正式な手順で関所を通るだけのお仕事
馬車は、ウェスフィアに入るに当たり、簡単な審査を受ける。
対応は御者席に座る『ジョゼフ』に任せて、『クラリスお嬢様』と『メイドのデイジー』は、馬車の中で待つ。
ノックの後、窓覆いを開けて覗き込まれたが、クラリスお嬢様がじろりと睨んだその眼光の鋭さに、審査官は触らぬ神に祟りなしとばかりに、慌てて退散した。
まずは審査官により、魔力反応を感知。強力な装備や、魔法を使用している反応があれば、詳細に調査されるというのが基本となる。
私達は魔法道具を、ごく僅かしか持っていないので、そう強い反応は出ない。
お嬢様用の日傘に"炎耐性付与"、首に掛けたペンダントに弱い防御魔法が掛かっているぐらいだ。
なお私は丸腰。今の私はただのメイド。ランク王国で、魔法道具を装備しているメイドなど、まずいない。
貴族令嬢付きであろうと、それが普通だ。
一応ダークエルフや獣人(女性)の間者が入り込む可能性は警戒されているのだろうが、耳を隠せる装備はしていないし、幻影魔法で常時、耳や肌の色を誤魔化そうとすれば、隠せない魔力反応が生じる。
街中ならともかく、街へ入るための審査の場で、見逃されるはずもなし。
不審な点があれば、徹底的に取り調べられ、ボロを出す可能性もある。
しかし、馬車は私のこだわりもあり、鹵獲時の荷物に砂漠用の装備を加えた上で、本当にランク王国からここまでを旅している。
紋章はもちろんクラリスお嬢様のご実家、オルトワール家の物。
ランク王国の貴族は選民意識を持つ特権階級であり、馬車などの目立つ持ち物で、これでもかと貴族である事をアピールする。
こんなに貴族アピールをすると、盗賊とかに襲われてしまいそうと思ったが、この世界で盗賊はとても少ない。
――魔法使いを含む、身体強化を可能な国軍兵士に、盗賊風情が何を出来るというのか。
この世界において盗賊とは、討伐隊が組まれるまでの短い期間を謳歌する、食い詰めてヤケになった馬鹿のなる職業でしかない。
身体強化が出来るなら? 兵士としてそこそこの待遇は間違いない。
一定以上の魔力があるなら? それはもう魔法使いとして大歓迎だ。
人間の領土は、街道沿いはかなり安全確保が進んでいる。
森や山はともかく、平原にそうそう凶悪な生物は出現しない。
不死生物がごくまれに発生する程度だろうか。
私のイメージでは、ファンタジー世界は街から街へ移動するまでに一度は魔物や盗賊の襲撃を受けるのがお約束だったんだけど。
長年の努力の末、魔族を北方に追い払い、領土内の魔物を狩って、街道の安全を確保。それにより交易が活性化。経済は循環し、より高みを目指して右肩上がりでうなぎ登り……。
だったのは、もう昔の話。
今この世界は、私のイメージに近い。
つまり、『街から街へ移動するまでに一度は魔物や盗賊の襲撃を受ける』のが当たり前の世界。
その魔物とは黒妖犬であり、盗賊とは"第六軍"の暗殺班であるわけだが。
もちろん、人間達も馬鹿ではないし、無能でもない。
どの国でも『主要交易路』には国軍の護衛がつき、大商人の仕立てた隊商を中心に、中小規模の隊商を統合し、大規模隊商を組む。
傭兵の仕事も増え、放棄された農村からの、難民の流入による失業率増加も多少は落ち着いた。
数を揃えハッタリをきかせる事が目的の、いざという時には捨て駒扱いされるお仕事を、故郷を捨てた果ての就職先に選ばざるを得ない人の事を……思うのはよした方がいいのだろう、多分。
護衛がつく大規模隊商が行き交うのは『主要交易路』のみ。
中規模隊商……いや、かなり小規模な行商などが支えていた農村部の過疎化は、みるみる進んでいる。
城塞都市の周辺に新たな畑を開墾して、食糧確保と共に働き手の投入先を計っているランク王国にエトランタル神聖王国。
帝国は元々、大規模都市は畑を含んだ城塞都市が基本なので、今さら開墾する余裕がない。特に、水の。
防備も厚いため、中規模以上の都市は私達も手出し出来ず、隊商を通じてそこそこ経済も循環している。
一時は危ぶまれた人口減少にも歯止めがかかり、一時期は毎日どころか、一日に何回も聞くというレベルで発生していた、隊商が襲われる事件も減り……どことなく、楽観ムードも流れている。
