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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第二章 学園生活における非日常

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押し売りかもしれない

「とにかく、今日は入部届をいただいて帰ります」

 わたしはリオンに微笑みかけた。残念だけど、今日は手ぶらだ。稽古をするなら甲冑や剣がいる。

 お父さまに頼まなきゃいけない。他の皆と似たようなものを。

 それとも指定の店があるんだろうか。

「ああ、本気なんだ」

 リオンは苦笑した。「魔法科はそんなに生易しいところじゃないって聞いてたけど」

「死ぬ気で両立頑張ります」

 わたしの唇に笑みが浮かんだ。

 どんなに大変でもやってみせる! やっと念願の剣術もできるわけだし!

 剣でも魔法でも極めて、目指せ、グレイの逮捕!

 自分でも気づかぬうちに笑い声を上げていたらしい。サイモンが肩を叩いてきて我に返る。

 リオンが呆気に取られたような表情でわたしを見ていた。

「……失礼しました」

 わたしはカートに仕込まれた通り、上流階級の人間らしい仕草を意識して頭を下げた。

 それから、少しだけ周りから視線を感じたので辺りを見回し、ちょうどこちらを見ていた女生徒たちに微笑みかける。

 わたしは変な人じゃないです。そう言いたい。

「いいから愛想を振りまくな」

 サイモンがわたしの肩を乱暴に叩くと、そのままわたしの腕を掴んで体育館の外へと歩き出した。

「何だよ」

 わたしは唇を尖らせた。あ、こういう仕草はカートに禁止されてたんだっけ。

 すぐに表情を引き締めて、サイモンの背中に話しかけた。

「わたしは、笑顔は最大の武器だと習ったんだ」

「そりゃ武器だろうよ」

 サイモンは振り向きもせずに応える。「お前、多分自覚ないだろ」

「何が」

「婚約者がいるなら、他の女の子に粉かけるな」

「粉?」

 粉とは何だろう? 何もかけてなどいない。

「とにかく勉強して帰ろう」

 サイモンはやっとわたしの腕を放すと、バリバリと頭を掻いた。その背中が疲れているようだ。

 そのまま、わたしたちは別館の三階にある図書室へと向かう。サイモンは無言で階段を上り、先に立って図書室に入っていく。

 ウェクスフォードの図書室は初めて入るので、わたしも興味津々で後に続いた。

「結構広いな」

 壁一面を取り巻く書棚は、天井近くまで本が埋まっている。さらに、中央のスペースに等間隔に並んだ書棚。

 ただ、一般的な書籍が多い。辞典や歴史書、哲学書に文学などといったもの。

 魔法書はどこにあるんだろう?

 わたしがきょろきょろと辺りを見回し、うろうろと歩き回っているうちに、サイモンは窓際にあるテーブルに教科書を広げていた。

「とりあえず、今日の課題をやろうか」

 サイモンは一学年用の魔法の教科書を出した。今日の授業で、基本的な魔法言語の読み取りと、書き取りの課題が出ている。

 わたしもサイモンの向かい側の椅子に腰を下ろすと、ノートを開いて課題をやり始めることにする。

 図書室の中は意外と静かだ。結構生徒たちはいるというのに、皆、自分の課題や読書に集中している。

「そうだ、サイモン」

 ある程度課題を済ませたところで、わたしは小声で訊いた。「こんな言語、見たことあるか?」

 わたしはノートの端のほうに、魔法言語の一部を書き出した。

 鏡だ。

 グレイが話しかけてきた鏡の周りに、輝いていた綺麗な模様。

 司法局で読んだ魔法書にも、ウェクスフォードの教科書にも載っていなかったから、よく解らない。読み解くことすらできない。

「こんな感じの……複雑すぎて解らないんだけど」

 わたしが差し出したノートを見て、サイモンも首を傾げた。

「見たことないな。何だ、これ」

「わたしもよく解らない」

「んー?」

 サイモンがノートから目を上げて、わたしを見つめた。疑問だらけといった瞳がこちらに向いていたが、やがて彼はわたしから何も聞き出せないと知って、また視線をノートに戻した。

 その魔法言語を自分のノートの端に写しながら、静かに言う。

「後で師匠に訊いてみるよ」

「師匠?」

「エイスにはいないのか? ウェクスフォードに入る前に、誰かに師事してたんじゃ?」

「ああ……」

 幼女に師事してたな。

 わたしは眉間に皺を寄せた。記憶力がとんでもないらしいエリザベスに訊けば、もしかしたら解るかもしれないけど、鏡の存在がバレる。

 無理だ。

「多分、サイモンの師匠のほうが頼りになるはずだよ。わたしのほうは……ちょっと面倒な師匠なもので」

「意外だ」

 彼は僅かに胡乱そうな目つきで見たものの、すぐに苦笑して続けた。「まあいいや。深く考えると疲れるし」

「ごめん」

「いや」

 サイモンはまた手元の教科書とノートに視線を落とす。そんな彼を見ているうちに、少しだけ不安になった。

「あの、サイモン?」

「ん?」

 彼の視線は下を向いたままだ。

「わたしは多分、他の人に比べると、ちょっとおかしいと思う」

「んー?」

 彼がこちらを見た。勉強の邪魔をしているようで心苦しい。でも、言っておきたかった。

「わたしは屋敷の外での生活がどんなものかも解ってない。初めて外の世界に出たような感じで、常識外れなところもあると思う。だから、色々迷惑をかけるかもしれない。そうしたら、遠慮なく言って欲しいんだ。どこがおかしいとか、こうしたほうがいいとか」

