 クレアはまたわたしの手を取った。「わたしのお願いは、叶えてもらえますか?」

 わたしは彼女の手を握り返した。

「心配かけてごめんなさい。もう、無理はしないよ。約束する」

 わたしは泣きたくなる衝動に駆られつつ、そっと応えた。

 こんなに真剣に言われたら、拒否なんてできない。したくもなかった。


「何だそれ」

 夕食の時間になって、わたしとクレアが食堂にいくと、エドガーがわたしの姿に気づいて声をかけてきた。

 正確に言えば、わたしが持っているものに気づいて、だ。

「くーちゃんといいます」

 わたしは真面目な顔で小さな檻をエドガーに見せてから、そっとテーブルの上に置いた。

 檻の中のくーちゃんは、案の定エドガーを威嚇して「シャーシャー」言っている。

「くーちゃん……」

 エドガーは呆れたような表情をわたしに向けたけれど、何に対して呆れたのかは不明だ。

 わたしのネーミングセンスか、それとも食堂に怪しげなトカゲを持ち込んだことに対してか。

「あ、ペット飼うのオッケイなんすか、ここ」

 と、エドガーの『相棒』のディーンも近寄ってきて、檻の中からの威嚇音を浴びた。そして、ふとその表情を曇らせてわたしを見た。

「まさか、黒焼きにして食べるとか」

「違います」

 わたしは瞬時に否定した。

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