4話 夕食
4 夕食
絶え間なく降ってくる水、容赦なく地面に叩きつけられ、そして跳ねる。その音が耳にこだまする。
(今日は雨か。)
俺はいつものように外を見ていた。ハアーッと、深く息を吐く。
毎度のことだが、今日も体が重い。まぁなぜかと聞かれると、最近の常識離れした事件に巻き込まれ続けている影響による心身疲労と言ったところだ。
だから学校では、少しでも心身を癒そうと、外を眺めて落ち着きたいのである。
だけど、そう長くは休憩させて貰えなさそうだった。
早くも俺の後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「よ。また外を見ているのか。」
優助は俺の肩をポンと叩いた。
「なんだ。悪いか。」
「いや。全然。」
優助は俺の前の席に座る。
横目で確認するが、なんか微妙な笑顔を浮かべている。
すぐに目線をそらす。だが何か落ち着かなかった。よからぬ事を考えていそうな気がした。
その予想は当たっていた。
「今日、お前の家に行こうかな。」
(……唐突すぎるだろ。)
あくまで平静を装い、視点を外から優助へと移す。優助は笑顔のままだ。
「なあ。良いだろ。」
「わりい。ダメだ。」
即答する。今の俺の家は絶対に呼べる状況ではない。
俺の返答に、優助は口を閉じ考え込む。
「じゃあ。一緒に飯でも食いに行かないか。」
今度は俺が考え込んだ。
外食か。確かにここ最近は行ってないな。でもな……。
「でもダメだ。今日は用事がある。家にもいないし、外食もできない。」
俺は優助に頭を下げる。
(心苦しい……。)
「そうか。わかった。また今度にする。」
そう言って優助は椅子から立ち上がり、ポンと俺の肩を叩き、自分の教室に帰っていった。
安堵の息と心苦しさの息それが二つ交わってフハーという変な息を出した。そして机に頭をのせて外を眺めた。
今日の授業も適当に流した。
そして放課後、俺は帰り際にスーパーに立ち寄った。それなりに食品を買った。
スーパーの外に出ると、空は真っ黒になっていた。俺は傘を広げた。左手に傘。右手にレジ袋を持って、歩き始めた。
雨粒が傘をパタパタと音を鳴らす。時より俺の傍を通る車が水を飛ばし、俺の足元を濡らしていく。
小さなことはあったが、ほとんど何もなく家に着いた。
家に入ると中は真っ暗だった。廊下を通り抜け、リビングに入って電照をつけた。
リオがソファーで眠っていた。
そして隣にある布団には、翼の少女が眠っていた。
あれから、何かあったかというと、特にはなかった。なんせあの後、彼女は「そうなの」と言って、すぐに寝てしまったのだから。
一瞬俺らは慌てたが、彼女の寝息を聞いて少しほっとした。そして静かに布団に運んであげた。
そして昨日一日中看病をしたのだ。
まあ、そのせいで俺も正直言って眠いのだが……。
そんな風に回想していたら、リオがムクっと起き上がってきた。
「んー。あ。おはよう。」
「もう夜だ。よう寝たな。」
リオは目をこすり、大きく背伸びをする。
グー。
リオがすぐさまにお腹を押さえる。そしてテへへと頭に手を置き笑う。
俺はクスッと笑う。
「じゃあ。今から作るからちょっと待ってろ。」
「うん。」
彼は笑顔で頷いた。
俺はキッチンに向かった。
それで何を作るか、まあ一高校生が作るものだからだいたい限られてはくると思うが、まあ早い話、チャーハンを作る。
……普通だな。
ということで、料理をはじめた。
米を早炊きにし、具材を切る。普通の作業をこなした。そして米が炊けて、フライパンに火を通し、具材を入れ炒め始めた。
その時だった。
「うっ。んー。」
うめき声と共に、翼の少女がゆっくりと起き上がった。そしてすぐに俺とリオに目が合った。
彼女は一瞬ビクッとしたが、すぐにティッシュ箱持って投げるみたいな敵対行動はとらなかった。
グー。
腹の鳴る音が聞こえた。初めはリオかと思った。だけどリオは首を横に振った。
ということは、少女の顔を伺った。彼女は若干うつむき加減になり、顔をほのかに赤く染めていた。
それを察したリオは、静かに少女に近づく。
「大丈夫。君の分もトモヤくんが作ってくれるから。」
ね。といって俺に振り返る。俺は素直に頷いた。少女はまだ恥ずかしさを隠せない様子で無言のまま頬を赤らめさせたままだった。
その後料理は順調に進み(まあミスしようはないのだが。)チャーハンは完成した。
布団を寄せて、折りたたみのテーブルを置いた。そしてテーブルの上に、皿に盛ったチャーハンとスプーンを三セットずつ置いた。
少女は最初遠慮がちでいらないといっていたが、リオが食べないとダメだよと説得したら、割と素直に応じて座った。
俺はリオと彼女と向かい合うように座った。
「ねえ。これなんていう食べ物?」
話しかけてきたのはリオだった。
鼻を近づけくんくんと匂いをかいでいる。俺は、これはチャーハンという食べ物だと言った。
リオは、ふーんと返事をし、すぐにスプーンを使って食べ始めた。
一方の少女の方だが、じーっとチャーハンを見つめているだけで、ひとつも手をつけていなかった。
まだ、彼女の心の中で引っかかっている部分があるのか、それとも見たことのない食べ物に抵抗があるのか。
いずれにせよ困った。
彼女は視線に気づいたのか、顔を上げる。
俺は恐れられないように、普通に話す。
「毒なんて入れて無いから大丈夫だ。」
すると少女は、リオに視線を移す。リオはバクバクと勢いよく食べている。気がついたリオは少女にグットサインを出す。
少女はチャーハンに向かい合う。ゆっくりとスプーンを手にとり、チャーハンを掬う。そしてゆっくりと口に運んだ。
少女は目を閉じゆっくり食べる。そして飲み込む。
俺とリオは少女に注目する。
少女は目を開く。
「おいしい。」
そう言った。
そして、黙々と彼女も食べ始めた。
俺はほっと息をついた。
「フー。食べた。食べた。」
リオが、大きな声を上げる。リオの目の前にある皿は空っぽになっていた。
(食べるの早すぎ!)
