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イミテーション・ガールズ!~無貌の未来を取り戻せ~  作者: 采火


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12/13

「サヤちん、ナイスファイト!」

 私は雅先輩から『それ』を借りると、公園の中でも街灯の明かりが届かない暗い場所を選んで立つ。


 くるみ先輩も私から一定距離をおいてこっちの暗がりの方へ歩いてくる。


 私たちが何をするのか分からない雅先輩のお父さんとお母さんが怪訝そうな顔をしているけど、雅先輩は、私が校章入りの手袋を外して、くるみ先輩が大事にしていたカメラをストラップごと雅先輩に渡したことで、なんとなく察しがついたらしい。


「くるみ先輩、カメラは?」

「ふふん、いつものでもいいけど……せっかくならこっちで撮ってあげる」


 そう言ってくるみ先輩はスカートのポケットからスマホを取り出すと身構えた。


 てっきりちゃんとしたカメラじゃないとダメだと思っていた私は、スマホでもできることがちょっと意外だった。


 そんなことを思いながらも、私は手に持つそれをゆっくりと見下ろす。


 手のひらサイズの、チュチュのようなドレスを着た人形。暗がりじゃなければ、麦穂色の髪と空色の瞳、それからサファイアのような輝きの青いドレスが目に映っていただろう。


 その人形を手にし、私は押し抱くように自分の額と人形の額を合わせると、目をつむる。


 私が考えたのは、「心象風景を撮るくるみ先輩の特殊能力で、私の脳裏に浮かぶ過去の記憶を撮る」ということ。


 雅先輩の顔を取り戻す時は思いつかずに記憶のイメージだけでくるみ先輩に写真に撮ってもらったけど……でもよくよく考えたら、私の過去を読み取るこの特殊能力で見るものって現実の目ではなく、心の目で見ているものに近い。


 ならそれを心象風景として写真に撮ることができるんじゃないかと思った。


 そしてくるみ先輩は普段、校章のついたカメラで写真を撮ってる。なら、校章のない、全ての特殊能力を解放したくるみ先輩の特殊能力はそれ以上ってことだ。


 どれくらいの、どんな写真になるかは分かんないけど、でも、やってみるだけの価値はあると思う。


 雅先輩は話していた。


 火事で家族の写真も全て焼け落ちてしまったと。


 雅先輩を生かし、麗さんの死を改めて受け入れなければならない人達に、せめて私からも少しの餞を贈りたい。


「――いきます」


 視界が歪み始める前に、目をつむる。


 指先に触れている人形から、何度目か分からない記憶の風景が流れ込んできて、私の目蓋の裏を明るい色で染め上げてく。


 沢山の小物が並ぶ商品棚。女の子が好きそうな玩具が沢山ある。商品棚を背景に、通りすぎていく人々を眺めていると、ふと一組の家族が目の前で止まる。


 おそろいの黄色いワンピースを着た女の子が二人、手を繋いでいる。二人の後ろからはその父親と母親らしき人。


 一人が私を指差した。これがいいと言い始める。するともう一人の子が「お洋服が違う色の子はないの?」って言い出して、両親を困らせている。


 母親が通りかかった店員さんに在庫を尋ねた。しばらくしないうちに、幾つかの色違いの人形を抱えて店員さんがやってくる。


 ごねた女の子は店員さんから赤いドレスの人形を受け取っていた。


 女の子は笑顔になる。ご両親も柔らかく微笑みあって、なんだか温かい。そして私の目の前にいた女の子も、満面の笑みで私の方へと手を伸ばした。


 目蓋が、熱い。

 瞳が融けてしまいそう……!


 私の特殊能力が限界を訴えていた。


 それでも私はもう少し、もう少し、と無理をして、家族の記憶を目蓋の奥に描く。


 もうこれ以上は、って所で特殊能力を使うのを止めた。


「く、ぅぅ……っ」

「サヤ! 貴女、無茶をして!」

「え、へへ。でも、ここ最近は、先輩といっしょに特殊能力沢山使ってたので、かなり自分でもコントロールできるようになってますよ?」

「それでも無茶は無茶でしょう。ほら、目蓋が腫れているわ。冷やさないと」


 泣き腫らした時よりもひどく目蓋が熱を持っている。目を開けようとすれば、夜だというのに街灯の明かりすら眩しく見えてしまって、すぐに目蓋を閉じた。


 目に負担がかかってしまった私を雅先輩がベンチへと手を引いてくれて、座らせてくれた。それから近くの自販機で買った水でハンカチを濡らして渡してくれる。


 私はお礼を言って、ありがたく濡れたハンカチを受け取って目元に宛がった。


 そんな私に構わず、「にししっ」と笑う声が近くで聞こえる。


「サヤちん、ナイスファイト!」

「ありがとうございます……くるみちゃん先輩の方は?」

「ばっちし! いやぁ、ここまで彩度と明度が高いのは、この夜の暗さが影響してるのかな? それともサヤちんの特殊能力のおかげで普通の倍は思念が強かったってことなのかな? これならほとんど加工しなくてもよさげだねぇ」


 今にも鼻唄を歌い出しそうなくるみ先輩がご機嫌でスマホをタップする音が聞こえた。


 目元を冷やす私に、何が何やらな様子の雅先輩のご両親が揃って私に心配そうな声をかけてくれるけど、私はそれに大丈夫ですと返した。


 私の肩を支えて寄り添ってくれる雅先輩にちょっとだけ凭れてくるみ先輩を待っていると、くるみ先輩はあっという間にスマホの操作を止めてしまった。


「完了っと! 雅ちゃんのに送るね!」


 言うよりも早く、雅先輩のスマホに通知が届く。


 ちょっとだけ楽になった目元からハンカチを外して、私は雅先輩のスマホを覗いた。


 画面に写るのは、一枚の写真。


 カメラのアングルはちょっとだけ斜めになっているけど、何かへ手を伸ばす女の子を中心に、小さな人形を抱きしめる女の子と、そのご両親が商品棚を背に立っている。


 まさしく私がさっき見ていた、明星一家の姿だ。


 ぼんやりとしたものになるかと思いきや、かなりくっきりはっきりと写真が撮られている。加工だけではどうにもならないほどの鮮明さを持つその写真は、間違いなく、特殊能力で撮った写真と思えないくらいに普通の写真と変わらない。


 雅先輩が目を見開いて、じっと画面を見つめ続けてる。


 私が不安になって雅先輩を見ていると、雅先輩はのろのろとスマホごと腕を持ち上げた。


「父さん、母さん……」


 差し出されたスマホを雅先輩のお父さんが受け取る。お母さんと一緒にスマホの画面を覗き込んで、その二人も雅先輩とそっくりに目を見開いてスマホの画面に釘つけになった。


 誰も何も言わずにその様子を見ていると、次第に雅先輩のお母さんの瞳から、涙が溢れだしてきた。


「麗……! 雅……!」


 雅先輩のお父さんも空を見上げて、感極まったかのように顔を押さえて肩を震わせている。


 そしてその様子を見た雅先輩も涙目で口許を緩めていて。


 私はその様子にほっとする。

 ようやく、大団円じゃない?


 ちらりとくるみ先輩を見やれば、私の視線に気がついたようで親指を立ててグッジョブしている。


 そんなくるみ先輩に、私も親指を立てて笑って見せた。


 火事で大切なものを失くしてしまった明星一家。


 これからリスタートを踏み出す彼らの背中を押せたなら、それで良い。




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