第14話「鉄屑の風車⑤」
なんだろう…ふわふわであったかい。
私いつの間にか眠っちゃった…?
今日は1日、いろんなことがあって疲れっぱなしだったしなぁ…
毎晩、埃の匂い越しに感じる硬い木の感触ではなく、弾みのある柔らかい布団の感触。
目を閉じながらその感触に浸っていると、背後からペンが紙の上を滑る音が聞こえてくる。
忙しない様子で殴り書きにも聞こえる音と紙を捲る音が繰り返された。
レジテーレ「目が覚めたか」
テネル「!?」
私は音のする方向に背を向けていたというのに、声の主は一瞬で私の覚醒を言い当てた。
思いもよらない不思議な現象に私はビクッと背を振るわせ、それに応える。
テネル「ど…どうしてわかったんですか…?」
レジテーレ「ん〜?なんとな〜くな」
声の主であるレジーは、私の疑問も動揺もどうでもいいかのように、ペンを走らせる片手間に答える。
私はゆっくりと寝返りを打ち、音のする方向へ体を向ける。
そこにはいつも身に纏っている装備と大剣を外した、柔らかな装いのレジーがいた。
こうしてみると、普段着けている無骨ながらも冷たい金属を落とせば、ただの大人の女なのだとわかる。
しかし不思議なことに、いつも額を守る様につけた鉄製の仮面を今もなお外していない。
いつでも警戒を怠らないという騎士の象徴だろうか、見ているだけで重たそうな仮面に首が痺れてきそうだ。
暖色系のスタンドライトが冷たい彼女の瞳を温め、幾分か柔らかさを生み、時々仮面の装飾が光を揺らす。
そんな光景に目が離せないでいると、レジーはペン立てにカランとペンを置き、ふぅ〜と息を吐きながら立ち上がってこちらに歩いてくる。
あまりに自然な動作で私は動くタイミングを見失い、レジーがそのままベッドの縁まで来てしゃがみ、私と目線を合わせ、イタズラな笑顔を浮かべる。
レジテーレ「いつまで私の寝床でそうしているつもりだ?」
テネル「!!ご、ごめんなさい!」
いつもと違う、おちょくる彼女の口調と顔になんだかドキッとして照れ隠しに大声を出して、掛け布団をバッと開いて起き上がり、ベッドの縁に座る。
再び彼女の顔を見ると、意外にもその顔はキョトンと言う擬音が似合いそうな驚いた顔をしていた。
テネル「えっと…レジーさん?どうかしました…?」
レジテーレ「え?あ、あぁいや、お前にもそんな顔ができたんだなと思ってな」
テネル「そんな顔?」
レジテーレ「檻の中でちょこんと座ってたお前が、こんなにも成長…いや人間らしさを取り戻したのが嬉しいだけだ」
レジーはどっこいしょと立ち上がり、突然私の隣にドスっと座ってきた。
テネル「…っ」
レジテーレ「ふぅ〜」
レジーは後ろに手を付いて足を組み、後傾姿勢で息を吐く。
ベッドについた片方の手が私の腰のすぐ後ろにあり、強制的に意識させられる。
見た目はさながら“そのように”見えてしまう。
ずっと疑問に思っていた、なぜレジーは“あの店”から奴隷を買おうと思ったのか。
最初は自由にさせて、メイドの仕事などもさせたが、屋敷に馴染んだ頃に…そういうことだろうか?
あの店に売られた時点で覚悟はしていたが、まさかこんな形でやってくるとは…しかし、今になって恐怖が生まれるのはなぜだろうか?
彼女からくる次の一手に背筋をプルプル振るわせて待ち構える。
肩を掴まれる?顎?あるいは胸元のボタン…?
意識するたびに顔が熱くなっていくのがわかる。
膝の上に置かれた手も震えを抑えるのに必死だ。
レジテーレ「…そうだ」
レジーが後ろについた手を離し、姿勢を戻した瞬間、私は目をギュッと瞑った。
彼女は私の耳元にそっと口を近づけ………
レジテーレ「ルーラには内緒だぞ」
そっと囁いた。
内緒…というのは、これから起こることに対するものだろうか。
私は目を開ける勇気がなく、声もなくこくっと頷く。
レジーはすっと立ち上がり、しゅるしゅると衣擦れの音を立て………
テネル「え?」
レジテーレ「見ろ!あいつにバレずにここまで持ってくるのは骨が折れたぞ!」
彼女が手に掲げていたもの、それは大剣だった。
色も装飾もない無骨な剣。
しかし、それを持つ彼女の顔は実に輝かしかった。
テネル「その剣…どうしたんですか…?」
レジテーレ「どうしたも何も、お前のためにこっそり買ってきたんだ」
テネル「私のため…?」
剣術を習いたいなど、この屋敷に来てから一言も発していないのだが。
主人からの贈り物という形になるのだろうが、私には困惑に勝る魅力が残念ながらその剣には感じられそうにない。
テネル「えぇと…私、剣が欲しいなんてレジーさんに言いましたっけ?」
レジテーレ「ん?言ってないが」
テネル「じゃあ、どうして?」
レジテーレ「前々からずっと弟子が欲しかったんだ!私は剣術を独学で身につけたからな、師匠と弟子の関係に憧れてたんだ」
テネル「そんな理由で私に剣術をやらせたいと…?そんなこと…」
レジテーレ「これは命令だぞ?」
レジーは笑顔を絶やさず私の言葉など聞いていないというように、剣から私に目線を移し、先ほどよりも圧を強めて言葉を被せてくる。
テネル「うぐっ…」
この屋敷にいる限りその言葉に異論を唱えられるものはいないだろう。
メイド長様は…おそらくその範疇にない唯一の人だと思うが。
剣術など危険で恐ろしいもの学びたいとは思わないし、何より貧弱な私にできるとも思えない。
なんとかして回避する口実を探さなくては…
テネル「でも、今はメイドの仕事があるから、そんな暇ないんじゃ…?」
レジテーレ「そうだそうだ言い忘れてた、お前には新しい仕事を用意してある、午前中と昼間以降は空き時間になるものだ。例えばそう…剣術を学ぶ時間とか、な?」
テネル「屋敷にはたくさん人がいるし、私じゃなくても他に…」
レジテーレ「残念だが多忙な者が多くてなぁ、剣を取る時間を作れるものがこの屋敷にはいないのだ…そう、お前以外には、な?」
テネル「私、朝はあんまり得意じゃなくて!」
レジテーレ「私が毎朝起こしに行ってやろう。こんなにも光栄なことはなかろう?」
先ほどから主人の笑顔がニマニマとしたものへと変わっている。
何がなんでも私を弟子にしたいらしい…。
いや、この人のことだ、師匠ごっこをしたいだけかもしれない。
しかし、レジーはウキウキしすぎて一つ大切なところを見落としている。
私はすかさず、そこに一手を投じる。
テネル「その剣、私に持てますか?」
レジテーレ「はっ!!」
彼女の持ってきた大剣は私の背丈を超えるほどの大きさだ。
おそらく何も考えずに、自分のと同じサイズを買ってきたのだろう…
レジーは真剣な顔で私と剣を交互に見つめ、段々と焦りを滲ませていく。
レジテーレ「…お前、この剣を少し持ち上げてみろ…」
テネル「…」
答えは容易に想像できる。
レジーに手渡される剣の柄を「正気か?」という顔で受け取る。
テネル「フンッー!!」
両手をプルプルと振るわせながら、一瞬剣先を床から離して、力尽きてしまう。
レジテーレ「………」
………そんな顔で見ないでほしい。
私はやりたくないからではなく、真の力量を示すために全力を出したのだから。
レジーは遠い目をして、思考を諦めたように私をじっと見つめていた。
レジテーレ「よし、大丈夫そうだな!」
テネル「えぇっ!?」
しかし、突然何かが吹っ切れたように息を吸い込み、先ほど見たものを表情から消去した。
レジテーレ「け、稽古は明日からだからな!」
テネル「ちょ、ちょっと待ってください!?明らかに無理がありましたよね?」
レジテーレ「頼む…こんな買い物、しただけでもルーラにガミガミ言われるのに、無駄にしたなんて言ってみろ…使えるだろ?な!使えるよな!使えるって言ってくれ…」
青ざめていく彼女の顔を見るとなんだか可哀想に思えてくる。
主人に対して抱く感情ではないのは重々承知しているが、メイド長の恐ろしさを共感できる者として彼女の言っていることは理解できる。
まぁ、それ以前に主人の命令とやらを使われてしまえば、断ることはできないのだが。
テネル「はぁ…わかりました」
レジテーレ「よしっ!」
テネル「この剣はどうすれば?」
レジテーレ「うーん…まずはその剣を持てるように力をつけないとだな。それまでは、隠しておくしかない…この部屋は掃除が細かすぎるからなぁ…お前の部屋に隠せ!」
