エピローグ
いつもの体育館横の古びたベンチ。
今日も今日とて一人でお弁当を携えてきた私は、先客の存在を見つけると、顔をほころばせて足早に駆ける。
「雅先輩! くるみちゃん先輩!」
「こんにちわ、サヤ」
「よっすよっす!」
ツインテールにブレザー姿の正統派美少女と、猫耳パーカーと縞々タイツにごついカメラを首から引っ提げたファンキーガールに、地味系セーラーの私が加わる。
雅先輩がくるみ先輩の方にちょっと詰めてくれたので、私は遠慮なく雅先輩の隣に空いた空間に座った。
「すみません、遅れました」
「仕方ないわ。一年生の教室って四階でしょう」
「うちらの方が微妙に近いからね~」
待たせてしまったことに申し訳なくなって謝れば、二人とも笑って許してくれた。
そしてふと、雅先輩の顔を見る。
「顔、麗さんのままなんですね」
「さすがに突然別人の顔で学校にくるのはね……両親と話し合って、学校にも話しはすることにしたけど、学生の間はこの顔で過ごすことにしたわ。特殊能力に詳しい学校にもお願いして、私と麗のことをどうやって社会的な落ち所を決めるべきかとか、これから色々と考えていくことだらけよ」
社会的な落ち所という言葉に、なんだか難しそうなことをしないといけないのかなって思ってしまった。でもよくよく考えれば、雅先輩と麗さんの生死がすっかり入れ替わっていたんだから、大事には違いない。
「大変そうですね」
「でも、私が私らしく生きられる……ようやく自然と呼吸ができるようになったみたいで、不安はないの」
花が咲くように朗らかに笑った雅先輩は、本人が言うように不安な様子も心の陰りも一欠片もなかった。
つられるようにして私も笑えば、雅先輩を挟んで反対隣にいるくるみ先輩がつんつんと雅先輩のブレザーの裾を引っ張る。
「それでそれで、雅ちゃんやい。この忙しいくるみちゃん先輩を捕まえて、今日は何事だね? モデルする?」
「モデルはまた、くるみ先輩の都合の良い時にいつでも。今日はこれを渡しに。……母からのお礼です」
そう言って雅先輩は膝に乗せていた紙袋から二つの箱を取り出した。
くるみ先輩に話しかけながら、私にも箱を渡してくれる雅先輩に、後に続いた言葉を聞いて私は慌てた。
「そんなっ、お礼なんて良いですよっ! 私が好きで勝手に首を突っ込んだんだし!」
「受け取って頂戴。本当ならこれだけじゃ足りないくらいの感謝の気持ちでいっぱいなのよ? 母さんだけじゃなくて、私も、父さんも」
受け取れません! と手をぶんぶん振る私に、雅先輩は言葉を重ねて私に手渡してくる。
重ね重ね言われてしまえば、さすがにその感謝の気持ちを否定し続けるのも気分がよろしくないので、恐縮しながらお礼を言って受け取ると、雅先輩も嬉しそうに微笑んだ。
雅先輩の本当の顔も美人だと思うけど、麗さんの顔も負けず劣らずの美少女だ。そんな美少女のてらいのない笑顔は、不覚にも同性の私ですら胸にきゅんっとくるものがあった。
私が雅先輩相手に胸をときめかせていると、不意に自由を謳歌しているくるみ先輩から声が上がる。
「うっわすっごい!! これどこで買ったの!? めっちゃ可愛い~~~!」
「それ非売品です。母の手作りなんですよ」
「マジで!?」
「昨日あれから落ち着かなかったみたいで。夜通し作ってたみたいです。おかげで家中、朝から甘い匂いが充満してました」
苦笑する雅先輩はちょっとあきれ気味だ。
くるみ先輩がそんな驚くほどの箱の中身に私も興味を引かれて箱を空けてみる。
「えっ!? うわ、すご……っ!」
箱の中身はとってもファンシーな焼き菓子が詰まっていた。私と、雅先輩と、くるみ先輩の、制服を模したアイシングクッキーが並べられ、その周りには絞りだしクッキーやスノーボールクッキーが敷き詰められてる。
これを一晩中焼いていたという雅先輩のお母さんに、心の底から驚いた。
「こ、こんなすごいものもらっても良いんですか!?」
「むしろもらって頂戴。母さんが量産しすぎて、私と父さんだけじゃ食べきれないから」
私が遠慮しないで受け取れるための方便か、それとも真実なのかは分からないけれど、そうまで言われては私も受け取らないわけにはいかない。
ありがたく、クッキーを受け取ることにした。
「こんな素敵なもの、私からもお礼返ししなくちゃですね」
「何を言っているの。私の方が貴女に借りがある上に、これだけで返せるようなものではないのよ」
ちょっと眦をつり上げて怒ったように言う雅先輩に、私は肩をすくめる。
「いえ、本当に、余計なお節介にならなかっただけで、私こそ変に首を突っ込んじゃって……」
「何回も言わせないでくれるかしら? 貴女のおかげよ、サヤ。貴女が私を、私達家族を救ってくれた。このまま停滞するしかなかった私を最初に見つけてくれたのは間違いなく、貴女よ。――貴女の特殊能力は、とても素敵だわ」
雅先輩が私の手を取って、私の目を見て、まっすぐに言葉をかけてくれる。
その上、私が今までもてあましていた特殊能力を、とても素敵なものだとまで言ってくれて。
私は不意打ちだったその言葉に、一瞬だけ呼吸も忘れた。
「サヤ? どうしたの? 私何か余計なことでも……」
不安そうになる雅先輩に私は慌てて首を振る。
感謝したいのは私の方ですなんて言葉、私の都合でしかないのに雅先輩には言えない。
私は試してみたかった。
私の能力が、不気味と言われて、幼い頃から敬遠されていたこの特殊能力が、本当に誰かの為になるのかを。
報われた気がした。
いくら制御したって、誰かの過去を知るなんてこと、普通だったら気持ち悪がられる。ちょっとでも制御を間違えば、見られたくない過去だって見てしまうこともある。
でもそんな事、全部分かって雅先輩は私に任せてくれて、あまつさえ感謝してくれて。
「こちらこそ、ありがとうございます。力になれて、嬉しいです」
心の底から笑って見せれば、雅先輩もにこりと笑う。
ようやく私は、自分の特殊能力を誇れるような気がした。それが嬉しい。
雅先輩と笑い合っていれば、くるみ先輩が自分の姿を模したアイシングクッキーとスマホを片手ずつで持って、満面の笑顔で私たちに笑いかけてくる。
「二人とも!! 写真取ろうか!」
くるみ先輩が何をするのか察した私も、自分を模したクッキーを手に取る。
雅先輩の分は……と思ってみたら、雅先輩も自分の分があったようで、三つ目の箱から同じように自分を模したクッキーを手に取った。
三人揃って、自分の姿のクッキーを手に持って、身を寄せる。
くるみ先輩がスマホのカメラをインカメにした。
私達三人が鏡のように映る。
私は強く念じる。
きっと、他の二人も。
視線をスマホの画面に向けていると、じんわりと雅先輩の背後に、もう一人の人物が浮かび上がってくる。
ぼんやりとその人物が輪郭を持つと、くるみ先輩が「にししっ」と笑った。
「はいっ! チーズ!」
カシャッと音がする。
自分を模したクッキーを持つ私達三人と、その背後で微笑む素顔の雅先輩。
特殊能力も、悪いことばかりじゃないと、ようやく思えた。
【イミテーション・ガールズ!~無貌の未来を取り戻せ~ 完】




