第17話:戦い終えて
そんな折、カインたちがアランのもとに駆けつけてきた。
「兄上!! 今、飛び去って行った生物はもしや……」
「カイン無事だったかい? それはよかった。で、あぁ、うん…… あれは……」
「お姉ちゃん今のって……」
「ミア。無事でよかったわ。えぇ、そうね…… あれはミアの想像通りで間違いないわ」
息も絶え絶えになりながら、行軍してきたカインたちは、呼吸を整える暇もないままに、たった今立ち去ったものについてアランたちに問いただしていた。
「そうだね。想像通り竜だよ」
アランはカインに少し歯切れが悪そうに切り返す。
カインは一呼吸おき、落ち着いて切り出した。
「やはりそうでしたか。私はこれほど間近で竜を見たことは初めてですが、果たしてなぜあの竜は立ち去っていったのですか?」
そこでアランはカインやミア、騎士団たち駆けつけてきた皆を集め、今起こった出来事を簡単にかいつまんで伝えた。
アランからの報告にカインたち一行は不安や驚きを隠せず、普段は豪気なドーンですら言葉を失っていた。
「信じられない……」
「黒竜王が……」
「まさか復活しようとしているとは……」
それぞれ口々に、思い思いの言葉を発していく。
ミアも驚きは隠せないようではあったものの、黒竜王に襲われながらも無事であった姉たちのことを喜んでいた。
しかし、これからのことを考えると、やはり一様に皆言葉少なになってしまい、自然と沈黙のときが流れていく。
戦いを終えた草原は、普段の穏やかな様子を取り戻したようで、暖かな日差しにそよ風がまっている。
そんな心地いい空気のなか、アカネたち集団のまわりだけはまるで違う、どんよりとした空気が流れているようであった。
やがて、重苦しい雰囲気のなか、その空気を振り払うようにアカネが口を開いた。
その声はとても明るく今の空気に似合わないはつらつさが感じられる。
「さぁ、みんな、顔をあげて帰りましょう。半ばわかっていたことなんだし、あらためて対策を考えればいいわ。なぁに、幸いまだ完全復活までには時間あるようだから。本人もまたしばらく力を蓄えるって言ってからこちらから仕掛けてあげましょう!!」
静寂を切り裂くアカネの声はひと際響いている。
一様にうなだれていたものたちに道を指し示すかのような一声のようだった。
一同は互いに顔を見合わせながら、その明るいアカネに惹きつけられるように顔をあげていく。
アランも両手で自分の顔を軽くはたき
「そうだね。アカネちゃんの言う通りだよ。みんな、まだ時間はあるんだから。こんなところで、うなだれているだけではいけない。僕たちはマグダット騎士団なんだ。それに、その騎士団の団長がしょげているようではまさに名折れだね」
「そうね。少し癪だけどそこの小娘の言う通りよ。こちらから仕掛けて、ぶちのめしてさしあげましょう」
マリカも同調する。
「私も大賢者様には劣るかもしれないけど、それでもその血を受け継ぐものよ。やってやれないことはないはずだわ」
「そうだね、お姉ちゃん。私も頑張るよ」
「そうだな。これは予想されていたことのようだし……」
「あぁ、ここで、食い止めなきゃ、もっと被害が大きくなるだろう」
「我々でもできることを!!」
みんなの言葉に、次第に騎士団たちも生気を取り戻していく。
「でもアカネちゃんだけはもう少し気合いを落としてもいいんじゃないかな」
アランはいたずらっ子のようにアカネに視線を送る。
そんなアランを見たカインは不思議そうに尋ねた。
「アカネ殿が何かされたのですか?」
「ん? さっきの説明のときには省いたけど、じつはアカネちゃん、あの黒竜王に喧嘩を売ったんだよね」
その言葉を聞いたカインは信じられないといった様子であっけにとられている。
あとから駆け付けたカインたち一行もみな、開いた口がふさがらない様子だった。
「え? 兄上。今なんと?」
「いや、だからアカネちゃんは黒竜王に喧嘩を売ったんだよ」
カインたちはいまだにあぜんとしている。
「ほ、本当なのですか?」
「あぁ。幸いミサちゃんのおかげでなんとかなったけど。とんでもない度胸だよね」
「度胸とかそういうレベルではないわ。ただの無謀なバカなのよ」
相変わらずマリカは厳しい口調だ。
「喧嘩を売るとはいったいどうやって??」
「言葉通り、かかってこいよって感じだったよ」
カインは本当なのだろうかと、アカネを見ると、アカネは苦笑いをしながら、申し訳ないという感じで視線をそらしてしまった。
「実際に黒竜王と戦いのやりとりをして、こうして無事でいるなんて信じられないよ」
アカネはますます、居づらそうに顔を背けている。
カインは黒竜王に啖呵をきって生存しているということも驚きだったが、それよりも黒竜王を前にしてもなお物怖じしていなかったであろうことを想像するとそれもまた驚きであった。
「この話を聞いたら、またルーベンさんが頭を抱えてしまうでしょうね」
ミアは城に残したルーベンの姿が思い浮かべながらくすりと笑う。
「ミアちゃんその辺はどうかご内密に」
「内密にできるようなことじゃないわよ」
「うぐっ」
「きっとまた、こっぴどく言われるでしょうね」
アカネとミサのやり取りに周囲は笑みを浮かべ、すっかり和やかさを取り戻していた。