テネル「えぇ…バレたら私も共犯じゃないですか」
レジテーレ「仕方ないだろ…浮き足だって衝動買いしちまったのは謝るから、頼む!」
テネル「……わかりました」
「頼んだぞ、我が弟子よ!」と彼女に送り出され、私は重たい剣をなんとか抱え、既に真っ暗になった廊下を音を立てないように歩いていく。
昼間とは違う静寂と暗闇に妙に感覚が敏感になり、いつもは聞こえるはずもない床張りのカーペットの足音まで聞こえる。
テネル「んん〜…本当に重たいなぁ。いくらルーラ様が怖いからってレジーさんは情けないよ。主人としての威厳とかないのかな…」
ルーラ「その通りですわね」
テネル「…」
終わった。
ー
翌日、私は早朝からレジーさんの執務室に来ていた。
今後の仕事と稽古…そしてあの件についての話をすることとなった。
レジテーレ「え〜よってお前の仕事は今日より掃除点検と指導を行う掃除統括員とする…今後も励むように」
クロー「…?」
テネル「…」
ルーラ「…」
背後にある窓から差し込む朝日に後ろ指を刺されたようなやる気の感じないレジーの声と薄々とした影がが執務室内に籠る。
クローは、いつもと様子の違う主人に困惑しているのか、彼女の横に立ちながらもチラチラと横目で確認している。
対してルーラは、すんっと目を瞑り、いつも通りの姿勢を崩さない。
主人の左右に立つ二人にこれほどの差異を与え、アンバランスな空間を作っている原因はもちろん、あの剣のことだ。
昨晩私が彼女に廊下で見つかった後、呆気なくも、メイドとして瞬時に状況を把握するという彼女の持ち味を生かし、すぐさま剣を私から取りあげ、主人の部屋へ直行して行った。
二人の間でどのような話があったのかは知らないが、レジーの顔を見れば、主従関係など生温い言葉など介在しない時間が流れたということは容易に想像できる。
クロー「あの…レジテーレ様?どうかなさいましたか?」
レジテーレ「いや…気にしないでくれ」
クロー「は、はい…?」
レジテーレ「お前の仕事時間は午後から夕方までだ。それ以外の時間は…お前の…好きに!!…するといい」
こうも言葉に感情を乗せることができるのかと感心するほど、レジーは荒削りな喋りと捻じ曲がった顔を披露する。
言うまでもないが…よほど彼女は私に剣を教えたいらしい。
ルーラ「…はぁ、クロー様、少し席を外して貰えますか」
ルーラ様は呆れたようにそう言い、言われた通りクローは席を外す。
ルーラ様は重たい口を開き、不貞腐れながら仮面の縁を爪でカリカリと掻いている主人に声をかける。
ルーラ「ご主人様…」
レジテーレ「…」
ルーラ「昨晩、しっっっかりとお話ししましたよね?剣術の稽古を行うのは構いませんと」
レジテーレ「ぁぁ、ああ!わかっている!しかし“あの剣”を取り上げることはないだろう!確かに気がはやってしまったのは認めるが」
ルーラ「剣を握ったこともない弟子に自分の背丈より大きい真剣を渡す師匠が何処に居ますか!!」
レジテーレ「うぐっ…」
勝負のわかりきった論争はメイド長の怒気の籠った一言で一気にけりがつく。
こんなにも小さくコンパクトにまとまったレジーを見たことはない。
ルーラ「師匠ならば、ある程度の剣術を教え、弟子にあった剣を選び与えるべきとは思いませんか」
レジテーレ「うぅ…わ、わかった。もう文句は言わない」
ルーラ「よろしい。あの剣は私の方で処分させていただきますので」
レジテーレ「!!?…っ!、くっ…」
何かを言いたげな口をギュッと結び、レジーはそれ以上何も言わなかった。
ー
レジテーレ「ほら、このカッコ悪くてつまらん棒切れを持て」
テネル「わっ!?」
突然レジーから木刀がひょいっと投げ渡される。
軽々とした彼女の扱いとは裏腹に、私にはその木刀はずっしりとして、少しよろけてしまう。
レジテーレ「よし、じゃあまず素振りからだな!」
気を取り直して剣の指導を始める。
屋敷の敷地内にある庭で、レジーは私に向かい合うように立ち、振ってみろと合図する。
言われたように剣を握り、上へ振り上げてから真っ直ぐに振り下ろす。
ブオンという鈍く空気を切る音が立ち、静寂に包まれる。
テネル「…っ!」
レジテーレ「違う」
テネル「え…?」
レジーは顔色ひとつ変えずにその一言だけを発する。
ただ剣を振るだけなのに違うとか、合っているとかあるのだろうかと疑問に思いながら、もう一度振ってみる。
レジテーレ「違う」
テネル「っ…」
レジテーレ「違う」
テネル「ああ!もう!!何が違うっていうんですか!?」
レジテーレ「風だ」
テネル「…風?」
レジテーレ「お前達ルーテは風から多くのものを感じ取るらしいな。少し見せてやるからその棒切れを貸してみろ」
言われた通り木刀を彼女に渡し、構えとも呼べないような雑な姿勢のまま片手で木刀を握り、振り下ろす。
すると何かを切り裂くような甲高く透き通った「パシュゥゥゥン…」という音があたりに響く。
もう一度振り上げ、先ほどとは少し違う握り方をして振り下ろすと今度は鈍く腹に響くような「ボゴォォォン…」という音が広がる。
レジテーレ「お前ならこの二つの違いはわかるだろ?」
テネル「最初のは何かをスパンと切って、次にやったのは強く打つみたいな音だった」
レジテーレ「そうだ、剣は振り方によって切り裂く様にも打ち付ける様にも変えられる。例え空気であってもな。どちらが良い悪いではない。使い分けられることが大事なんだ」
そう言うと、背中に収めてある自身の大剣を取り出し、同じように剣を振ってみせる。
テネル「…っ!?」
先ほどよりも鋭く耳を劈く様な音が響き、空間を引き裂くように裂け目を作り、暗黒の空間に空気が喰われていく。
レジテーレ「これをこうすると…」
空気を飲み込み続ける裂け目にもう一度剣を振るう。
今度は鈍く腹に響くような轟音が鳴り、裂け目が爆散して爆風が起こる。
風に煽られる木の様にその場に踏ん張ってなんとか飛ばされないように耐える。
凄まじい力を秘めた技だが、私はそれ以上に、体に迸るこの異様な感覚に身を痺れさせる。
テネル「今のは一体…」
レジテーレ「それは今見たものに対する言葉か?それとも、お前の体に流れ込んだものに対してか?」
質問のように聞こえるが、彼女には既に私の困惑の対象がわかるようだ。
爆風に乗って私に流れ込んできた感覚は今まで感じたこともないような『静寂と時間』だった。
私は自分の手を握り締めたり開いたりするのを見ながら、彼女の力の異様さを形容する言葉を見つけられなかった。
彼女も私の状況を汲んでくれたのか、私の回答を待たずに話を続ける。
レジテーレ「うちの騎士団でもこれを使い分けられるやつは一人もいないだろうなぁ」
テネル「それだけ難しいってことですよね…」
レジテーレ「いいや?」
テネル「えっ、じゃあどうしてできない人が多いんですか?」
レジテーレ「それは、私を師匠と呼ぶ奴が今まで誰一人もいなかったからさ、ハハハハッ!さぁ我が愛しの弟子よ!もう一度剣の握り方から始めよう」
彼女は私にあの技を会得させようと言うのだろうか…。
その疑問が確信に変わるほど、師匠によるしつこい素振りのダメ出しは日が空高く昇るまで続いた。
午前の稽古が終わると、私はメイド掃除統括員として屋敷の点検に回ったり、メイド達への指導を行なった。
私の立場を加味してか、初めのうちはルーラ様がそばについて、屋敷を回ってくれた。
そのこともあって、一週間もすればメイド達は私に対して横暴な態度を取ることは無くなったし、今では純粋に私を同じ屋敷の仕事仲間と思ってくれている人が多い。
ルーラ様が「明日からは私も別の仕事に取り掛かります」と言い、私は今までの感謝を伝えたが、「私はメイド長として掃除統括員の仕事ぶりを監視していたに過ぎません」とあっさりと言って去ってしまった。
彼女には幾度となくこの様な態度を取られてきたが、私にはもうわかる。
これは私でも誰でもない、あなたの掴んだものなのだ。
真っ直ぐと見つめてくるその顔には、はっきりとそう書いてあった。
だから私はそれ以上、特に何かを伝えるでもなく、ただ廊下を粛々と歩いてゆく彼女に深々と頭を下げるのだった。
ー