こころの中で突っ込んだ。
「あれトモヤくんは食べないの。」
リオはテーブルの上に身を乗り出してくる。
「食べるよ。」
即答する。
「じゃあ。なんでそんなに食べるのが遅いの?」
俺の気を知らずにズカズカと質問してくる。
「リオが早すぎるんだよ。」
そう切り返し(結局突っ込んだのだが)俺はチャーハンを口に運ぶ。
するとリオが、ニンマリと笑顔を作る。ものすごく嫌な予感がする。
「またなんか僕に隠し事しているよね。」
リオは自信を持った顔で俺に指さした。
(・・・いや今回は違うな。)
一瞬考え、自分の行動を再認識する。
「違う。」
きっぱり答えた。
だがリオの猛襲は終わらなかった。
パッとテーブルを見ると、チャーハンが俺の前から消えていた。リオが頭上に俺のチャーハンを持ち上げていた。
俺は驚愕した。
「おいおい。なんで。俺の飯だぞ。」
「だってお腹すいているんだよ。」
「じゃあ、さっきの質問はなんだ。」
「フェイクだよー。」
またまた驚愕する。飯のためにここまでに陰湿な策をするとは・・・。
リオは立ち上がり、両手に皿を持ったまま逃げ始める。俺もリオを追いかける。テーブルの周りをぐるぐる回る形になった。
「おい待て。」
「取れるもんなら、取ってみてよ。」
「言ったな。リオ。」
俺は頃合を見て飯を取ろうとするが、リオは機敏な動きでひょいっと躱した。
「こっちだよ。」
「このやろう!」
「フフフ。」
俺らふたりは動きを止めた。共に少女の方に向いた。
少女は口を手で押さえ、クスクス笑っていた。
「二人共仲がいいのね。」
俺とリオは顔を見合わせる。
今思うと飯の取り合いで争うなんて、子供っぽくてバカらしく思えてきた。
「俺たちバカだな。」
呆れたようにつぶやく。
「だね。」
クスッとリオは笑う。
自然と俺も笑っていた。
「はい。これ返すよ。」
リオが俺に飯を返してくれた。俺は素直に受け取った。そして元の場所に座った。
少女はまだ少し笑っていた。なんか恥ずかしかった。
俺はとりあえずチャーハンを食べた。
(うっ。冷めている・・・。)
夕食を済ませ、食器を片付けた。
今は全員、テーブルを囲み座っている。俺は料理し終わったから、一息吐くために座ったのだが、いかんせん妙な空気が漂っていた。
俺は少女の方に体を向き直した。
「えっと。そういや君の名前、まだ聞いていなかったよ・・・ね。」
緊張して語尾がおかしくなる。
少女は目をパチクリとさせた。少女は一呼吸置いて答えてくれた。
「サ・サクラ。」
声は小さかったが、確かに答えてくれた。
心の中でほっと息をつく。
俺も自己紹介をする。
「俺は宝田友也。トモヤと呼んでくれ。」
「僕はリオ。よろしく。」
リオも俺についで紹介をした。
「二人共、よろしく。」
小声で答え、サクラはぺこりと頭を下げた。俺らもつられて頭を下げた。
話が途切れる。また妙な空気が流れる。皆それぞれ若干うつむいている。
何か話題を探そうとするが、何も思いつかない。
リオがチラチラと俺を見てくる。小声で何か話してと言ってくる。
リオの圧力に負けて、サクラに視線を移した。
「ねえ。」
サクラの方から話しかけてくれた。俺は耳を傾ける。
「まだ。礼を言ってなかったね…。二人共助けてくれてありがとう。」
サクラは深々と頭を下げた。
唐突な出来事に俺は、「あ、いや~。」とか言葉も体もしどろもどろになってしまった。
だがリオは「出来ることをしただけさ。」とタフに答えた。
お前のことを尊敬するよ。
サクラは微笑んだ。俺はまたホッとする。
いろいろあったけど、少しだけでも少女が心を開いてくれたみたいだった。
バタ!
リオが急に立ち上がった。
急に空気が張り詰めた。
「どうした。」
リオが真剣に廊下を見つめていた。
「誰か来る!」
誰かって…。そもそも俺を訪ねてくれる人なんているわけが。
ピンポーン
玄関のインターホンが鳴った。俺はリオを見つめた。
すると玄関の奥から声が聞こえた。
「おーい。トモヤいるか。」
その声を聞いて、俺は体の緊張はなくなった。
だけどその代わり、とても複雑な心持ちになったことは、言うまでもないことだった。




