過去の終わらせ方
ひとまず盗賊達を、村外れの作業小屋に閉じ込める。
拘束はしてあるし、ハーケンとサマルカンドが見張りに立ち、黒妖犬も一人に一匹付けている。
さらにリタル様も睨みを利かせているので……逃げられるよりも、自殺の方を心配するべきだろう。
事後処理は終わっていないし、村人達ともまだ話す事はあるが……とりあえずは、終わった。
作業小屋から少し離れた丘に、レベッカと二人で立っている。
私は仮面を外すと、彼女を見た。
「……これで良かったと、思う?」
少なくとも最悪ではない。
開拓村に居座っていた盗賊達は排除され、犠牲者もいない。
……けれど、これが最善だったのかは、分からない。
私は――"病毒の王"は――表向きは、自分が絶対的に正しいように振る舞っている。
でも、実際は迷ってばかりだ。
「法律的には正しい。……見せしめやリンチが正しいとも言えないからな。一時はスッキリするかもしれないが……人生は長い。いずれ苦く感じる時が来る」
レベッカが言うと、重い。
……私も。
たまに夢に見る。
毎日、ではない。
それでも。
上位死霊のこの身になってさえ。
城壁の上にいる夢を見る。
そして、"病毒の王"となって陣頭指揮を執って……かつてあれほど憎んだ理不尽の側に立って、私の命令が、本来守られるべきだった人を殺していく夢を。
「どんな罰になる?」
「余罪があれば死刑もあり得るだろうし、本来使われないレベルの契約魔法が使われる事になるかもしれないな。極刑を免れても……労働場所や内容がどうなるか分からないが、相当な年月を賠償金を稼ぎ出すために費やす事になるだろう。寿命が尽きる者も……いるかもしれない。同情は出来ないが、重い罰ではある」
彼らが開拓村を搾取したのは、ほんの少しの間だ。
それの償いが何十年――あるいは何百年――に及ぶかさえ分からない。
彼らは、彼女らは、それだけの事をした……と、思う。
同情は……出来ない。
しかし、殺してしまえとさえ思った私でも、ふと背筋が寒くなるような『重い罰』だった。
地味に、絶対に誤解の余地がないようにと、退役前の私は契約魔法の文言監修に関わっている。
普通なら、「そんなもん誰が契約するか」という内容だが、精神魔法からの契約魔法という、刑罰でなければ犯罪そのものの流れで施行される。
私と陛下の間にあった契約は、もうない。
抜け道がありそうだなと思いつつ、私は結局試さなかったが、契約終了後指摘したら、破れた可能性もあったようだ。
陛下は、そして私の部下達は、一度も私を裏切らなかった。
だから私は、魔王軍で魔王軍最高幹部を名乗り続けたし……戦争と共に役割を終えた時、そっと剣を置くように、"病毒の王"を引退する事が出来た。
レベッカが、静かに続けた。
「もちろん住民側に手厚いサポートは必要だろうが……全部、終わったんだ。辛い記憶ではあっても、過去の事に出来る。――そう出来ると、信じている」
私は、思わず頭に浮かんだ事を口にしていた。
「レベッカ、も?」
「え?」
「レベッカも、過去の事に、出来た?」
「…………」
「あ、その。ごめん、忘れて――」
デリケートな過去だ。
私だってあまり触れてほしくない。
慌てて両手を顔の前で振って見せる私に、彼女は無言で歩み寄り、距離をゼロにした。
「……うん。お姉ちゃんのおかげで」
レベッカが、私の背に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。
硬直する。
「れ、レベッカのデレは心臓に悪い」
「そうか。悪いな」
ちっとも悪いと思っていない口調で謝るレベッカ。
私の胸にティアラが軽く当たる、尖った感触があった。
小冠に防御魔法が掛けられているのは知っているのだが、それでも無防備にこうしてくれるのは、信頼の証に思える。
これが壊れたら、彼女は『死ぬ』のだ。
なのでレベッカは、自分用にも防御魔法の細かな改良を続けているという。
彼女が開発・改良した術式は、暗黒騎士団の甲冑などにも制式採用されていて――"病毒の王"の護符にも使われているとか。
仮に数世代前の防御魔法なら、かつて斬られた時に魔力布一枚では英雄クラスが振るう刃を止めきれず、私は死んでいただろう。
レベッカに出会う前から、私は彼女に守られていたらしい。
「……今日が、こんな風に"病毒の王"を名乗る最後だと、いいな」
私は呟いて、そっとレベッカの肩に手を置いた。
彼女は身を離すと、悪戯っぽい笑みを浮かべて私を見上げた。
「そう出来るように、私達も努力するよ。"病毒の王"……『様』」
「あ、それはたまに呼ばれたい。レベッカの『様』付けはレアだから」
レベッカが目を細める。
さっきの愛らしさを排除したような湿度の高さ。
「"病毒の王"様は、お変わりないようで。アレな所が」
こういうのも、たまには言われたい。