ナーリャ「テネルはすごいよね〜今じゃもう屋敷のみんなはルーラ様に次ぐ信頼をあんたに寄せてるんだからさ」
いつも通り同僚兼友だちのナーリャの掃除場所に赴き、じっと窓枠を見つめて点検をしているとそんな言葉が投げかけられる。
メイドが屋敷に流す噂は風より速いというように、私の細やかな仕事ぶりは屋敷中に知れ渡り、今では掃除統括員、いやメイドの範疇すらも越えた屋敷のあれこれを任されている。
その度に、相手からの感謝の言葉を聞けることが、これらを嫌がらずに行なっている大きな理由の一つだ。
「他人を恐れない、歩み寄ることを忘れない」
遠い昔の記憶に消えずに残ってくれたその言葉が、今になってこんなにも私自身を私たらしめてくれることになろうとは思ってもみなかった。
しかし、ナーリャの言うほど私に信頼というものが積まれてきているのかは可視化できるものでもあるまいし、よくわからない。
テネル「そうかな?私は積極的にみんなに歩み寄ってるだけなんだけど」
ナーリャ「そう!それだよ!みんなあんたが思ってた感じと違うって思ったんじゃない?」
テネル「思ってた感じ?」
ナーリャ「えっと…気を悪くしないで欲しいんだけど、みんな初めはテネルのことを奴隷として見てたから、あんな態度取ってたけど、実際に接してみるとなんか…こう…普通の人と変わらない様に見えてくるっていうか…今思えばどうしてあんな態度を取ってたんだろうみたいな…ごっごめん無責任だよねこんなこと言うなんて…」
テネル「!、いいよ!気にしないで?」
ナーリャ「う、うん。でもほんとに不思議なの。テネルに会うまで奴隷は奴隷としか思ってなかったのに、今はこんなのおかしいってすごく思うんだ。休みの日に街に出かけても、あちこちで奴隷が働かされてて、あれみると気分が悪くなって最近はあんまり行きたく無くなったし…」
トルーシ「それなんかわかる〜」
エアム「私も〜」
掃除を終えたであろう他の二人の友人も話に入ってきた。
エアム「なんか催眠にかかってたみたいだよね〜」
トルーシ「言えてるかもそれ」
エアム「あっもちろん、今までのテネるんへの態度をそんなもののせいにしないけどね」
トルーシ「もちろん私も〜テネっち大好き〜♡」
テネル「!?」
ナーリャ「ちょっ!?」
トルーシが急に私に戯れてきてくすぐったい。
ナーリャはトルーシを止めに入ってくれるが、新たな餌食となるだけだった。
ナーリャ「キャハハ!」
テネル「ナーリャ!」
エアム「もう手遅れだ…諦めよう」
ナーリャ「ちょっ、見捨てないでって!」
今日も仲良しメイド4人組の笑い声が屋敷に木霊する。
優しい風が廊下を吹き抜ける。
私は微かにその中に誰かの優しい笑顔を感じたが、程なくして掴み様のない空気へと解けてしまうのだった。
ナーリャ「そういえば、テネルはご主人様から剣術も習ってるんだよね?」
テネル「ま、まぁ…ね」
エアム「え〜すごいじゃん、今はどんなことしてるの?」
テネル「…剣と添い寝してる」
ナーリャ・エアム・トルーシ「………え?」
ー
テネル「あの、レジーさん?これほんとに意味あるんですよね?」
私とレジーは屋敷の庭に広がる芝の上で、微風を浴びながら横になっていた。
平和な風景かも知れないが、傍にはいつもの木刀がある。
レジーは自身の大剣を抱きしめながら、目を瞑っている。
レジテーレ「…」
テネル「レジーさん?」
レジテーレ「z z z…」
テネル「レジーさん!!」
レジテーレ「うわっ!?しばらくは安静にして酒は控えるんだぞ!!」
私の大きな声にバッと反応して起き上がり、意味不明な言葉を吐き出す。
テネル「何言ってるんですか…」
レジテーレ「え?あ、あぁ意味?それはもちろんあるぞ!剣は己の体の一部だ、こうして耳を傾けて剣を知るのだ」
さすがといっていいのかは知らないが、彼女はすぐさま思考を叩き起こして、私の質問に答えた。
テネル「…剣を知る?あの、イマイチ言っている事がどういうことがわからないんですけど…もしかしてまだ寝ぼけてます?」
レジテーレ「な、何を言う!わかった今説明してやるから。正確にはそれぞれの剣にある癖みたいなものを理解するんだ」
テネル「剣に癖なんてあるんですか?」
レジテーレ「当たり前だ」
どうも要領を得ない言葉が先ほどから続いていて、私は納得のいかない顔を師匠に向け続ける。
彼女もそれを理解したようで、渋々と話をしてくれた。
レジテーレ「はぁ、そうだな。少し哲学的な話になるが、まずはお前に質問をしよう。この前見せた私の空間を切り開く技は私自身のものだと思うか?それとも剣によって成せるものだと思うか?」
テネル「…レジーさん自身だと思います」
レジテーレ「半分正解、半分不正解だ。私は悪を切り裂く強い力を欲して剣を握った、それだけに過ぎない。だが剣は私にこの空裂の力を与えた、特に殺傷力が高いわけでもなく直接望んですらいないのにな。…ここからは推論になるが、剣は私の意志から求める終末、それに繋がる必要な過程、導くための思考といったものを物語を書くように創り上げているのだと私は思うのだ。私たち人間は時間という理の中でその断片的な部分しか理解することはできないがな」
テネル「えっと…つまり?」
レジテーレ「つまり、この手に握られたものはただの武器ではないということだ。お前達ルーテならそれらの答えも金属から読み取れると思っていたのだが、どうやらこの推論に対する結論は世界の理を覗くことになりそうだ」
テネル「確かにレジーさんの剣からは武器としての情報しか感じられません」
レジテーレ「そうだ、だから今はそれでいい。武器としてお前の握る剣の潜在的な強さを感じ取れ」
テネル「はいっ」
つまり彼女は剣を自分の体の一部と呼べるほど操れるように、剣をよく知れと言いたかったのだと自分で勝手に解釈し、返事をした。
レジテーレ「…」
テネル「………。さっき寝てましたよね?」
レジテーレ「ね、寝ていたのではない…。精神統一と呼べ、我が弟子よ」
そんなこんなで剣術の稽古は、師匠曰く順調に進んでいるらしい。
確かに以前に比べ、剣を握ることへの恐怖や足りなかった筋力は補われてきている。
しかし、私のイメージする稽古からあまりにも逸脱した師匠の考えには精神的な疲れが絶えないのだった…。
ー
???「クソ!!!あの石ズラ女め!!!!」
剣の稽古を終え、屋敷に戻る道を歩いていると、私の頭のみならず石畳すらもカタカタ揺れるほどの大声をあげる男がいた。
男は感情に任せて錯乱したように剣を振っていた。
私としてはあまり関わりたくはない…。
バレないようにそぉっと後ろを歩きながら、人に歩み寄ることを忘れないという私のポリシーを跨いでゆくのだった。
???「ん?お前は…」
テネル「ヒッ…」
見ずともわかる、明らかに私の存在が男にバレている。
私はその場に硬直し、男もそれ以上何も言わずじっとしている。
私は意を決して全力で走り出す。
テネル「っ!」
???「あっ待て!!!」
〈男は剣を地面に突き刺し、強力な地響きを起こす〉
テネル「おわっ!?」
地響きによろけた私はそのまま地面に倒れ、男の接近を許してしまう。
男は血走った目を真っ直ぐに向けながら、こちらへ歩いてくる。
恐怖に腰が抜けて立てない私の目の前に立った男は息を荒げながら、私の前に鋭い刃を突きつけた。
???「はぁはぁはぁ…おい、お前」
テネル「い、いやぁぁ!」
???「これ、読めるか?」
テネル「…え?」
???「これだよ!この文字だ!!」
男が私に突きつけた剣先には下半分が引き裂かれた手紙?のようなものが突き刺さっていた。
文字が欠けているのを見るに、下にも文章が続いていたのだろう…一体なぜそんな雑な扱いをするのか…。
男は私の言葉を今か今かと待っている。
鋭く光る剣先を横目に書かれている文字を言われた通り読み上げる。
テネル「脳なしアホずら肉ダルマ…?」
???「………」
???「ヌオォォォォォ!!!!!!!!」
テネル「あああ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!」
???「すまない、少し取り乱してしまった」
テネル「い、いえいえそんな…」
