第9話
「お母様はご無事なの?」
何故、そのようなことを聞くのかわからなかった。俺にとっては一番触れられたくない話題だ。正直あの光景をもう思い出したくない。
「やっぱり、亡くなっているのね。ごめんなさい。あなたがここで、お母様を呼びながら縋るように空に向かって手を伸ばしていたから。」
彼女は力なく微笑む。彼女も母親も亡くしていると言っていた。母親を思い出しているのだろうか。そのはかなげな様子に、母さんが重なった。縋るように母を呼んでいたと彼女は言った。でも、俺のせいで母さんは巻き込まれて死んだ。俺にはなく権利もなければ、縋ることも許されていない。なのに、彼女に縋ろうとしている。彼女に母さんを重ね、泣きそうになっている。
「泣いてもいいんだよ。」
その言葉とともに、温かいものに包まれた。木のそばに立っていたはずの彼女がいない。彼女が俺を抱きしめているのだ。
「泣いてもいい。あなたは一人じゃない。大丈夫。ここでぐらい、泣いたっていいのよ。」
限界だった。母さんが死んで、育ててくれた使用人たちが亡くなって、ずっと我慢していた。俺のせいで命を散らした者たちのためにも、泣くことは許されない。そう思っていた。なのに彼女は泣いていいと言う。たぶん、ずっと欲しかった言葉を言ってくれた。俺はロレアーヌ嬢に縋りつき泣いた。静かに泣いていた。ロレアーヌ嬢は、何も言わずにずっと抱きしめてくれている。俺は泣いてようやく、母さんたちの死を受け入れることができた。
俺が落ち着いた頃、彼女は帰ろう、と言った。いつの間にか侍女もそばにいた。彼女は何事もなかったように、屋敷に足を向けた。俺は泣いてしまって少し気恥ずかしかい、と感じていた。
だからだろう、俺は気が抜けていて異変に気付かなかった。何かが、目にも止まらな速さで通過したと感じた瞬間、ロレアーヌ嬢が消えたのだ。すぐに攫われたと理解し、追いかけた。だが追いつくはずがない。見失う。また、俺はまた大事なものを守れないのか。ただ幸せになってほしいと願った関係のない女性を巻き込んでしまったのか。国王である父は、王太子である兄は、守るべき国民に害をなすのか。母は側室として王家の一因だ。まだ、巻き込まれても仕方がないと言える。だが、彼女は違う。俺を助けてくれた心優しいこの国の民だ。王家の問題に巻き込んでいい道理がない。
伯爵に報告がいっているだろう。自分のふがいなさにあきれるが、今は彼女を助けるのが先決だ。そう思い、彼女がさらわれた場所に戻った。矢と矢に巻きつけられた文がある。
『シヴァン。女を返してほしければ、一人でお前とお前の母親が住んでいた屋敷に来い』
兄の字で書かれた文だ。怒りで目の前が真っ赤になる。どうせ死ぬ気だった。俺の体はどうなってもいい。ロレアーヌ嬢だけは、絶対に死なせない。
書きたいことはかけました。しかし、ロレアーヌさんが…。