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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第二章 学園生活における非日常

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面通しの時間

「まあ、そんなに急がなくてもいいんだけど」

 サイモンは苦笑しながら言う。しかし、わたしと一緒にいくことに了承した。

 どうやらジョシュは新入部員のもう一人の金髪にも声をかけたらしい。困惑した表情の金髪氏がわたしのほうに近づいてくると、その様子に気づいたリオンが僅かに険しい表情をした。

「いい加減にしたらどうだ」

 リオンが小声でジョシュを叱責しているのが聞こえる。しかしジョシュは情けなさそうに眉根を寄せるだけで、何も応えようとしない。

「とにかく、面通しが終わったらすぐに帰らせるように。約束してくれ」

 やがてリオンはため息をつくと、他の部員のところにいってしまう。ジョシュはそんな彼を見送ってから、着替えるためにこの場を離れた。


「申し訳ございません、お待たせしてしまいましたか」

 わたしとサイモンが学園の校門のそばに立ってしばらくすると、オーガスティン家の家紋が入った馬車がやってきた。わたしは部活があるため、もう少し後の時間に迎えにくるよう、マックスに頼んでいた。

 だから、わたしが馬車を待っていたらしいと気づいた彼は、急いで馬車の扉を開けてわたしに頭を下げてくる。

「いや、大丈夫。ちょっと今日は寄って欲しいところがあって」

 わたしは慌てて手を振りながら、彼に微笑みかける。

 ジョシュは、自分の屋敷からの迎えの馬車に全員乗せるつもりだったらしい。

 でも、わたしは「サイモンと話があるから」とそれを断って、マックスを待っていた。

 ジョシュの行き先は彼の自宅。恐縮しているらしい金髪氏を馬車に押し込んで、彼らは先に学園を出て行った。

「かしこまりました」

 マックスは何も質問せず、わたしとサイモンが馬車に乗り込むのを待って、わたしが言った行き先を目指して馬車を出発させた。

 ジョシュの家はそんなに遠くはない。陽が沈む前に到着するはずだ。

「面通しって言ってたな」

 サイモンは馬車に揺られつつ小さく言ったけれど、わたしはそれよりも彼が話したいという内容に興味があった。

「で、話って?」

 そう水を向けると、サイモンも我に返ったように頷いた。

「前、言ってた魔法言語のこと、師匠に訊いたんだよ」

「ああ、それで?」

 わたしは彼の表情を見て、少し戸惑っていた。酷く真剣であったから。

「師匠も読めないって言ってたけど、多分……古代言語じゃないかって」

「古代言語?」

「知らないか? 難易度の高い魔法や、禁呪とかに使われたりするんだ」

 わたしは僅かに息を呑んだ。何て言ったらいいのか解らずにいると、サイモンは話を続けた。

「禁呪とかは本などで伝えるのも禁止だって知ってる? ほとんどの人間は古代言語を読むことすらできないし、読むことができるのも、神殿に仕える上位神官だけって言われてる」

「上位神官……」

 わたしはただ彼の言葉を繰り返した。サイモンは静かに頷く。

「古代言語で組み立てられる魔法は、ものによっては人間の命すら操作できる。だから、上位神官だけが読んだり使ったりできるよう、一般人には教えられないんだ。あまりにも力が強大すぎるから、というのが理由で」

 わたしは唇を噛んだ。

 グレイは禁呪を使う。それはわたしが身をもって経験した。

 しかし、サイモン曰わく、禁呪に使われる古代言語とやらが上位神官だけしか解らないということは。

 グレイは神殿の誰かと繋がりがある?

 彼は誰にその魔法を教えてもらった?

 アレックスが言っていた、グレイを育てた女性?

「なあ、エイス」

 サイモンはじっとわたしを観察していたらしい。わたしが顔を上げると、彼は思いつめたような目でわたしを見つめている。

「もし、古代言語を知っている人間がいるなら、紹介してもらえないだろうか?」

「え?」

「治療魔法だよ」

 サイモンは疲れたように笑う。「現代魔法の治療には、限界がある。古代言語で作られる治療魔法でなら、まるで神様のように人々を救うことができるらしい。だから神殿には病気の人間が集まるって話だ。ただし、凄まじいまでの寄付金がなければ治療は受けられない」

「そうなのか? 寄付金?」

 わたしは眉を顰めた。神殿というのは、神様に仕える高貴な人たちがいる場所だと思っていた。しかし、大金を納めないと病を治してもらえない?