どこが少しなんだよと言いたい気持ちなど、この大男の前では小枝のように弱く、口を開くほどの力はない。
私たちは頭を冷やすと言う名目で庭に広がる芝生の上でポツンと座っていた。
ギルジャー「まだ名乗っていなかったな、俺はギルジャー。アール騎士団の騎士の一人だ」
テネル「私はテネルです。メイド部掃除統括員をしてます」
ギルジャー「メイド?メイド…メイド……ンンンンンオノレェェ!!!」
テネル「ギャァァァ!!!」
ギルジャー「すまない…」
テネル「…(何回やるんだよ!)」
ギルジャー「実はこの紙切れはあの石ズラ女…そうルーラが俺にことあるごとに渡してくるものなんだ」
テネル「ルーラ様が!?」
意外…それ以外の言葉が見つからなかった。
ルーラ様があんなに品のない言葉を紙に書き連ねるとは普段の姿からは想像ができない。
ギルジャー「あの女は俺が字を読めないのをいいことに、好き勝手なことを書いては俺に渡して、楽しんでいるのだ」
テネル「ルーラ様がそんなことをするなんて…想像できません」
ギルジャー「あいつの手玉に取られるのは癪だが、書かれた文字を理解できぬのはもっと腹が立つ!!だから俺はその度に騎士団の者に代読を頼んでいたのだ。しかし…」
テネル「しかし…?」
ギルジャー「なぜか最近はどいつも文字の代読を渋ってくるのだ。騎士団の中でも女の方が読み書きができる者が多い。だからいつも通り紙を渡したのだが、目を泳がせる者や顔を赤らめる者ばかりになってしまった。俺だって騎士の端くれだ、女の口から出すにはよほど品のない言葉ばかりだったのだろう。だが、字の読める男に渡しても同じように表情を濁らせて「読み書きを学んで己の目でこの文字を読み、返事を書いてやるべきだ」などと言う始末だ!!」
テネル「は、はぁ…」
ギルジャー「もうあいつらは当てにならん!テネル頼む!俺のために手紙の代読を引き受けてくれないか?」
騎士たちの気持ちもわかる。
こんなふうに代読するたびに、ギルジャーは怒り狂っていたのだろう。
他人に迷惑をかけないためにも、何より彼自身のためにもここは自分で読めるようになるべきなのだが…。
テネル「えっと…」
読み書きを学べなどと軽はずみに言えば、この男はどう出るだろうか?
また暴れ狂ったりしないだろうか…?
私は恐る恐る口を開く。
テネル「えっと…私も自分で文字を読み書きできるようになるべきだと…お、思います…」
ギルジャー「…何?」
テネル「その!ルーラ様はきっとギルジャーさんが字を理解して、返事を送ってきたら驚くと思いますよ(?)」
ギルジャーはギロっと目を向けた後、考え込むように虚空を見上げ、やがて悪戯な笑みを浮かべ始める。
ギルジャー「フッ…ハハハハッ!なるほど、確かにそれは面白い。俺もあいつに日々の恨みをぶつけられるだけでなく薄気味悪いあの石ズラも粉々に砕けるというわけか。ガハハハ!!」
テネル(な、なんとか納得してくれ…た?)
高々と笑い声を一頻り上げたあと、男は立ち上がり、腰に手を当てて仁王立ちのまま動かなくなる。
テネル(え…何!?なんでビクともしなくなったの!?怖い怖い!!)
テネル「あ、あのぉ…私はそろそろ…」
バサッ!!!!
男が勢いよく頭を下げ、声を張り上げる。
ギルジャー「よろしくお願いします!!センセェ!!俺に読み書きを教えてくれ!!」
テネル「えぇっ!?は、はいぃ!!」
こうして私はギルジャーに文字の読み書きを教えることとなった、流れで、ほぼ強制的に…。
なんだか厄介なことに首を突っ込んだ気がするが、こうなっては仕方ない。
ギルジャー「よし!早速授業だ!!センセェ!!!」
テネル「はい…って、え!?」
ギルジャーは私を肩に担ぎ上げ、屋敷の方向へ全力で走り出す。
テネル「どうしてこうなるのーー!!!」
ー
ギルジャー「なるほどなるほど。く…そ…あ…ま、っと」
テネル「ぁぁぁ〜〜…」
私とギルジャーは屋敷にある図書館に来ていた。
図書館の清掃と本の整理で司書さんとも縁があり、快く本とスペースを貸してくれた、はいいものの……。
私は机に突っ伏してルーラ様になんて言い訳をしようかを考えていた。
しかし、ルーラ様もどうしてまたギルジャーにこんな悪戯をしているのだろうか。
メイド達やレジーには厳しくも優しいイメージで、そんな感じは一切しない。
ギルジャーには何か私たちと違う彼女との関わりがあるのだろうか?
ギルジャー「ハハッ、あいつの驚く顔が見て取れるぞ…」
テネル「あの、ギルジャーさん」
ギルジャー「ん?どうしたセンセェ」
テネル「どうしてルーラ様はギルジャーさんにその…いつも悪戯をするんですか?」
ギルジャーは私の質問に、そんなことかという顔で淡々と話し始める。
ギルジャー「ん?あぁ、それは俺とあいつが同郷の腐れ縁ってやつだからだろ。あいつは昔っから体が弱くてな」
テネル「そうなんですか!?なんていうか…」
ギルジャー「想像できないだろ?今じゃあの図太い石女だからな。懐かしいぜ、俺たちの住んでいた村は薬屋なんてあるはずないクソ田舎だったから、よく体の動く俺が薬草を取りに行ったもんだ」
テネル「すごくいい仲に聞こえるんですけど…」
ギルジャー「吐かせ!どれほどあの女が信頼できるメイド長と仰がれようが、俺は騙せねぇぜ。俺の取ってきた薬を苦いと愚痴を溢し、感謝の言葉など聞いたことすらない、体は弱いくせに悪戯となれば別腹にしやがる。あの女はクソだ!!」
ギルジャーの脳裏にかつての幼い頃のルーラの不適な笑みが浮かび上がる。
テネル「そ、そうなんですね…」
ギルジャー「まぁ、その後なんやかんやあって俺たちは団長に出会い、“なぜか”今も一緒に居るってだけだ」
話だけを聞けば確かに彼女は不義理な人に聞こえてしまう。
しかし、私だってルーラ様と一緒に過ごした時間は多少なりともある。
きっと、いつものように顔に出さないだけなのだと思う。
私に向けられたあの柔らかい笑顔はきっと本物だと、今の私には思えるから。
ー
ルーラ「テネル、今日はどこへ行っていたのですか?屋敷のどこを見てもあなたの姿が見えませんでしたが」
夕方、廊下でルーラ様とバッタリ出会い、ぐったりした私を不思議に思って質問をしてきた。
テネル「あぁ…えっと、今日はアール騎士団のギルジャーさんと一緒にいました」
ルーラ「ギルジャー…あのダルマ、屋敷のメイドに手を煩わせるとは、全くいいご身分ですね。それであのダルマにどんな厄介事を頼まれたのですか?」
テネル「読み書きを教えて欲しいと頼まれまして…それd」
ルーラ「…はい?」
テネル「?」
ルーラ「今、なんと…?」
彼女の顔に影が落ち、表情が掴めずに困惑する。
犬猿の仲の二人に余計な刺激を与えてしまったのかと思い、今更ながら後悔する。
しかし、過ぎてしまったことを取り消すことはできないし、彼女には通用しない。
テネル「えっと…ギルジャーさんは今までルーラ様から渡された手紙を騎士団の人たちに代読してもらっていたらしいんですが…」
ルーラ「…!?」
テネル「最近は騎士団の人が手紙を見て読むのを躊躇ってしまうらしくて…その、だからギルジャーさんが読み書きできれば手紙を読むだけでなく、返事も書けるのではないか…と」
ルーラ「…」
私は彼女が恐ろしくて目を背けながら話すしかなく、彼女の沈黙の理由が掴めない。
そのまま十秒ほど経過して、流石に様子がおかしいと感じ、勇気を出して顔を上げる。
テネル「……?」
ルーラ「……///(プルプルプル)」
テネル「!?」
顔を上げるとそこには、顔を名一杯赤面させ、体をプルプルと振るわせるルーラ様が居た。
その姿は今まで見てきた彼女からは想像もできないほど、それはまるで…まるで…
ルーラ「そっ、そうでしたか、大変ご苦労様でした。今日はとても疲れたでしょう、へ、部屋に帰って早く休みなさい」
テネル「は、はい(?)」
私は彼女の姿に驚きながらも言われた通り、自室に向かうため廊下を足早に歩く。
ルーラ「………っ///」
〜後日〜
ギルジャー「おい、石ズラ女!見ろ、お前に返事を書いてやったぞ?日頃の恨みだ!ハッハッハ!」
ルーラ「…ぇ」
ギルジャー「あ?なんだって?」
ルーラ「ダァマレェッ///!!」
バシィィィン!!!
