【11】 ザイドリッツ・ヴァルデンとの出会い
アーチーの船は、ウルク王朝の港町ドゥブロヴニクへ入港しようとしていた。
港に所属する小舟が近づき、アーチーの船に停泊場所を指示した。
西と東を結ぶ唯一の大きな港で、無数の船舶が停泊し、港も街も活気にあふれているのが遠目からでもわかった。
ゼインとアリステアは、ナホトカ以外の街に降り立つことに緊張しながらも、荷の積み下ろしを手伝っていた。
その間も、船員たちから声をかけられた。
「機会があれば、この船で一緒に航海しよう」
「元気でやれよ」
船員たちは、口々に二人との別れを惜しんだ。
皆から声をかけられたアリステアは、丁寧に返した。
「お世話になりました。ありがとうございます」
しかし、ゼインはふてぶてしい態度のまま、
「今度は俺がみんなを雇ってやる」
「次に会うときは偉くなっているからな」
と言って、皆を笑わせていた。
アーチーは、そんなふてぶてしい態度と口の悪いゼインを見ていた。
お前はどこでも人気者だ。
きっとザイドリッツも、お前のことを好きになるだろう。
ゼインたちを乗せていた期間は短かったが、二人がいる間、船中は常に活気に満ちていた。
アーチーは大きな声で二人を呼んだ。
「ゼイン、アリステア、行くぞ!」
呼ばれたゼインはアリステアに目を向け、一緒に船を降りようとした。
しかし、その途中で再び甲板を振り返り、作業している船員たちに声をかけた。
「みんな、ありがとう!」
ゼインに手を振られた船員たちは、作業の手を止めて大きく手を振り返した。
ゼインとアリステアは何度も船を振り返りながら、アーチーの後についてウルク王朝の地に初めて足を下ろした。
そして、ドゥブロヴニクの街並みを進んでいった。
アーチーが言った。
「ゼイン、この街について知っているか?」
「ああ、知っている。今からアーチーが教えてくれるからな」
ゼインは、いつものふてぶてしい表情を少しだけ崩し、いたずら好きの少年のような顔でアーチーをからかった。
アーチーは呆れながらも「その通りだ」と答え、ウルク王朝の港町ドゥブロヴニクについて説明を始めた。
「この街は、草原が終わり、海が始まる街と言われている。
この付近で良港と呼べるのは、ここドゥブロヴニクだけだ。
この街を治めているのはウルク王朝だ。
ウルク王朝は領地のほとんどが草原で、それほど大きな国ではない。
主要な産業は塩の輸出で、取引相手はティモール王朝、サイサリス公国、アンドラ公国といった内陸の国々だ。
良港を持つ利を生かし、輸入した商品を各国に再び輸出している。
こうして街中を見れば、賑わいの理由もわかるだろう」
街中を歩く人々は、さまざまな服装をしていた。
店頭に並ぶ商品も豊富で、金さえあればこの街で楽しく暮らせそうだと、ゼインは思った。
三人は賑やかな通りを抜け、街のはずれまで歩いた。
小高い丘の上に建つ、少し大きな家の門を叩く。
出てきたのは、ゼインよりも少し背の高い男だった。
アーチーが「爺さん」と言っていたので、ゼインは髪の白い、腰の曲がった老人を想像していた。
だが、現れた男は筋肉隆々とした体躯をしており、アーチーとそれほど年齢が変わらないように見えた。
男の名はザイドリッツ・ヴァルデン。大陸統一歴二百五十五年生まれの五十七歳だった。
右の眉から頬にかけて、大きな傷跡が残っていた。
「おお、アーチー・ドレイクじゃねぇか。
一年ぶりか、よく来たな。
後ろの少年二人も、お前の船の船員か?
