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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第二章 学園生活における非日常

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入学まで後少し

「ど畜生!」

 わたしはある限りの力を込めて、剣を振り下ろした。

 ガツ、というような大きな音を立てて、庭の木の幹に剣が打ち込まれた。

 滅多には使わない大剣。重すぎて長時間は振れないけど、この苦痛が心地よく感じるのは何故だろう。

 頭を空っぽにして、体力を使い果たしたい、そう思う時がある。

「……お嬢さま」

 遠くからクレアの呆れ果てた声が聞こえた。「庭木を全滅させるのは勘弁して下さいね」

 彼女は屋敷の外壁のそばに立ち、わたしを見つめている。

「木が相手じゃ練習にならない」

 わたしは小さくぼやいた。司法局なら練習用ドームがあったのに。

 わたしは正直、やさぐれていた。大剣を木の幹から乱暴に引き抜き、どかりと地面に突き立てた。

 額から汗が落ちる。

 身体が熱い。

「あのくそったれ鉄仮面ヤロウをぶっ飛ばしてやりたい。いや、絶対いつか殴る」

 心から真面目にそう言うと、クレアが深い深いため息をついて自分の頭に手を当てた。頭痛でも覚えたのか。

「お嬢さまはどんどん男らしく……というか、粗野になっていきます。しかし思い出して下さいね」

 彼女は顔を上げてわたしを見つめた。「殴る相手の身体はお嬢さまのものですから」

「くそ」

「言葉遣い」

「すみません」

 クレアの鋭い瞳に負けて、一応謝っておく。

 彼女はわたしに近づき、手に持っていた白い布を差し出した。どうやら汗ばんだ身体を拭くように、という心遣い。

「ありがとう」

 わたしがそれを受け取って、額から首にかけて汗を拭っていると、背後から声がかかった。

「エイス様」

 わたしは振り返る。

 一体、いつの間にそこにいたのか、教育係のカートが立っていた。気配感じたっけ?

「あ、何かご用でしょうか」

 わたしが咄嗟に笑顔を作り、居住まいを正す。

 わたしの名前は、エイス・ライオットということになっている。どうやら、遠すぎる遠縁にライオットという一族がいるらしい。そこからオーガスティン家に迎え入れた少年、という設定なんだとか。

「しばらく様子を見させていただいたのですが」

 カートは穏やかに、しかし強い意志を感じさせる口調で続けた。「お屋敷の中といえど、誰が見ているか解りません。もう少し、所作には気をつけるべきでしょう」

「申し訳ありません」

 わたしは彼に習った通り、できるだけ優雅に見えるよう、動きに注意しながら頭を下げた。

 ここのところ、随分マシになったと思う。歩きかた、立ちかた、動きかた、言葉の発しかたまで徹底的に叩き直されているのだ。彼の前ではそこそこ褒められるようになったのだけど。

「しかし詮索するつもりはないのですが」

 彼は僅かに眉根を寄せた。「あなた様はオーガスティン家のお嬢様の婚約者でいらっしゃるとお聞きしています」

「はい」

 ――そういう設定です。

 わたしは笑顔を顔に貼り付ける。

「剣の練習は必要でいらっしゃいますか?」

「必要です」

 瞬時に応えた。「男性たるもの、いざという時に女性を守らねばなりませんから」

「ああ、そうですか」

 彼は小さく頷いてから、首を傾げた。「しかし、剣を毎日持ち歩く男性は限られています。オーガスティン家の方々が出入りされる場所には、武器を持ち込めない場合もございますね」