ギルジャー「ぐっ、おのれ…ついに言葉では飽き足らず、手まで出してきたな!?覚えておけ!!」
ルーラ「うるさい!黙れ!!それから…あの手紙のことは忘れろ!!このダルマ!!」
ギルジャー「なッ!?」
それ以来、彼女から送られてくる手紙は罵詈雑言“のみ”となり、二人の罵倒文通は苛烈を極めるのだった。
ー
クロー「ではそのように」
部下A「はい、かしこまりました。クロー様」
ヴァニタス国政統括組織『パルス』議事堂内『賢者の間』
カラディの男「これはこれはクロー・パラミルド様ではないですか」
クロー「おや、お久しぶりですね。息災にお過ごしでしたか?」
本日の会議も終了し、賢者達の去った議事堂内で、他の賢者の執事に声をかけられる。
カラディの男「えぇ、お陰様で。今回も賢者様方の議論はとても有意義なものとなりましたね」
クロー「はい、マゼヤ様の立案された議案も陛下の意向を汲んだ実に堅実的なものであったと感じます」
カラディの男「はは、我が主人は十二賢者の中でも最も聡明なお方だ。あのお方にお仕えすることができて大変光栄に思いますよ。あぁそういえば…」
クロー「…(またか)」
カラディの男「あなたの主人も“一応”十二賢者の一人でしたねぇ。お名前は…れ、れれ…そうレジテーレ様でしたか。いやはやしかし、時の流れとは残酷なものだ。あなたがあの人に仕えてもう5年以上は経ちますか。あの人の元で仕えるのはさぞ心労が絶えないでしょう?」
クロー「何が言いたいのでしょうか」
カラディの男「5年前新たに就任する賢者の第一候補となっていたあなたが、突然“アール”のしかも“女性”の元で仕えるとおっしゃり、それは大変なショックを受けたものですよ。しかしこの5年間であなたという存在も大きく変わってしまった。我々は共にあの白金のように輝く時代を経験したというのに」
クロー「…!!、時は移ろうものです。人の心が動けば、世界もそれに合わせて動き続ける」
カラディの男「動いたのは人の心ではなく、陛下の気まぐれに満ちた盃を持つ手ですよ。私たちは白いシーツにできた小さなシミを引き伸ばして誤魔化しただけに過ぎません。ヴァニタスに住む一般民衆の眼は霞んで久しい。真の光を知るものはもはや我々貴族のみとなってしまった。そしてクロー様、あなたも既に光の在処を知らない」
クロー「我々が『光屈の技』を失ったのは傲慢と利己心の影を知った故だ。影を知らぬ盲目的な光界は所詮、虚栄でしかありません」
カラディの男「…影?フッ、はははっ!実におかしなことをおっしゃる。やはりあなたは変わられた。私の目に狂いは内容で安心しましたよ」
男は高々に笑い、クローに背を向けて去っていく。
クロー(変化………ですか)
ー
レジテーレ「おう、やっときたかクロー、待ちくたびれて、今一眠りにつこうと思っていたところだ」
そう言って大きな欠伸をはしたなく披露する。
この人は出会った時から全くブレない。
生まれながらの家柄と狡猾さがものを言うこの国の上層部で、実力だけで這い上がってきた。
種族、家柄でこの道を歩いてきた私が嫉妬するほどなのだから、彼女はそれほどの者だと言える。
それでも私が彼女についていくと決めたのは、単純な話。
ただただ彼女が「異質」だったからだ。
漠然とした持論に過ぎないが、彼女の見ている世界は我々とは少し違うものだと感じる。
それが良いものか悪いものかを判断するのは無意味な執着でしかない。
なぜなら、彼女の傍に居て感じるこの光は『真実』としか形容できないからだ。
クロー「はぁ…さぁ屋敷へ帰りましょう。そのような、はしたない姿を他の賢者様に見られては、何を言われるかわかりません」
レジテーレ「フッ…あの老骨たちのことか?柔らかな椅子の上で踏ん反り返り、従順な僕の歓声の中で、偽りに満ちた右論を述べるだけの者たちに、何を言われようがそれは単なる無意味な言葉の羅列にしかなり得ないさ」
レジテーレはロビーに置かれたソファからよっと立ち上がり、眩しいくらいに光を跳ね返してくる床をコツコツと踏み蹴りながら歩いていく。
ー
馬車の車輪がゆっくりと回転をやめ、屋敷の門の前に止まる。
メイドたちが馬車の扉を開けるのを今か今かと待ち侘びるレジテーレの姿は少し前では想像できなかっただろう。
彼女は馬車に乗るといつも窓の外の遠くを眺め、物思いに耽っている様子だった。
しかし近頃…
レジテーレ「さーて、私の弟子は一人でもしっかりと稽古しているだろうか。連中め、よりにもよって午前に会議を入れるとは」
クロー(いたって正常な日程構成だと思いますが…)
先ほどの議事堂内の廊下を歩く姿とは似ても似つかない、浮き足立った彼女。
あの奴隷がやってきてからというもの、彼女はよくこのような姿を見せるようになった。
クロー「レジテーレ様!」
レジテーレ「ん?どうした、クローよ」
クロー「レジテーレ様は、あの者のことをどうお考えになっているのですか」
レジテーレ「どうした?急にそんなことを聞いて」
クロー「質問にお答えください。あなた様にとってあの者は奴隷ではなく、一体何なのですか」
レジテーレ「…」
クローはテネルを見るたびに不思議な感覚を覚える。
奴隷という存在、いや概念の形がくっきりと浮かび上がり、頭の中で主張し続ける。
この感覚はやはり、似ている。
レジテーレはクローの目を見つめながら、彼の心にあるものを見抜くように捉え、語り始める。
レジテーレ「『真実』だ」
クロー「!!!」
レジテーレ「あいつは私だ。あいつは私のようになって欲しいし、私のようになって欲しくない。これは…本人には言わないがな。だからクロー、お前もあいつに力を貸してやってくれ、何も知らなかったあの頃の私にしてくれたようにな。頼りにしているぞ」
そう言って彼女は再び屋敷に向かって歩き始める。
クローはその場に立ち尽くし、左手で頭を押さえる。
クロー「…そうですか、これもまたあなたが私に見せてくれた世界の一部なのですね」
ー
テネル「ふぅ…今日の稽古も疲れた〜って、うわっ!?」
クロー「…」
稽古場のある庭から屋敷への入り口を入ると、すぐそこにクローが立っていた。
私に何か用でもあるのだろうか、恐る恐る聞いてみる。
テネル「あの…クローさん?」
クロー「…」
テネル(なんで何も言わないの!?)
