オルトワール家ご一行様
ブリジットとも軽く抱擁を交わし、皆と別れる。
リーフは歩いて移動し、岩陰のどこかに潜む手筈になっている。
ここいらは廃鉱も多く、隠れる場所には事欠かない。
リスに化けたクラリオンが、私の肩から飛び降りながら、するりと『クラリスお嬢様』の姿になり、私と並ぶ。
肩のごく軽い重みがなくなったのが、ちょっと寂しい。
金髪碧眼に白い肌はお人形さんのようで、白いドレスに、同じく白の長手袋も似合っている。
縦ロールは好みが分かれる所だろうが、華やかで高貴ではある。
顔立ちは可愛くて、美人さんだとも思う。
眉間にしわが寄っていなくて、表情に険がなければ。
「ジョゼフ、とお呼び下さい。"病毒の王"様、クラリオン様」
私達を迎えた、御者を務める執事が一礼する。
「分かった。……もしかして、ジョゼフィーヌ?」
『彼』が、表情には出さず、しかし丁寧な口調で疑念を表明した。
「私の名前を、ご存知で?」
「うん。名前は知ってるよ。誰が来るかは私には知らされてなかったし……名前と顔が一致しないんだけど」
ドッペルゲンガーは、僅か二十八名。
書類に目を通して、名前ぐらいは覚えている。
……しかし顔写真もない上に、あったとしてドッペルゲンガーなので。
「私は、ドッペルゲンガーですから」
その口調は女性の物で、声もまた、初めて聞く女性の物だった。
姿は男性の老執事のままで、姿と声が一致しない、物凄く奇妙な感覚を味わう。
「しかしこの旅の間はジョゼフでございます。それ以後も……私の名前など、忘れられるがよろしい。ただのドッペルゲンガーの一人です」
「私は、『ただのドッペルゲンガー』がいるとは思っていないし、いたとして、その一人を軽んじるつもりはないぞ、ジョゼフィーヌ」
「……有り難きお言葉」
もう執事としての老齢の男性の声になり、礼もまた執事のものだ。
しかしそこに込められた感謝の気持ちは、変身能力で変わったりしない。
「礼を言いたいのは私の方なんだけど……まあいい。以後、私の許可あるまで演技を絶やすな。――それではジョゼフ。お願いしますね」
素と、"病毒の王"と、メイドのデイジー。
忙しいが、仮面をかぶるのには慣れている。
「はい、デイジー。クラリス様。お手を」
執事の手を取って馬車に乗り込みながら、『クラリス様』が口を開いた。
「砂っぽい所ですわね……まあいいわ、ウェスフィアのホテルに期待しましょう。ペルテ帝国のホテルがどの程度の物か、知りませんけど」
いいとこの意地悪お嬢様といった見た目に違わぬ、辛辣さだ。
なお、執事やメイドは架空のキャラクターだが『クラリス様』にはモデル……というか本人がいる。
いた、と言うべきだろうか。
隊商と一緒に行動しているところを、"第六軍"現地活動班に襲われてお亡くなりになった貴族令嬢だ。
その死は、今の段階では隠蔽されているが……多分、死亡が広く知られた暁には、ほっと胸を撫で下ろしたり、快哉を叫ぶ人までいるだろう『お嬢様』だったらしい。
最初はもう少し地味な立場で潜入するつもりだったのだけど、このお嬢様の立場をどう使うか、というクラリオンの相談に便乗し、死を隠しきれなくなる前に使わせて頂く事にした。
旅行好きのお嬢様だったようで、その一点だけは好感が持てる。
しかしどうも、湯水のように金を使う派手好きで、短気な激情家で、両親どころか親族ぐるみで甘やかされているのをいい事に、事あるごとに執事やメイドに当たり散らし、パーティーの席で格下のお嬢様をいびるのが趣味という……メイドさんを愛する私とは、ちょっとばかり相容れない趣味嗜好の持ち主だったらしい。
幸い、国外旅行の折はそれなりに大人しくしていたようで、そういう意味でもペルテ帝国への潜入任務の隠れ蓑としては悪くない。
とりあえず馬車に乗って、三人とも席についたところで、私は口を開いた。
「偽装解除許可。クラリオン、簡単に以後の予定を共有しておきたい」
「はい。期間は今日と明日の二日を予定しています。私と"病毒の王"様は、ランク王国貴族オルトワール家の令嬢、クラリス・ド・オルトワールとそのメイドのデイジーに化け、なるべく目立たないように、観光を隠れ蓑に調査を行います」
「私は執事のジョゼフとしてそのサポートという事で」
クラリオンの説明の合間にジョゼフィーヌが補足し、クラリオンはさらに続けた。
「攻撃目標は大きく分けて二つ。工業区画と軍事区画。民間区画以外の立ち入りは制限されておりますので、"病毒の王"様が黒妖犬を解放するのに最適な地点を探る事が目的となります」
「うん。工業区画と軍事区画の偵察は?」
「ジョゼフ……ジョゼフィーヌ、及び先に潜伏している七名をもって行います」
「分かった。くれぐれも気を付けるように」
ペルテ帝国による警戒網もそうだが、ドッペルゲンガーの変身能力には、制限とリスクがある。
まず、変身しても、能力が元から上がるわけではないという事。
鳥に化けたら飛べるようになるが、ライオンに化けたらライオン並みの筋力を得られるわけではない。
小さい物に化けた時は、そのものより強くなる事もあり、基本的には、変身前の能力が上限なのだろうとの事だ。
次に、あまりに巨大なものには化けられないという事。
これは質量保存の法則に基づいて……いるようには見えないのだけど、限界はあるのだろう。
最後に、あまりに小さいものに化けると、普段の姿ではありえない危険があるという事。
小鳥や羽虫に化けて捕食されたら……その時点で終わりだ。
とは言っても、ドッペルゲンガーの変身能力が反則的な効力を持つ事に変わりはない。
「はい。細心の注意を払う事をお約束いたしましょう」
ジョゼフィーヌが、ジョゼフとしての落ち着き払った口調で約束する。
「後は……我らが主もまた、本当に注意を払う事をお約束頂きたく」
心配顔のクラリオン。
私は、力強く頷いた。
「約束するよ。完璧にメイドさんを演じてみせよう。この世界に私よりメイドさんが好きな人間はいないと信じる」
「あ、はい……」
クラリオンが諦め顔になった。
私は『メイドのデイジー』としてたしなめる。
「お嬢様。いけませんわよ、せっかくの旅先だというのに」
「ノリノリですね?」
私は、"病毒の王"として微笑んだ。
「この任務の重要性は理解しているつもりだ。しかしその上で、いい言葉を教えておこうかクラリオン、ジョゼフィーヌ」
「なんですか?」
「どのようなお言葉でしょう?」
微笑んだ。
「それはそれ、これはこれ」
「「あ、はい……」」
二人分のため息が、唱和した。
苦労を掛けるなあ。




