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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第三章 わたしの中の欠落

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クレアとの話

 局長は司法局に到着すると、「ハゲは仕事してくるぜ」と無駄にクールな表情をしてみせて、すぐ局長室にいってしまった。

 ここまでハゲと開き直っていると潔い。

「今日はありがとうございました」

 と彼を見送ってから、わたしはため息をつく。

 何だかんだで結構時間が経っていたようで、もう夕方だ。

 夕飯の時間までどうしよう。とりあえず、このトカゲを部屋に置いてくるべきかな、と檻を見下ろした。


「それは何です?」

 トカゲの檻を抱えて歩くわたしの隣で、クレアが困惑したように覗き込んできた。

 相変わらずトカゲはわたし以外の人間には威嚇する。口を大きく開いて「シャー」とかいう音が響き、檻の奥に後ずさっていた。

「ペットを飼うの」

 わたしはクレアに笑いかけながら言ったけれど、内心は彼女にどう接したらいいのか迷っていた。

「ペット? よりによってトカゲですか? 噛みません?」

「どうかな」

「それにトカゲって、何を食べるんですか? 肉食なんじゃ」

 そう言えば、この子は何を食べるんだろう。魔法で作られた生き物は、普通の食事が必要だろうか。

「後で食堂から何かもらってくるよ。色々試してみる」

 わたしはそう言って、与えられた部屋のドアの前に立つ。ドアノブに手をかけて、もうここで大丈夫だよ、という意味を込めて彼女を見た。

 すると、クレアは少し心配そうな目つきをして、首を傾げた。

「飲み物か何かお持ちしましょうか? 疲れたのでは?」

「大丈夫」

 わたしは苦笑した。「クレアは心配性だね」

「相手がお嬢さまですから」

 ふ、と意味深な笑みが返ってくる。わたしは内心に芽生えた不安を打ち消しつつ唇を尖らせた。

「わたしだって日々学習してるし。そんなに心配しなくても」

「もちろん解ってます。ただ、長いお付き合いですから、やっぱり色々心配になるだけです」

「ごめんなさい」

 つい、そんな言葉が漏れた。

 クレアが驚いたように目を見開いて、それから慌ててわたしの額に手を置いた。

「熱なんてないよ」

 わたしが後ずさり、背中がドアに当たる。

 そして、クレアの視線から逃げるかのようにドアを開け、中に入った。

 ドアを閉めて、そっと扉を押さえる。

 何だかクレアが怖い。

 違う、クレアが怖いんじゃない。彼女に疎ましがられるのが怖いんだ。

 彼女の笑顔の裏には、別の感情があるんじゃない?

 本当はわたしのことが嫌いなんじゃない?


 そして、こんなふうに疑う自分が嫌だった。

 わたしって、こんなに嫌な性格だったんだ。

 そう自覚したら、今まで、当たり前のようにクレアと友人面していた自分がみっともなく思えた。


「疲れたから少し寝るよ。ごめんね」

 ドアの向こう側にいるであろうクレアに声をかけ、わたしはゆっくりとドアから離れた。

 そして、持っていた檻を机の上に置いて、トカゲを見つめた。

「くるる」

 トカゲが檻の隙間に頭を押し当ててくる。


 これはわたしの『心』を食べたトカゲ。

 食べた部分は、思いやりとか優しさ。

 あなたはわたしのいいところを食べた?

 じゃあ、今のわたしは嫌なところだけで作られた人間。


「くるるるる」

 必死になってわたしに撫でてもらおうとするトカゲを見ながら、わたしは苦々しく笑った。

「あなたはわたしのことを本気で好きみたいね」

 もしかしたら、レティシアという魔法使いにそう命令されてるだけかな?