彼は私の方を向くでもなく、スッと突っ立ったままだ。
とにかく、私の呼びかけに答えないということは、特に用があるわけではなさそうだ。
ここはすぐに立ち去ろう。
クロー「テネル」
テネル「!?」
クロー「ついて来なさい」
そういうと、一人で廊下をスタスタと歩き始めてしまう。
無視するわけにもいかないので、急いで彼の背中を追いかける。
道中、彼は特に何かを話すわけでもなく、私から何かを切り出すわけでもなかった。
…そういえば、初めて名前で呼ばれた気がする……。
ナーリャ「…あれ?おーいテネルー!」
クロー「?」
廊下の曲がり角の先から私を見つけたナーリャが声をかけてきた。
私とクローはその場に立ち止まる。
スタスタと笑顔で私の元へ近寄ってくるが、私の隣に居るクローを見た途端、威厳あるメイド長に見せる顔になった。
ナーリャ「く、クロー様!?し、失礼いたしました!!」
クロー「…いえ、構いません。あの、少しお聞きしたいのですが」
ナーリャ「はい!」
クロー「あなたはテネルのことをどんな存在だと認識していますか」
クローから突然投げかけられた問いに、ナーリャは困惑しながらも、一つ一つ言葉を紡ぐ。
ナーリャ「存在…認識……うーん。仕事仲間で…あでも今は私たちの上司で……でも一番は」
クロー「…」
ナーリャ「大好きな友達です!」
テネル「ナーリャ…」
クロー「!…そう、ですか」
クローは一瞬、目を見開き驚嘆する。
なぜならそれは、あり得ないことだと本能ではわかっているからだ。
奴隷である…奴隷でしかない赤髪の種族を前に「友人だ」などと…。
本能ではわかっている…わかっているはずなのに、目の前のアールの少女の目に映る光は偽りではない。
事実として今、目の前に広がる光景が世界を…何かを破壊する気がしたのだ。
エアム「あれれ〜?そこに居るのはテネるんじゃない?」
トルーシ「本当だテネっちみ〜っけ♡」
エアム・トルーシ「えいっ!」
テネル「うわっ!?」
ナーリャ「あ!!またあんたたち!!」
私に両方から抱きついてくる二人を見て、いつものようにナーリャが怒る。
ナーリャ「いっつもいっつもそうやって…」
トルーシ「じゃあ、ナーリャもやってみれば?」
ナーリャ・テネル「え!?」
エアム「そうそう、やってみればやっちゃう気持ちがわかるかもよ〜?」
ナーリャ「そ、そそそんな私は、そんなこと…」
ナーリャは赤面して目をぐるぐると回しながらどうすればいいか困っている。
悪戯好きな二人はナーリャの背中を押し、私とくっつけた。
ナーリャ「ふぇ?…や、柔らかくて…いい匂いで…な、なんだか落ち着く…」
エアム「でしょでしょ〜?」
トルーシ「うわぁ…ナーリャ、顔が蕩けちゃってる。テネルオーラ効き目抜群だね」
テネル「テネルオーラって何!?(っていうか、みんな後ろにクローがいるの忘れてない!?)」
クロー「…(私は何を見せられているのだ…)」
一頻りじゃれあったところで、メイドの3人と別れを告げ、また廊下を歩き出す。
ギルジャー「センセェー!!!!」
どこからともなく雄叫びが聞こえ、廊下の向こう側から地響きを立てながら大きな男が走ってきた。
クロー「ぎ、ギルジャー!?」
ギルジャー「ゼェゼェゼェ…っセンセェやっと見つけたぜ。最近あの石ズラ女が今までより更にムカつく言葉ばっかり手紙に書いて来やがるんだ!だから、また俺に授業してあいつに書く返事の手伝いをしてくれよ!!」
テネル「はい!もちろんです!ギルジャーさん、読み書きの練習、真面目に取り組んでくれて私も教え甲斐があるので、楽しみにしてますね(目的がちょっとアレだけど…)」
クロー「ちょ、ちょっと待ってください!」
ギルジャー「なんだ?クロー」
クロー「今、読み書きと言いましたか?あのギルジャーが?」
テネル「はい、ギルジャーさんも今では簡単な読み書きはバッチリなんですよ」
ギルジャー「何言ってんだ、センセェのおかげだろ!」
クロー「あ、あり得ない…」
ギルジャー「じゃあ、図書館行って汚ねぇ言葉の勉強してくるわ、またな!センセェ!!」
そう言ってまた地響きを起こしながら嵐のようにギルジャーが去っていった。
屋敷の人達「あっテネルちゃんじゃない!」
「おっテネルさん久しぶり〜」
「テネルくん少しいいかい?」
「また本の整理手伝ってくれる?」
「テネルさんが研いでくれた包丁いい感じだよ!」
「テネルちゃんの天気予報は絶対当たるからねぇ」
「テネル〜」
「テネルさ〜ん」
「テネルく〜ん」
クロー(…あなたの言いたかったことが、ようやくわかった気がします。レジテーレ様)
その後も廊下を歩いていると多くの屋敷の人から声をかけられては、立ち止まり、歩いては立ち止まるを繰り返しやっとのことでクローの目的の部屋へ辿り着いた。
部屋に入ると大きな窓から入る光に照らされた白いテーブルクロスの掛かった円卓と、その上にキラキラと煌めく食器が置かれていた。
テネル「あの…今日は何をするんですか?この部屋は…」
クロー「あなたの席はこちらです」
テネル「え?」
クローはテーブルの片側にある椅子を私に示し、反対側へ回った。
私はまだ彼の意図が掴めないのを気味悪がりながら、椅子の背もたれに手を掛け、座ろうとする。
クロー「待ちなさい」
クローが先ほどよりも声を張り、私は驚いて彼の方を向く。
クロー「このお茶会において、あなたはゲストです。ホストである私がこの場を仕切り、流れを作ります。そのため、ゲストがホストの案内もなく、勝手に椅子に座ってはいけません」
テネル「えっ…あ、すみません」
クロー「よろしい。どうぞ、お掛けください」
ホスト?ゲスト?クローは私にお茶会でのマナーを教えようとしているのだろうか。
しかし、なぜだ?
少なくとも私はお茶会に出席することはないし、私を招待する人もいないはず。
そもそも、この屋敷の使用人の一人でしかない私に、そんな貴族のマナーのようなものは必要ない。
彼にその真意を聞いてみたいが、立ったままというのも何だ、とりあえず「マナー」に則って案内されたように席に着こう。
クロー「違います」
テネル「…え?」
ふかふかとした座面の感触を感じる間もなく、クローが再び声を張る。
言われた通りにやったというのに、違うとはどういうことだろうか?
テネル「えっと…ちゃんと案内された後に座りましたけど…」
クロー「ゲストはホストに対し、常に敬意を示さなくてはなりません。例えホストに「椅子に座って良い」と言われたとしても、ゲストがホストよりも先に椅子に座ってはいけません」
テネル「な、なるほど…?」
お茶会におけるマナーを教える彼とその教えを受ける私。
彼が私に何をさせたいのか、このお茶会にどんな意味があるのかは今はわからないが、一つだけ確かなのは、私の目の前に居るのは奴隷を従える主人ではなく、生徒に教えを説く先生だということだ。
私がこの都市に来て初めて出会ったカラディ族の人。
この屋敷でも一番の年長者といっても過言ではないはずの彼。
彼はきっとこの国で様々な時代を経験しただろう。
私にはその時の長さも、その内に孕む多くの物語も知らないが、今こうしてテーブルに向かい合い座っている彼の顔を見ると、結局は他の人と何も変わらない。
砂を纏った嵐のような風は次第に解け、その目にあったものは、やはり風なのだが、温かく優しさに満ち満ちているのだ。
彼の優しさに初めて触れる感覚をこのふかふかの椅子と一緒に記憶に留めておこうと考えながら、彼の次の指導を待つ。
クロー「違います」
テネル「…え?」
その後も私と先生の授業は結局、ティーカップを手に掴むまで2時間と、みっちり続いたのだった。
クロー「今日はこのくらいにしておきましょうか…このまま続ければ一生お茶が飲めそうにない」
テネル「す、すみません」
クロー「初日はこんなものです」
テネル「クローさんはこんな風にマナー指導をよくされるんですか?」
クロー「…そうですね、あなたの他にいつまでも覚えの悪い生徒が一人いますよ。さぁ授業はここまでです、後は自由にお茶を楽しみなさい」
テネル「え、いいんですか?」
クロー「出されたお茶を無駄にしないこともマナーの一つです」
クローはティーカップに口をつけ、同様に注がれた紅茶を飲む彼女をみながら、少し懐かしさと衝撃を受けるのだった。
