C-9
太陽の傾き方から予測するに、今の時刻は正午少し前だろう。頭のてっぺんよりも少し後ろから照りつけており、ちょうど壁の内側がギリギリ影に、外側が日向になっている。十六夜昼夜は気分が沈んでいた。何せ、自分の在り方を問われるかのような問いをかけられていたのだ。かのような、と形容すると御幣がある。十六夜昼夜の在り方を問う質問だったからだ。
十六夜昼夜はベランダでの質問は保留にし、今丁度寮から外壁へと歩いている最中である。そこで既に『放置する』という案は頭の中で却下されていた。その答えに意味はないし。もっとも、今後同じような事があった場合にどうするのかと再び問われると困る。壁がどれだけ高かろうと、コンクリート製であることに違いはない。いづれは破壊されるであろう可能性を考慮した上での判断だった。残るは、定時された二つの殺人行為のみ。どちらの少数を殺すか。手を下すには自分ではないと理解していながらも、十六夜昼夜は決めかねていた。
K-752XX。持つ異常が実害を及ぼすと判断された為に、軟禁のカタチではなく、監禁のカタチをとられた異常者。レベルは勿論の事最高位の5。危険度においては国内最高位を誇る、戸籍完全末梢指定を受けた生物である。狂犬と形容されるに相応しい生物を、どのようにして再度監禁するつもりなのだろう、と十六夜昼夜はガラでもなく心配していた。
「この辺でいいかね。さて、昼夜君。私が扉を具現するまでの5秒で決めたまえ。カウント5」
十六夜三日月は立ち止まると、ポケットからシガレットの箱を取り出して一本咥えた。十六夜昼夜は思考を加速させる。この判断の意味は?求められている結果は?一番被害が少なく済む方法は?考えれば考える程に時間は減っていく。
「──────具現する。具現象」
十六夜三日月はサイコパスシステムの起動コードを紡ぐ。知っている現象故に、十六夜昼夜は次に起こる現象が容易に想像出来た。具現の異常はその名の通りに、具現する事が出来るものだ。方法を示すという間接的なものでなければ、何かを代わりに必要とするわけでもない。文字通り、無から有を生み出す所業。十六夜昼夜はこの事象を神の所業だと評価する。カウントが4をさしかかった。
十六夜昼夜は、ふと後ろを付いてきていた十六夜りさを見た。怪訝な表情が薄れて、警戒心を解き、屈託のない笑顔を溢す彼女は”サイコパス”というよりは、むしろ一少女であると判断出来る。もっとも、”サイコパス”は異常思想を持つだけであって、他に関して言えば普通の人間である。カウント3が言い切られる。
落ち着く暇もない。十六夜昼夜は思考する。結果として求められているものは一体何だと自身に問うと、答えが自然と返ってきた。──────双方の均衡を保つこと。パワーバランスを崩すでもなく、なおかつ外壁から一般人を遠ざける方法は一体何だろうか。カウント2が言い終わる。
一つだけ殺人以外の答えが出る。しかしそれは、”サイコパス”にとっては不利な事象だった。更に言ってしまえば、それは今後ろにいる少女へと皺が寄ってしまう様な事象で。十六夜昼夜は一瞬示唆する。何を言ってるんだ。俺は管理人だが、一般人から派遣された教師だぞ。そう心が十六夜昼夜を怒鳴り散らして、決心した。カウント1の最中だった。
「カウントストップだ。答えが出た」
そう言葉を聞くと、満足したかの様にシガレットを噛み砕いて飲み込んだ。十六夜三日月はニヤニヤと嗤う。そして右手を天高く掲げると、そのままコンクリートの壁へと振り下ろした。手で一瞬隠されたコンクリートの壁に、丁度そこから元々あったかのように扉が現れる。
「さぁどうぞ。昼夜君のお好きなように」
「──────K-145RSを彼奴等の前で殺せば、満足して帰るだろうさ。百人殺すよりも一人殺してしまった方が効率がいい」
「ほほぅ。彼女を殺すのかね。それじゃあ、私の娘は必要かね?」
「いらん。俺がこの手で殺す。つかマジ、うぜぇから」
その答えに、十六夜りさは激昂する。飛びかかって十六夜昼夜に襲撃した。生物でなくとも、心あるモノにあって当然のその行動に、十六夜昼夜は冷酷に右拳を十六夜りさの鳩尾へと沈めた。
「つかマジ、アンタ分かってただろ。あの化け物が必要なら扉なんて必要なかったじゃねぇか」
「はは、何を言っているのかね昼夜君。君の判断は私の予想を越えてくれたよ。しっかりとね」
ふぅ、と十六夜三日月は息を吐いて、シガレットを一本咥えた。




