呼び出し
「気にしなくていいよ」
リオンは申し訳なさそうな笑顔をこちらに向けている。
ジョシュはしばらく無表情でわたしを見つめた後、軽く頭を下げる。
「すまない。これは口実だ」
「口実?」
「呼び出す口実」
「えーと、つまり?」
ジョシュはあまり口数が多い人ではないのかもしれない。わたしが次の言葉を待っていても、ただそこに立ち尽くしているだけ。
しかも、結局何も教えてくれないまま稽古の場に戻ってしまった。
リオンはそんな彼の背中を見ながらため息をつき、わたしの肩に手を置いた。
「根は悪いヤツじゃないよ。昔、色々あったみたいで、ちょっとひねくれてるだけ」
「何か……」
それをリオンに質問するのは失礼だろうか。
「そのうち、解るかもね。プライベートな事情だから、私から説明できないんだ」
やっぱりそうか、とわたしもため息をつく。リオンはそんなわたしを見てくすくすと笑った。
「とりあえず、宝石とか売りつける極悪人じゃないから安心して」
なるほど。
だったら一度、『呼び出し』とやらに付き合ってみてもいいかな、と思った。
確かに悪い人ではなさそうだし。
真剣に稽古に打ち込むジョシュの横顔を見て、わたしはそう考えた。少し興味が出てきたのは間違いなかった。
「何でここに」
わたしが図書室にいき、サイモンの姿を探していると、サイモンの向かい側の椅子にはレイチェルの姿があった。
サイモンは自分の勉強に没頭していたようで、レイチェルの存在を無視するかのごとくノートに何か書き込んでいる。
「だって、あなたが逃げるんだもの。多分、来るだろうと思って待ってたのよ」
レイチェルは椅子にふんぞり返り、斜に構えたような笑みを浮かべている。高圧的な瞳なのに、嫌な感じはしない。何とも不思議だ。
「逃げたくもなるよ」
わたしはレイチェルの隣の椅子に座ってため息をつく。「わたしは剣術部に入部してきた。演劇部までやってる暇はないよ」
「剣術部って、本気?」
「本気」
「まあ、入部してしまったのなら仕方ないわ」
レイチェルがあまりにもあっさりと引いたので、驚いた。もっと食い下がってくるかと思ったのに。
「あなたの紹介のおかげで、新入部員も増えたし」
「え? まさか」
「巻き毛の女の子。あの子、可愛いわねえ」
「入部したのか……。あの、苛めないでやってくれる?」
「当たり前でしょ」
彼女は呆れたように笑った。「大切な新入部員だもの。本当ならあなたも巻き込むつもりだったのに。で、剣術部はいつから始めるの?」
「甲冑が準備出来次第かな。いっそのこと、今日これから買いにいくか……」
わたしが唸りながら考え込むと、レイチェルは不満そうに鼻を鳴らす。
「そんなに鍛えてどうするのよ。あなたのその顔で筋肉だるまになられても嫌よ」
「筋肉だるま……」
どんな表現だ、とツッコミを入れたくなったけれど、我慢する。その代わりに、こう続けた。
「筋肉といえば、ジョシュ・マーチンって知ってる? 剣術部にいるんだけど」
「ああ、同じクラスだから知ってるわよ」
レイチェルはあっさりと応える。「彼、かなり多才な人よね」
「多才?」
「彼の家が宝石商だというのは聞いた?」
わたしがその問いに頷くと、レイチェルは薄く微笑んだ。「わたしのお母さまが彼のお父さまとよく取引きしててね、何度か購入したことがあるの」
「宝石を?」
「指輪とかネックレス。彼のデザインのアクセサリーが凄いのよ。こう言っては失礼だとは思うけど、繊細さとは縁のなさそうな姿なのに、とっても素敵なのよ」
レイチェルの瞳がキラキラと輝く。やっぱり、女性の興味というのはそういったものに向かうんだろうか。
「はー、なるほど」
わたしはぽりぽりと鼻の頭を掻いた。
とりあえず、わたしには関係なさそうな話である。宝石とか装飾品には、当分縁がなさそうだし。
「それで、そのジョシュがどうしたの? 何かあった?」
レイチェルがわたしの顔を覗き込んできた。わたしはテーブルに頬杖をつき、小さく言う。
「過去、何かあったって聞いたから気になっただけだよ」
「なーるほど」
レイチェルは明るい口調で言ったものの、少しだけ困惑しているようだ。何か知ってるんだろうか、と彼女を見やる。すると、彼女は苦笑した。
「まあ、わたしはお母さまから聞いたから知ってるけど……」
「何か、デリケートな話?」
「でしょうね」
「そうか」
だったら、やっぱり下手に探らないほうが良さそうだ。わたしだって自分のことだけで手一杯だ。
しかし――。
「何だか呼び出し食らいそうなんだよね」
わたしは先ほどのジョシュの様子を思い出して呟いた。「よく解らないけど、相手は先輩なわけだし、呼び出し食らったら付き合うべきだよね」
「でしょうねー」
レイチェルは気のなさそうな口調で頷く。「わたしだって先輩なのにねー。誰かさんは付き合ってくれないわよねー」
「それとこれとは別」
