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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第二章 学園生活における非日常

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不安の多い入学式

 レイチェルは入学までの期間、時折わたしの屋敷に押しかけてきては、舞台衣装とやらを運んできた。

 それらはもちろんだけれど全て男性用の衣装で、とにかく派手だった。どこの貴族ですか、と言いたくなるレースたっぷりのブラウス、舞台映えがするであろうキラキラと飾りのついた上着。

 どうやらレイチェルはわたしを着せ替え人形にしているらしい。困ったことに、わたしはそういう格好が似合う。

 派手すぎる衣装に負けることなく、このグレイ・スターリングは見事なまでに美少年っぷりを発揮してくれた。

「泣かないでください、お嬢さま」

 鏡を見つめたまま途方に暮れるわたしに、クレアは小さく声をかけてくる。

 レイチェルは上機嫌で、「次はこれ着てみて」と衣装の山から色々引っ張り出している。

 持ってくるのはいいけど持ち帰って欲しい。我がオーガスティン家は衣装部屋じゃないんだ!

「わたし、何が目的で学園に通うんだっけ……」

 わたしが泣き顔半分、笑顔半分、といった感じで呟くと、クレアは首を傾げた。

「……立派な男性になるため、ですかね?」

「多分違うな」

「違いますよね」

 クレアはふと深刻な表情でわたしを見つめ、そっと手を握ってきた。

「お嬢さまは女性です」

「……うん」

 わたしは眉を顰めて彼女を見つめ返す。

「だから、これ以上男の子っぽくならないでください。もうすでに危険です」

「いや、解ってるけど、それは」

「女装もありだと思います」

 ――ねえよ!