「……確かにその通りです」

 わたしは笑みを消した。

「ならば、これはご提案なのですが」

 と、彼は静かに言った。「体術を教える人間に心当たりがございます。乱暴に剣を振り回すより、こちらのお嬢さまに伝わる印象がよろしいかと存じますが」

「体術……」

 わたしはその提案について考えた。確かに、剣より役に立つかもしれない、と。

 グレイの身体……つまりわたしの肉体を剣で傷つけるわけにはいかない。そうしたら、武術とか体術のほうが安全だ。

「ぜひお願いします」

 わたしはすぐに決断して彼に言った。

 すると、彼は少し安堵の色をその双眸に浮かべて微笑んだ。

「それがよろしいかと。あなた様は少し、剣を振っていらっしゃる時……」

「粗野、乱暴、無作法」

 クレアが口を挟んだ。「品位のない、荒々しい、ガサツ、大雑把」

「よくそこまで」

 わたしがクレアを睨みつけると、カートもクレアの言葉に頷いて見せる。

「わたくしもがっかりしていたのです。作法についてお教えしたのに、剣を扱っている時は以前に逆戻りされているようで」

 酷い言いようじゃないか。

 わたしは小さく唸る。

「でも、ご安心下さい。体術を教える人間は、わたくしも絶対的に信用している者ですから」

 彼の鮮やかな微笑。

 一瞬、不安を感じたけど開き直るしかない。わたしは彼の提案を受け入れた。


「何だか楽しそうですねえ」

 その数日後、わたしはエリザベスにそう言われて何も応えることができなかった。

 テーブルに突っ伏して、ため息をこぼす。

 オーガスティン家における魔法の勉強は、エリザベスが通いでわたしに教えにきてくれることになっていた。そのほうが監視にもちょうどいいらしい。

 オーガスティン家には離れがあり、小さな植物園の建物と隣接していた。その離れを、わたしの勉強の場所として使っているのだ。

 今日は朝からエリザベスが訪ねてきて、早速魔法の勉強を……と思っていたのだが、わたしが疲れ果てていてそれどころじゃなかった、という次第。

「楽しくなんかない……」

 わたしは突っ伏したまま泣き言を口にした。「体術にも優雅さを求められるなんて思わなかった……。相手の攻撃を受け流す仕草ですら、高貴な人間らしく――なんて言われる」

 エリザベスは、クレアが持ってきてくれたお茶を啜り、小さなケーキや焼き菓子を口に入れてはにこにこ笑う。

「チョコレートケーキは最高ですよねえ。これ、ナッツが入ってる」

 話聞けよ。

 頼むから愚痴に付き合え。

 今、離れにはわたしとエリザベスだけだ。魔法の練習中はクレアでさえここには近寄らない。

 だから、好きなことを好きなだけ発言できる。

 エリザベスが離れ自体に魔法をかけて、誰か近寄ったらすぐに解るようにしてくれているし。

「体術の先生というから、てっきりアレックスみたいな筋肉モリモリの人がくると思ってたのに、見た目普通だし。でも確かに動きは凄いよ。全然適わないよ。でも、優雅さって何よ。そんなのグレイをぶん殴るのに必要ないし」

「目的を間違ってませんか」

 エリザベスがやっとわたしの言葉に反応した。「殴る前に逮捕すればいいんですから、別にどうでもいいです」

「よくない」

 泣くぞ。

 だいたい、今のわたしを動かしているものは、グレイに対する怒りとか嫌悪だ。

 あの鏡の中であのくそったれが笑いかけてきた後、わたしをこんなにも必死に魔法や剣の勉強に駆り立てているもの。このどす黒い感情って何なんだ。

 そして、焦りばかりが自分の中に広がっていく。

 わたしはまだ、絶対にあいつには適わない。それが本能的に解る。

 何だか眦が熱くなってきた。

 ヤバい、本当に泣きそうだ。

「まあ、司法局もグレイの足取りが掴めずにいますから、申し訳ないんですけど」

 エリザベスはそう言いながら口はもぐもぐと動く。「でも逆に、近くにはいないと言えるので安心かもしれませんね」

「本当にそう思う?」

 がばっと起き上がり、エリザベスに詰め寄る。「どうして近くにいないと解る? もしかしたら凄く近くでわたしや司法局を見張ってるかもしれないじゃない?」

「うーん」

 エリザベスはお菓子の乗った皿を確保し、わたしから遠ざけながら言う。「少なくとも、我々がグレイの肉体を見張らないとは考えてないと思いますけど。ある意味、それしか手がかりがないんです。グレイが近寄るとは思えません」

「そうかなあ」

 わたしは情けない表情をしただろう。

 エリザベスが苦笑した。

「マチルダお姉さまが言ってましたけど、もし接触するなら学園に入学してからだろうって」

「学園?」

「魔法科もあって、魔法は使いたい放題、年齢もその学園生と変わらない。侵入してもバレにくいですから」

「ああ……」

 確かにそうだ。

 でも、わたしに近寄ってくるだろうか。

 エリザベスにも他の司法局の人間にも言ってないけど、グレイがわたしに話しかける手段はもう確保されている。

 わたしが固まっているうちに、マチルダはお菓子を完食し、椅子から立ち上がった。

「とりあえず入学まで後少しですよね。頑張りましょうか」

 わたしは黙って立ち上がった。

 悩む必要なんてない。

 わたしがやれることをするだけだ。

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