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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第三章 わたしの中の欠落

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神殿での治療

「参りました! ちょっと休憩させて下さい!」

 ディーンが肩で息をしながら膝を手で抑える。ぐったりとした表情をわたしに向け、力なく笑った。

「僕だってそこそこ剣の腕は褒められるのに」

 と、納得いかない様子で呟いている。

 久々に使った司法局の運動場。わたしとディーンのドームを使った手合わせは、意外なことにわたしが優勢だった。

 体術の訓練をしていたせいもあって、相手の攻撃を受け流すことは得意になっていたのが良かったのか。

「おー、やるじゃん」

 少し離れた場所でそれを見ていたエドガーは、軽く手を叩く。「俺の出番はないみたいだから、後は放置しとくわ」

「えっ。あの、わたしの訓練は?」

 わたしの呼吸は乱れていたものの、まだ体力は有り余っている。ここで放置されたら困る、という視線を投げると、エドガーが小さく唸る。

「俺の任務には、お前の面倒を見るという項目はない」

「書き足しておいて下さいよ」

「嫌だ」

「むーん」

 わたしはドームから出て頭を掻いた。「アレックスなら付き合ってくれそうなのに」

「あれは筋肉バカだからな」

「あなたよりは優しいです」

 軽くエドガーを睨みながら言うと、一瞬彼は沈黙した後、唇を歪めて笑った。

「面白い」

「何がですか」

「別に」

 ニヤニヤ笑う彼にムカつきながら、わたしは近くの床に座っていたクレアの隣に腰を下ろした。

 まあいいか、それより気になることがある。

「そう言えば、アレックスは潜入捜査でしたよね。貸倉庫のそばで見ましたけど」

「あー」

 エドガーは笑みを消した。そして、わたしを見下ろして続けた。

「結構デカイ事件らしいが、俺は知らん。まだアレックスから何も報告がきてないみたいだし、長引きそうだな」

「ふうん」

「解ってると思うが、関わるなよ」

 エドガーが釘を刺してくる。わたしだってそこまでバカじゃない。軽く笑って言葉を返す。

「それより自分のことだけでいっぱいいっぱいです」

「まあ、それもそうか」

 ふとエドガーが苦笑を漏らす。

 そこに、また別の声が飛んできた。


「元気になったようだな」

 いつの間にかシドが気難しい表情で近くに立っている。「だったら事情聴取に付き合ってもらおう。まだ、君から何も聞いてない」

「え」

 わたしは彼の鋭い視線を受けて、ちょっと怖じ気づく。でも、これは仕方ないことだ。大人しく立ち上がったところで、やっとディーンがドームから出てきた。

「あれ? 事情聴取受ける側?」

 シドとの会話が聞こえていたのか、怪訝そうに首を傾げる彼。

「色々あるんだよ」

 エドガーが鼻を鳴らし、そのままディーンの襟首を掴んでドームに引き戻す。「さて、今度は俺が相手してやる」

「今、出てきたばかりなのに!」

 ディーンは何とも情けない叫んでいたけれど、エドガーは有無を言わせぬ勢いでドーム専用の剣を構えた。

 いいなあ、楽しそうで。

 わたしはちょっとだけ羨望の眼差しをディーンに向けた。


「やあやあ、顔色、良くなったみたいだねえ」

 シドに連れられて、わたしとクレアが局長室に入ると、相変わらず明るい笑顔の局長が椅子に座っていた。

「ご心配おかけしました」

 わたしが頭を下げると、局長はわたしにソファに座るよう促した。そして、クレアに申し訳なさそうな笑顔を向けた。

「ちょっと席を外してもらえるかね? 君のご主人は丁重に扱わせてもらうから」

「……はい」

 クレアは無表情に頷き、その後でわたしを見た。心配してる。それが解る。

「ありがとう、大丈夫」

 わたしが小さく言うと、クレアは軽く頭を下げて局長室を出て行った。

「さて、何から話すべきか」

 局長室が三人だけになると、局長は机の上にあった書類の束をひっくり返し始める。かなりの量の書類だけれども、それらの全てはグレイ・スターリングの事件のものらしい。

 ちらりと見えた一番上の書類には、ジェーン・マーチンの名前がある。

「一通り、君については息子から聞いていてね」

 局長は書類をパラパラと流し読みしながら言った。「色々不明な点があるとは思っていたんだよ。肉体を交換したのは、何故なのか。おそらく、彼も今の君に接触するのは危険だと解っているはずなのに、今回は随分と危険な行動を起こしてくれた」

 それはわたしも不思議だ。グレイの考えていることはよく解らない。

「今までにスターリングに会ったことは?」

「え?」

「誘拐されて肉体を交換される前だよ」

 局長は手を書類の上に乗せ、その視線をまっすぐわたしへと向けた。

「ありません」

 わたしはすぐに応える。「わたしは屋敷からほとんど出たことはありませんし、ウェクスフォードの学園祭で初めて会ったんだと思います。……覚えてませんけど」

「記憶ってやつは複雑だけどね」

 局長は困ったように笑う。「記憶操作はスターリングも得意のようだから、君に話を聞いても本当のところはよく解らんか……」

 記憶操作?