 わたしは叫びそうになるのをかろうじて堪えた。わたしを変態にする気なのか。

 確かにわたしは女の子だ。中身だけ。

 でも外見は見事に男なのだ。

「女装なんて……」

 クレアの言葉が聞こえたのか、レイチェルが振り向いた。「演劇部に入ったらいくらでもやらせてあげるのに」

「却下」

 わたしがすかさず拒否の意思表示。

「でもわたしは先輩の立場を有効活用して脅すつもりだけど」

「却下!」

 しかし彼女は燦然と輝く微笑を浮かべ、こちらの言葉を聞き流している。『新学期が楽しみねえ』と呟きながら、また衣装の山に向き直ってしまう。

 わたしはレイチェルの背中を見つめながら肩を落とした。

 学園生活の一番の敵は彼女のような気がする。

「演劇部もいいかもしれませんね」

 気づけばクレアも楽しげにそう呟いていて。

 家庭生活での一番の敵はクレアかもしれない、とわたしは泣きたくなった。


 入学式とやらはあっという間にやってきた。

 わたしは新しい制服に身を包み、馬車に乗ってウェクスフォード学園へ。

 学園の広い庭はほとんどが馬車で埋まっている。どれもこれもどこかの家紋の入った豪奢な造りの馬車で、金持ち学園とはよく言ったものだと感心する。

 まあ、わたしもそれらの中の一員ではあるけれど。

 それらの馬車は入学式が終わるまでそこに待機するらしい。何だかぎゅうぎゅう詰めになった馬車の圧迫感に、見てるだけで疲れる。

 わたしは御者のマックスに声をかけた。

「待たせるみたいでごめん」

「待つのが仕事です」

 少しマックスは驚いたようだったけれど、すぐに応えた。


 教師と思われる人たちが、馬車から降りる少年少女たちを講堂へと案内していく。

 案内を受ける生徒たちは皆、初々しいと思う。

 男子は紺色の上着にズボン、シンプルな白いシャツ。袖についた銀色のカフスがお洒落だと思う。

 女子は大きめの襟が可愛い紺色の上着、ふわりとした長めのスカート、淡い水色のブラウス。胸元にはレースつきのリボン。

 やっぱり女子のほうが制服は可愛い。

 何だか『いいなあ』と羨ましく感じて女の子たちを見ていたら、何人かと視線が合って慌てて目をそらした。

 わたしだって、こんな身体にならなければ今頃は――、と落ち込んでしまう。

 それでも何とか気を取り直して講堂に入る。臨時で設置されたらしい受付で名前の確認をされた後、資料らしき束を渡されてそれぞれ椅子に座った。

 その時。

「やっぱり目立つなあ」

 聞き覚えのある声がすぐ近くで聞こえて、わたしは顔を上げる。

 すると、サイモンが笑いながらわたしの横にある椅子に腰を下ろしてきた。

「久しぶり」

 わたしは彼に笑いかけ、肩をすくめる。「わたしより目立つ人間はたくさんいるよ」

「うーん、そうかもしれないけど」

 サイモンは微妙に語尾を濁して黙り込む。

 周りを見回してみれば、何というか、持っている雰囲気が派手な人間がたくさんいる。

 皆、入学式で浮かれているせいもあって、賑やかだし。初めて会ったであろう隣人に気さくに話しかける光景がそこら中で展開している。

 でもやっぱり、女の子たちが目立つ。皆、可愛いよなあ。

「まあ、いいや。それより」

 サイモンはやがてニヤリと笑い、わたしの手元にある資料を覗き込む。「もうそれ見たか? クラスが書いてあるはずだ」

「ああ、そうなのか」

 わたしは自分の手にあった資料に視線を落とした。視線の一番上には、エイス・ライオットの名前が書かれてある。

 それをめくると、二枚目の資料には『魔法科A』の文字、そして学園内の間取りの地図。

「Aか、同じだな。一年間、同じクラスでよろしく」

 サイモンがそう言うので、彼が同じクラスだと知る。何だか知っている相手が一緒と聞いて安心すると同時に、不安にもなる。

「特待生と一緒か……」

「特待生は僕だけじゃないからなあ。結構激しそうだよな」

「激しい?」

「成績の順位争い」

 まさかとは思うけど、Aクラスには特待生がたくさんいたりするのだろうか。

 もしそうだとしたら、死ぬ気で頑張らないと落ちこぼれる可能性もあるのか。

 ただ、思い出そう。

 わたしの目的は、この学園で必死に勉強して、グレイに対抗できるだけの能力を持つこと。成績の順位争いじゃない。

 しかしサイモンが続ける。

「成績落ちると学習内容もレベル落とされるらしいからな。難易度高い魔法を覚えたいなら、Aクラス維持しないと」

「レベル……」

「試験の結果次第では、年度変わりを待たずにクラス変更させられる。それだけは避けようぜ」

 ――恐ろしい世界だな、ここは。

 わたしはしばらく視線を泳がせてみた。どうやらサイモンはそんなわたしを観察していたらしく、小さく声を殺しながら笑っていた。

 何だよ、中身が残念だともうバレたのか。

 わたしはため息をついた。


 入学式そのものは、それほど時間はかからなかった。

 学園長の挨拶、科やクラスの紹介、規則などといった堅苦しい説明があり、やがて各自それぞれのクラスに移動を促された。

 細かい説明は担任から、という流れなのだろう。

 わたしはサイモンと一緒に講堂を出ると、資料に描かれた地図を見ながら魔法科Aクラスを探した。

 一学年のクラスは全て一階にある。魔法科Aのプレートが下がった扉を開け、教室に入る。

 もうすでに席についている生徒も多い。

 そして、これはただの第一印象かもしれないけど、皆、頭が良さそうな人たちばかりに見えた。

 ……面談であんな偉そうなこと言ったから。

 だから優秀なクラスに放り込まれたんだな。

 不安だらけではあるけれど、それは表情には出さないようにして空いていた机に手をかける。

 机の上には、おそらくこれから使うことになる教科書。しかもどれもが分厚い。

 椅子に座って教科書を開こうとする前に、担任らしき教師が扉を開けて入ってきた。

 褐色の髪の毛を持つ三十代前半くらいの男性で、太い眉毛が印象的だ。そして、その眉の下にある双眸は冷ややかに見えるほどに理知的。

 彼は椅子が埋まるまで、しばらく教卓の横にあった椅子に座り、新入生を待っていた。

 扉から入ってくる生徒がいなくなって、椅子が埋まったのを見ると、立ち上がって教卓の前に立つ。

「ウェクスフォード学園の魔法科にようこそ」

 彼の声もまた、理知的な響きがあった。「私が君たちのクラスを受け持つ、ブライト・マクレーンだ。明日から正式に授業が始まるので、今日は手短に学園生活における決まり事を説明しよう」

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