テネル・レジテーレ「…ん、花畑の風みたい」
クロー「…!」
あの時の彼女と同じだ。
紅茶から上る湯気を不思議そうに眺める表情も、純粋にいつまでも濁ることのないあの瞳も。
クローの頭の中にはかつて行った、生徒に対する初めての授業風景が呼び起こされるのだった。
ー
それからも目まぐるしく日々が過ぎ、テネルがレジテーレの屋敷に来て、もうすぐ一年が経とうとしていた。
現在、テネルは屋敷の副メイド長に就任していた。
レジーやルーラはテネルに様々な選択肢を与えてくれたが、この屋敷の中で自分を形作っていった仕事を手放す考えは彼女の頭にはなかった。
ナーリャ「そう言えば、テネルの誕生日っていつなの?」
テーブルに掛けられた純白の布に皺が寄らぬよう確認していると、ナーリャが唐突にそんなことを言ってきた。
私は皺を伸ばすように布をキュッと引き締めながら、横目で応える。
テネル「どうしたの?急に」
ナーリャは部屋の床に埃一つ残さないよう掃除をしながら、続ける。
ナーリャ「それは…その、みんなでお祝いぐらいしたいじゃん。テネルがこの屋敷に来てもう一年ぐらい経つしね」
テネル「私の誕生日…」
誕生日とは一般的にその人が生まれた日を指すが、拾い子である私は自分の正確な誕生日を知らない。
おばばは私に名前をつけた日を誕生日にして、父と母はよく一年に一度祝ってくれたものだ。
そんな懐かしい記憶を蘇らせながら、今日の日付けを思い出す。
テネル「あっ…」
ナーリャ「どうしたの?」
テネル「私の誕生日、もう過ぎちゃった」
ナーリャ「え!?」
ナーリャは箒を地面に倒し、驚きの声を上げて私に近寄る。
ナーリャ「どうして言ってくれなかったの!?」
テネル「誕生日なんて気にしなくなって忘れちゃってたし、それにあんまり自分から言うものでもなくない…?」
ナーリャ「そ、それはそうだけど。気にしないって…」
そんなもの何の腹の足しにもならない。
一年前の私にこの話を持ち出せばきっとこんな返しが来るだろう。
あの頃は生きることで精一杯だったから、今こうしてこんな会話ができるだけでも十分に幸せだと思える。
しかし、私のドライな態度にナーリャは少し、しゅんとしてしまった。
俯く彼女に申し訳ない気持ちを込めて話しかけようとするが。
ナーリャ「決めた!!」
テネル「うわぁ!?」
またしても突然、彼女は大きな声で何かの決定を宣言する。
ナーリャ「ちょっと遅れちゃったけど、テネルの誕生日会を開こう!!」
テネル「え…えぇ…」
ナーリャ「なんで嫌そうな顔するの!?」
テネル「い、いいよ私なんかのために、そんなことしなくたって!誕生日会なんて私にはもったいないよ…」
ナーリャ「…」
ナーリャはそのまま押し黙ってしまう。
しかし、誕生日会なんてたいそうなもの、本当に私にしてもらうにはもったいないし、何よりその気持ちだけで嬉しい。
テネル「私の誕生日を祝おうとしてくれてありがとね、でもその気持ちだけで十分だから」
ナーリャ「…うん」
私たちは会話に一区切り付け、黙々と仕事を進めていくのだった。
ー
レジテーレ「テネル、今日は調子がいい、午後も稽古を続けよう」
師匠との手合わせを終えた後、息を切らした私にそう彼女が言ってきた。
私は今にも地面に倒れ込みたい気分だが、木刀を支えに膝を叩き起こし、彼女に応える。
テネル「はい…私も…もう少し続けたいです」
初めは嫌々習っていた剣術も師匠の教え方が上手い、と素直には言わないが、今では日々上達していくのが楽しいと感じてきていた。
少しの休憩を挟み、再び剣を交える。
ただ無我夢中にそれを繰り返していると、いつの間にか日は大きく傾いていた。
レジテーレ「ふむ、テネル、大分上達してきたな。お前の実力なら、ウチの騎士団の団員くらいならすぐにへし折れるだろうよ」
テネル「ぶ、物騒なこと言わないでください…」
レジーは冗談混じりに笑みを溢し、肩の上に剣を担ぎ上げる。
剣先が上下に揺れるのを見るに、彼女も多少は息が上がってきているということだろうか。
レジテーレ「物騒も何もあるか、私はそうやって団長にまで上り詰めたのだからな。お前もルーラにその剣先を向けてみるか?」
テネル「じょ、冗談じゃありません!そんなことすれば全身の骨という骨をへし折られますよ!!第一、私はルーラ様の立場を狙ってなんていません!」
レジテーレ「ははっ、お前の一太刀を持ってしても、あの石頭は割れないか、ハッハッハッ!!」
ルーラ「ええ、私の“石頭”は軟弱なご主人様をねじ伏せるためにありますから」
テネル・レジテーレ「!?!?」
突如レジーの背後から冷徹な声が響く。
その凍てつく風は一瞬にして彼女の背中を駆け巡り、私の体まで届く。
背中が強張るせいか、それとも単純な恐怖か、レジーはそのまま動けずに、吹雪の餌食となった。
ルーラ「お二人とも、もう稽古は終わりましたか」
テネル・レジテーレ「…はい」
ルーラ「では、日の沈む前に屋敷に戻りましょうか」
テネル・レジテーレ「…はい」
ルーラはいつにも見せない彫像のような不動の笑みで私たちに命令する。
暗くなる外庭を後に、屋敷への道を私たちは歩き出した。
レジテーレ「…準備はもういいのか?」
ルーラ「しーっ…聞こえてしまいますよ」
私の背後を歩く二人が何やら会話をしているが、よく聞こえない。
疲れた足を棒のように振るい、やっとのことで屋敷の入り口に着く。
無駄に重たい扉を手で引きながら、ゆっくりと開けていき、いつものように大きくため息を吐きながら屋敷の中に入る。
一同「テネル、誕生日おめでとうー!!!!」
テネル「…へっ?」
扉の先の屋敷の中央広間に、屋敷の人たちが大勢集まっていた。
私は状況がうまく掴めず、素っ頓狂な声を上げ、その場に固まってしまう。
フリーズしたままの私を不思議に思ったのか、いつもの3人が笑顔で私の元に駆け寄り、花束を手渡す。
「コホン…」という咳払いが背後から聞こえ、私はそのまま後ろを振り返る。
ルーラ・レジテーレ「誕生日おめでとう」
テネル「…!」
そんなものは必要ないと思ったはずなのに…気持ちだけで嬉しいと言ったはずなのに…どうしてだろう。
こんなにも、こんなにも…
テネル「…ありがとう」
嬉しいと思ってしまうのだろうか。
ー
一同「乾杯〜〜!!!」
中央の広間には大きなテーブルがいくつも出され、たくさんの料理が並んでいた。
各々グラスを持ち、乾杯をする。
外の暗闇とは裏腹に屋敷の中には温かく賑やかな風が満ちていた。
ナーリャ「どう?テネル、あなたの誕生日を祝いたいって思う人はこんなにたくさんいるんだよ?」
エアム「はっぴーすぎるばーすでー」
トルーシ「とぅーすぎるゆー」
ナーリャ「もう「私なんかのため」だなんて言わないでよね」
テネル「!…私、みんなに助けてもらってばっかりだ…こんなに嬉しくて楽しい気持ちを思い出したのは、とっても久しぶり。本当にありがとう…!」
私は手に持つグラスを両手でぎゅっと包み込みながら、嬉しさを表情に宿らさる。
すると、どこからともなく屋敷の人たちが私たちの周りに集まってくる。
屋敷の人達「おい、聞いたか?みんなに助けてもらってるだってよ」
「それをテネルちゃんが言っちゃうと…」
「うん…俺たちの日頃が居た堪れなくなる…」
「いっつも助けてもらってるのは俺たちだもんな〜」
「おいおい!そんな顔するな、今日は日頃の感謝を伝える絶好の機会だろ?笑顔だけを向けてやれ」
「それもそうね」
テネル「ふふっ、皆さん、いつもありがとうございます」
一同「だからそれは俺「私」達のだって!!」
ギルジャー「やい、石ズラ女、野菜ばっか食ってねぇで肉も食った方がいいぜ?脂肪がついてお前の顔も頭も少しは丸くなるかもしれねぇからな!ダハハハッ!!」
ルーラ「生憎、むさ苦しいダルマが目の前にいて、食欲が弱っているものでして。あなたこそ、少しは野菜を食べて野生動物である自覚を取り戻しては?」
ギルジャー「な!なんだとこの!?」
ルーラ「ふふっ、すぐ頭に血が昇るのは、中身が少ないせいかしら?」
ギルジャー「くっ…フンッ!」
ギルジャーはルーラの皿に無理やり塊肉をドカッと置く。
ルーラ「なっ…何をする!」
