スターリングの不可解な行動
「捜査記録は渡せん」
局次長は吐き出すように言った。しかしその瞳には僅かに陰が落ちていた。明らかに悩んでいる。
「じゃあ、仕方ないですなあ。この話はなかったことにしましょう。中央の局長はお忙しいようですが、ちょっと面会を申し入れてきますわー」
「それは脅しか!?」
局長の台詞に局次長は表情を強ばらせ、その手を局長の肩に置いて力を入れた。
局長はあっさりとその手を振り払うと、大仰に肩をすくめて見せる。
「脅しなんて何をおっしゃるんですかねえ? こちらはあの女の過去の事件を報告するだけですよ? 我々の部下が『工房』を見つけて監視下に置いた、と伝えるのが問題ですか? 今はスターリングの件はうちの管轄ですしね、報告は重要です」
「しかし」
「それに、私は脅しなんてできる人間じゃないですよ」
局長はからからと笑って頭を撫でる。「全く、小心者すぎてストレスが酷くてねえ。今日も局次長自らのお出ましということで、こうやって圧力をかけられると、残り少ない髪の毛が抜けてしまいそうですわ」
「圧力など! だいたい元々ハ……」
「局次長からは圧力、こちらの手柄は取り上げられ、捜査協力してくれたオーガスティン嬢はこれから中央で飼い殺し、こんなことを考えたら、何とかしなきゃいけないと考えるでしょう?」
「そんなことはしない!」
「もー、するくせに」
局長は足を組み直し、首を傾げる。それから、局次長の後ろの四人に視線を投げた。
「君たちも大変だねえ。私は身内を守るのに必死だが、君たちの上司は自分を守るのに必死だ。引き際に気を付けるべきだよ? 中央は権力争いが激しいから、誰につくか見極める力も必要だろう。私は局次長に申し出を断られたし、これから少し荒れるかもしれないから、何かあったら相談にきなさい」
四人の男性たちの表情が、それぞれ微妙に変化した。それに気づいた局次長がテーブルを叩いて、彼らの注意を引いて見せた。
「これが脅しじゃないなら何だ!」
「提案でしょ?」
局長はしれっと応えた。「局次長。お互い立場のある身です。利害が一致するなら協力するのも一つの手でしょう。我々はスターリングの逮捕のために情報が欲しいだけです。我々には伝えられていない情報をね」
「だが私だって」
「あの女の知識を受け継いだスターリングを野放しにするのは危険ですよ。禁呪が使えると知っていたら、我々だってもうちょっと違う出方がありました。オーガスティン嬢が自らの命を危険に曝してまで、こうして我々の捜査に協力してくれているのも、それしか方法がなかったからでね。彼女はスターリングを誘き出すための囮として動いてくれています」
「それは……危険なことだ。一般人を巻き込むなど、あなたの立場が」
局次長が嫌な笑いかたをした。弱みを見つけたと言いたげだ。
「だって他に情報を貰えないんだから仕方ないでしょ」
局長は目を細めた。「中央の局長は結果が全てだ、といつも言ってますよねえ。私はどんな手を使ってでも結果を出しますよ? あなたは違うんですかねえ?」
局長は低く笑うと、手をぱん、と叩いてから立ち上がった。マチルダに目をやって、飄々とした笑みを浮かべる。
「さて、局次長がお帰りだ。マチルダ君、お見送りしなさい」
「はい」
マチルダは礼儀正しく応え、ドアを開いて局次長に視線を投げた。
局次長が舌打ちする。
「捜査記録だな」
彼は苦々しげに続けた。「何とかしよう」
「これはこれは」
局長はわざとらしく目を見開き、局次長の肩を叩く。「ありがとうございます。それなら、こちらも対処いたしますよ。『工房』の件はそちらで報告書をまとめてもらって結構です。必要な情報はすぐに回します」
「……了解した」
局次長が眉間に深い皺を寄せながら応接室を出て行く。その後に続いた四人の男性たちの表情は、最初に見た時よりもどこか違って見えた。最初はとにかく偉そうだったのに。
マチルダが彼らの一番最後に出て行って、応接室に沈黙が落ちる。
シドが局長のそばに寄り、小さく囁いた。
「もう年なんだから、あまり無理はしないでくれ」
局長がふ、と笑った。
「デレたか、息子よ」
「デレてなどいない!」
シドがすかさず叫んだ。
「すいませんねえ、うちの息子はツンデレで」
シドが頭を抱えているすぐ脇で、局長は恥ずかしそうに笑う。そして、改めてわたしの両親に頭を下げた。
「ずっとお付き合いありがとうございました」