「覚えてなさいよ」
「ごめん、忘れやすいたちで」
わたしはさらりと彼女の言葉を聞き流した。
それから図書室の窓に目をやった。まだ外は明るい。
一度屋敷に戻って、お父さまに甲冑のことを相談しようか。できれば早く欲しい。
「……よく解らないけど、目を付けられたってことか?」
ふと気がつくと、ずっと黙々と勉強していたサイモンが顔を上げてわたしを見ていた。何だか心配そうな目つきだ。
「かもしれない」
わたしは笑った。
「目立つからな、お前は」
サイモンは唸るように言う。
「まあ、大丈夫だよ。リオン先輩も気にしなくていいって言ってたから」
うん、多分大丈夫。
わたしは自分に言い聞かせた。
結局、甲冑が手に入るまで数日を要した。
お父さまに相談したところ、「絶対に最高品質の物を!」と、勝手に盛り上がってしまったからだ。
しかも、どこかの店に買いに行くのではなく、店の人を呼びつけて特注品を注文する、という羽目に陥った。
いや、それより早く部活に参加したい。
そんなことも何度か口にしたけれど、お父さまはあっさり聞き流してくれる。
オーガスティン家の血筋の人間は、他人の話を聞かないらしい。わたしを含めて。
そんなこんなで出来上がった甲冑は、さすがに素晴らしいもので、逆に身につけるのを躊躇うような出来。
飾り気のない武骨な剣が、全く似合わないとすら思える。
「剣も特注品を……」
と、お父さまが言い出したのを必死で断り、わたしは馬車に甲冑と剣を積み込んでもらったのだった。
部活参加の初日。
「様子を見に行くよ」
と、サイモンが言い出した。
どうやらわたしの心配してくれているらしい。まるで、友人というより保護者のようだとも思う。
「ちょっと、話もあるし」
サイモンはその日、何だか歯切れの悪い口調だった。
わたしはそんな彼が気になりつつも、やっと剣の稽古ができる、と浮かれていた。
体育館に入り、同じ剣術部の新入部員に話しかけ、そわそわしながらの初稽古。ちょっと嬉しすぎて周りが見えていなかったかもしれない。
剣術部の指導は、基本的には部長であるリオンがやっているみたいだ。ただし、剣の腕前はジョシュのほうが上。
新入部員同士で剣を合わせていると、自覚したのは、新入部員の皆は、ほぼ初心者だということ。自然と、わたしが彼らに動きを指導することになった。もちろんそれはアレックスやエドガーの受け売りである。
剣の持ちかた、力の入れかた、基本の動きかた。司法局で習ったことは、全部教えていく勢いで。
「困ったね」
その様子を見ていたリオンが、苦笑しながらわたしに近寄ってきた。「そう言えば経験者だったっけ? エイスはジョシュとやるといい。じゃないと練習にならない」
「ありがとうございます」
わたしは彼に感謝した。ジョシュはわたしよりずっと強い。
わたしは強くなるために入部したのだから、そうこなきゃ!
久々の本気の剣の稽古は、とても楽しかった。ジョシュは基本的に無表情で、黙々と練習するタイプだ。でも、わたしの稽古を付け始めた時は、少しだけ表情に驚きの色が見えた。
だって、わたしは初心者じゃないからね!
やがて、彼の剣を受けているうちに、だんだん彼の剣が重く感じるようになった。多分、最初は手加減してくれていたのだろう。
わたしがそこそこ力があり、余裕を持って稽古をしていると気づいた彼が、少しずつ力を入れ始めている。
わたしの息が上がり、汗だくになった頃、ジョシュは稽古の手をとめた。さすがに彼は体力があるらしく、その額に汗はかいているものの、呼吸は落ち着いている。
やっぱり体力が問題だろうか。随分、前よりは体力もついてきたと思うのに。
「初日から飛ばさないほうがいい」
ジョシュは静かに言うと、ぎこちなく笑う。あまり笑い慣れていないのか、彼も戸惑っているように見える。
「ありがとうございます」
わたしが必死に呼吸を整えながら笑うと、さらに彼の表情が強張った。
「エイス・ライオット」
彼はやがて小さく言った。「これから暇はあるか?」
「暇? 以前言っていた『呼び出し』ですか?」
わたしは甲冑の兜を脱いだ。かなり軽量に作られているとはいえ、やはりずっと身につけていると重く感じる。
「そうだ。まだ陽は明るいし、あまり遅くならないようにする」
「解りました」
わたしはすぐに頷いた。ジョシュの過去に何があったのか気になるのは確かだし、意味深なやりとりが続くと疲れるだけだ。
ジョシュは甲冑や剣を保管するために、体育館にある保管庫へと歩き出した。
わたしも彼に続こうとして、背後からサイモンに呼び止められて足をとめる。
「エイス。話は明日にしようか?」
「あ」
そう言えば、何か話があると言っていたっけ。
わたしは少しだけ考え込んでから首を横に振った。
「いや、もしサイモンが大丈夫なら、これから一緒にいかないか。その時、話を聞くよ」




