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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第三章 わたしの中の欠落

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局長VS局次長

 局長はお茶でお菓子を喉の奥に流し込みながら、部屋を出て行くマチルダを見送る。

 そして、この場に残ったのは局長とシド、わたしと両親。

「そろそろ真面目な話をしましょうか」

 局長の声は明るかったけれど、少しだけその目は鋭かった。「色々問題は山積みですがね、我々が何とかしますよ。まずは、話を合わせておきましょう」

「話とは?」

 お父さまが不審そうに言うと、局長は本当に楽しそうに笑った。


 中央魔法司法局の人間は、総勢五人。

 局長に連れられて、わたしとお父さま、お母さまが応接室へと足を踏み入れると、偉そうな顔つきの年配の男性がソファから立ち上がった。

 彼は白髪を綺麗に後ろに撫でつけていて、不機嫌そうな目を局長に向けた。

「これはこれは、中央魔法司法局次長直々のお出ましとは」

 局長は両腕を開き、歓迎しているポーズを取って彼を見つめた。

 局長ではなく、局次長?

 わたしは黙ってその人を観察した。

 年齢は六十代くらい。

 何だか嫌みに感じるくらい、高級そうな服装。

 そして、悪意にも似た光を放つ瞳。

 彼の背後には四人の男性が立っている。皆、二十代くらいで、立派な身体つきをしている。アレックスほどではないけど、そこそこ筋肉。

「失礼します」

 わたしたちの後から、シドとマチルダがこの応接室に入ってきた。少しだけ、応接室が狭くなった気がする。

「はいはい、どうぞどうぞ、おかけ下さい」

 局長だけがマイペースに明るく声を上げている。そして、一番先にソファに腰を下ろした。

「オーガスティンさんも、どうぞどうぞ」

 局長に促されるまま、わたしとお父さまたちもソファに腰を下ろすと、局次長とやらの顔に不快感が露わになった。

「どうしました」

 局長の柔和な笑顔は崩れない。そんな彼を忌々しげに見やり、局次長が冷たく言った。

「グレイ・スターリングを渡してもらおう」

「ん? 残念ながらまだ逮捕していませんけどねえ」

 局長は首を傾げる。

「正確に言えば、グレイ・スターリングの肉体の持ち主のことだ。地方に預けるより、中央に置いたほうがよかろう」

 局次長はソファに座るつもりはないようだった。こちらを見下ろし、まるでこれは決定事項だと言いたげだ。

「おやおや。こちらの報告は読まれていないんですかね、局次長」

 ふと、局長が目を細めた。「こちらはエアリアル・オーガスティン嬢の人格を持っていまして」

「報告は読んだ。グレイ・スターリングと接触したが、記憶がないとも聞いている。地方のやりかたは生ぬるいようで、随分と――」

「オーガスティン家はこの辺り一帯の土地を持つ大地主さんでしてねえ。とにかく、あらゆるところに発言力を持っておられる。敵には回したくない一族の筆頭みたいな方々ですよ」

 局長はひらひらと手を振って笑う。それから、ふとその視線をマチルダに向けた。

「マチルダ君、お茶くれない?」

「またですか」

 マチルダは無表情に呟いたものの、すぐに応接室を出て行く。

「お菓子もね」

 その背中にさらに言った後、また局次長に視線を向けた。局次長の顔がさらに渋くなっていた。

「あ、失礼。で、局次長はオーガスティン家の一人娘さんを、拷問して記憶を取り戻したいと?」

「そんなことは言っていない! ただ、こちらはきちんとした捜査を行うべく」

「ああ、こちらが捜査に手を抜いているとおっしゃりたいのかぁ」

 局長が手をぽん、と叩いた。「我々はオーガスティン家の方々に敬意を払い、今回は事件の捜査に参加してもらってますが、それが困るということですよねえ」

「そんなことも言ってはいない!」

「おやおや、おかしいですなあ」

 局長の笑顔が不自然までに明るいと気づいたのか、局次長の後ろに控えていた男性たちの表情も固くなってきていた。

 局長はつるつるの頭を撫でながら続ける。

「まあ、局次長は今回のことを隠しておきたいでしょうから、オーガスティン嬢を中央に監禁できたらと考えるのも解りますよ、解ります」

「地方局長」

「シド君」

 局長はにこにこしながらシドのほうを見やる。「今回、貸倉庫で見つかった遺体だけど、いつ殺された被害者かねえ?」

「被害者はジェーン・マーチン。今から四年前に行方不明になっています。そして、行方不明になった直後、殺されたと思われます」

 シドは完全に無表情、義務的に応えている。

「四年前。その頃、『彼女』は身柄を拘束されたっけねえ」

「はい」

 シドは頷く。「『彼女』にまつわるこの件は、我々の管轄内で起きた事件でしたが、中央が『地方の手に余る事件だ』ということで、関係者のグレイ・スターリングを引き取りました。その結果、中央の手で『彼女』は逮捕されましたが、スターリングは中央から逃亡、殺人を繰り返しました」

