7話 悪夢
7 悪夢
「朝ですよ。起きなさい。」
ドアを叩く音が聞こえる。
その音につられ瞼を開く。
朝の陽ざしが少年の目を刺激し、数回、目を閉じたり開いたりと繰り返す。
扉の音が聞こえた。一人の女性が部屋に入ってくる。
「早く準備しなさい。遅刻するわよ。」
その声を聴いて、反応しゆっくり起き上がる。
「おはよう。母さん。大丈夫だって、今まで俺が遅刻したことあったか。」
「あ。そうね。」
女性はフフフと微笑む。
「じゃあ。ご飯できているから、すぐに降りてきなさい。」
はーい。と長めの返答をする。
女性はフフとまた笑い、ゆっくりと部屋から出ていき、バタンとドアが閉まる。
いつものようにぴょんと飛ぶようにベットから降りる。そして制服に着替え、荷物を整理し、髪を整えた。
準備ができたら駆け足でドアに向かい、扉をあけた。
目の前には暗闇が広がる。
成すすべもなく、その闇に引きずり込まれる。
「うああああああ。」
どんどん深く深く闇に吸い込まれていく。少年の腕から順に闇に染まっていく。
「やめろ。やめろ。やめろ!」
容赦なく闇は体を覆いそして視界もべっとりとした闇の物質で埋め尽くされた。
「おい。起きろ。」
聞こえてきた声に反応し飛び起きる。
視界に入ってきたのは、部屋を覆う白い壁と、天井から吊るされた輪型の蛍光灯。そして目の前いる一人の背の高い少年。
「全く。お前は眠ると全然起きないから、起こすの大変だったぜ。」
「す。すまねぇ。」
なぜか謝る。
背の高い少年はフッと鼻で笑う。
「じゃあ。俺は出かけるな。」
背の高い少年は、背を向けて歩く。
少年はすぐさま起き上がり走る。
「待てよ。おい待てよ。」
去っていく彼へ腕を伸ばす。だが彼の影はだんだん小さくなっていく、どんなに走ってもどんなに叫んでも、彼を掴むことはできない。
そして彼の影は消える。
「ハハハハハハ。もう終わりだ。」
どこからともなく恐ろし声が聞こえる。白い部屋が急に赤く染まる。
悪魔のような声が一つまた一つと増えていく。
「ハハハハハハハ」「お前は終わりだ」「いらないやつ」「死ぬんだよ」
真っ赤な空間から無数の声が襲う。必死に耳を抑えるが、頭の中にも声が入ってくる。
すべてを壊す声。すべてを狂わせる声。
そして目の前には、赤く血で染まった大きな手が見える。それがゆっくりと迫ってくる。
「もう終わりだ。」
低く野太くノイズだらけの声が襲う。
体を反転させて必死に体を動かす。だが大きな真っ赤な血の手に引き込まれる。
「くるな。くるななあああああああ。」
視界の全てが真っ赤に染まる。全てが絶望に染まる。
「こっち。」
全てが絶望に終わる寸前に一つの声が届く。
「この手につかまって。」
真っ赤な世界の隙間から一つの手が差し伸べられる。
迷わずに掴む。
一瞬にして真っ赤な世界から引きずり出される。
そして朝日が見える草原の上に立っている。
朝日の方向に一人の女性が立っている。
「君は誰。」
ゆっくりと手を伸ばす。
だがもういない。
ぼんやりと何かが見える。白い天井と蛍光灯、そして本棚。じわじわと視界がはっきりしてきた。恐る恐る上半身を起こした。
ビリっと頭に痛みが走る。右手で頭を抑えた。
痛みをこらえながら、あたりを見回す。
ソファー、カーテン、本棚そしてテレビ。見覚えがあった。というかここは……。
「トモヤ!」
後ろから声が聞こえた。
反射的に振り返ると同時に、少年が俺に飛び込んできた。小さな体が宙を舞いそのまま俺に抱き着いた。
「よかった。本当によかったよ。」
顔を俺の胸になすり付け、何度も何度も良かったよとつぶやいた。
(あ。リオか。)
ボーっとしていた頭が少しずつ戻ってきた。
横の押入れの扉が開いた。
サクラが隙間から、ゆっくりと上体をのぞかせた。
サクラと目が合う。すると「良かった。」と一言、言葉を漏らした。フー息をし、胸を撫でおろす動作をした。
だが俺には、二人共、なんでほっとしているのか分からなかった。
ちょうど泣き終わったリオの肩をトントンと叩いた。
リオは顔をあげた。
「わりぃ、リオ。俺、なんかあったのか。」
「バカじゃないの。」
罵声と共にリオの背後から一人の女性が歩いてきた。長髪で色はエメラルドグリーン、薄い紫色の服に紺色のスカート、目は少しつり目であった。
あっけにとられたが、いっきに怒りが込み上げてくる。
「バカとはなんだ。んで、てめえは誰だ!」
俺はその女を睨みつける。
すると女は「ふーん」と鼻を鳴らし、腕を組む。
「ほんとバカね。派手にあんたを突き飛ばしたのに覚えてないって……。どうせなら壁に埋め込ませた方がよかったかしら。」
突き飛ばす?俺そんなことされたか?