 そんなこと、わたしもされたんだろうか?

 眉間にいつの間にか力が入っていたらしい。わたしはそれに気がついて小さく息を吐いた。

「とりあえず、神殿にはこれから話をしてくる。私が治療中にシャーラに君のことを話したんだが……あ、巫女さんのことね。シャーラは君に興味を持っていたし、今回のことがなくても紹介はするつもりだった。きっと君の力になってくれるだろう。うん、凄いいい人だ」

「シャーラ……様、ですね」

 わたしは僅かに緊張しながら頷く。

 神殿。

 巫女様。

 それは、ほとんどわたしたちのような一般人には関わることのない、特別な存在。

 ……だとわたしは今まで思っていた。

 神殿で執り行う神事。それは収穫祭の時の神様への祈りだったり、災害があった時の鎮めの儀式だったり。重要人物が亡くなった時には、葬儀の儀式にも出るとかは聞いたことがある。

 そういったことは、ほとんどわたしたちの目の前では行われない。閉鎖的な世界だ。

 しかし、神殿の持つ力はこの世界で一番強いと言っても間違いはない。

 巫女様というのは、神殿の中でも重要な存在だ。託宣を行ったり、治療魔法を使ったり。

 そんな雲上人に、一体どんな話をしたって言うんだろう!

 わたしに興味を持ったって!?

 わたしが萎縮していることに気づいたのか、局長が安心させるように言葉を続けた。

「大丈夫大丈夫! 神殿は古代魔法言語が飛び交う世界だからね! スターリングだって近寄れないよ! 精神医学だって進んでるしね!」

 それは安心できることなんだろうか?

 わたしはかろうじて微笑む。

「あ、でもお布施が必要なんでしょうか」

 わたしは急に逃げ道を確保する気になった。

 わたしが抱えている秘密とか、全部バレてしまうんじゃないだろうか、という不安。

 鏡のことは秘密にしておかないといけないし。

「もし、とんでもない金額を言われたら……両親に確認しないと」

「大丈夫大丈夫」

 局長がからからと笑いながら手を振った。「私の治療で大金を使ったから、その伝手の紹介ってことでサービスしてくれるってことになってる」

「大金……」

 わたしはぼんやりと局長の顔を見つめる。

「治療か……」

 ふと、それまで沈黙していたシドが口を開いた。「本当に痔の治療だったのか」

 わたしがシドに目をやると、彼は渋い表情で局長を見つめていた。どこか悩ましげな目つきだ。

 ハゲハゲ連呼していた時とは違って、真剣な表情。

「何だ、私を事情聴取する気か、息子よ」

 局長がニヤリと笑う。

「父の言葉ほど疑わしいものはないからな」

「うわあ、ひっどいわー」

「父よ」

「何だ、ハゲの血を引く者よ」

「真面目に答えろ。正直に言え。本当に痔か? 痔の治療費で、巫女様との面会が補えると?」

 シドの表情は局長に茶化されても真剣なままだ。今までで一番真面目な顔つき。

「実は毛根が死滅していると言われて、それの治療も」

 と、局長は嘯いたのだったけど。

 それから始まったシドの無言の圧力に負けたのか、やがてため息をついた。

「やだねえ、こんな会話、第三者の前でやるべきではないのに」

 と、局長がわたしに視線を投げる。

 さすがにシドも、その目に後ろめたげな色を浮かべる。

「二人きりなら尚更、誤魔化すだろう?」

 シドが小さく呟くと、局長は「まあね」と頷く。

「ま、正直に言えば痔じゃないわな」

 局長は椅子にふんぞり返って何故か自慢げに続けた。「心配かけると思ったから言わなかったんだ。それに私の貯金を使い果たすくらい使ったから、知ったらシド君が怒ると思って」

「命に関わる病なら怒るわけないだろう」

 シドは僅かにショックを受けたようだった。「むしろ、私だって金の援助くらい」

「ジジイを援助する前に結婚しろよ」

 局長は呆れたように言う。「お前が稼いだ金はお前のもんだ。その代わり、自分の金は自分で使おうかと」

「そんなことはどうでもいい」

「えー」

「とにかく、もう治療は終わったのか。体調は?」

「完治」

 局長は親指を立てた。「まだ孫の顔も見てないのに死ねるかよ。それに、ここの司法局の連中を放り出して死ぬわけにはいかんだろ。皆、ケツに殻をつけた雛鳥みたいなもんだ」

「そうか」

 シドはふと穏やかに笑った。安心したらしい。

「孫を作らなければ父は死ねないわけだな」

「おい馬鹿やめろ」

「冗談だ」

 シドの冗談は真面目な表情で言われるものらしい。

 でも何となく、この二人の関係は好ましいと思った。

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