「そうだったねえ」

 局長は局次長に視線を戻す。「しかし、逃亡したグレイ・スターリングを逮捕できず、やがて我々にスターリング追跡の仕事が回ってきたよねえ。早い話が尻拭いだ」

「おい」

 局次長の後ろにいた男性の一人が激高したように口を開きかけたけれど、局次長本人がそれを押しとどめた。

「人聞きが悪い」

 局次長は冷ややかに笑った。「スターリングの逮捕など、地方でもできると思ったから割り振っただけなんだが」

「もちろん、スターリングが尻尾を出してくれましたから、こうしてここにいるわけですが」

 局長は目を細めて続けた。「スターリングが禁呪を使えるとか、必要な情報を中央が教えてくれませんでしたから、厄介なことになったのですよ」

「禁呪?」

 局次長が顔をしかめた。

「使えたから肉体が入れ替わっているわけですが。必要な情報すら教えられず、それでもスターリングを追い詰めた私の部下はよくやってくれてますよ」

「あ、ああ、それは他言すべき内容ではなかったから、言えないこともある」

 局次長は馬鹿にしたように笑うものの、ぎこちなさも見せていた。

「解りますよ、解ります」

 局長は、何度も頷いて見せた。

 そこにドアを叩く音、マチルダが局長の分だけのお茶とお菓子を持って入ってくる。テーブルに置かれたお茶のカップを手に取り、局長はマチルダに優しく声をかけた。

「やあやあ、ありがとね。マチルダ君はきっといい嫁になれるぞー」

「ありがとうございます」

 ふっ、と微笑むマチルダ、それを見て局次長が舌打ちした。

「馬鹿にしているのか? こんな重要な話の時に」

「ん? 誰に取っての『重要な話』ですかね?」

 局長はお茶を啜りながら言った。「局次長は凄い出世をなさったかただ。スターリング少年をほぼ拷問に近いやりかたで精神的に追い詰め、あのねーちゃんを捕まえるための捨て駒にした。で、ねーちゃんを捕まえた功績を認められ、中央魔法捜査課長から局次長に昇進して、すんごい給料貰ってるわけだなあ。それなのに、昔の捜査漏れを地方のくそったれ局長に指摘されそうだから慌ててる」

 局長の笑みは変わってはいない。ただ、その瞳は猛禽類の生き物のような不気味さがあった。

 それは、凄まじいまでの変化と言える。

「いやいや、本当に感心するわ。地方の功績を自分のものとするのがお得意かな? 今回見つかった『彼女の工房』は、あんたが昔見逃した場所だ。あの貸倉庫にかけられていた魔法はあのねーちゃんの魔法言語だと、うちの捜査官が確認済みなんでねえ」

「何が言いたい」

 局次長が唸るように言った。

「あんたが見逃したと中央にバレれば、あんたの足を引っ張りたい連中が喜ぶ。局次長の椅子は居心地いいらしいから、狙う連中がたくさんいるんだってな?」

「何が言いたい!」

「あなたの立場は非常に危ういということですよ」

 局長はカップをテーブルに戻した。そして、足を組んで笑う。

 それは、またもや急激な変化。先ほどまでの攻撃性は消え失せ、人の良さそうな笑顔。

 もともと、長身で痩せ形の局長が足を組むと、それだけで威圧感が出る。何だか見ていて落ち着かない。

「こちらはあなたに恩を売りましょう」

 局長はまっすぐに局次長を見つめて言った。「今回のことは、全てオーガスティン嬢の捜査協力とうちの部下による功績でした。あなたを含む中央の人間は誰一人関わっていない」

 局次長が歯ぎしりしているのが聞こえた。悔しそうな目が局長に向いている。

「しかし、私は沈黙してあげましょう。もしかしたら、今回の『工房』の存在は、もともと中央の誰かから情報をもらっていたのかも? グレイ・スターリングを逮捕するために、わざと全員に伏せられていた情報かもしれませんねえ?」

「……わざと?」

「私の沈黙は高いですよ」

 局長は人差し指を自分の唇の前に当てた。「私が欲しいのは情報です。あのねーちゃんとグレイの捜査記録。それに、オーガスティン家の支援をもらうために、スターリングの肉体の管理は我々にさせてもらいます」

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