人は手を取り合えるのだと。
どれほど魔族が卑怯な策を弄するとしても。
人類は、負けない。
何故なら、お互いを労り、助け合う心を持っているから……。
――という風に、『人は手を取り合える』~『助け合う心を持っているから……。』までが、対魔族同盟の、同盟国向けプロパガンダ。
対応に間違った所は、特にない。
プロパガンダなのに――あるいはだからこそ――いいことを言っているなあ、としみじみ思う。
一度ドラゴンナイトの騎獣たるドラゴンを優先し、食糧難から暴動を招いたランク王国も、さすがに学習したらしい。
ペストによる人口減を期に、農民の地位が上がったヨーロッパの歴史を再現するように、農民は手厚く守られるようになりはじめた。
ただ、現在の"第六軍"方針として、人的被害はむしろ減らす方向。
一人の人間が一冬を飢えずに越すために必要な食料を、仮に一袋とする。
現在の人間国家の総人口を、仮に百人とした時、食料の割合としては備蓄込み、増産分を見込んで百袋を少し上回る程度、と試算されている。
暴動を避けるためのプロパガンダであり、食糧不足は起こりえないという対魔族同盟共通の発表だ。
公式発表なので、地球のスパイが全員嫉妬しそうな重宝スキル……ではなかった、諜報スキル『完全変身能力』を持つドッペルゲンガー達が頑張るまでもなかった。
もちろん、多少の裏付けは必要だったが。
『今の数字』に嘘はない。
けれど、それは現実の収穫を前に弾かれたそろばんであり、幻のタヌキの皮を数える行為でしかない。
『備蓄』はまだしも。
『増産分』などという夢を見た。
良薬は口に苦し、ということわざが日本にはあるが、苦い薬を飲むのが嫌で、人類の団結という夢を見た。
そんなものが本当だったら、私は今ここにいない。
同じ種族というだけで信じ合える世界など、どこにもない。
馬車が動き出した。
提出した書類の審査が終わったらしい。
問題があるはずもない。
私のこだわりで、正規のルートで、正規の書式で作らせてある、ランク王国の国外向け貴族身分証明だ。
地球のパスポートみたいなもので……短期の予定とはいえ、お家の乗っ取りは成功していて、正規ルートできちんと申請して、通らない理由が特にない。
後は、ほんのちょっぴり賄賂を弾めば、役所の仕事も早く、そして正確になるというものだ。
ランク王国の役所は仕事が遅いので有名だが、決してランク王国人は怠惰ではないと主張したい。
やる気がないのではない。『有料オプション』をつけるための販売戦略なのだ。
さすがランク王国。貴族位があってお金がある人には中々住みよい国だ。
なお、現在は、現地活動の資金は、現地からの略奪によりまかなわれている。
私的に懐に入れる事は許さない、と宣言してあるし、今の所よく守られているようだ。
……現地活動班に志願するほどの者に、小銭を惜しんで上官の命令を違える不心得者がいようはずもない。
ちなみに『クラリスお嬢様のお家』からは、『多額の寄付』を頂いた。
当主も婦人も、『お嬢様と同行されていた』ので。
全てが終わった後、『愛娘をウェスフィアで失った傷を癒やすための傷心旅行先で、事故で亡くなった』事になるはずだが。
公的な資産には手を付けない予定だが、ランク王国貴族のたしなみとしての隠し金……いや『個人資産』が結構あったらしく、現地活動資金に少し余裕が出た。
そんなにお金はなくてもいいのだが、お金があると、ドッペルゲンガー達が、現地で食料を買い込んだり出来るので、作戦の幅が広がる。
小規模とはいえ、敵の物資をそのまま自分の物資に出来て、それも元手はタダどころか略奪資金なのでプラス。
人道的にどうなのかという点を除けば、完璧だ。
私達の身分を保証する物は、全てが完璧。
ゆえに、審査は滞りなく終わる。
ランク王国の馬車に乗った。
ランク王国の貴族一行が。
ペルテ帝国のオアシス都市ウェスフィアの関所を、通過した。
ただそれだけの、他国の貴族である事以外は……いや、それを含めてさえ、当たり前の日常の風景。
ただそれだけの事。
ただそれだけの事で。
怠惰だった者も、愚かだった者も、誰一人いない。
それでも、今この瞬間に。
病と毒が、ウェスフィアに入り込んだ。