ギルジャー「へへっ、お前は昔からそうだ。体が弱ぇから俺がこうして肉を食わしてやってんのにいっつも嫌味ばっか言いやがって」
ルーラ「む、昔の話はいいでしょう…今はしっかりお肉も食べていますし、あなたは昔から過保護なんです」
ギルジャー「同郷の腐れ縁だ、今更過保護だなんて他人行儀な言葉使わせねぇぞ」
ルーラ「!、まったく…あなたはいつもそうなんですから」
ルーラは雑に盛り付けられた肉をフォークで突きながら、俯いて黙ってしまう。
すぐに頭に血が昇るバカな男。
でも、今の彼女は彼に他人事としてその言葉は使えない。
彼女の体から昇った血は、容易く頬を赤色に染めてしまうから。
テネル「あっ、あそこにいますよ」
先程まで私の背後に居たはずのレジーがいなくなっていることに気づいた私たちは、広間の中を探し回っていた。
レジーは一番壁際に近い席で一人、酒を煽っていた。
屋敷の人達「レジテーレさん、こんなとこで何してるんです?」
「この会の立役者がなぁにコソコソしてるんですか」
レジテーレ「チッ…見つかっちまったか」
テネル「立役者?」
屋敷の人達「えぇ、ナーリャがテネルの誕生日が過ぎてる〜ってことを教えてくれたら、もうレジテーレさん大騒ぎで」
「「今すぐ屋敷の者を集めろー!!」だっけか」
「そうそう、それに…」
レジテーレ「おい!!貴様ら、それ以上口を開いてみろ」
屋敷の人達「はいはい」
「素直にお祝いすればいいのに」
レジーは恥ずかしくなったのか、彼らの言葉を遮り、グラスに入った酒をグッと飲み込んだ。
そんな彼女を不思議そうに見る私に気づくと、子供の言い訳のように言葉をポツポツと漏らし始める。
レジテーレ「た、たまには屋敷の人間が羽を伸ばす時間も必要だからな、お前の誕生日会もついでにやってしまった方がいいというだけだ」
その後も彼女は小さくグチグチと言葉を吐いている。
照れ隠しにもなっていないそれらの言葉が私にはどうしても温かく感じてしまう。
言葉にできないその気持ちを、私はこれから彼女に伝えていけるだろうか。
きっと伝えきれないこの暖かな気持ちを、私はこれからも胸に抱いて生きていくのだ。
テネル「レジーさん、ありがとう」
彼女の言葉を遮るように私は感謝を伝える。
レジーは、ハッとしたようにこちらを向き、そっと私の頭に手を置くのだった。
ー
その後も楽しい時間が続き、惜しまれながらも私の誕生日会は幕を閉じた。
片付けは私たちがやるとメイドのみんなは言ってくれたけど、この時間も私は思い出に残しておきたい、そう思いながら一緒に片付けを行なった。
それらが一段落ついた時、レジーが私にいつもの稽古場に来るよう言ってきた。
もう夜も更けてきたが、彼女の少し真剣な声色に私はすぐに返事をした。
テネル「お待たせしました」
レジテーレ「…」
テネル「レジーさん?」
月夜に照らされる庭草の上で腕を組んだまま動かない彼女の後ろ姿に声をかけたが、返事がない。
沈黙の中で夜風が私たちの周りを駆けていく。
レジテーレ「いい風だ、気持ちがいい」
テネル「はい」
彼女の言葉に私も同意見だ。
夜、人々が寝静まる頃に吹く風は、最も純粋な風と言える。
そこにはなんの情報も宿ってはいない、だからこそ風というものの本質を見失わずに済む。
小さい頃からこうして夜風に当たっていたものだ。
レジテーレ「テネル、私たちからお前に贈り物がある」
テネル「贈り物…ですか?」
レジーがこちらを向くと、組まれていた腕の間に箱を抱えているのが見えた。
梱包もリボンも付いていない、細やかな装飾の施された木箱がそれらを必要としないほどに美しく佇んでいた。
レジーはゆっくりと箱の向きを私に揃え、両手で手渡してくる。
私も妙な緊張から溜まった唾を飲み込み、両手でそれを受け取る。
繊細な木箱の見た目に反し、それはずっしりとして重く、少し驚いてしまう。
テネル「これはなんですか…?」
レジテーレ「騎士の仮面だ」
テネル「騎士の…仮面?」
レジテーレ「私の頭に付いているものも騎士の仮面だ。それはお前のために用意したものだ」
騎士の仮面、確かに彼女の額には四六時中、金属製の仮面が付けてある。
それは彼女にどんな意味を与えているのか、私にどんな意味を与えようとしているのか。
それを紐解くために私は彼女に問いかける。
テネル「開けてみてもいいですか?」
レジテーレ「ダメだ」
テネル「…えっ」
レジテーレ「お前はまだ、騎士と呼べるほどの力量、そして精神を持っていない。私が認めるまでその箱を開けることは許されない」
テネル「わ、わかりました」
贈り物の中身を確認できないとは、少し…いやかなり酷な話だが、表情と声色から彼女の譲れない騎士道精神のようなものを感じた私は、それを了承するのだった。
それを聞いたレジーはふっと顔の力を緩め、いつものように話し始める。
レジテーレ「それと、それを受け取ったからといって必ず騎士になれとは言わないからな」
テネル「えっ、私てっきり…」
レジテーレ「騎士になってもならなくてもいい。お前のその手と心に騎士が宿っているのなら、それでいい」
テネル「はい。それにしてもこの仮面結構重たくないですか!?レジーさんいっつもこんなの付けながら生活してるんですか!?」
レジテーレ「ん?ああ、そうだが」
テネル「疲れないんですか…そもそもどうしてその仮面を外そうとしないんですか?」
レジーは私の質問への返答に困ったように夜空に輝く星に目を移す。
仮面の縁をカリカリと掻きながら、一瞬そこに手をかけようとして………やめる。
テネル「も、もしかして頭にくっついちゃってるんじゃないですか…?」
レジテーレ「頭にくっつくか…ぷっ、そうか…ははっそうだな!その通りだな!あはははっ!!」
テネル「レジーさん?」
笑いを抑えられない彼女を不思議に思った私はそんなに面白かっただろうかと疑問符を浮かべる。
レジテーレ「私には、この仮面を外す資格がないんだ」
テネル「資格が…ない?」
レジテーレ「私はこの世の不条理を切り裂くために騎士になると決めた。私にとって仮面は偽りと虚勢を意味するものだったんだ。私の中にいる弱い私を封じ込め、硬い仮面でそれが崩れないようにしてきた。だがいつしか、騎士としての私が私自身に置き換わってしまった。それ自体なんの問題もない。しかし、偽りによって作られた私から仮面を外せば、そこには何も残らない。…だからな、テネル。お前には私のようになってほしくないんだ。お前自身でその手の中にある仮面に意味を見出してほしい」
テネル「レジーさん…」
レジテーレ「頼んだぞ?微風の騎士」
テネル「微風?騎士?な、なんですかそれ…」
レジテーレ「ん?今思い出したんだが、騎士には称号が必要だと思ってな!ほら、私にも滅邪騎士という称号があるだろ?だから、お前は微風の騎士だ!」
テネル「なんか…カッコ悪くないですか…?」
レジテーレ「そうか?私はプッ…可愛くて…グフッいい名だと思うが」
テネル「絶対思ってないじゃないですか!!それに貧弱で頼りない!!もっとかっこいい感じがいいです!」
レジテーレ「まぁまぁ落ち着け、私の可愛い微風の騎士っ…グフゥ、ハハハハッ!」
テネル「もおーー!!!」
静かな夜風の中に、二人の声が響く。
それはゆっくりと風に乗り、地面をシューっと駆け巡りながら、小さく消えていくのだった。
ー
カラディの男「陛下、ご報告致します。昨夜、賢者様お一人とその使用人たち数人が、亡くなられたと。調べたところ、やはり例の奇病によるものだということが明らかとなりました」
都市の中心に聳え立つ城の中、鏡で囲まれた部屋の中央に位置する豪勢な玉座に座る一人の男が、臣下からの報告に頬杖をつきながら、聞いていた。
男は白髪の髪を弄りながら、ゆっくりと口角を上げ、満足げに笑いながら、キラキラと鏡に反射する光を愛でるように眺めていた。
ハーレイ「…そうか、ご苦労」
へそチラの魅力って時間的・流動的視点も多分に孕んでいますよね。
だからこそ、それらをイラストに吹き込む方々は素晴らしいと感じます。
ただへそを出しているだけではなく、そこにシチュエーションをつけたり、動きを表現したりすることでより深みが増していくのだなと常々実感しております。
あの体操服の襟を掴んでパタパタしてる時に見えちゃってるやつが好きです、どうも。