さっきの怒りが疑問符に変わる。頭に力が入る。そんな風に悩んでいると、リオが立ち上がってその女の方に向かう。
「姉ちゃん。トモヤくんにそんなこと言わないで!それにまだトモヤくんは起きたばかりで混乱しているみたいだよー。」
するとその女はフンとそっぽを向いた。
リオの姉ちゃん……。
頭に力が入る。そしてその光景がよみがえる。
その途端俺は反射的に女を指さす。
「あっ!お前!いきなり家に侵入した怪物女!なんでこんなところにいる!」
「はあ?あんたのせいで、私がここにいるはめになったんだから!」
「は?」
意味が分からなかった。俺が何かしたのか?
「姉ちゃん!それは言いすぎだよー!」
リオはジーっと姉を睨み付ける。女はまたそっぽを向いた。しばらくの間、リオは姉を睨み付けていたが、ため息をつき俺に振り返った。
リオは少し浮かない表情をしていた。
本能的に何か嫌な予感がした。
「トモヤくん。」
リオがゆっくりと口を開き、話始めた。
「トモヤくん。二日ほど前の夜に学校の校舎で倒れていたんだよ。」
倒れていた?俺が学校に?
「僕が倒れているトモヤくんを見つけて、姉ちゃんと一緒にここまで運んできたんだよー。」
「ホント。一苦労した。」
姉が、嫌味と言わんばかりの言葉を発した。
俺はその言葉を無視した。リオは話を続ける。
「それに天井が派手に壊れていたんだよ。何があったの?」
それを聞いた俺は、全力で思い出そうと、眉間にしわが入るほど、必死に考え込んだ。
夜・学校・倒れていた・壊れた天井……。
両手で頭を抱える。
夜・学校・壊れた天井……崩れた天井……崩れる……落ちる……下に落とされる……動けなくなる……前から襲ってくる……剣……刺…………。
じわーっと頭の中の空白から、少しずつ断片だった記憶が浮き上がる。そして断片が形作られた。
そして全ての断片がつながった。
俺は顔から、血の気が引くのを感じた。
「リオ。」
リオがびくっと反応した。
俺の声は震えていた。いや体全身が震えていた。でも聞かないとこれだけは聞かないといけないと思った。
「リオ。優助を見なかったか。」
俺はリオの顔を凝視した。
だがリオは顔をキョトンとさせた。
俺は思わずリオの両肩をつかんだ。リオはびくっと震え、反応する。
俺の呼吸は荒くなる。心臓の音がやけに大きくなる。掴んでいる手が震え始めた。
俺はもう一度聞いた。
「わかった。じゃあ。俺が倒れていた所に、もう一人別の男性……。いやケガをしている男性がいなかったか?」
縋るような気持ちで俺はリオを見た。一縷の望みを信じて。だけど答えは……。
「ごめん。トモヤくん。僕たちが見つけた時は、トモヤくん一人しか倒れていなかったよ。」
「うそだろ。」
俺の声は掠れた。
両手の力が一瞬抜けた。その代わりに体全身から熱く言葉にならないものが込み上げてきた。
「うそだ!俺と一緒にもう一人いたんだ!しかもそいつは化け物に刺され倒れたんだ。俺はそれを見たんだ!」
両手に力がこもった。必死にリオの顔を見た。必死に良い情報が帰ってくると願った。
だけど返答は同じだった。
「ごめん。本当にトモヤくんだけしか倒れていなかったよ。」
リオがうつむいて答えた。
俺はリオから両手を離した。
リオはガタガタと体を震わせていた。
(ウソだろ。だって優助は俺をかばって刺されたんだ。なのに何があったんだ。一体なんで消えたんだ。)
俺は布団を投げ飛ばし、立ち上がろうとした。
うっ。
だけど左脚に激痛が走り立ち上がれずに、左脚を抑える。
「ああ。だめだよ。安静にしなきゃ。」
リオが俺を抱える。
「だけど。だけど。優助が。ゆうすけが。ゆううすけがあああ。」
目が熱くなり、そのまま涙がこぼれた。
「うあああああああ。」
(何で。何で。優助が。刺されて。しかもいなくなるんだよ。)
俺の体は床に沈んだ。
あれから二日以上経っていたらしい。後から聞くには、リオ達は俺が倒れているのを見つけて、ここまで運んできてくれて、そしてリオとサクラと、ほんの少し姉が、俺の看病を夜通しでしてくれたそうだ。
それからというのも、俺はまた二日くらい高熱を出して寝込んだ。
その後、熱が引いてからすぐに校長から呼び出しを食らった。
理由は深夜に学校にいたことと、床に大穴を開けるほどの事件のとき近くにいたことだ。
監視カメラに映っていたそうだ。
いろいろと尋問を受けたが、不思議と優助と化け物の話は聞かれなかった。
だけど結果は、一週間の謹慎処分を食らった。
帰り際に崩壊した廊下を見た。そこには黄色いテープで区切られ、立ち入り禁止の看板が立っていた。
コンクリートがはがれ、鉄骨がむき出しになっていた。現実を再認識した瞬間だった。
結局、優助はあれから連絡ひとつつかなかった。
これからまた、親友を失う以上の事件に巻き込まれるとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。
第1章 終わり




