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サイコパスシンドローム  作者: 木樵蝋梅
K-145RS否定
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E-5

 やはり臙脂色のジャージは汚いと、昼夜は再認識する。確かに他生徒との距離は離れているものの、その分赤色が周囲の色と相容れない事があり、完全に孤立していた。周囲には植え込みの緑。新緑の春とは良く言ったものだと嘆息した。しかし同時におの空間が檻の中である事も実感する。緑色の奥からチラチラと覗く無機質な灰色が原因だ。敷地をぐるりと囲う高さ数メートルの塀は、社会からの隔絶を意味するものだと、十六夜三日月は言っていた。


「──────つかマジ、これ必要か?」


 ふと、十六夜昼夜は独り言を漏らす。不可解な点が多すぎるからだ。大きく二つ。一つ目はこの高い塀。5メートルなんてその気になれば登れてしまうような高さだ。少し工夫して梯子などを使ってしまえば簡単に越えられる高さ。二つ目は、この壁のコンクリートという素材。言ってしまえば、クレーン車等で何か強い衝撃を与えてしまえば破壊出来る脆さ。


 この二つを鑑みるに、一応隔てているだけだと答えは出る。その気になれば必要のない、カタチだけの壁。設計者である十六夜三日月は何を思ったのか、十六夜昼夜には理解出来る余地もなかった。世間一般的価値観から判断し、この壁は平和的なものであると、十六夜昼夜は断定した。


 十六夜昼夜は背中に背負ったリュックサックを背負い直すと、歩みを早めた。十六夜りさはその後ろを黙々とついてくる。先ほどの事もあってか気まずさでドギマギしながらも、十六夜りさは管理人から離れることを許されていないし、宿舎からも半強制的に追い出された為に他に方法はないのだ。


 ふと、十六夜昼夜が振り返って十六夜りさを確認すると、顔を合わせないように顔を俯かせる。十六夜昼夜がどれだけ掛けようとも、十六夜りさは終始無言で、無視を決め込んだ。沈黙を保ったまま二時間、十六夜昼夜も他にすることがないのか、思考が分散していた。目の前で歩いている臙脂色の点々も気になるほどにまで、十六夜昼夜は追い込まれていた。


「な、なぁ……」


 再度声を掛けるも無視。


「そろそろ、さ。走らねぇ?日ィ暮れちまう」


 そういうと、十六夜りさは反応を示した。一度立ち止まって、靴紐を固く締め直す。両足が済むとそのまま立ち上がって、ジャージのズボンを目一杯上げる。腹の部分まで上げた所できつくズボンの紐を詰めた。ジャージのファスナーは15センチ弱程開けられ、首をコキコキと鳴らしながらストレッチを始める。屈伸、伸脚と体操を軽く済ませて、すぐに走れる体勢へと変えた。


「(どんだけ走りたかったんだよコイツ)」


 心の中で軽くツッコミを入れて、十六夜昼夜はリュックサックの紐部分を走りやすいように積めると、ジャージを脱いで腰に巻きつけた。体力には少々の自信がある。もっとも、管理人の職を真っ当する上で、”サイコパス”である彼女を押さえつける抑止力として働かなければならないという義務感から行ってきたトレーニングの賜物なのだが。華奢に見えるその体躯にはマラソン、水泳等で鍛えられるスマートな筋肉が隠れている。


「制限。20km/時な。それ以上は流石に耐えられないし、他の生徒が気味悪がる」


 十六夜りさは首肯して、クラウチングスタートの体勢へと変える。


「認めよう。走るぞ」


「はいはい、カウント3、2」


「どんッッッ!」


「手前ェコイツは!!」


 十六夜りさはカウントを無視してクラウチングスタートからダッシュを開始した。ザッと地面を蹴る砂の音が耳に心地よく残る。面を喰らいながらも、十六夜昼夜もその後ろをついて足を蹴り始めた。顔が風を切っていく事が分かる。風はまだ春初旬という事もあってか冷たい。心地いいとは思える。足を回転させる事で発生する熱が足を温めるも、風による冷気によって手先が冷えていく。──────あぁ、これこそが疾走の快感。


 過ぎ行く風景、集まる奇異の視線でさえも、悪意の籠もっていない奇異は快感に取って代わっていた。十六夜りさはにこりと、屈託のない笑みを浮かべた。そうこれが、これこそが自身が成すべきだった事象なのだと。道は否定しない。走ることを誰も否定しない。むしろ、その姿を見せるだけで誰もが自身を肯定する。美しい事だと思えた。


「管理人、もっと速く、疾りたい」


 ぽつりと呟くも、十六夜昼夜はついていく事にやっとで口を開けない。視線を合わせて首肯だけすると、十六夜りさは一瞥して更に速度を上げた。

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