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サイコパスシンドローム  作者: 木樵蝋梅
K-145RS否定
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C-8

 十六夜昼夜は激昂した。握った右拳でベランダの柵を叩く。ぐおん、と無機質な軽い音が響いた。おそらくは中身は空洞なのだろう。十六夜昼夜の手に熱さが広がった。理不尽にも程がある、と頭の中だけでそう呟いた。確かに十六夜三日月の言っている事は誤りではない。元々、”サイコパス”は社会に適合出来なかった特異者、異常者を指すものだ。故に、多数から切り捨てられた少数である事にも間違いないし、一方一般人は多数であると言える。圧倒的な数の暴力は少数を殺す。民主主義国家である日本に、少数意見がまかり通る事はないだろう。


「さて、昼夜君。あの壁の意義を教えようじゃないか。たかが数メートルの壁に意味があると思ったかい?答えは否だ。隔てるには余りにも数メートルの高さは低すぎる。正確には、日照権の問題で4m少しくらいか。しかし、それくらいなら登ってしまおうと思えば登れてしまうし、何といってもただのコンクリートだよ。ダイナマイトなんて大きな物を使わなくても簡単に壊せる。その気になればの話だがね」


「さっさと教えろよ……仕舞いには俺ぶっ飛ばしちまいそうだよ」


「分からないのかね?アレは異常を切り離す象徴の柵だよ。アレがあるから彼らは関われない。ストレスが溜まる一方だろうさ」


「ストレスがどうした……だからどうしたッ!だからってコイツらの事は無視していいのかよ!溜まってるだろうよ。コイツらだって思ってるだろうよ!つかマジ、お前もその一人なんだろ?だったら分かるだろ……」


「さて、君にはここで選択権をあげようじゃないか。私の計らいだ。おっと、君の異常は使えないよ?だってこの判断は普通じゃない。


まず一つ、放置する。


二つ、ストレスの根源たる”サイコパス”を殺す。


三つ、多数から少数を切り捨てる理論から、あの約百人を殺す。


さぁ、私にはその全てが可能だよ。後始末は勿論、君の手を一切汚さずに実行する事だって出来る。選びたまえ。選択する事しか出来ない不完全。──────君は、国民と異常者とどちらを選ぶんだい?」


 十六夜昼夜は背筋が凍るかと思った。殺す、という単語が十六夜三日月から放たれた事も一つの原因だろう。言葉だけだと信じようと必死に否定材料を脳内で探す。勿論、否定材料が存在しない事なんて理解はしていた。十六夜三日月とはそのような人物だ。具現の異常は全てをカタチにして成す。方法はいざ知らず、結果だけは確実に導き出す、明らかな人間としての異常。一体十六夜三日月から何本のネジが抜け落ちているのだろうか。十六夜昼夜の瞳孔が狭まり、ぐらぐらと震える。正面すらもふるえて見えた。そんな間も、十六夜三日月は口角をあげてニタニタと笑い、口に咥えたシガレットを揺らしていた。ふらりと体勢を崩し、十六夜昼夜はベランダにもたれかかる。


「あぁそうか。君は”サイコパス”に近しいんだったね。異常を強く求めるんだったか。いやはや、私自身がそうだと言うのに、失念していたよ。もっとも、私がそんな状態になれるのは物のない空間だろうがね。明かりがあってもダメだ。私は自分の血で絵画を始めるだろうさ。さて、昼夜君。君が十六夜フカンゼンと呼ばれる理由を考えてみたまえよ。想像以上に、君は満ち足りていない。三日月程ではないがね」


 ぜぇはぁと息を荒げながら、十六夜昼夜は頭に手を押し当てた。春の初旬の気温で少しひんやりとした掌が熱くなった頭を冷やす。首を締め付けていたカッターシャツの第一ボタンを外して、深呼吸をすると十六夜昼夜は思考を開始する。答えは数秒で出た。原因は元から自身の中に在る物だと理解していたからこそだが。


「不完全な理由は、結局は意見を俺が判断しているからだ」


 実際、自分が判断しているのは世間一般的価値観においての答えではなく、世間一般的価値観の中から自分が選んだ答えなのだと、十六夜昼夜は理解していた、自分の劣る部分だと、これがどちらにも属せない自分の弱さなのだと。十六夜三日月は人差し指と中指でシガレットを挟み込み、パキリと音を立ててへし折ると、口の中でコロコロを転がす。塞がっていない方の手を使ってポケットに入っていたシガレットの箱を十六夜昼夜へと投げて寄越した。


「30点だ。赤点のギリギリラインだよ昼夜君。もう少し深く切り込んでごらんよ。普通なんて物が本当に存在すると思うのかい?それは偶像だよ。結局は君の持っている判断基準を以てして判断しているに過ぎないのだからね」


 十六夜昼夜は投げられたシガレットの箱を左手でキャッチし、くしゃりと潰した。中身は空だ。


「そもそも、世間一般的価値観とはなんだね?普通と形容するのであれば、普通なんて存在しないんだよ昼夜君。何が普通なのかね。普通の生徒と言うが、その生徒に突出する部分がなかったという事かい?逆にそれは普通じゃない。全て平均点を取るなんて事はありえないじゃないか。平均点は小数点まで算出される場合だってあるんだ。平均を普通としないのであれば、メジアン・モード……あぁ、これは分からないか。一番多いグループに入っているのが普通かね?それは統計であって正解ではない筈だ。安全道は嫌いだよ?異常を持つ故にね」


「の割には答えを出さねぇよなアンタ。答えを出せっつーの。つかマジ、これが理不尽っつぅ奴じゃねぇの?」


「違うね。私は選択権を君に委ねただけさ。さらに、それに答えを出してしまえば君の判断が誤りになってしまう可能性だってあるんだ。それは果てしなく勿体のないことではないかね?まぁ、二番三番を選んだ場合には私の娘を使うよ。彼女も度々出さねば自殺するだろうし」


「バ……カかアンタは!?あんなの出して終わるわけッ!」


「K-752XX。最後二つのアルファベットは本名の名残りが付くものなのだが、あの娘には与えられなかったさ。数値で言えばレベル5。しかし、脅威の面で言えばそれを越える。りさ君なら偽装も可能な範囲だがね。娘はそうはいかないよ。実害を及ぼすレベル5だからね」


「あの狂犬を放つか、放置するか。それとも、君がなんとかするかね?昼夜君?」


 十六夜三日月は卑しく嗤った。

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