「仕方ないだろうな。命の値段ってやつだよ」

「何だか……それは」

 嫌な感じだ。

 そんなわたしを見ていたサイモンは、深いため息をついた。

「上位神官だって、腹は減る。資金がなければ神殿の人間だって生きていけないってこと」

「そうだろうけど」

 わたしはただ唸るしかない。

「で、どうかな?」

 サイモンの視線は鋭い。「古代言語を教えてもらいたいというのが一番だけど、無理なら会わせてもらえるだけでも助かるんだけど」

「サイモン」

 わたしが言いよどんでいると、彼は「難しいだろうなあ」と呟いた。そのまま少し考え込んだ後、彼は思い切ったように続けた。

「僕が治療魔法に興味を持ったのは、妹が病気だからだよ。妹は生まれた時から状態がよくなくてね、歩くこともままならない。ずっと寝たきりのような感じで……できれば、少しでもよくなって欲しくてさ」

「妹さんがいるのか」

 わたしはそう呟きながら、そっと首を振った。「……でもごめん。わたしもそいつを探してるんだ」

 わたしの言葉を聞いて、サイモンが顔をしかめた。

「この魔法言語はわたしも少し見ただけなんだ。使ったやつは何だか凄い魔法を使うみたいだけど、どこにいるのか解らない。だから、探してるんだよ」

「知らないのか」

 サイモンの肩が落ちた。

 わたしはこれ以上、何とも言えない。ただ、必要以上に嘘をつくのは避けたかった。

「ごめん」

 重ねてわたしが謝ると、サイモンは虚脱感に満ちた笑みを浮かべた。

「いや、こっちこそごめん。そう都合よくはいかないよなあ」

「もし見つかっても……」

 多分、グレイは誰かを助けるために魔法など使わないだろう。

 助けるよりむしろ――。

 わたしは自分のこめかみを押さえながらため息をつく。頭が痛い。

 そうしているうちに、馬車がとまった。目的地に着いたらしい。


 馬車を降りるとすぐに、ジョシュの屋敷の召使いが立っているのが目に入った。

 ジョシュの屋敷も大きい。宝石商というのは儲かるのだろうか、と俗っぽいことを考えつつ、召使いの若い女性に微笑みかけた。

 彼女は少し戸惑ったようにわたしを見た後、すぐに屋敷の中へと案内した。

 重厚な作りのドアを開け、広いロビーへ。そのまま応接間らしい部屋に案内されて入ると、高級そうなソファに金髪氏が腰を下ろしていた。

「少し待っていてくれ」

 ジョシュはわたしたちが到着すると、応接間から出て行った。

「何だろうね」

 わたしが金髪氏の向かい側のソファに腰を下ろしながら首を傾げると、金髪氏が苦笑した。

「何だか過去に、金髪の人間に大変なことをされたみたいで。ずっとやってるみたいですよ、これ」

 金髪氏が呆れたように肩をすくめる。「リオン先輩も、出会った当初にやられたみたいです」

「やられた?」

「いわゆる、面通しです。犯人探し? みたいな?」

「犯人探しねえ」

 サイモンが不可解そうに眉根を寄せる。「つまり、ジョシュ先輩とやらは『犯人』の顔を知らないってことかな? 知ってたら見れば解るもんな」

「そうらしいです」


 犯人?

 わたしは何だか嫌な感じがした。


「何をされたんだろう?」

 わたしはそっと口を開いた。

 金髪アレルギーとリオンは言っていた。でも、アレルギーというよりも、嫌悪感に近いんだろうか。

 よく解らないけれど、同じ部活に入った仲間が金髪であった場合、彼は落ち着かないんだろう。嫌なことをした人間を思い出すから。

 だから、同じ部活の人間に対して嫌悪感を抱かないために、面通しをして『犯人じゃない』と自分に言い聞かせる。

 そういうことだろうか。

 しかし、何をされたのか。


「誘拐だよ」

 ドアが開いて、ジョシュが入ってきた。

 彼は相変わらずの無表情で、何を考えているのか解らない。

 しかし、その言葉はあまりにもインパクトが強くてわたしたちは同時に声を上げた。

「誘拐?」

「誰が?」 

「妹だ」

 ジョシュはソファに座る様子も見せず、窓際に立ってわたしたちを見る。「もう何年も前のことだ。妹が行方不明になった。その時、金髪の少年が妹に声をかけていたらしいと聞いた」

 金髪の少年。

 わたしの胸に広がった不安。まさかね。そんなことは。


「ジョシュ様」

 ドアがノックされる音。先ほどの召使いの女性がドアを開き、控えめに頭を下げる。

「お見えになりました。こちらにお通ししても?」

「ああ、頼む」

 ジョシュは短く応え、わたしは自然と息を詰めて彼の横顔を見つめていた。

 やがて、召使いに案内されてきたのは、お世辞にも裕福そうとは言えない服装の少女だった。

 赤い髪の毛を後ろでまとめた彼女は、わたしたちと年齢はそう変わらない。

「失礼します」

 緊張した様子の彼女が、ジョシュを見つめる。ジョシュはぎこちなくわたしたちを見回し、こう言った。

「彼女は近所の花屋の娘で」

 ――花屋!

 わたしはソファから立ち上がりそうになる。

 すると、彼女はゆっくりとわたしたちを見回し、わたしの顔を見て動きをとめた。

「似ています」

 彼女は困惑したように笑う。「随分、前のことで自信はないですけど」

 ジョシュが身体を強ばらせているのが解る。

 そして、わたし以外の人間が戸惑っている。

「似て、います」

 彼女は僅かに顔色を失っているようだった。

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