「まあ、おかしいかもな」

 サイモンは頬杖をつき、わたしを見つめ直す。「でも、そんなに気にすることじゃないと思うよ」

「そうかな」

「っていうか、屋敷からほとんど出てないって? そんなに厳しいのか?」

「んー」

 今度はわたしが苦笑する番だった。「厳しいっていうか、心配されてたんだろうと思う。小さい頃に色々問題起こしたから」

「問題?」

 わたしは真面目な表情で頷いた。

「屋敷を抜け出して遊びにいこうとして、二階の窓から落ちたらしい。で、死にかけて意識不明」

「死にかけ……」

 サイモンが目を見開いた。ただ、呆れているらしいことは間違いない。

「そんなことがあったから、その後は外出禁止で」

「ああ、だからあの怪我」

 と、サイモンはぽん、と手を叩いた。わたしは慌てて自分の胸に手を置いた。

「それとこれとは無関係」

「別の怪我か。そりゃ、そんなに怪我しまくってたら家族も心配するよな」

 ――胸の怪我は偽物だけど。

 でも、あのことがあってから、お父さまもお母さまも過保護になった気がする。わたしがしでかしたことだから、仕方ない。

「だから、友人と呼べる相手も……」

 クレアしかいない。そのクレアさえ、わたしのことを友人とは思っていないかもしれない。

 正直、まだサイモンや他の生徒にどう接すれば正しいのか解らない。何もかも手探り状態、行き当たりばったりだ。

「なるほど」

 サイモンは困ったように笑った。「正直、僕とエイスだと、身分が違うから友人には相応しくないと言われるかもしれないけど」

「身分とか」

 わたしが口を挟もうとすると、サイモンは手を軽く上げてひらひらと振った。

「同じ魔法科同士、適当にやろう。楽しければいいんだよ」

「うん……、ありがとう」


 翌日、わたしが最初にしたことは昨日、演劇部の生け贄にした女生徒たちに謝ることだった。

 しかし、彼女たちは皆、上機嫌だった。わたしが謝っても、最初はきょとんとして意味が解らないようだった。

「あ、昨日は楽しかったよ。ありがとう!」

 金髪巻き毛の少女はすぐに笑顔を見せる。「レイチェルさまって、素敵ねえ」

 そう言いながら瞳を輝かせる彼女を見て、わたしはしまった、と頭を抱えた。

 レイチェルは女性にモテるんだった!

 ……ん?

 これはこれでいいんだろうか。

 とりあえず彼女はレイチェルのことしか頭にないようだ。わたしのことはどうでもいいみたいだし。

 うん、放置しよう。

 わたしはそう思う。わたしの平和のためにそれが一番だ。


 放課後、わたしは剣術部に入部届を提出しに寄った。

 相変わらず体育館は騒々しい。そして、剣術部の見学者が増えている。何だか女生徒たちの姿も多い。

「あ、すみません」

 わたしは新入生らしき少年の近くにいたリオンに声をかける。リオンはわたしに気がつくと、柔らかな笑みを浮かべて見せた。

「やあ、いらっしゃい。今日は一人かい」

「ええ、まあ」

 今日はサイモンは別行動だ。図書室で勉強していくらしい。わたしもこの後、図書室に寄ると伝えてある。どうせ、今日も甲冑も剣もないから部活には参加できないし。

 でもその前に、確認したいことがある。昨日、訊き忘れてしまったことだ。

「あの、お聞きしたいんですが」

 手にしていた入部届を出すと、わたしはリオンに話を切り出した。「甲冑とか剣は、どこの店で買っても大丈夫なんでしょうか?」

「ああ、大丈夫」

 リオンはその説明を忘れていた、と言わんばかりに目を見開いた。「よほど奇抜なものでなければいいよ」

 彼がそう言った瞬間。

「どこで買うんだ」

 突然、背後から声が飛んできた。リオンがわたしの背後を睨みつけ、ため息混じりに言う。

「学園内で商売は禁止だと言ったろう」

「売りつけるつもりはない」

 わたしが振り向くと、ジョシュがいつの間にかそこに立っている。

 売りつけるとは何だろう?

 わたしがリオンに視線を戻すと、彼は肩をすくめて見せた。

「ジョシュは宝石商の息子でね。ほら、こういう学園の剣術部の剣には……」

「ああ、宝石が嵌まってますね」

 わたしはつい笑ってしまう。「屋敷にある剣は飾りなどついてないので、どうしようか悩んでたところです」

「見にくるか」

 ずいっ、と身を乗り出してくるジョシュに気圧されて、わたしは後ずさった。身長が高いせいもあって、その威圧感はハンパない。

 何だ、これは押し売りか!?

「ジョシュ」

 リオンが冷ややかな声を上げて、ジョシュが肩を落とす。何だか変な空気だ。

「あの、何かあるんですか?」

 わたしは恐る恐る訊いた。

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