まあ、いい。入れ」
男は大きな声でそう言い、三人を歓迎した。
三人が家に入ると、アーチーが声をかけた。
「ザイドリッツ・ヴァルデン、久しぶりだな。元気にしていたか」
「おお、六十歳手前だが、飯もたくさん食べられるし、まだこの世にいられそうだ」
「まだこの家に住んでいるということは、ウルク王朝から仕官の誘いは断ったのか」
「ウルク王朝からは何度か誘いを受けたが、やはり俺はガラリヤ王国を滅ぼした亡国の臣だからな。
今さら他国に仕える気にはならんよ。
お前と一緒に、たまに海賊退治や草原の盗賊討伐をしているほうが気楽でいい」
「そうか。たしかにガラリヤ王国は滅んだ。
だが、それはあんたの責任ではないと何度も言っている。
それでも、自分の責任だと思っているのか?」
「まあ、俺一人の責任ではないことはわかっている。
だからといって、ウルク王朝に仕える気にはなれんな」
「それにしても、あんたほどの人物がどこの国にも仕官していないのは、勿体ない気もするぜ。
なんせ、あのドライゼン帝国にまで、ガラリヤ王国の滅亡を十年遅らせた男として知られているくらいだからな」
「もう昔の話だ」
「しかし、あんたがウルク王朝に仕えていなくてよかったぜ。
紹介が遅れたが、俺がナホトカから連れてきた、ゼイン・アグリウスとアリステア・ヴァレリウスだ。
十六歳と十五歳だ。二人の年齢が羨ましいだろう」
「なに、俺にもそういう時代があったのだ。今さら羨ましがる必要もないさ。
だが、妻のブレンダが見たら喜ぶだろう。
街まで買い物に行っているから、もうしばらくすれば帰ってくるはずだ。
帰ってくるまで馬乳酒を少し飲むか。馬乳酒は久しく飲んでないだろう」
「ああ、もらうよ。この二人にも同じものを用意してやってくれ」
ゼインとアリステアは、生まれて初めて馬乳酒を飲んだ。
酸味のある独特の味に、二人ともなんとも言えない顔をした。
「初めての味だな」
ゼインがそう言うと、二人の大人は顔を見合わせて笑った。
「子どもには早かったか」
「ザイドリッツ、久しぶりに会ったばかりですまんが、この二人の少年を預かってもらうことはできるか」
「何か訳があるのか」
「こいつらが悪いわけではないが、この二人はナホトカにいられなくなって、俺の船に乗せたんだ。
なかなか見どころがある。あんたのところで鍛えてもらえたらと思って連れてきた」
「なるほど」
ザイドリッツは、目の前にいる二人の少年を改めて見つめた。
しばらく考え込んだあと、口を開いた。
「二人には悪いが、俺はそういうことはやっていない。ほかを当たるんだ。
アーチー、お前も俺がそういったことをしない人間だと知っているはずだ。
なぜ俺に話を持ってきた」
「俺の知る限り、あんたが最高の将軍だからだよ。
これまでの貸しを、この二人の面倒を見ることで返してくれないか」
ザイドリッツは、アーチーがそこまで二人の少年を買っているとは思っていなかった。
なぜアーチーがここまで二人に肩入れするのかは分からない。
「アーチー、本気で言っているのだな。
これまでの貸しをすべてなしにしてでも、この二人を預かってほしいということか」
「ああ、間違いない」
「わかった。俺とお前の仲だ。お前がそこまで言うなら、そうしよう」
その時、ザイドリッツの妻ブレンダが帰ってきた。
「アーチー、久しぶりじゃないか。一年ぶりだね」
「ブレンダ、久しぶりだ。一年ぶりだが、まだ若くて美しいな」
「アーチー、あたしももう四十代だよ」
「それなら、四十代とは思えんほど美しいな」
「ありがとよ。それで、そちらの少年二人はアーチーの隠し子かい」
「確かに俺の隠し子だと言われても、年齢的にはおかしくないが、残念ながら赤の他人だ。
いろいろあってナホトカから連れてきて、ザイドリッツに預かってもらえないかとお願いしていたところだ」
二人の少年を見たあと、ブレンダはザイドリッツを振り返った。
「それで、あんたはどうするつもりなんだい」
「アーチーがそこまで言うんだ。
断れんだろう」
「そうだね。わざわざここまで連れてくるくらいだ。
事情があるんだろうね。
この年齢から子育てができるっていうなら、あたしは歓迎するよ。
二人とも、なかなかの男前だからね」
嬉しそうに話すブレンダを見て、ザイドリッツは尋ねた。
「お前は、この二人を預かるのがうれしいのか」
「年寄りの爺さんと二人きりで、これからもずっと暮らすより、若い子がいたほうが毎日が楽しいだろう。
あんたも日々やることができて、張りが出るさ。
若い子がいるだけで、家は明るくなるよ。
それに、縁があってこの家に来たんだろう。
喜びこそすれ、嫌がるなんて考えもしないよ」
ブレンダの言葉を聞いて、ザイドリッツはうなずいた。
「お前がそう言うなら、そうだな。新しい家族が増えたことを喜ぼう」
ゼインは、大人たちが話し合う様子をじっと見ていた。
自分たちが口を挟む話ではないと分かっていた。
それでも、大人たちが自分たちのことを真剣に語り合う姿を、どこか不思議な気持ちで見つめていた。
大人たちの話を聞いているうちに、アーチーとザイドリッツが五年ほど前に知り合い、共に海賊退治に出たこと、そのとき意気投合したことも分かった。
そして何より、アーチーが自分たちのために力を貸してくれていることも、十分に理解できた。
そのうえで、ゼインは思った。
強くなれるのであれば、場所などどこでもいい。
どんなことでもやってみせる。
アーチーの船で大柄な男に一瞬で倒されたとき、自分の慢心と未熟さを痛感した。
力がないという事実を、嫌というほど思い知らされたのだ。
自分には何もない。
何者でもない。
だからこそ、強い力を手に入れたい。
ゼインは心の底からそう願っていた。
ゼイン戦記【外伝】ナホトカのゼイン・アグリウスを、最後までお読みいただきありがとうございました。
十六歳のゼインとアリステアは、生まれ育ったナホトカを離れ、新たな世界へと足を踏み出しました。
ザイドリッツ・ヴァルデンとの出会いを経て、二人がどのように成長していくのか。
そのすべてがすぐに描かれるわけではありませんが、彼らの歩んだ道は、やがて本編の物語へとつながっていきます。
本編では、少し成長したゼインたちが、さらに大きな世界へと足を踏み出していきます。
引き続き『ゼイン戦記』をお楽しみいただければ嬉しく思います。