 わたしは檻の隙間に人差し指を入れた。鱗に覆われた冷たい皮膚に触れ、トカゲが気持ちよさそうに目を閉じるのを見つめる。

「せっかくだから、名前をつけようかな」

 わたしはトカゲの頭を撫で続ける。

 できれば、可愛い名前がいい。名前を呼ぶだけで笑えるようなやつ。

「くーちゃん、とかどう? いつもくるくる言ってるし」

「くるる」

 嬉しそうな表情をしているのは撫でられているからだろう。でも、緊迫感のない名前は最高だ。

「よし、くーちゃん。まだ本当に危険じゃないか解らないから、君のことは檻からは出してあげられない。まずは、お互い理解しあおう」

 何だかトカゲ相手にこんなことを言っている自分は馬鹿みたいだ。

 でも、この子はこんなに解りやすい愛情表現をしてくれる。それが嬉しかった。


 まずいな。

 今のわたしは、酷く感傷的だ。


「お嬢さま」

 控え目なノックの音と共に、クレアの声が聞こえた。

 わたしはつい、びくりと肩を震わせた。

「あ、何?」

 と、声をかけてから、しまった、と唇を噛む。寝るって言ってたんだから、寝たふりをすれば良かった。

「少し、お話ししませんか」

 そう言いながら、彼女は小さなトレイを手にドアを開けてきた。トレイの上には、多分、厨房から持ってきたらしいカップが二つ。コーヒーの香りが部屋の中に漂った。

「クレアから言ってくるのは珍しいね」

 わたしは机の横に立ったまま、何とか微笑んで見せる。

 クレアはトレイを机に置き、カップの一つをわたしに差し出してきた。それを受け取り、わたしはベッドに腰を下ろす。そして、彼女に椅子を勧めた。

「いつもとお嬢さまの様子が違った気がしたので」

 クレアはそう笑いながら、椅子に腰を下ろした。「神殿で何かあったのですか? いつもならお嬢さまのほうから色々おっしゃってくるのに」

「まあね」

 わたしは笑顔の作りかたを必死に思い出した。いつものわたし。当たり前のようにクレアに纏わりついて、自分から何でも説明するのが常。

「色々言われて、自分を見つめ直しているところ。すぐに元に戻るよ」

 冗談めかして言った台詞は、どうやらクレアには通じなかったらしい。眉根を寄せて首を傾げる彼女。

「……落ち込んでます?」

 鋭いな。

 さすがに付き合いが長いだけのことはある。

 わたしは大仰に肩をすくめて見せた。

「自分の欠点を見つめるのも、成長の鍵でしょう? そろそろわたしも、クレアに頼りっきりというのはやめなきゃいけない。自分のことは、自分でやらなきゃ」

 そして、少しずつクレアから離れていったほうがいい。

 彼女が望むように、距離を置く。


 手にしていたカップのコーヒーを啜る。

 わたしの好みの甘さ、ミルクの量。


「お嬢さまを手助けするのがわたしの仕事です」

 クレアが低く言う。

 確かにそうだろう。

 それが仕事。それを拒否はしない。

「もちろん、困った時には言うよ。ありがとう」

「お嬢さま、わたしは」

「ごめんね、気を使わせて。わたしは大丈夫だから」

 わたしはベッドから立ち上がり、クレアの肩を叩いた。

 話は終わり。

 その意思表示の仕草。

「お嬢さま、もう、わたしのことは不要でしょうか」

 ふと、クレアが真剣な目を向けてきた。「わたしのことが邪魔になりました?」

「そんなこと言ってないでしょう」

「じゃあ、何でいきなりそんな目で」

 と、クレアは言いかけ、そして口を噤んだ。少しだけ沈黙した後、彼女は礼儀正しく椅子から立ち上がり、頭を下げた。

「失礼しました。何かご用がありましたらお呼びください」

 そして、わたしを見た彼女の目。冷静で、どこかわたしを突き放したような。

「ありがとう」

 わたしは彼女に微笑む。

 すると彼女が苦しげに言った。

「母からずっと、身分をわきまえるようにと言われていました。わたしは召使いであり、それ以上にはなれない、と」

「え?」

「もちろん、よく理解しています。だから、身分に合った接しかたをすべきだと言い聞かせてきました。でも、お嬢さまはわたしに色々よくしてくださったから」

「よくして?」

 わたしは呟いた。「わたしは何もしてないよ。クレアに迷惑をかけ続けただけ」

「迷惑なんて考えたことありません」


 信じたいよ、クレア。

 でもきっと、違うでしょう。

 だってわたしは。

 わたしは。


「わたしは、いい人間ではないよ」

「わたしだってそうです、お嬢さま」

「だってわたしは」

「わたしはお嬢さまのことが好きですよ」

 クレアがわたしの手を取った。その手は温かい。

「お嬢さまは覚えてないみたいですけど、わたしが病気で寝込んでた時、看病してくれたじゃないですか」

 病気? 看病?

 そんなことあった?

 わたしが眉を顰めるのを、彼女はやっぱり、と言いたげに笑って続けた。

「わたしが熱出して寝込んでて、移ると危険だからと言われてるのに、こっそり看病にきて、案の定移って倒れたじゃないですか」

「そんなことあったっけ……」

「ありました!」

 クレアがわたしを軽く睨む。「何でも忘れてしまうんですもの! あの時は、さすがにわたしも慌てました! お互い幼かったし、高熱で危なかったのに!」

「そう、だっけ」

「そうです!」

 クレアは熱弁した。「あの時から、お嬢さまから目を離すのは危険だと理解したんです! 何をしでかすか解らないんですもの!」

「酷い言い草じゃないかな……」

「酷くないです。お嬢さまは間違いなく暴走大魔神です」

 わたしの手を握るクレアの手に、さらに力が入った。「ただ、これだけは言っておきます。昔も今も、わたしはお嬢さまのことが好きですから。たとえ、何があっても……お嬢さまが必要として下さる限り、一緒にいますから」


 必要だよ。

 一緒にいて欲しいよ。

 でも。

 わたしは少しだけ、泣いた。

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