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恋を知らない素導師様は  〜君という難問に抗えない〜  作者: 井ノ上 杏
第一章 出会いと保護

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第5話 レイフォード・カエリム

(それは、私のほうが聞きたいです)

そう思ったけど、口には出さなかった。顔には出ていたかもしれないけれど。


 後で本人に教えてもらったのだが、彼の名前はレイフォード。家名はカエリムという。素導師(そどうし)という、聖職者と学者の性質を半分ずつ持ったような仕事をしている。この屋敷は彼の物で、敷地内にある聖堂を含めて素導館(そどうかん)と呼ばれている。


 彼によると、十二種類の源素(げんそ)と呼ばれる、人にのみ宿る生命の灯火のようなものがあって、人間以外の動物、死者、無機物には存在しない。源素はこの世界を構成している象徴と結びついていて、万物の根本と考えられているらしい。


 暦の名前にもなっていて、一月とか二月という言い方ではなく、光の月とか霜の月と呼ぶ。時間も独特の言い方をするらしく、色々教えてもらったが一度に覚えきれなかった。


 そして、重要なことが一つ。

――『人は必ず、いずれかの源素に属する』


 ちなみに、彼は光に属しているらしい。夜空に輝く月のような容姿を見ると、なんとなく納得した。夜という意味では、闇もしっくりくるような気がしたが、『必ずしも見た目や雰囲気だけで、その人の属する源素が決まるわけではない』そうだ。

また、彼ら素導師は人の源素を判別することができて、それを『素視(そし)』もしくは、単に『()る』と表現するのだと教わった。彼が何度も私に試した儀式が、まさにそれだったのだ。


 問題は、私だ。

――彼には私の源素が()えなかった。


「そういうこともあるんですか?」と聞くと、彼は「ない」と断言した。「少なくとも、これまでにそういった報告はないし、私自身、経験したことがない」、と。

(よく分からないけど、世界初ってこと?)


 熱弁する彼を前に、どう反応すればよいのか分からなくて、私はただ「はあ」とか「そうなんですか」とか気の抜けた返事ばかり返していた。彼は、私に関する謎についても述べた。

何かの労働に従事していたように見えないが、かといって世話をされることにも慣れていないから支配者階級と思えない。常識に疎くて、まるで違う文化を持つ遠い国からやってきた人のようだが、言葉に外国訛りがない。なのに、文字が読めない。一方で、計算が早くて正確だ。文字を教えるとルールを理解して自分で予測し始めたことにも驚いた、と言われた。


 あんまりな言いように、「ずいぶんズバズバ言いますね」と思わず余計なことを言ってしまう。

「君もな」と答える彼は、ほんの少し面白がるような表情を浮かべていた。


 体調不良の嘘がバレてしまったので、自室に引きこもるのをやめ、彼と一緒に食事をとることにした。

いつの間にか、リリーと呼ばれるようになった。皆にならって「レイフォード様」と呼ぶと気色悪そうに私を見るので「レイフォードさん」と呼ぶことで落ち着いた。


 私の書く文字を見たレイフォードさんは、驚いて質問攻めにしてきた。象形文字なのか、モチーフなのか、なんでそんなにカクカクしているのか。あまりに熱心に質問されるのでついに夢にまで見るようになった。

そのことをげっそりした顔で伝えると、しぶしぶ文字に関する研究は止めてくれた。


 例の儀式は、その後も定期的に行われた。馬車の中で透明の塊を私の額に押し付けてきたのは、手に持てない赤ちゃんの場合、額に当てて視ることが多いからということだった。「不安定だったから、強く押し当ててしまった」と言い訳していたけど、あれはやめてほしかった。

(……私は赤ちゃんじゃないんだけど)


 さすがに、足や腹を出せとは言われなかったが、肌に付着した成分が干渉しているのではないかと、念入りに手を洗わされたり、持ち方を細かく指示されたり、彼による実験は続くのだった。


 ある時など、「本当に生きているのか」と突然、脈を確認された。

(毎日一緒にご飯を食べているのに? 生きているのかどうか、疑われたの?)

彼の発想の突拍子もなさと研究への熱意には、呆れを通り越して、ある種の感銘を受けるほどだった。


 逆に、彼を仰天させたことが一度だけあった。

いつものように、素視の最中のレイフォードさんの顔に見とれていたときのこと。

――鼻がスッとしてて綺麗だな、睫毛が長くて羨ましい。

彼が手を放して、ばっと飛び退いたので、私は思ったことをそのまま口に出していたことに気がついた。

「あ、ごめんなさい。変なことを言ってしまって」


 彼は驚いた様子で口元を手で覆っていたが、耳が真っ赤になっているのが見えてしまった。慌てている人を見ると、かえってこちらが冷静になるのは、なぜだろう。

「本当にすみません。素直に綺麗だなと思って、つい口に出てしまいました」

(これだけ綺麗だったら、褒められ慣れていてもおかしくないのに)


 いつも堂々とした彼の振る舞いから、てっきり自分の優れた容姿を当然のように受け入れているのだろうと思っていたので、彼の反応は予想外だった。これ以上照れくさい思いをさせるのは気の毒で、なるべく冷静に理由を伝えたけど、火に油を注いでしまったようだった。


 彼は赤面して、『年頃の異性の見た目を具体的に褒めるのは、かなり強い好意を抱いていると思われる可能性がある』という、この世界の常識を教えてくれた。

(すごく遠回しな言い方だけど、要は「あなたが好き」って言っているようなものなのか……)


「私で良かった、他の人に決して言わないように」と諭される。異性として好きなわけでなかったら、その人の雰囲気や内面を褒めるのが良いと教えてもらった。

「年齢差があれば褒めても大丈夫なんですか? 同性は?」

「年齢よりも、関係性と言い方による。母と子や姉妹のような非常に深い間柄であれば、誤解されることはないだろう」

「髪の色や瞳の色は、褒めないほうがいいですか?」

「相手との距離感による。誤解を招くかもしれないから、意図的に好意を伝えたいのでなければ、止めておくのが無難だ」


(藤色の目が綺麗ですね、と言わなくてよかった)

――とんでもない熱烈な愛の告白をするところだった。

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