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「返品されてたのよ」 「返品?」

「返品されてたのよ」

「返品?」

「そう。買い手がついたんだけど店にまた戻されたんだって」

「なにか問題でもあったの?」

「それがね、」

 彼女は新しいソファの端っこに足を組みながら座って、説明を始めた。その柔らかなピンクを背景にすると、彼女の華奢ながら強靭そうな体つきが際立って見えている。気のせいか彼女が備えた光輪からは誇らしさが若干(にじ)み出ているように見えた(もちろん僕にはそんな光の輪などは見えてはいない)。僕は暫くの間、部屋着をまとった彼女を少し離れたところの床に座って眺めていた。


「納品先のお家でしばらくは使われてたんだけど、ちょっとだけ元気が良すぎたみたいなのね」

「元気って、ソファが?」僕はもう驚かなくなっていた(このあいだ新調した脳内回路のせいだ、きっと)。

「そう。もう来たその日から何かが溢れてる感じで、とっても輝いて見えていたそうなんだけど、やっぱりね、」

 彼女は斜め上の方向を瞬間的に軽くきっと睨んで、また視線を戻した。

「部屋の中には他の家具も色々とあるじゃない」

「まあそうだね」

「それらとの兼ね合いが上手くいかなかったのかどうか知らないけど、」

「うん」

「色々と訴え出したらしいのよ」

「訴えるって…なにを?」

「ここには愛するものがない、って」

「ソファが?」

「そうよ、ソファがよ」

「ふうむ」僕はこれから走り切るであろう広大なトラックを見回す試合前のランナーのように、少しだけ気難しい顔を装ってみた。あくまで装っては見たものの、それは結局のところ、何かに対しての淡い期待へと変わったようだった。

「正確にはね、この愛に対応するものがない、ちょっと誰かどうにかしてよもう!ってな勢いで、相当に大荒れだったらしいの」

「えっと…あのさ、そのソファには専属の通訳でも付いてたのかな?」それとも汎用長椅子共和国における共通語を習得した、世にも稀な家具愛好家の住まいだったとか。

「ああ、ごめんごめん。これはちょっとね、話が少し飛んじゃったね」

「ああ、まあそれはそうだけど、一体なにが起きたのか、すごく気になるんだけど」

「えっと…話の前後は置いといてね、現象的には、物理的にも非物理的にもあらゆる訴えをその家の住人たちに届けちゃった、ということなのよ。ソファにしては稀なことに」

「それがどういう風な訴えだったのか、核心のところが聞きたいね。とっても」

「それは、要するにね」


 と彼女が言いかけた瞬間に、彼女の周囲を包むそのソファが微妙にじわっと滲んで瞬時に何かに感応したように見えた。もちろんソファは元の位置に、元の形状で存在している。アイザック・ニュートン氏の神聖なる魂に誓ってそれは断言できる。しかし僕に伝わって来るその質感と暖かさは、どうにも変えようがなかった。


「…嫌な感じではないのよ。と言うか、それはとっても良い気持ちなんだって」彼女は肯定的な意味でほとほと呆れちゃったわ、とでも言うような素振りで曖昧な笑みを浮かべながら続きを語り始めた。

「家の人が言うにはね、そのソファが居間にあるとその()()()()()とでも呼べるような不思議な体感覚を常に受けていたんだって」

 僕は黙って聞いていた。

「でも、いくらそういう良いものを発していても、受け取れる相手がいなかったら何にもならないじゃない」

「そりゃそうだ。宅配便だって届け先が存在しなければ仕事にならない」

「そう。そういうこと。だからこのピンクさんには〝せっかくこげな素晴らしきバイブスを出しとるのに誰も受け取ってくれんわ問題〟が発生してて、それですこぶるお悩みだったの」

「(はあぁ、ソファが悩む…とこりゃまあ何ともな未来に来ちまったようだ)」僕は目線を下方に固定したままそう思った。彼女は何も感じていない素振りで、膝を抱えて床に腰を下ろしたままの僕を少しだけ視界に入れた角度に位置しながら、さらに語りを続けた。

「もしもよ、部屋の中いっぱいにに甘くて温かい色のたまらなくほんわりとしたお菓子がふわふわ漂ってるのに、部屋にいるのが拙者ども茶道一本槍にてかれこれ七十五しちじゅうご年でござる、さすれば盆の上の和菓子しか分からぬに付きごめん候、みたいな人たちだったらどうなっちゃうと思う?」

「さあ、どうなるだろうね」

「ディザスターよ、ある種の」

「でぃざすたー?」

「Disaster. 災害よ、まさに」そういえば彼女はかなりの割合で海外帰国子女だったのを思い出した。でも今それはどうでもいい。

「ともかく、君の話から推測すると、充分にカオスな状態なのは簡単に想像できるよ」

「そう。その通りよ。本当にね、混沌に加えて()()()()()()()()()()ってのはあの事を言うのよ」彼女の目の奥には澄み切った炎が力強く宿っているように見えた。彼女はこう続けた。

「ここまで話してて分かったかもしれないけど、このピンキーの気持ちはね、私のものでもあるの」彼女はソファに軽く目を落として少しだけ哀しげにそう言った。

「ん」

「だからこんなにもだらだらと話し続けてるんだわ」

「そうなんだね」


 僕は窓の外に目をやった。立ち並んだビルや建物の間から夕暮れがほんのりと顔をのぞかせている。感傷的な気持ちが必要なのかもしれないと僕は思ったが、それはいま少しも求められてはいない様にも感じられた。

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