彼はソファに腰を下ろし、疲れたように息を吐く。「中央に口出しはさせませんよ。あなたがたは被害者です。どんと構えていて下さい」
「それはどうも」
お父さまが眉を顰めながら頷く。「しかし、大丈夫なのですか? 我々はこれからどうしたら?」
「こちらも情報待ちなのでね」
局長はやがてわたしを見つめた。
観察するかのような目線。わたしはどうしたらいいのか解らず、隣に座っているお父さまとお母さまの腕を掴んだ。
「まあ、今回の件は色々重なりました。ちょっと厄介です」
局長の視線はわたしに向いたままだ。「ジェーン・マーチンの身内が同じ学園に通っていたのは偶然かもしれません。しかし、あの手紙は偶然ではありません」
「手紙?」
お父さまが首を傾げている。そういえば、お父さまとお母さまはどこまで事情を知っているんだろう。
「ええ、お嬢さんをおびき寄せるために花屋の娘に渡された手紙です」
局長は困ったように笑った。「実はですね。今回見つかった現場は、昔、犯行に使われていたところです。スターリングはそこにお嬢さんを呼び出すために、最近、花屋に接触したようです。そして、花屋の娘の記憶を弄り、手紙を預けた」
「記憶を?」
わたしは思わず口を開いた。
「そう。意外に思わなかったかな? 手紙の存在を彼女はずっと忘れていたと言ったけれど、うちのエリちゃんが調べたところ、最近、記憶操作の魔法をかけられていた形跡があると」
「エリちゃん……」
「あ、エリザベス君のことね。彼女は優秀なんだわ」
「はあ……」
「ま、それはともかく。今回のスターリングの行動がよく解らんのです。何故、あの現場をお嬢さんに見つけさせたのか。あの場所はどうやら、ずっと使われていなかった。ただ、魔法使用許可証は随分前に取られていましてね。ずっと更新され続けていました。更新手続きは、倉庫の持ち主がしていたようです。前金で倉庫の使用料十年分、魔法使用許可証更新料、さらに手数料を払っているということで」
「更新していたということは、いつかまた使うと」
お父さまが低く言った。
「うん、普通はそう考えますがね。問題は、借りていた人間はもう中央に逮捕されているということで。スターリングはあの場所を使うことができる人間であったのに、どうやら今は使っていない」
どういうこと?
わたしが顔をしかめて考えていると、局長が肩をすくめた。
「あの倉庫には施錠の魔法が使われていた。おそらく、解除できるのは魔法をかけた人間とスターリングだけ。スターリングの肉体だけ、というべきかな」
「肉体?」
わたしはあの魔法言語を思い出した。Lの文字。
「スターリングは君をおびき寄せてあの魔法を解除させた。しかし、何のためなのか。あの場所には遺体くらいしかない」
わたしは俯いた。
思い出すと胸がギシギシ痛む。ざわつく。
不安とかでは説明できない、よく解らない感情が浮かび上がってくる。
「それとも、遺体を見せたかったのかなあ、と」
局長は心配そうにわたしを見つめ直した。「お嬢さんは精神的に不安定な状態です。そんなお嬢さんを追い詰めて、遊んでいるようにも思える。これは私の勝手な印象だし、本当のところはよく解らんのですけどね」
「遊んで?」
お母さまが不快そうに呟いた。
「だから、私は提案したいのですよ」
局長はお母さまに目をやった。「神殿の話はしましたよね? 本当に紹介します。一度、巫女さんにお会いして話を聞いてもらいましょう。さすがのスターリングも、神殿に関わりのある人間にそう簡単には近づけますまい。お嬢さんも、悩みがあるはずです。うちのカウンセラーは優秀ですが、やはりそれでも力が及ばないこともあります。どうでしょうか?」
「それはもちろんありがたいことです」
お母さまがまっすぐに局長を見つめ返した。「ぜひ、お口添えをお願いします」
「解りました」
局長は優しく笑い、わたしに話しかけてきた。「しばらく司法局に泊まっていきなさい。ないとは思うけど、万が一中央が接触してきても困るし、君も普通に学園に通うような精神状態じゃないでしょう」
「……はい」
わたしは力無く頷いた。
「君のご友人には、こちらから上手く説明しておくよ。君はジェーンを殺害した犯人に命を狙われている、ということにしておくから」
「ありがとうございます」
少しだけほっとした。サイモンたちに直接嘘をつかなくて済む。
わたしは唇を噛んで何とか微笑んで見せた。