その光景を眺めていたアルバンは一時はお通夜のような雰囲気であった一同を、反転させてしまったアカネを見つめながら
「あの、アカネという娘は本当に国王様が言う通り我々を救う存在になるかもしれないな……」
ぽつりとつぶやいていた。
「さて、そろそろ城に帰ろうか」
アランの声掛けに一同はすっかり気持ちを切り替え、帰り支度に取り掛かる。
そこは先刻、黒竜王とやり合っていたとはにわかに思い難いいつもの草原であった。
騎士団たちはそれぞれ整然と整列し、アランを先頭にみな城への帰路へとついていく。
マリカはアカネを押しのけるかのようにアランの横をキープしアカネに見せつけていたが、アカネは特に気にしてはおらず、それよりもこれからのルーベンの小言の方が気にかかっていたようだった。
城への道すがらアランはカインたちの前に現れた魔物のことなど、お互いに情報を交換していた。
「カインたちのところにもかなりやっかいな魔物たちが現れていたんだね」
「えぇ。ミア様のお力がなければどうにもならなかったでしょう」
「いえいえ。私だけでなく、お父様や、もちろんカインさんたちの力もなければ勝てませんでしたよ。私たちみんなでつかんだ勝利です」
「そうね。私も父さんのフォローがなかったら危なかったわ」
ミサたちはそれぞれ父のことを称えている。
「そうです。アルバン様の慧眼には驚かされるばかりで」
「おや、リロイでもそんな思いになることがあるのかい?」
「えぇ。私など、まだまだだということを痛感いたしました」
称賛を浴びるアルバンは、まいったなぁというような表情で
「おやおや、みんな揃ってあまり私を持ち上げないでくれたまえ。私は大したことはしていないよ。それこそ、きっかけを与えるくらいで、実際に戦っていたみんなのほうが活躍しているに決まっているさ」
と、こともなげに、切り返していた。
「しかし、黒竜王は魔物を操ったり統率できたりすることが可能だというと、かなり手ごわくなるね。それこそ、竜を従えでもされたら」
アランの発言に、アルバンがすっと切り込んでいった。
「そうだね。竜の群れというだけでも脅威なのに、それらが統率されているとしたら一筋縄ではいかないだろう。けれども…… ここからひとつ、私の推論を述べさせてもらってもいいかな。黒竜王は魔物を従わせるのにおそらく魔力を使っているだろう。今回、多数の魔物と竜を操っていたが、他の魔物と違い竜は地竜一匹のみで現れていた。そして、地竜は完全に思うがままに操っていたのに対し、その他の魔物は数こそたくさんいたものの、そのじつ、それらの魔物たちの行動はひどく単純なものだった。もっと有効な攻撃はあっただろうに。カインくんたちの前にあらわれたいたずら猿にいたっては逃げ出しているしね。これらを見るに地竜以外は完全に統率しきれていなかったことがうかがえる。また指示も戦えとかいうごく簡単なものだったのだろう。戦い終わりには力を使いすぎたという旨の発言も残している」
一同は黙って話を聞きながら、アルバンは、推論を続けていく。
「以上のことから考えをまとめるに、黒竜王は従える魔物の強さや数、命令に比例して使用する魔力量が増えていくため、自らの手足となるほどに操れる魔物に関しては限りがあるのではないかな。それこそ、魔物たちの大集団であっても、今日のような単純攻撃だけであれば対処はしやすいし、それが竜だとしても、突破口は見つけられるかもしれない」
「ただ、特段操られていないとしても、竜の集団ともなったら、対処が厳しいのは間違いない。むしろ操られていないほうが難しいかもしれないね。一斉に単調な攻撃を繰り出されるよりも、それぞれに攻撃される方が…… 今のところは、黒竜王が抑え込まれていることもあり、竜たちは目立った活動はしていないようだけど、近隣諸国では竜による被害も漏れ伝わってきている。きっと、今後は黒竜王が力を蓄えるにつれてさきの発言のように、竜の活動も活発になっていくのかもしれない。なんとかそうなる前に先手を打って対処していきたいね」
アルバンの話を聞き終えると、みな、うなずきながら難しい顔をして何か考えこんでいる様子だ。
やがて、一行は草原を越え城下街へと入っていく。
商店で買い物をする女性、街道で遊びに興じる子供たち……
人々はいつも通りの日常を送っているようで、ごく間近で黒竜王が出現していたとは誰も思いもよらないであろう。
そんなありふれた光景を目にしたアカネはふとアカネイト王国を思い出していた。
街並みこそ違うものの、ここでの人の営みは自分がいた国となんら変わりない風景である。
(私はこれまであまり考えたことがなかったけど、平和って当たり前のことじゃないのね。こうやって数多の歴史や日々の戦いの上に成り立っているんだわ……)
アカネたちの国は、小さないざこざはあれども泰平の世を送っており、それこそ黒竜王が討伐されているという歴史の上に成り立っているのだと思うと、あの肖像画を思い出し不思議な気持ちになっていく。
そして
「このありふれた日々を、決して失わせちゃだめよね」
アカネは誰に向かって言うでもなく、一人小さく思いを告げ、決意を新たにしていた。
「そうだね。僕もそう思うよ」
アカネの小さな声が聞こえてきたアランもまた、アカネに聞かせるでもなく、小さくつぶやいていた。




